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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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1965/3726

第千九百六十四話 祖父は想う


(まったく、頑固なものだ)

 アレクセイ=バルディッシュは、戦宮を後にすると、従者を連れて空中都を歩いていた。

 大陸歴五百六年三月十六日。

 第二次リョハン防衛戦と記録される戦いから、九日が経過している。

 リョフ山麓へと神軍の戦力が肉薄したものの、幸い、リョハンの三つの居住区からは被害はでなかった。神軍のリョフ山到達は未然に防がれ、また、神軍による超長距離攻撃も、リョハンには到達しえなかった。いずれも、大きな力を持った協力者たちのおかげだ。

 リョハンが保有する戦力だけでは、こうはいかなかっただろう。

 三月も半ばに至り、春の日和が近づきつつある中にあって、空中都は未だ冬の寒さの真っ只中といっても過言ではなかった。リョハンは、ヴァシュタリア最高峰の峻険であり、その頂に抱かれる空中都は真夏を除いて、年がら年中気温が低く、夏が近い六月辺りでさえ厚着でなければ過ごせないほどだった。大陸北部一帯を支配するヴァシュタリア勢力圏内にあって、リョハンはその中央よりやや北寄りに位置している。つまり北国も北国なのだ。小国家群における北国とは、段違いだといってもよかった。

 空中都を出歩くひとびとも分厚い防寒着を身に着けており、寒風の中を走り回る子どもたちですら、薄着ではなかった。空中都での生活に慣れきった住民たちですらそうしなければならないほどだ。外部からこの地を訪れたものたちにとっては、極寒の地獄に放り込まれたようなものだっただろう。リョハン出身のファリアはともかく、ルウファ=バルガザールやミリュウ=リヴァイアなどは、リョハンでの生活に慣れるまで苦労したに違いない。

 そんなことを考えてしまうのは、やはり、第二次リョハン防衛戦において殊勲ものの活躍をし、神軍に総撤退を決断させた英雄のせいだろう。

 セツナ=カミヤ。

 リョハンは、彼の活躍を比類なきものとして讃え、護山義侍という勲章でもって表彰した。戦女神が主導となって行われたこの表彰には、護山会議の全議員も賛同している。当然の結果だ。議員の中にはファリアを快く思わないものもいないわけではないが、だからといってセツナの活躍を認めないほど愚かなものはひとりとしていないのだ。

 勲章を授与するべく、式典が執り行われたのは、今日午前中、つい数時間前のことだった。

 その式典において、戦女神と英雄が取り交わした言葉はわずかばかりであり、そのことばいまも彼の頭を悩ませていた。

 アレクセイは、戦女神ファリア=アスラリアをリョハンの支柱として敬う一方、最愛の孫娘として溺愛してもいるのだ。

 そのファリアにとっての想い人こそが、だれあろうセツナ=カミヤそのひとであり、故にこそ彼はここ数日、心落ち着く暇もなく、考えを巡らせなければならなかった。

(どうしてあそこまで強情でいられるのか)

 と、胸中で嘆く彼の脳裏には、ファリアの冷たい表情が思い浮かんでいた。まるで鉄の仮面だ。なにをいおうとも、どう言い繕おうとも、うんともすんとも言わない。まったく動じず、隙さえ見せない完璧な布陣。以前のファリアからは考えられないほど堅牢で強固な壁が、彼女の心を包み込んでいるようだった。

 少し前までのファリアならば、セツナの名前を出すだけで取り乱したものであり、ニュウがそうやってからかうことで彼女の心を解そうとしているのを遠目に眺め、ニュウに内心感謝していたものだった。ファリアは、戦女神の責務を果たそうとするあまり、心を硬直させ、思考させも硬化させる傾向にあった。故に、ニュウ=ディーを始めとするファリアの周囲のひとたちは、彼女の心を解きほぐすべく、あの手この手を用いたものなのであり、その有力な手段として、セツナの名前があった。ただし、これは劇薬であり、あまりに多用するとファリアの怒りを買う可能性があるため、ニュウのようにファリアの扱いに慣れたものでなければ安易に用いることのできないものだった。

