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第千九百四十一話 モルドア=フェイブリル


「これで良かったのかね」

 会議が終わり、すべての参加者が大会議室を去った後、アレクセイ=バルディッシュは、ただふたり室内に残った相手に問いかけていた。

 モルドア=フェイブリル。リョハン一の富豪であるところの彼は、その財力をもって護山会議の議員となり、財力以上の政治力によって議長へとのし上がった人物だ。その精力的な政治活動は、どの議員にも圧倒的に上回るものであり、彼の政治手腕はまさに辣腕と評する以外にはなかった。リョハンが上手く回っていたのは、彼の手腕あってこそのものだろう。

 モルドアは、議長席に座ったまま、虚空を見やっていた。すべてをやり終えた男の顔をしていた。

「ええ……これでよいのです」

「ふむ……」

 アレクセイは、モルドアの思考が読めず、己の顎に手を当てた。

「君は、昔からよくわからない男だ。戦女神に対立したかと想えば、だれよりも戦女神の存続を考えている。君の派閥に属するものたちには寝耳に水の話だったのではないか?」

「それは……そうでしょうが」

 彼は、苦笑を交えながら、いってくる。

「しかし、リョハンのためを想うのであれば、当然の結論というほかありますまい。リョハンは、戦女神を中心に回っている。会議でも申し上げた通り、そうしたのは護山会議です。護山会議が独立戦争後の混乱を収束させるため打ち立てたのが戦女神という柱。戦女神こそがリョハン独立の象徴であり、勝利と自由を意味するものであるといい、民に信仰させた」

 会議中にも述べたことだ。そしてそこに反論の余地はない。

「それがすべての始まり。そうでしょう? アレクセイ殿」

「……ああ」

 アレクセイは、モルドアの澄んだ目を見つめながら、静かにうなずいた。彼のいうとおりだ。リョハンが戦女神を中心とする都市となったのは、護山会議の目論見によるところが大きい。無論、ファリア=バルディッシュがそれに相応しい活躍を独立戦争において成し遂げ、リョハンを勝利に導いたという事実があってこそのものではあるが、護山会議がその活躍を利用しようとしなければ、戦女神など誕生することはなかったのだ。

 すべては、ヴァシュタリアからの支配を脱したリョハンを護山会議の手で統治運営するためだった。

 元々、リョハンはヴァシュタリアの支配下にあった。ヴァシュタリアの、教義こそがすべてであるという方針の元に支配されていたころ、リョハンの各居住区には教会の礼拝堂があり、教師たちが熱弁を振るっていたものだ。しかし、リョハンにはヴァシュタラの教えが根付くことはなく、故にヴァシュタリアの支配から数百年たった五十年ほどの昔、独立を求めて活動を起こした。それが独立戦争へと発展するまで時間はかからなかった。

 リョハンは辛くも自由を勝ち取ったが、その後のことは考えていなかった。愚かにもヴァシュタリアから独立することだけに専心していたのだ。ヴァシュタリアに勝利し、自由を得た。しかし、そこから先はどうすればいいのかまったくわからず、リョハンはばらばらになりかけた。そこで急遽設立されたのが護山会議だ。そして、護山会議は、自分たちによるリョハンの統治運営を安定させるべく、戦女神という象徴を打ち立てた。

 ファリア=バルディッシュの人望は、独立戦争の活躍によって物凄まじいものになっていた。まさに勝利の象徴であった彼女をリョハンの柱として定めるのも無理からぬものであるというほどにだ。ファリアは、護山会議の意向を一も二もなく受け入れた。それこそ、リョハンのためであると理解したからだ。

 それが始まり。

 戦女神と護山会議、そして護峰侍団というリョハンの統治機構が誕生した瞬間だ。

 それから数十年、統治が続いた。

 戦女神はリョハンの民にとって信仰対象であり、中心であり、天地を支える柱そのものとなった。

 護山会議は、その影に隠れ、まさに好き放題、政策を打ち出し、リョハンを改善してきた。

「護山会議は戦女神を利用する。代わりに戦女神がなにかしくじったときには、その責任を護山会議が取る。そうすることで、戦女神は清廉潔白な存在であり、決して間違いを犯さないもので在り続けることができる。護山会議は、戦女神を利用し続けることができる。よくもまあ、考えたものです」

