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第千九百三十八話 責任の在り処(二)


 護山会議の議事堂は、リョハン空中都の中心区画にある極めて権威的な建物だ。

 リョハン三大居住区の中でももっとも古めかしく、遺跡めいているのが空中都だ。それもそのはず。空中都は、リョフ山の頂にあった太古の遺跡群を利用して作られた居住区であり、その遺跡群をそのまま再利用している建物が数多く存在した。

 いまや守護神の鎮座する聖域として知られる監視塔も、護山会議の議事堂も、そういう建物のひとつに当たる。つまり、議事堂が見るからに権威的、威圧的な建物なのも、遥か古代のひとびとがそのような建物を作ったからにほかならないのだ。護山会議の議員たちの趣味趣向ではない。議事堂として利用するのに相応しい建物を遺跡群の中から見繕った結果、この権威的な建物が選ばれたというだけの話にすぎない。

 遺跡群を利用していた古代のひとびとにとっても、同じような扱いの建物だったのかもしれない。

 というのも、議事堂内の作りが議事堂として利用するのに適したものだったからだ。会議室が大小いくつもあり、控室や執務室として利用できる部屋が数多くあった。それら大小いくつもの部屋は、護山会議の議員それぞれの個室として利用されており、議事堂内は議員の側近や部下たち、議事堂で働くひとびとによって常に活気があるといっても過言ではない。

 そんな活気に満ちた議事堂が静寂に包まれる日がある。

 それは、戦女神が護山会議に参加する日であり、その日は議事堂が動き出す時間から会議が終わる時間まで、議事堂内のあらゆる場所が得も言われぬ緊張感に包まれた。

 その緊張感の中心人物であるところのファリアには直接関係のない話ではあるが、彼女は普通に働いているひとたちにまで無意味に緊張をもたらしているということを自覚してはいた。だからといって、戦女神という立場にある彼女自身にはどうすることもできないのもまた、事実だ。戦女神という立場の神聖さ、偉大さが皆の緊張の原因なのだから、如何ともしがたい。

 戦女神が一般市民とって雲の上の存在であり、触れ得難いものであるからこそ、リョハンの支柱足り得るのだ。

 もっとも、先代の戦女神は、例え相手が一般市民であってもごく普通に接する、権威主義とはまるで正反対の人物であり、ファリアもそういう戦女神たろうとしている。しかし、戦女神という立場の価値は、先代の死によってさらに高まっており、なかなか想うように行っていないのが現状なのだ。

 議事堂は全三階建ての大きな建物だ。その一階の最奥部に、このたびの会議を行うための大会議室がある。大会議室を使う会議というのは、そう頻繁に行われるものではない。護山会議の議員というのは、空中都、山間市、山門街すべてを引っくるめても、総勢三十人足らずだ。各居住区、各区画ごとに住人から選任された代表者たちで構成されており、その意見というのは、それぞれの区画の意見といってもいいが、ともかく、大会議室を使う必要のあるほどの人数ではない。

 大会議室を使うほどの会議というのは、戦女神が参加する必要がある――それこそ、リョハンの命運を握るかもしれない議題を取り上げるものだった。かつては、魔人討伐に関する会議もそうだったし、戦女神と四大天侍の小国家群への派遣も、大会議室を使い、喧々諤々の議論が交わされたことだろう。最近では、“大破壊”直後のリョハンの今後に関する会議や、難民問題、第二次リョハン防衛戦に関する会議が記憶に新しい。

 そしてこのたびの会議は、難民問題と第二次リョハン防衛戦を絡めたものになることは、会議が開会されることが決まる以前からわかりきったことだった。

 護山会議員の多くは、難民政策からこっちファリアに反発心を抱き、反戦女神派という派閥を形成していることを隠そうともしていない。護山会議長モルドア=フェイブリルがその筆頭であり、彼の影響下にある大半の議員が戦女神の敵として、議場にあった。

 大会議室の長大な卓を囲むのは、先程もいったように護山会議員だけではない。三十名あまりの議員だけでは席は埋まりきらないのだ。そこに戦女神ファリアが七大天侍の代表者三名を引き連れ、参加したとしても、空席が目立つ。そこに加わるのは、護峰侍団の幹部たちであり、侍大将ヴィステンダール=ハウクムルと二名の参謀、それに一番隊から三番隊までの隊長格が顔を並べていた。

