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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千九百六十二話 英雄と守護神(二)


「セツナ、レム、君たちを呼んだのはほかでもない。ふたりに直接感謝したかったからだよ」

 マリクは、途切れることのない静けさの中、その静寂にも等しい柔らかな声音で、話を切りだしてきた。

 感謝。

 いまに至るまで、何度となくいわれてきた言葉だ。目が覚め、今日に至るまでの間に数え切れないほどの感謝の言葉を聞いた。護衛に当たってくれている護峰侍団の隊士たちはいわずもがな、御陵屋敷で働くひとたちも、ルウファたち七大天侍にも、護峰侍団幹部--いわゆる隊長格と呼ばれるひとたちにも、一見権威主義的に見えなくもない護山会議の議員にもだ。

 それだけではない。セツナを一目見ようと御陵屋敷を訪れたリョハンの一般市民の数々からも様々な感謝の言葉が届けられている。子供から大人、老人に至るまで、老若男女関係なしに、だ。だれもがセツナのおかげだといい、セツナを救世主のように敬った。

 そういった声を聞くたびにセツナはなんだか照れくさくなって仕方がなかったものだ。

 セツナは、リョハンのために飛んできたわけではない。 大局を見たわけでもなければ、神軍許すまじという想いでもなかった。もっと単純で、個人的な気持ちが彼を突き動かし、最終手段ともいうべき全眷属召喚を行ったのだ。

 ファリアのため。

 突き詰めれば、それだけのことだ。

 もちろん、ファリア以外の、たとえばミリュウやルウファといったともにいるであろうひとたちのことも大切に想っていたし、皆を助けたいという気持ちもあった。だが、しかし、セツナがあのとき第一に考えたのはファリアのことであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。ファリアしか見えなかった。

 そんなことをミリュウにいえば泣いて怒るかもしれないが、仕方がないのだ。

 ミリュウがかつていったように、ファリアは、セツナにとっての女神なのだから。

 だから、彼女の窮地を知れば居てもたっても居られなくなる。ただ、それだけのことだ。

 それだけのことを皆が大げさにほめそやすものだから、セツナとしても反応に困り果ててしまうのだ。先頃、授与された護山義侍の勲章だってそうだ。

 セツナは、なにもリョハンを護るために戦ったわけではない。それを護山義侍などという仰々しい名称で誉め讃えられるのは、こそばゆくて敵わないのだ。だからといって、戦女神の肝いりで新設された勲章を無碍に拒絶することなどできるわけもなく、ありがたく頂戴するしかないのだが。

 ファリアの顔に泥を塗ることなどできようはずもない。

「君たちが着てくれなければ、リョハンはいまのように安穏たる日々を取り戻すことなどできなかっただろう。少なくとも、日常は縁遠くなり、幸福など実感もできない状況へと至っていただろうね。リョハンが滅びていたとしてもおかしくはないんだ」

 マリクは、そういってくると、深々と頭を下げてきた。

「ありがとう」

「ああ……当然のことをしたまでさ」

 セツナがマリクの感謝を素直に受け取ったのは、そうしなければ失礼に当たると想ったからだ。何度もいわれたことだ。感謝や礼は素直に受け取るべきだ、と。でなければ、感謝した側の人間が立場を失う。

「俺がいなくとも、なんとかなったような気もするけどな」

「そんなことはないさ。ぼくとリョハンの武装召喚師、それにラムレス率いるドラゴン属では、ね」

「結構押してるように見えたのは、勘違いだったのか?」

「そう見えただけのことだよ」

 マリクが肩を竦めた。

「神軍は、あの戦いに三柱の神を投入していた」

「三柱……!?」

 つまり三体もの神があの戦場にいたということだが、セツナは、目の前の女神に意識を集中させるあまり、気づいてもいなかったことに愕然とした。第二次リョハン防衛戦における戦場は、リョハンを中心とした広範囲に及んでいる。神軍は二十万を超える大戦力によってリョハンを包囲、八方向に陣地を構築していた。そのうちいくつかはラムレスらによって壊滅し、機能不全に陥っていたが、セツナが到着した頃合いでも活動的な陣地はいくつかあり、そのいくつかに二体の神がいたということだ。もし、その神々が主戦場に現れていれば、セツナも危うかった可能性がある。

 女神に対し圧倒していたとはいえ、完全武装状態は維持するだけでもとてつもなく消耗が激しく、制限時間があるといっても過言ではなかったのだ。女神を含め、神軍があっさりと撤退してくれなければ、セツナは消耗の余り力尽きていた可能性だってあるのだ。三体の神を同時に相手にするのは、あのときのセツナですら困難を極めたに違いなく、力尽きるのも時間の問題だっただろう。その事実を知り、肝が冷える想いだった。

「あの女神様だけではなかったのですか?」

「うん。セツナが戦った女神以外にも、二柱の神がいたんだよ。いずれもアシュトラと同じく、ヴァシュタラを構成していた神々だろうね。ほかには考えられない。少なくとも、ぼくと同じように人間に身をやつしていたような神なんていないだろうし」

