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第千九百四十五話 竜がもたらすもの(三)


 ケナンユースナルの背に乗り、リョハン空中都を離れたのはスコールを含めた五名だ。戦女神ファリア=アスラリアは当然のこととして、七大天侍ニュウ=ディーとカート=タリスマがファリアの護衛につき、シヴィル=ソードウィンは職務のため空中都に残った。その三名に加え、スコールとミルカ=ハイエンドの護峰侍団隊長格二名が、ケナンユースナルの大きな背中に乗った。

 ケナンユースナルは、ラムレス=サイファ・ドラースの眷属において最大の体躯を誇る飛竜であり、その背に五名の大人を乗せるくらい平気だった。ラムレスは、川舟を背に乗せても余裕があるほどの巨躯であり、ケナンユースナルとも比べ物にならないほどに巨大だが、ケナンユースナルの背に乗れば、人間がいかにちっぽけな存在なのかはっきりとわかるくらいには、彼の巨体も圧倒的だった。

 その背から振り落とされないようにするにはどうすればいいものかと頭を悩ませたスコールだったが、ケナンユースナルは、人間たちの浅慮を苦笑するように平然と空を舞った。二対四枚の翼が大気を叩き、ケナンユースナルの鋭い一声が飛竜の巨躯を上空へと打ち上げる。そして、目が回るほどの速度で旋回したかと想うと、瞬く間に空中都上空を離れ、リョフ山の周りを螺旋状に降下するようにして地上へと山麓へと向かっていく。その間、スコールたちは驚きっぱなしだったが、竜の背から振り落とされるようなことはなかった。竜の背にへばりつく必要もなければ、背の突起を掴む必要もない。足裏が竜の背にくっついていて、そのまま安定していたのだ。

「竜語魔法ってやつですか」

「そのようですね。さすがはラムレス様の眷属筆頭……いたれりつくせりです」

 ファリアがケナンユースナルの後頭部を見遣りながら微笑む。その微笑のなにものにも代えがたい神々しさは、スコールがしばらく呼吸を忘れるほどのものだったが、どうやら同乗しただれもがその美しさを理解していないようだった。というよりも、ほかのことに気を取られているのだ。ミルカなどは、ケナンユースナルの飛行速度に圧倒されっぱなしで、その場に座り込み、スコールの右足にしがみついている始末だった。

 足は竜の背に接着しているものの、ケナンユースナルの凄まじいとしかいいようのない飛行速度は体感として理解できるものであり、なにかに掴みたくなるのもわからないではない。

 やがて、ケナンユースナルが地上に降り立つと、スコールは、彼がなぜ、空中都にその戦利品を転送しなかったのか、一瞬にして完全無欠に理解できた。そして同時に驚愕と衝撃に意識を貫かれ、頭の中が真っ白になる。まったくもって完全に想定していなかった戦利品だった。

「これは……」

「まさか……」

 ファリアも呆然としたようにつぶやいた。彼女の視線の先、つまりスコールの視線の先には、複数の飛竜がケナンユースナルの到着を待ちわびていたようであり、ケナンユースナルに対して身を低くした。ケナンユースナルはラムレスの眷属の中でも特に地位の高いドラゴンだ。ほかのドラゴンたちが彼に敬意を払うのは当然のことといえる。

 もっとも、スコールたちの意識は、青い飛竜たちの反応よりも、その飛竜たちが護るようにしているものに集中していたが。

「そう、そのまさかだ」

 背の上でそれを目の当たりにし、驚きに打ち震えるスコールたちの様子に、ケナンユースナルは満ち足りた反応を見せた。

「汝らが方舟と呼び、彼奴らが飛翔船と呼ぶものよ」

 そうなのだ。リョフ山麓において、複数の飛竜に護られるようにして安置されていたのは、彼のいう通り、リョハンが方舟と命名した神軍の飛行船だった。白く輝く翼こそないものの、外観はまさに方舟そのものであり、白く美しい流線型の船体を見間違えることはない。ただ、先の戦いにおいて、神軍本陣に見た方舟とは細部が異なるようだった。船体表面の装飾や甲板を覆う天蓋の模様も違っていた。大きさに差はないように見える。

 速やかに背から降りられるようにと身を屈めてくれたケナンユースナルに感謝しながら、スコールたちは彼の背を降り、飛竜たちが見守る中、方舟に接近した。白く巨大な流線型の物体は、リョハンにとっては恐怖の象徴ともいうべき神軍の飛行船そのものであり、紛れもなく方舟と呼んで差し支えなかった。

