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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千九百七十九話 彼と彼女(十)


 まるで夢を見ているみたいだと、彼女はいった。

 何度も、何度も、それこそ譫言のように繰り返した。そのうち、そういうことで彼が夢ではない、と言い返すのを待っているのだとわかり、彼は、苦笑とともにそういうものかと納得した。実際、夢のようではある。これほどまでに幸福な時間を過ごしたことが、これまで、ただの一度でもあっただろうか。

 だれの邪魔も入らなければ、だれかの視線、だれかの耳を気にする必要もなく、ただ本能の赴くままに愛し合う。

 そんな瞬間が訪れるなど、想像したこともなかった。

 もちろん、彼女のことはずっと好きだったし、その想いは、日々強くなっていったのは事実だ。自分を取り巻く女性たちの中でも、特に彼女のことを気にかけていたし、彼女だけが特別だということは周知の事実、公然の秘密といってもよかった。

 愛していた。

 それに彼女が自分に好意を寄せてくれていることは知っていた。それこそ、ただならぬ想いであり、相思相愛といっても言い過ぎではないのではないか、と実感していたほどだ。ただ、その事実を確かめ合うことができたのは随分前の話であり、それも彼が政略結婚の道具となったあとのことだった。

 もう、想いが重なり合うことはない。

 結ばれることなど、ありえない。

 そう、想った。

 きっと、彼女もそう考えていたのだろう。

 だから、夜の闇を切り裂く星明りの中、彼の腕に抱かれながら泣いていたのだ。夢のような幸福が本当の本当に現実のものであり、想いが通じ、身も心もひとつになれたことを心の底から喜んでいた。

「わたしね。戦女神になるときにね、覚悟を決めたのよ」

 ファリアが、夜の静寂を乱さないほどの静けさで、いってくる。寒い春先の夜だというのに、寒さは微塵も感じなかった。むしろ、熱いくらいだ。ふたりの体温が布団の中の温度を高めすぎている。

「戦女神として生きていくって。それがわたしの人生なんだ、ってね。だって、そうしないと、お祖母様みたいになれるわけがないもの。わたしは、ただの後継者で実績もなにもないのだから、それくらいしなくちゃ、戦女神なんて名乗れるわけがない」

「そうか?」

「そうよ。君は、リョハンの人間じゃないからわからないと想うけど、リョハンのひとびとにとって戦女神ってこの上なく崇高なものなのよ。ただ受け継ぐだけじゃ、なれっこない。覚悟を決めないと。人生のすべてを捧げるくらいの」

 ファリアの語る戦女神像は、セツナには想像もつかないものだ。無論、リョハンにおける戦女神がどのようなものなのかについては、彼女やレムが仕入れた情報などによって、ある程度はわかっている。けれどもそれは、ひとから聞いた情報でしかなく、実感として理解しきったわけではないのだ。

「また君に逢えても、遠くから見ているのが関の山だと想っていたわ。でも、それでもいいと想ったの。想ったのに……ね」

「後悔してる?」

「まさか」

 そんなことあるわけがない、と、彼女はセツナの胸元に顔を埋めて、笑った。そして、耳たぶをつねってくる。どういう意図があるのかわからないが、彼は彼女の好きにさせた。

「夢のようよ」

 見下ろすと、彼女の両目が輝いているように見えた。濡れている。

「本当に、夢みたいに幸せなのよ、わたし。こんな日が来るなんて、考えたこともなかったわ。君と結ばれるだなんて」

「俺もさ……」

 セツナは、彼女の言葉に全面的に同意しながら、それ以上の想いを伝えたくて、言葉を探した。けれども、セツナに洒落た言葉を思いつく学などあるわけもなく、彼は、彼女が何度もいった言葉を繰り返しただけだった。

「俺も、夢を見ているみたいだ」

 ふたりきりの日々は、そうして、夢のような幸福感の中、過ぎていった。



「まったく、困ったことを仕出かしてくれたものだ」

 ヴィステンダール=ハウクムルの厳しい面構えの中に浮かぶなんともいいようのない微妙な表情を目の当たりにして、彼は、内心してやったりというような想いを抱いたものだが、言葉にはしなかった。いくら無法者のスコール=バルディッシュとはいえ、好き勝手やるのは時と場所、相手を選ぶものだ。

 場所は、牢屋だ。

 彼は、七大天侍管轄の天牢と呼ばれる牢屋の中に、同僚のアルセリア=ファナンラングとともに放り込まれていたのだ。もちろん、戦宮侵入事件によってだ。朝まで説教され、それで解放されるわけもなかったということだ。当然のようにアレクセイの名を持ち出したものの、いくら護峰侍団幹部とはいえ裏付けが取れるまでは釈放することはできない、ということで、天牢へと移送され、収監される運びとなったわけだ。シヴィルと護峰侍団の警備を相手に大立ち回りを演じ、逃げ出すことそのものは決して難しいことではなかったが、スコールたちにはそうする理屈がなかった。説明さえあればすぐさま釈放されることがわかっている以上、シヴィルたちに抗い、罪を作る必要などあろうはずもない。

