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第千九百六十七話 暗影(一)


 空中都は、古代遺跡をそのまま利用した居住区であることは、リョハンを訪れるずっと昔に聞いたことがある。俗に言う“埋葬された文明”と呼ばれる地下遺跡群との関わりは不明だが、長大な歴史を誇ることは間違いないようだ。それこそ、大陸が統一される以前から存在していたといい、そのころからリョハンには多くのひとびとが住み、生活をしていたという。

 ある種迷宮のような町並みの中を歩きながら、セツナは、そんなことを考えていた。空中都は、ファリアに聞いて想像していたよりもずっと広く、ずっと入り組んでいる。目的地までの道順を理解していても、迷子になりそうなほどだった。それもそうだろう。空中都を歩き回れるようになったのはつい最近のことだ。それまで夢の中にいて、目が覚めてもすぐには動けなかった。空中都の全体像を把握しているわけではないのだ。

 黒き矛を召喚すれば、その超感覚で都市の構造を把握することくらい容易いのだが、そんなことをしていいはずもない。召喚の際の発光現象は、悪目立ちが過ぎる。セツナたちはいま、隠密行動を取っている。

「それにしても、なんなのでございましょう?」

 レムが囁いてきたのも、万が一だれかに聞かれ、セツナたちの正体がばれてはいけないからだ。セツナもレムも、普段とは大いに異なる格好をしていた。セツナは御陵屋敷が用意したものとは異なる防寒着を着込んだ上に髪を束ねて目深にかぶった帽子の中に隠している。レムもまた、普段の使用人の格好ではなく、防寒着を着込んで丸々と膨らんでいた。その上で帽子を被り、顔が周囲から見えにくくしている。一見、どうにも怪しい格好ではあるが、幸いにも日差しの強い日であり、帽子を被ること自体、めずらしいことではなかったため、道行く人に注目されるということはなかった。

 無論、護衛など連れてはいない。

 セツナとレムのふたりだけで御陵屋敷を抜け出し、目的地に向かって移動中なのだ。御陵屋敷のある尾根を北へ。そのまま住宅街を離れ、北の離宮と呼ばれる区画へと至っている。日は落ち始め、空が赤みががかる時間帯だった。

「さあな。それを知るために行くんだろ?」

「それはそうでございますが……」

 レムが不安げなのは、セツナたちを呼び出した人物がわからなかったからだ。

 セツナがレムとともに護衛に一言も告げず、御陵屋敷を抜け出したのにはわけがある。その理由とは、先ごろ、空中都の出入り口で男の子に手渡された封筒にある。封筒の中には一枚の紙片が入っており、紙片にはセツナに宛てた文章が記されていたのだ。大陸共通語で記された内容は、こうだ。

『北の離宮、東の外れで待つ。ひとりで来られるべし』

 ただ、それだけの文章からは差し出し人も、その目的も見えてこない。ただ、セツナ宛てであることは、あの子供がセツナに手渡してきたころからもわかっている。手紙の主は、セツナに直接手渡すわけにはいかず、そのため、子供たちを利用したのだろう。セツナに手紙を渡している場面を見られるわけにはいかなかったのだろうし、そもそも、手紙を手渡せるのであれば、そのときに直接伝えたいことを伝えればいいだけのことだ。それができなかったのは、ひと目が気になるのもあるだろうし、護衛の目もあるのかもしれない。

 だれもいないところで、セツナだけに会おうというのだ。それ以外には考えられない。

 とはいえ、そうしてセツナとあってどうするのかは、皆目見当もつかないのだから困りものだ。セツナは、手紙の内容をレムにだけ見せているが、ふたりしてどうするべきか考えた。手紙の主は、いまも北の離宮の外れで待っているのだろうし、セツナたちが行かなければいつまでも待ち続けることになるだろう。それはそれで可哀想だと思う反面、正体も明かさず、目的も告げない相手がどのような目に遭おうと知ったことではない、とも考えた。

 結論としては、セツナはレムに衣服を用意させると、エッジオブサーストの能力を用いて屋敷を抜け出したのだが。

 さんざん悩んだ末、手紙の主に会うことに決めたのだ。それも相手の指定通り、セツナひとりで、だ。レムがついてきているものの、手紙の主と会うのはセツナひとりと決めていた。レムを連れて行って、手紙の主が出てこないとなっては意味がない。