「当時の議員たちにいってくれたまえ」

 アレクセイは肩を竦めた。

 戦女神の伴侶であったアレクセイは、護山会議設立当初は議員ではなかった。ファリア=バルディッシュとともに独立戦争を戦い抜いた戦士のひとりであり、彼女を支えることが人生のすべてであると認識していた若者に過ぎない。彼が議員ならば、最愛のひとを中心とする構造の構築など、全力で反対したことだろう。そして、彼女に説得され、渋々受け入れるほかなくなるのだ。そういう想像が働く。

「責めてはいませんよ。おかげで、わたしも随分と楽を出来た」

 彼は苦笑とともに天井を仰いだ。会議室の天井には、備え付け型の魔晶灯が設置されており、淡く冷ややかな光を降り注がせている。その冷ややかさは、会議の熱がわずかに残った室内の温度を少しずつ下げていくような感覚がある。

「だからこそ、先達の例に習い、わたしが責任を取った。ただそれだけのこと。そこにそれ以上の意味を求めてはいけない。それ以上の理由を探してはいけない」

「物の道理、と君はいったな」

「アレクセイ殿も、わたしの立場であればそうしたでしょう?」

「……ああ」

「ただ、アレクセイ殿は戦女神様の祖父故、わたしのように即座に納得させられたかどうかはわかりませんがね」

「故にわたしは君のようなものを議長に備え付けたのだよ」

「すべて、織り込み済みですか」

 モルドアは、アレクセイの発言を疑いもしなかった。

 互いに長年、政治家として手腕をぶつけ合ってきた間柄だ。手練手管は知り尽くしている。アレクセイがそれくらいのことを想定していないわけがないと、想像しないはずもない。

「……まあ、護山会議の一員としてやれることはやってきたつもりです。後のことは、若い連中に任せればいい。あなたもいる」

「わたしはそろそろ引退しようかと想っているのだがな」

「はは、ご冗談を」

 モルドアが屈託もなく笑い飛ばす。

「当代の戦女神様の治世がもう少し安定するまでは、議員であるべきでしょう」

「……そうさな」

 アレクセイは、モルドアの微笑を受け止め、静かにうなずいた。

「もうしばらく、老骨に鞭を打つか」

「そうしてください。それが護山会議の一員として戦女神を利用してきたものの務めです」

「……ああ」

 アレクセイには、肯定する他なかった。

 長らく護山会議の議員を務めてきた彼は、リョハンのためというお題目の元、先代戦女神、当代戦女神と、二代に渡って戦女神を利用してきたのは事実だった。戦女神の夫という立場さえ、大いに利用した。そうすることで政治が上手く回るのであれば、なんだって利用する。それが政治家というものだろうし、為政者というものだ。

「わたしは……ゆっくりと余生を過ごさせてもらいますがね」

「いい身分だ」

「うらやましいでしょう?」

 そういって笑う彼の本心がどこにあるのかなど、アレクセイは想像もしなかった。

 彼がなにを考え、どう想っていようと、どうでもいいことだ。

 行動がすべてだ。

 彼は、リョハンのために粉骨砕身働き続けてきた。リョハン一の富豪として、リョハンに散々投資してきたのも彼であれば、護山会議の議員となってからは政治家として辣腕を振るい続けてきた。彼がリョハンのことばかり考えてきたというのは、言葉の綾でもなんでもない。行動がそれを証明している。

 そして、この度の彼の取った行動もまた、リョハンのためのものでしかない。

 リョハンのため。

 彼はそのために人生を捧げてきたといっても過言ではなかった。 

 それがモルドア=フェイブリルという人間であり、アレクセイは、自分より年下の彼に対し、尊敬に近い感情を抱かざるを得なかった。

 もちろん、アレクセイもリョハンのために人生を捧げているつもりだったし、その想い、行動が負けるとは想っていないが。

「ああ、うらやましい限りだ」

 アレクセイは、モルドアとともに会議室を出ながら、彼の言葉を肯定した。



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