《確かに方舟だね》

 ニュウが手にした通信器から姿を見せたマリクが、方舟を見遣りながらいった。通信器を通して視界を確保することもできるらしい。神様にはなんでもありということのようだ。

「はい……本当に方舟のようですが……いったい、どうやって」

「無論、我が力によって撃ち落としたのだ」

 ケナンユースナルが当然のようにいってきて、スコールは、さもありなんと思わざるを得なかった。ほかに考えようがない。神軍が方舟を放置して逃げ出すとは、とても考えられないからだ。

《単純明快な方法だ》

 マリクがくすりと笑う中、スコールは確かにケナンユースナルの攻撃跡と思しき大穴が方舟を貫いていることを確認した。船体上部を覆う天蓋のようなものから、船体下部を大きな穴が貫いているのだ。覗き込めば、方舟の内部構造まではっきりとわかりそうだった。

「さすがはケナンユースナル様」

「とはいえ、中々に骨が折れたぞ。方舟には神が付き物故な」

「神が……」

「付き物……?」

 スコールは背後を振り返り、ケナンユースナルの長大な首を見上げた。輝く双眸は、ファリアを見ているようだ。

《先の戦いでわかったことだけれど、どうやら方舟は神の力を動力としているようだ。神の力を浮力及び推進力に用いているんだろうね。だから、世界中を飛び回ることも容易いのさ》

「では、ケナンユースナル様は、神と戦った……と」

「うむ」

「そして、撃退なされたのでございますね?」

「そうだ」

 ケナンユースナルは、平然と肯定したものの、戦いの詳細についてはなにもいってこなかった。神と戦って撃退するのを当然のことのようにいい、そしてそのおそらく言語を絶する激戦だっただろう内容を語りもしないあたりに彼のドラゴンとしての自負、ラムレスの眷属筆頭としての矜持があるように想えた。竜は誇り高き種族だという。誇りのためにならば滅ぶことも辞さないほどの気高さが、彼らの力の源なのだとも。そのような伝承が真実に近いと想えたのは、ケナンユースナルがそのような性質の持ち主だからだ。

「もっとも、彼奴らにとってこの船はさほど惜しいものではなかったと見ゆる。さもなくば、船体に大穴が空いた程度で放置はすまい」

「まさか、また罠じゃあないでしょうね?」

《その可能性も低くはないね》

 マリクの言葉にその場にいる全員が通信器に注目した。

《神軍は、かつて方舟から数多の軍勢を繰り出してきた。つまり、方舟に戦力を転送する機能でもあるということ。リョハンが油断しきったところに戦力を転送してくるかもしれない》

「転送機構と思しきものは、既に破壊してある」

《それは……いたれりつくせりだね》

 虚をつかれたようなマリクの反応は、めずらしい。

「なにからなにまでありがとうございます、ケナンユースナル様」

「なに……我が父の命なれば当然のこと」

「では、ラムレス様にも感謝申し上げなければなりませんね」

「うむ。それがいい。我よりも、我が父と、ユフィーリアに礼を述べるべきだ。我は我の務めを果たしたに過ぎぬ」

 ケナンユースナルは力強く言い切ると、その双眸を細めた。まるで微笑を浮かべているように見えたが、本当のところはわからない。ドラゴンは感情豊かな生き物であるらしいが、スコールは、ドラゴンたちが泣いたり笑ったりしているところを見たことがなかった。故にケナンユースナルの表情の変化程度では、彼がどのような感情でもってファリアに相対したのか、わからなかった。ただひとついえることは、どうやら彼は、ファリアを悪からず思ってくれているようだ、ということだ。

 ともかくも、リョハンは、ケナンユースナルから提供された膨大な量の戦利品と方舟を手に入れ、その処理に追われることとなったのだった。

 特に方舟の扱いに関しては、護山会議ともさんざん話し合うこととなり、方舟の構造を把握するべく、優秀な武装召喚師と研究者による調査隊が結成された。方舟の構造を把握し、弱点でも見つけることができれば、今後、神軍が攻め込んできたとき、有効に利用することができるだろう。

 あるいは、方舟そのものを利用することも可能かもしれない。 

 空を翔ぶ船は、このばらばらに引き裂かれた世界を巡るには有用だ。


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