表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1982/3726

第千九百八十一話 死神と守護神(二)


「それで、御主人様とファリア様がどうかされたのでございます? 茶番がどうのと仰られておりましたが、それとなにか関係があるのでしょうか?」

 レムが疑問を口にすると、マリクは静かにうなずいてきた。

「大有りさ。茶番の中心にいるのがふたりだからね」

「その茶番とは、いったいなんなのでございます? よろしければ、お聞かせ願いたいのですが」

「君になら明かしてもだいじょうぶだろうから、教えてあげる」

 そういうと、彼はニュウと目を合わせた。ニュウは迷っているような素振りを見せたが、マリクを止めようとはしなかったところを見ると、七大天侍には可否の判断のしにくい事柄なのかもしれない。

「実は……」

 と、マリクが明かしてくれた話というのは、セツナが消息を絶った夜に起きた大事件に纏わる話であり、御陵屋敷にてセツナの振りをして部屋に籠もっていたレムの耳にはまったく入って来なかった事柄に関するものだった。もっとも、レムが部屋に篭もらず、町中で情報収集をしていたとしても、その夜、戦宮で起こった事件に関する情報を掴むことができたかはわからない。話によれば、その事件は秘匿中の秘匿とされ、市民だれひとりとして知らないことであり、それどころか護山会議や護峰侍団の人間ですら、大半が知らないままだというのだ。なぜそこまでして厳重に取り扱われているのかというと、その事件が明らかになれば、リョハン史上に残る大問題として取り沙汰される可能性があるからだ。

 七大天侍としても、護峰侍団としても、護山会議としても、そのような事態に発展させたくはなく、情報を隠蔽した上で、なかったことにしてしまおうとしているとのことだった。

 それもそうだろう。

 七大天侍と護峰侍団の隊士によって厳重に護られているはずの戦宮に突如、侵入者が現れ、戦女神の寝所を襲ったというのだ。そして、七大天侍シヴィル=ソードウィンによって確保されたその侵入者とは、護峰侍団三番隊長スコール=バルディッシュと四番隊長アルセリア=ファナンラングだったのだ。戦宮の、それも戦女神の寝所に侵入するものが現れること事態、大問題であり大事件だが、その侵入者が護峰侍団の隊長格となると、リョハンという天地をひっくり返しかねないほどの事件といってもよかっただろう。

 レムは、マリクからその話を聞いたとき、にわかには信じられなかったし、驚きと衝撃のあまり、頭の中が真っ白になったものだった。護峰侍団の隊長格がどのような人物から知らないものの、スコール=バルディッシュはファリアの従兄であり、戦女神派を公言して憚らず、反戦女神派が優勢を誇る護峰侍団において気炎を吐いていたということだけは知っていた。そんな人物がなぜ、ファリアの寝込みを襲うようなことをしたのか、まったく想像もつかないし、理解もできない。

 そもそも、意味がわからない。

 戦女神とは、このリョハンの秩序の中心であり、根本を支える柱そのものではないのか。

 その上、そんな大事件を茶番と評するふたりの意図も読めず、レムはただただ混乱した。そして、それとセツナがどのような関係があるのか、ファリアは無事なのか、など、様々な疑問が浮かび、レムはマリクとニュウに詰め寄った。

「もちろん、ファリアは無事だよ。たとえ間に合わなかったとしても、スコールが彼女に手を出すわけがないし、万が一彼が暴走したとしても、アルセリアが彼を止めただろうからね。そういう意味では、彼の人選はなにひとつ間違っていなかったということだ」

「どういうことなのでございます?」

「要するに、戦宮の侵入事件は、ある目的のために仕組まれた茶番だったってことなのよ」

「ある目的……でございますか?」

 レムには、まったく想像もつかない。どのような目的で、なにを意図すれば、そのような茶番を仕組めるというのか。仮に正当な理由があったとしても、警備側の対応次第ではそれこそリョハンの秩序そのものを脅かすような大問題に発展していたのではないか。そんなことを考えるのだが、どうやら、マリクたちはそこまで深刻には捉えていないようだった。ふたりとも、なんとも気楽な顔をしている。

