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第百九十四話 ゼオルにて

 ガンディアの中央軍が、ロンギ川での戦後処理のために停止していた進軍を再開したのが、十七日の午前中のことだ。十七日未明に終わった戦闘から進軍再開までの休憩時間は短く、不満の声も各所から聞こえてきたが、アルガザード・バロル=バルガザールはゼオルへの進軍を強行した。

 とはいえ、進軍速度はゆるやかなものであり、馬上、うたた寝するものもいれば、馬車の中でくつろぐものたちも散見された。激しい戦いが終わり、死者の弔いも済み、緊張感が抜け落ちてしまったのだろう。が、大将軍も彼の腹心たちも、だらけきった兵士たちを怒鳴り散らしたりはしなかった。大将軍にせよ、副将たちにせよ、向かう先のゼオルで小規模な戦闘すら起きないことを熟知していたのだ。

 斥候からの報告である。

 ゼオルには都市防衛のための兵力すら置いておらず、また、戦場から逃亡した兵士たちが隠れているような様子もないというのだ。市民たちは、防衛戦力さえも出払ってしまったことに不安と不満を抱いており、この際、ガンディア軍でもいいから入って欲しいとさえいっている始末だという。それはごく一部の発言ではあるにせよ、本音も混じっているに違いない。

 この大陸には、皇魔おうまという化け物が住み着いている。異世界から到来した人外の化け物どもは、この大陸の人間を忌み嫌い、敵視しているようなのだ。人間を見ると襲いかかり、殺戮する化け物達の存在が、街の城壁を高く、厚くしていったという歴史もある。ゼオルのひとびとは、皇魔が襲来する可能性に恐れているのだ。防衛戦力がない以上、門を閉じ、籠もっているしかない。それで皇魔がやり過ごせるのならいい。が、必ずしもそうはいかないのが現実なのだ。城壁を飛び越えて侵入されれば、もう終わりだ。抵抗する力を持たない市民は、ただなぶり殺されるだけなのだ。

 だから、敵国の軍勢であっても、入ってくれた方がましだと考えるものがいたとしても、不思議ではない。


 中央軍は、十七日の深夜にゼオルに入っている。

 十五日にナグラシアを出発し、十六日は丸一日、聖龍軍との戦いに費やしたと考えると、驚異的な速度で辿り着いたともいえる。

 それは、十七日の途中から進軍速度を上げていったことも大きい。アルガザードが、ゼオルに到着すればたっぷり休むことができると喧伝したがために、一部の部隊が突出。他の部隊も負けじと速度を上げていったため、結果として予想以上の早さでゼオル入りを果たすことになったのだ。

 ゼオルに到着後、予想通り戦闘などは起きなかった。

 むしろ、逃亡兵たちがゴードン=フェネックの存在を知り、続々と投降してきたのには驚いたものだが、当然ではあったかもしれない。ゼオルに駐屯していた龍鱗軍の兵士たちなのだ。彼らにとって帰るべき場所はゼオルであり、ゼオル以外の都市に逃げるという選択肢を持たなかったのかもしれない。もっとも、ゼオルに駐屯していたからといってゼオル出身の兵士ばかりではないのだろうが。

 ともかくも、受け入れた投降兵はゴードンに管理させることになった。レオンガンドの指示であるが、アルガザードに異論はない。ゴードン=フェネックという男に戦意はなく、敵意の片鱗さえも見当たらなかった。彼はナグラシア、ロンギ川と連続で敗戦を経験し、心が折れてしまったのだろう。その上、彼はナグラシアに置き去りにしてしまった妻の身を案じていたようで、アルガザードが無事を確認させると約束すると、泣いて喜んだものだ。

 投降兵を纏めて監視するには、翼将だった彼を籠絡するのが一番だろう。彼は部下に信頼されており、彼が大人しくしている限り、投降兵が再びザルワーンに寝返ることもないように思われた。もっとも、彼の支配下である第三龍鱗軍以外の兵士の意思までは纏められないだろうが、第三龍鱗軍の兵士が一番多いのだ。彼らさえ制しておけばいい。

 ゼオル市民に安全を約束すると、彼らは安堵したようではあったが、それでも敵国の軍勢を目の当たりにして緊張感を抱いたようだった。戦闘を終えたばかりの軍勢は、殺気立っていたのかもしれない。のほほんとした行軍も、後半はゼオルを目指しての競争のようになってしまったのだ。アルガザードは、素早くゼオルに乗り込めたことには自賛したものの、兵士や馬の体力を消耗しすぎたかもしれないと反省してもいた。