 アレクセイには、とてもではないが利用できない方法であり、実際、彼は著しく失敗してしまった。

 ファリアは、アレクセイの提案を尽く却下し、戦宮への出入りさえ禁じようとしてきたため、慌てて従者ともども戦宮を辞したのだ。

 アレクセイは、ファリアに時間を与えようと試みたのだ。

 もちろん、セツナとじっくりと話し合うための時間をだ。

 ファリアは、セツナと念願の再会と果たしたにも関わらず、触れ合うことも、言葉を交わすこともままならなかったのだ。再会早々、セツナが気を失ったこともあれば、その後も、ファリアは戦女神としての仕事に追われ続けているからだ。そして、戦女神の仕事が休まることなど、しばらくはない。休まったところで、彼女はセツナに会おうとするかどうか。

『余計な気遣いは無用にございます、議長代理殿』

 ファリアの冷ややかな言葉が蘇る。

『わたくしは、戦女神ファリア=アスラリア。セツナ殿には、溢れんばかりの感謝の気持ちこそありますが、だからといって、彼と個人的に面会する時間など、持てようはずもないでしょう。そのことは、護山会議の議長代理であるアレクセイ殿には、ご理解いただけるはずですが』

 そういいきる彼女に対し、先代戦女神はそうではなかった、などといおうものならば、彼女は凄まじい剣幕で反論してきたものだった。それこそ、軍神ここにありといわんばかりの形相であり、アレクセイは、数十年前、独立戦争において獅子奮迅の戦いぶりを見せた愛妻のことを思い出さずにはいられなかった。

 しかし、その愛妻――つまり、先代戦女神ファリア=バルディッシュはどうだったかというと、当代の戦女神ほど、厳粛な人物ではなかったのは間違いない。のほほんとした言動からも分かる通り、規律よりもその場の雰囲気や情を大切にする女性であり、彼女がファリアの立場ならば、まず間違いなく私情を優先し、想い人との時間を大切にしたことだろう。そしてそのことで、戦女神に対する批判の声が上がることはない。なぜならば、護山会議が戦女神の行動を公表しないからだ。

 何十年も前のことだが、アレクセイが激務の余り倒れたとき、戦女神は公務もそこそこにつきっきりの看病をしたものだった。

 戦女神は、リョハンの中心であり、支柱だが、同時に人間でもある。それくらいの我儘な振る舞いは許されて当然なのだ。

 だが、当代の戦女神ファリア=アスラリアは、戦女神に理想を追い求め、その理想を体現することこそ、自分に課せられた使命であるかのように振る舞っていた。つまり、戦女神とは私情を挟まぬ高潔な存在であり、私利私欲を無くし、無心でもってひとびとに救いの手を差し伸べなければならないものである、ということだ。

 個人的な感情で動いてはいけないというのだ。

 それでは、彼女の心はどうなる。

 アレクセイは、それが心配でならない。

 いまは、いい。

 彼女は若く、健康で、元気だ。セツナと再会を果たし、心も蘇ったことだろう。だが、それはいまだからだ。いまだから、そういえるのだ。

「あー!」

 不意に彼の思考を遮ったのは、子供の大声だった。ふと見ると、ぶかぶかの防寒着を着込んだ子どもたちが、元気よく駆け寄ってくるところだった。

「アレクセイさまだー!」

「アレクセイさま、こんにちはー!」

「あれくせいさまもいっしょにあそぶー?」

 五、六才くらいだろうか。まだ将来について考える必要もなければ、勉強のべの字も知らないような幼い子供たちは、アレクセイの目の前まで来て、目をか輝かせた。まるで親しい友だちにでも逢ったような反応だが、あながち間違ってはいない。アレクセイは、目の前の子どもたちをいずれも知っているし、遊んだことがあったのだ。

 すると、子供たちのお守りをしていたらしい大人が慌てて駆け寄ってきた。

「こ、これ、アレクセイ様に失礼があろう」

「よい、気にするでない。子供は元気が一番だ」

「アレクセイ様がそう仰られるのなら……まあ」

「うむ。躾も良いが、心の在り様も重要なのだ。この子達は、わたしを知り、挨拶をしてきた。言葉遣いは後から正していけばいい。しかし、その心ばえを即座に否定しては、萎縮してしまうかもしれないぞ。リョハンの子は、このリョフ山のように育てるべきだ」