「ファリアに休んでもらうには、それくらいのことをしなければならないって話」

「はい?」

 きょとんとする。

「ファリア様の……休養、でございますか」

 そこまでいってから、レムは、ようやく状況が飲み込めてきた気がした。セツナが理由もいわずしばらく姿を消すといったことと、マリクたちがこの大いなる茶番にセツナも関係があるといっていたことが、見えない糸で結びついていく。

「責任感が強すぎるくらいに強くて、頭が硬すぎるくらいに硬いあの子にしばらくの休養と幸福な時間を……ってね」

「アレクセイなりの孫への愛情表現なんだろうけれど、それにしても不器用だと想うよ。もう少し、素直にできないものなのかな」

「素直に進言しても、突っぱねられるだけだもの。少々強引でめちゃくちゃでも、これ以上の妙手はないと想うわ」

 それから、マリクとニュウの説明により、レムは戦宮侵入事件の全容を理解することができた。

 護峰侍団内の反戦女神派強硬派による戦女神暗殺計画――というのが、事件の概要とのことだ。それを阻止するべく協力を要請されたのが、彼女の主人セツナなのだ。つまり、セツナはあの夜、レムになにもいわず、ファリアを救うため、真夜中の戦宮に赴いたのだろう。そして、スコールたちが戦宮への侵入を果たす前にファリアを何処かへと連れ去った。それから数日あまり、セツナとファリアはふたりだけで何処かに身を潜めているのだという。もっとも、その潜伏場所も神様にはお見通しであるといい、いつでも迎えに行くこともできるということだが、その必要はないだろう。状況が落ち着くまでの数日間、ふたりには、ふたりきりの時間を満喫させようというのが、今回の茶番の動機なのだ。

 すべての発端は、アレクセイ=バルディッシュにある、という。

 アレクセイは、護山会議の議員であり、いまは議長代理を務めている。ファリアの祖父であり、先代戦女神ファリア=バルディッシュの夫でもある彼は、当代の戦女神をだれよりも心配し、案じていたのだという。口をついて出る言葉は、戦女神の心労や体調に関することばかりであり、彼がファリアの身を案じない日はないほどだそうだ。アレクセイにとって最愛の孫娘であり、一度は戦女神の後継者という役割から解放したこともあり、結果的にそのときの約束を破ってしまったことを強く後悔し、苦しんでいるのだ、と。

「彼もまた、責任感の強い人だからね。大ファリアが人間に戻り、リョハンを神の呪縛から解き放ったのも束の間、結局、神に頼らざるを得なくなった上、その役目を孫娘に押し付けなければならなくなったんだ。彼が苦しむのも無理はないかな」

 アレクセイは、ファリアに戦女神としてではなく、人間として生きて欲しがっていたのだろう。しかし、現実はそうはならなかった。“大破壊”が起き、リョハンの混乱を鎮めるため、戦女神の存在が必要となった。ファリアに白羽の矢が立ったのは当然のことであり、ファリアが受けるのもまた、当然の道理といってよかった。ファリアは、ニュウがいったように責任感の強いひとだ。一度引き受ければ、最後までやり通すだろう。戦女神に人生を捧げようとするだろう。それが、アレクセイには堪らなく辛い。

「せめて、想い人との時間くらいは与えてやりたい――少々おせっかいだけど、それにしたって素敵なおせっかいよね?」

「素敵なおせっかい……」

 確かに、ニュウのいうとおりかもしれない。

 ファリアにしてみれば、祖父にそこまで気遣われる必要はないと想うかもしれないし、鬱陶しいくらいのおせっかいかもしれない。しかし、責任感が強すぎる頑固者の彼女は、公務の合間を縫ってセツナとふたりきりの時間を満喫しようとなどするわけもなく、戦女神という役割を途中で投げ出すこともない。そして、戦女神であり続ける限り、彼女がセツナとふたりきりの時間を過ごすことなどできるわけもない。

 ニュウがいっていたことがよくわかった。

 これくらいのことをしなければ、ファリアがセツナと一緒にいられる時間を作ることはできないのだ。

「そのために護峰侍団隊長格二名を利用し、なおかつセツナまで動かすんだから、アレクセイもいい性格しているよ」

「この二年あまり、働き続けだったもの。少しくらい報われたって、いいわよ。ねえ、あなたもそう想わない?」

「……ええ、そうでございますね」

 ニュウに同意を求められて、レムはすぐさま頷いた。そのとおりだ。ファリアがこの二年余り、どれほど苦労してきたのか、部外者であり、ただ眠り続けていたレムには想像もつかない。様々な修羅場、難関を乗り越えてきたに違いないし、その心労たるや筆舌につくしがたいものがあるだろう。ただ、レムが同意したのは、それがあったからではない。想像もつかない二年あまりのことなど、レムの想いに影響しようがないのだ。それよりも、ファリアとともに戦い抜いてきた日々の記憶のほうが、強烈な影響力を持つ。