 ゼオル到着後の兵士たちは、すぐさま休息に入りたがっていたが、宿舎の割り当てなどもあり、難航している様子だった。

 アルガザードはその間にレオンガンドとともにゼオルの庁舎に赴いている。主だった役人は、ジナーヴィによって殺されたといい、ほとんど機能していなかったという。アルガザードは唖然としたものだが、ゴードンや役人の話によると、ジナーヴィは反抗的なものの多くを殺すことで、軍を纏めていたということだった。

 聖将ジナーヴィ=ワイバーン。本当の名はジナーヴィ=ライバーンであり、国主ミレルバス=ライバーンの次男だというのだが、彼が家名を偽った理由はわからない。家を恨んでいるからだ、というのがザルワーン兵の間から聞こえてくる噂だったが、本当のところは不明だ。ともかくも、魔龍窟から出てきてそうそう聖将位を与えられた男が軍を纏めるには、恐怖による統率しかなかったのだろう。ゴードンも死にたくないから従っていたようだ。

 レオンガンドは、ゼオルに仮の司政官としてケリウス=マグナートを指名し、守備隊としては第一軍団のマーシェス=デイドロ以下五百名を選んでいる。ゼオル庁舎の役人のうち、ガンディア軍に降ったものはそのまま使うことにしたが、抵抗するものはほとんどいなかった。彼らは軍人ではないのだ。戦う力がない以上、こちらに従うのが賢い選択といえる。こちらとしても無駄な血は見たくないし、無力な民衆をなぶるような趣味は持ちあわせてもいない。レオンガンドからしてそうだ。彼の潔癖性は、軍規の厳しさでもわかる。制圧した都市の市民に少しでも暴力を働いたものには厳罰が下された。

 レオンガンドの教育が行き届いているガンディア軍や、女性兵の多いルシオン軍は、そういった問題を起こすことはなかった。問題を起こすとすれば傭兵団《蒼き風》であり、ミオンの荒くれ者たちであったが、レオンガンドはそれらにも厳正な処罰を求めた。ギルバート=ハーディは部下の不明を恥じ、シグルド=フォリアーも部下を断罪した。それによって中央軍の空気は一気に引き締まったといっていい。

 レオンガンドは戦闘行動中以外の怠惰こそ許したが、軍規違反には目を瞑るということがなかった。いや、彼がもっとも気にしていたのは、制圧した都市の人々の評判であろう。ガンディアの領土にしようというのだ。市民の感情を逆撫でるようなことをしてはならないのだ。不興を買えば、それだけで支配に時間がかかってしまう。

 ガンディアは、ひとつの都市の制圧に手間取っている場合ではないのだ。

「あとはマルウェールだけか」

 庁舎を出ると、レオンガンドがつぶやいた。

 バハンダールは、予定よりも早く制圧し、西進軍の被害も少なかった。ゼオルの制圧こそ簡単ではあったが、ロンギ川での激戦は中央軍に多大な被害をもたらしている。が、順調な推移とはいえるだろう。最終目標は龍府であり、龍府では、全軍集結しての攻撃を行う予定だ。多少の犠牲は、問題にはならない。

「十八日には、到着するでしょう」

 北進軍がスルークを通過したという情報は入ってきている。明日にはマルウェールに到達し、攻撃も開始されることだろう。北進軍の総大将は左眼将軍デイオン=ホークロウだ。彼の采配を目の前で見ることができないのは残念ではあるが、彼ならば上手くやってくれるだろうという信頼はある。長年、アルガザードとともにガンディア軍を支え続けてきた人物だ。レオンガンドを見限らなかった人物でもある。

「北進軍にはカインをつけてある。敵に武装召喚師がいたとしても対応できるだろう」

 レオンガンドは、そういって歩くのを再開した。夜空は明るいが、昨夜ほどではなかった。月も、昨夜より一回りほど小さく見える。輝きも弱々しい。昨夜が異常だったのだろう。膨大な月明かりの下、きらめく川面が印象に残っている。

 カイン=ヴィーヴル。軍属の武装召喚師。仮面の男。アルガザードは、彼の正体を知っている。が、なにもいわなかった。いえば、棘になりかねない。アルガザードは、彼を信用してはいないし、外法機関の異能者もまた、信用してはいなかった。レオンガンドは、彼や異能者を頼りすぎている。そこに危うさを感じ、何度なく忠告したのだが、レオンガンドには取り合っても貰えなかったようだ。

 レオンガンドにはレオンガンドの考えがあり、アルガザードとは違う。それだけのことだ。その程度のことで、アルガザードがレオンガンドに不信を抱くこともない。アルガザードは、レオンガンドにガンディアの将来を賭けている。幼少よりこれまで、ずっと見守ってきたのだ。きっと、死を迎えるまで見届けることになるだろう。

 レオンガンドの進むべき道がなんであれ、その傍らにあり続けるのがアルガザードの使命なのだ。

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