「リョフ山のように……でございますか?」

「そうさな……この蒼天に突き刺さるほどに気宇壮大な人物に育てば、リョハンの未来も安泰だろう?」

「は、はあ……」

 子守の男は、なんともいえない間の抜けた表情をした。アレクセイの話を理解していないというよりは、護山会議の議長代理とあろうものが、それでいいのだろうか、とでもいわんばかりの反応だ。

「アレクセイさまのおはなし、よくわかんなーい」

「むずかしー」

「きうそーだいってなに?」

「は、ははは……すみません」

「あやまることはない。難しい話をして、悪かったね」

 アレクセイは、その場にかがみ込むと、子供たちと同じ目線になって、話しかけた。子供たちはそれぞれに頭を振る。

「ううん、アレクセイさまはわるくないよー」

「そういってくれると、助かるよ」

「あ、アレクセイ様、それではわたくしどもはこれにて失礼仕ります。い、いくぞ、ほら」

「しつれいつかまつりまするー」

「つかまつりー」

「つかまるつー」

 子供たちを引き連れて、そそくさと退散していく大人の背中を見遣りながら、彼は内心苦笑せざるを得なかった。まるで地獄の鬼にでも出くわしたかのような反応だが、さもありなんとも想うのだ。アレクセイは、護山会議の議員であり、いまは議長代理を務めている。それだけでなく、先代戦女神の夫として、リョハンに知らぬものがいない存在だった。その発言力は、護山会議の一議員にとどまるものではない。一般市民が彼を見て、恐れ戦くのも無理からぬことだ。

 しかし、そういった背景を知らない子どもたちにとっては、よく遊んでくれる老人にほかならないのだから、ああいう反応にもなろう。

 アレクセイは、暇ができると、空中都の子どもたちと遊ぶことにしていた。知識は不要なほどに溜め込んでいるし、老い先短いことはわかりきっている。仕事以外の時間くらい、なにも考えずにいたいというのが彼の本音だった。

「おやおや、どこの好々爺かと思えば、知りも知ったる大伯父殿ではありませんか。子供たちの相手をして、点数稼ぎですかな?」

 左手からの声に目を向けると、護峰侍団の制服を身につけた集団が近づいてくるのが見えた。声をかけてきたのは、先頭の男であり、その後に続く隊士たちは一様にぎょっとした反応を見せていた。それはそうだろう。護峰侍団の隊長格といえど、護山会議の議員にそのような口を聞くなど、あってはならないことだ。礼儀を失するにもほどがある。

 スコール=バルディッシュ。護峰侍団三番隊長であり、アレクセイと同じバルディッシュ家のち筋の人間だ。

「相変わらずの減らず口だな、スコール」

 アレクセイが目を細めると、路地の奥からもうひとり、隊長格が飛び出してきた。金髪の女だ。失ったほうの目を前髪で隠した女隊長格といえば、ひとりしかいない。アルセリア=ファナンラング。四番隊長。

「まったく、無礼なやつで済みません、議長代理。あとで絞めておきますので」

 アルセリアは、口早にそういうと、アレクセイに向かって深々とお辞儀をし、隣で突っ立つスコールも強引に頭を下げさせた。

「おお、こわーいこわーい」

「本当に締めるぞ」

「いやん」

 いやいやをしてみせるスコールを見つめながら、アレクセイは、憮然とするほかない。実弟ガルム=バルディッシュの孫に当たる人物は、昔から、規格外の男として有名だった。枠にはまらず、法理でもって支配することのかなわぬ人物。だが、故にこそ、リョハンに相応しい人間であり、優秀な武装召喚師足り得たとは、彼の師の言葉だが、本当のところはよくわからない。彼が優秀なのは、隊長格を務めているというだけでもわかることではあるが。

「……先日、死にかけた男とは思えんな」

「はっはっは、戦女神様の愛あればこそ、我は何度でも蘇るのですぞ、大伯父殿」

 などと、スコールが大真面目に言い張ってくるものだから、アレクセイは嘆息するよりほかなかった。

 世の中、彼のような単純なものばかりならば、もう少しやりようがあるのではないか。



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