 そして、ふたりは天牢に収監され、一夜を明かすこととなった。

 天牢は、七大天侍が管理する牢獄というだけあって、決して粗末な代物ではない。牢のひとつひとつが大きく、収監された罪人が牢獄生活で不満を抱くこともないだろうと想うくらい、設備が整っている。おそらく、古代遺跡が都市として機能していた時代は、牢ではなく、なんらかの施設として利用されていたのだろう。その施設を重罪人を管理するための牢獄にしたのは、四大天侍が結成される遥か以前、リョハンが独立するよりも昔のことであるという。

 教会の支配下にあった当時、捕らえた異端者や背信者を繋いでおくための牢がいくつもあったといい、天牢もそのひとつだろうと推測されている。リョハンが独立し、四大天侍が結成されると、それら牢のひとつであった天牢が四大天侍の管理下に置かれることとなった。もっとも、天牢が利用されたことはほとんどなく、スコールとアルセリアが投獄されたことで、その存在が思い起こされたほどだった。

「これはこれは侍大将殿ではありませぬか。いささか、遅い到着でございますな」

「たわけ」

 隣の牢のアルセリアが鋭い視線を投げつけてきた。隻眼の女武装召喚師の目つきは、過去最悪といっていいほどにつり上がっている。そうなるのも無理からぬことだ。彼女は、この度の事件では、たまたま偶然スコールと一緒にいたがために共犯者に仕立て上げられたのだ。無論、護山会議長代理の頼みとはいえ、断ろうと想えば断れたはずだが、アルセリアとしてはスコールがなにを仕出かすかわかったものではないと考えたのだろう。故に彼女はスコールの監視をするという名目で、共犯者となり、シヴィルに見つかり、拘束されたということだ。彼女としては、自分の経歴に傷がついたかもしれないうえ、捕まったのもなにもかもスコールのせいなのだから、きつく当たりたくもなるだろう。

「団長閣下はご多忙の間を縫って、わざわざ来てくださったのだ。立場をわきまえよ」

「あれ?」

「なんだ?」

「なにか俺、間違ったかな」

 スコールが疑問を述べると、彼女は、一瞬の間を開けることもなく告げてきた。

「全部だ」

「へ?」

「貴様はやることなすこと全部間違っている。生まれる前からやり直すことを勧めるぞ」

「ひでえ」

 スコールは、アルセリアの評価の低さに呻くよりほかなかった。

 ヴィステンダールが呆れ果てたような顔で、いってくる。

「……本当に君らは仲がいいな」

 ヴィステンダールが皮肉めいた冗談をいうのは、別段めずらしいことではないが、そのことがアルセリアの逆鱗に触れるのは、空気の変化で理解できた。

「団長閣下、恐れながらその言は撤回して頂きたく存じ上げます。でなければ、わたしは全存在を賭けて閣下に勝負を挑まねばなりません」

「そりゃあねえでしょ、アルセリアの姐さん」

「年上にそう呼ばれるのは不快だ、たわけめ」

「だったら少しくらい敬って欲しいものだ」

「わたしが敬うのはそれに相応しい人物だけだ。貴様のように才能も実力もありながら、隊長としての責務を果たそうともしない人間のどこを敬えというのだ。敬ってほしいのなら、それだけのことをしてみせろ」

「難しいことをいうなあ、姐さんは」

「だから!」

 鉄格子を両手で掴み、両腕の力だけで捻じ曲げようと試みるアルセリアの鬼気迫る表情には、さすがのスコールも危機感を覚えたものの、助け舟が来ることはわかりきっていた。事実、ヴィステンダールが咳払いをして、アルセリアの注意を引いた。

「言い合いは、そこまででいいだろう」

「団長閣下がそう仰られるのであれば……」

「ま、俺は構いはしなかったけどね。たまにはこうしてじゃれてやらないと、拗ねるし」

「だれが拗ねるか。たわけ」

「はいはい」

「貴様――」

 またしても鉄格子に手をかけたアルセリアと、反省すらせず彼女をからかうスコールの様子を見てか、ヴィステンダールは、苦い顔をした。そして、冷ややかに告げてくる。

「やはりもうしばらくここで頭を冷やしておいてもらうほうがいいのかもしれんな」

「団長閣下!」

「それはないですよ、旦那」

「だれが旦那だ」

 ヴィステンダールは、スコールのノリについていけないとでもいわんばかりに大袈裟なまでの溜息を浮かべ、肩を竦めた。さしもの護峰侍団侍大将も、彼の前では形無しだった。もっとも、それもこの場にほかの人間がいないからこそできる芸当であり、スコールがこうしておちゃらけていられるのも、ヴィステンダールとアルセリアが相手だからにほかならない。アルセリアとヴィステンダールならば、スコールの言動にも理解を示してくれるが、ほかの隊長格の中には、頭の固いものも少なくない。スコールの言動ひとつに熱り立ち、召喚武装を呼び出そうとする血の気の多いものもいるのだ。そういう相手を刺激するほど、スコールも愚かではない。

 言葉こそ痛烈だが、暴力で物事を解決しようとはしないアルセリアや、常に冷静で大局的な視野を持ち、懐の広いヴィステンダールだからこそ、スコールは、言いたい放題、やりたい放題できるのだ。

 そういった意味では、アルセリアが共犯者でよかったと彼は想ったが、そのことは口には出さなかった。牢を出た後、足蹴にされるのが落ちだ。

(それはそれで、悪くはないが)

 アルセリアに、悪い。


                  


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