 北の離宮は、空中都の中心部と北側区画を繋ぐ大橋を渡り、さらに北へ進んだところにある。空中都中心部の賑わいからは想像もつかないほど寂れており、奥に進めば進むほど人通りはなくなっていく。ついにはだれもいない場所に出る。隠れて人に会うにはもってこいの場所のようだ。手紙の主も、そのことをよく知っているのだろう。空中都の構造、ひとの流れに随分詳しい人物のようだ。少なくとも、一般人ではないだろう。

 石畳の通路を進み、石柱と石壁で囲われた北の離宮の内部に至る。北の離宮は、そう呼ばれているというだけであって、リョハン政府にとって特別な建物ではないらしい。空中都を構成する遺跡群のひとつでしかないためか、警備の人数も手配さえされていない。といって、空中都の住民が出入りしているかというとそういう風でもなく、風化した遺跡の一部が口を開けて、ひとの訪れを待っているような空気さえあった。

 空が夕焼けに染まり始めていた。空気は冷え込み、防寒着のありがたさを実感する。三月も半ばを過ぎようとも、北の大地のど真ん中に位置するリョハンは、極寒とはいわないまでも、寒さに震える日々を送らなければならなかった。

「東の外れ……だったな」

 セツナは、手紙をもう一度確認すると、懐に戻し、北の離宮の東側に視線を向けた。夕焼けが作り出す光と影は、北の離宮の寂れた光景をさらに深刻化させるかのようであり、赤い光と漆黒の影が織りなす迷宮めいた空間にセツナは目を細めた。まるで来てはいけない場所に足を踏み入れたような感覚があるが、気のせいだろう。

「御主人様、警戒を」

「わかってる」

 囁き返し、歩くのを再開する。

 手紙の主が何者かわからないうえ、これほどまでに人気のないところに呼び出されるとなると、警戒せざるを得ないだろう。もしかすると、セツナを快く思わない人間かもしれない。セツナを暗殺するべく呼び出した可能性だって、ないとはいいきれない。リョハンに住む誰もが、セツナの活躍を賞賛しているわけではあるまい。特にセツナは、戦女神ファリアのかつての上司だ。戦女神至上主義のリョハンにおいて、その立場は微妙といわざるをえない。たとえリョハンを救う活躍をし、英雄と讃えられようと、受け入れがたいものはいるものだ。

 北の離宮を東側へ進む途中、セツナは足を止め、レムを物陰に潜ませた。手紙の主がどこかから監視しているかもしれず、あまりにふたりで近づきすぎると、警戒のあまり出てきてくれないかもしれないのだ。レムは、セツナについてきたがったが、それでは話が進まないということで納得させた。

 さらに東へ。

 夕焼けがまばゆく輝きながら西の彼方へと落ちていく中、東に向かって進むセツナの影は異様なほどに伸びていた。まるで巨人の影だ。その影の先が壁にぶち当たるまで、だれかに呼び止められるようなこともなく、セツナは周囲を見回した。北の離宮の正門から、東端の塀の辺りまで歩いてきたということだ。

(北の離宮の東……か)

 手紙に書かれたのは、それだけだった。ほかに目印となるようなものは一切記されておらず、手紙の主がどこで待っているのかもわからない。

 周囲には、いくつもの建物がある。そのいずれかに手紙の主が潜んでいるのは疑うまでもない。いや、もしかしたらすっぽかされたのではないか。そんなことを考えてしまうほどに北の離宮の静寂は深く、ひとの気配はなかった。

 と、そんな風にしてセツナが途方にくれているときだった。

「やはり、来てくださったか」

 低く年齢を感じさせる声が聞こえた方向を振り向くと、離宮内の小さな建物の中から、ひとりの男が姿を見せた。分厚い防寒着を身に纏い、頭巾によって顔を隠した人物。

「待っておりましたよ、護山義侍殿」

 その老人は、セツナのことをそう呼び、そして、予期せぬことを告げてきたのだった。



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