「ヴァシュタラを構成していた神々ってのは、相当多いんだな?」

「そうだよ」

 マリクが事も無げにうなずいてくる。

「低位の神が高位の神に対抗するべく、群れ集い、生み出されたのが、至高神ヴァシュタラだ。そのことは、君も知っているようだね」

「ああ」

 セツナが首肯すると、レムがきょとんとした顔をした。

「そうなのでございます?」

「そういや、レムには教えていなかったな」

「はい、聞いておりませぬ。ご主人様は隠し事がお好きなようで」

「い、いや、話す機会がだな」

 セツナが慌てたのは、レムがめずらしく不愉快そうな反応を示したからだ。いつだって微笑を湛え、陽気な反応を見せる彼女にしては、むすっとした表情は中々にめずらしい。

「相変わらず女性に弱いようだね、セツナ」

「唯一無二の弱点にございます」

 にこやかに、レム。セツナは、彼女に手玉に取られている自分に気づき、憮然とした。

「誇ることかよ」

「誇りますとも」

 胸を張るだけでなく、上体を後ろに反らしすぎるほどの体勢となったレムが、当然のようにいってくる。

「わたくしのことも、女性として見てくださっているということでございますもの」

「……そりゃそうだろ」

「うふふ」

「主従仲がいいのは、喜ばしいことだけれど、話が進まないのは玉にきずだね」

「あ、ああ、そうだな。進めてくれ」

 セツナは、苦笑交じりのマリクの一言に渋い顔になった。マリクは、そんなセツナの反応を面白おかしそうに見ていて、それが余計にセツナの表情を厳しいものにする。そして、そういうセツナの表情を楽しそうに受け止めるのがレムであり、セツナは、途方に暮れざるを得ない。しかしながら、話は至って真面目に進行するのだから、困ったものだ。

「ヴァシュタラがその形を失い、神々の結合が解かれたのは”大破壊”と時を同じくしている。おそらく、”大破壊”が起きた際、なんらかの状況が発生し、ヴァシュタラではいられなくなったんだろうね。そして、ヴァシュタラという楔から解き放たれた神々のうち、相当数が野に下った。君たちが出会った神々ーーアシュトラ、マウアウ、ラジャムのようにね。その数だけで数百はくだらないだろう。この大陸にも何柱もの神がいることからも、それは間違いない」

「数百……」

 セツナは、かつてアズマリアから聞いたことを思い出して、唖然とした。

 聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンは、完璧な召喚魔法によって異世界の神々をこのイルス・ヴァレの地に召喚した。それがのちにいう皇神であり、皇神たちの間には大きな力の隔たりがあったという。もっとも強大な力を持った二柱の神は、ナリアという女神と、エベルという男神だ。それ以外の神々とはそれこそ、次元が違うのではないかというほどの力の差があるというだけあり、ナリアはザイオン帝国を起こさせ、エベルは神聖ディール王国の守護神となった。

 残る数多の神々――それこそ数百の神々は、二柱の大神に対抗する方法を模索した結果、至高神ヴァシュタラという強大な神の集合体となったのだ、という。その結合がなんらかの理由で解かれ、数百の神が野に放たれた。

 邪神アシュトラ、海神マウアウ、闘神ラジャム。セツナがこれまで遭遇してきた神々のいずれもが、ヴァシュタラを構成していた要素なのだ。かの神々のように世界中に散らばった神々もいれば、先ごろ、セツナと交戦した女神のように神軍に属する神々もいるのだろう。

 この世に神は満ちている。

「なんのためにでございます?」

「さあね。それは、神によるんじゃないかな。神々がヴァシュタラとなっていたのは、ある目的を果たすため。それは、知っているね?」

「ああ。聖皇の復活とその力による送還……だな」

「そう。それが、神々の目的。ぼくのような漂流神でもなければ、本来在るべき世界に帰りたがるのは当然のことだからね。自分たちを望み、信仰し続けているであろう信徒たちの元へと帰還せんと熱望するのは、神々の本能のようなものさ」

 そしてそれ自体には悪意はなく、むしろ、善意に近いと彼はいう。それはそうだろう。神々は、ひとの祈りによって生まれ、願いや望みを叶える存在なのだ。聖皇によって召喚された神々ーーいわゆる皇神たちは、その神としての本分を果たせぬまま、五百年以上に渡ってこの世界に留まり続けている。一秒でも早く在るべき世界に戻り、その世界にいる信者たちの願いを叶えたいと熱望することを悪意などとはいえまい。

 たとえその引き替えにイルス・ヴァレが滅びたとしても、彼らには知ったことではないのだ。

 この世界は、彼らの生まれた世界ではないのだから。

「たとえば、ぼくが異世界に召喚されたのならば、彼らと同じように在るべき場所への送還を熱望するだろうね。ぼくはこの世界――ファリアが愛したリョハンを護るために、ここにいるのだから」

 マリクの透き通った光を帯びた瞳を見つめながら、セツナは、彼の純粋な想いを感じ取り、目を伏せた。

 彼のいうファリアとは無論、先代戦女神ファリア=バルディッシュのことだろう。彼とファリア=アスラリアはあまり関わりがない。

 彼がなぜそこまでファリアのことを想い、ファリアのためにリョハンを護ろうとしているのかは、知らない。しかし、彼のどこまでも純粋な想いがあればこそ、リョハンは“大破壊”を生き延び、生き続けることができているのだから、深く聞く必要もない。

 マリクの目を見つめれば、彼の心に触れれば、それだけで十分だ。



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