 ファリアは、レムたちの間でも特に強い力をもった人物だった。

 その力というのはセツナへの影響力という意味であり、彼女自身の肉体的、精神的な力とは少々異なるが、しかし、レムたちの間ではとてつもなく大きなものだ。

 ファリアは、セツナにとっての女神である、とミリュウが評した。

 レムの目から見ても、そう想えることがしばしばあった。

 セツナの周囲には、ファリア以外にも何人もの女性がいる。ミリュウ、レム、シーラ、マリア、エリナ、ユノ、エリルアルム――。それら少しでも彼に好意を寄せる女性たちの中でも、特別扱いされているのがファリアなのだ。それは、ひと目でわかるようなものではない。セツナはおそらく無意識下で、女性陣を平等に扱おうとしているようだったし、それは言動からも窺い知れるのだ。しかし、そんな彼でも、ファリアへの溢れんばかりの想いを掻き消すことはできないらしい。ときにファリアを見る目の熱っぽさは、ほかの女性に向けるまなざしとは明らかに違った。

 だからといって、ほかの女性たちへの好意、愛情がないかといえば、そればまた別の話だ。

 彼の愛は、際限がない。

 まるでどこまでも無限に広がる宇宙のように、果てしない。

 そんな愛情を持つセツナだからこそ、レムは、彼がほかの女性に好意を寄せられても気にせずにいられるし、本当に愛している女性がただのひとりであっても、悲しまずに済むのかもしれない。

 それに、レムたちはファリアに感謝しなければならないということもある。

 レムたちがセツナに出逢い、彼の愛に触れることができたのは、ファリアがいてくれたからにほかならない。

 セツナがこの世界に召喚された運命の日、もしファリアが彼の一命を取り留めてくれなければ、レムは彼と出逢うことなく、死神部隊の一員として暗躍し続けただろう。ミリュウは魔龍窟の武装召喚師として、シーラはアバードの獣姫として、それぞれいまとはまったく異なる人生を歩んでいたはずだ。

 それがいいか悪いかはそれぞれだろうが、少なくともレムは、いまの人生にこそ満たされていたし、セツナの従僕としての己に誇りを持っていた。

 そんな風にして、結果的に自分の運命を変えてくれたファリアには感謝しかなかったし、セツナと巡り合わせてくれたという事実には言葉では表せない思いがあった。

 だから、というわけではないが、ファリアには幸せになってほしかったし、それがどのような形であれ、応援する来でいた。

 戦女神が彼女の幸せの形ならば、否定する道理はない。

 そう考えていた。けれど。

(良かったですね、ファリア様)

 彼女が本当のところ、セツナに想いを寄せていることは知っていたし、セツナの政略結婚をもっとも嘆き悲しんでいたということも知っている。そんな彼女が、セツナとの別離を喜ぶわけがないのだ。

 再会後、すぐさま戦女神としての仕事に追われる日々に戻った彼女が、本心ではどのような思いを抱いていたのか。

 きっと、焦がれるような想いで、セツナのことを考えていたのではないか。

 推測の域をでないが、そうに違いない。

 自分が彼女の立場ならば、いてもたってもいられなくなる。戦女神の立場などかなぐり捨ててでも、セツナに逢いに行き、離れようとはしないだろう。

 そういう意味でも、レムは自分がセツナの従僕で良かった、と想うのだ。従僕ならば、どのようなことが起ころうとも、側を離れずに済む。どれだけ近くにいてもなんの問題もない。寝床に潜り込むことさえ許される。

 そこまで考えて、レムは、微笑んだ。

 ファリアがレムの立場ならば、きっとそのようなことはしないだろう、と。

 結局は、立場よりもひとなのだ。

 ファリアとレムでは、考え方や在り様が違いすぎる。

 だからこそ、レムは彼女を祝福したい気持ちでいっぱいだった。

 長年の思いがようやく報われるときがきたはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