 大会議室に集った参加者の中で、ファリアに対して友好的な態度を示したのは、数えるほどしかいない。議員の代表格にして祖父であるアレクセイ=バルディッシュはいわずもがなで、ほかに数名の議員、それに従兄である三番隊長スコール=バルディッシュくらいのものだ。スコールは、第二次防衛戦において瀕死の重傷を負ったが、彼の部下である隊士たちのおかげで一命を取り留め、全身の傷も塞がれていた。彼の笑顔くらいしか、この会議室に優しさというものはないかもしれない。

 今回、取り上げられる議題を知っているものは皆、議員にせよ、護峰侍団員にせよ、緊張した面持ちで会議が始まるのを待っていた。

 ファリアは、そんな緊張感の中にあって、ひとり、虚空に浮いたような感覚の中にいる。議員たちによるファリアへの責任追及が始まろうという状況にあって、彼女の精神状態は極めて平静であり、安定していた。そのうえで、彼らの考えていることが手に取るようにわかっているから、冷静に状況を見渡すことができる。

 やがて会議が始まると、議員のひとりが挙手し、モルドアに指名された。口髭の整った老紳士然とした議員が口を開く。

「麓特区の難民が神人と化し、神軍の尖兵として山門街に襲来した事実は、戦女神様肝いりの難民政策の明らかな失敗であると判断せざるを得ないと想われますが、ここにお集まりの皆様方はいかがお考えでございましょう」

 議員は、会議場の卓を囲む議員や護峰侍団幹部、戦女神たちを一瞥した。

「確かに神軍は去り、リョハンは勝利しました。それは素晴らしいことだ。リョハンを存亡の危機より救った事実は、戦女神の名に恥じぬものでございましょう。しかし、そのために被った損害、失った人材、直面した危機を無視し、手放しに喜んでなどいられぬことは、戦女神様も御存知のことでしょう。護峰侍団は多大な損害を被ったと聞き及んでおりますが、ヴィステンダール団長」

 口髭の議員がヴィステンダールに話を振ると、会議前から決まっていた出来事のような速やかさでヴィステンダールが厳かに口を開いた。彼の口から語られたのは、人的被害についてだった。

「仰る通り、護峰侍団は先の戦いで三百五百名にも及ぶ人材を失いました。護峰侍団は二千名の有能な武装召喚師からなる軍事組織。その二千名も、武装召喚術を学んだばかりの子供ではなく、選び抜き、鍛え抜いた精鋭揃い。神人相手にもだれひとり臆することなく、勇猛果敢に戦い抜きました。そのことは、戦女神様も御覧なさり、記憶に留めおいてくださったはず」

 ヴィステンダールの鈍く輝く目を見つめ返しながら、うなずく。

「もちろんです。護峰侍団の隊士ひとりひとりの知勇がなければ、わたくしをはじめ、皆、持ちこたえることもできなかったでしょう。リョハンのため、御山がため、民がために命を燃やし、魂を賭けて戦い抜いた彼らの死は、決して無駄ではありません。尊い犠牲を払ったからこそ、リョハンは生き延びることができたのですから」

「それについて異論はありません」

 ヴィステンダールは、ファリアの言葉を受け止め、そのようにいった。

「それどころか、護峰侍団の損害は、開戦前の想定よりもずっと低いものと考えてよいでしょう。神軍の総兵力は二十万に及び、それらが我らが御山を包囲したのです。本来ならば、壊滅の憂き目を見ても不思議ではなかった。しかし、ラムレス様が神軍の多くを引き受けてくださったおかげで、我々は敵本陣に戦力を集中することができた。それにより被害を最小限度に抑えることができたといってもいいでしょう」

 三百五十名もの死者を出しながらもそれを最小限度といってのけるのは、ヴィステンダールがそれだけ第二次防衛戦の困難さを理解していたからにほかならない。二十万もの敵戦力に対し、リョハン側が用意できるのは二千名余りだったのだ。リョハン側は全員が全員武装召喚師とはいえ、二十万もの物量を覆せるかどうかは別問題だ。

 戦いは、数がものをいう。

 その道理を理解していたからこそ、ヴィステンダールは護峰侍団が壊滅するかもしれないという可能性さえ考慮し、故にこそ三百五十名の損害をして、想定以下であるといい切ったのだ。

「そのことは、護山会議の方々も認めるべきです」

「ふむ……」

「なるほど、理解しました。護峰侍団は、この度の戦いにおける損失について、その責任は戦女神様にはない、と考えておられるのですね?」

「その通り。それは、我々護峰侍団の総意と受け取っていただいて構いません」

 ヴィステンダールが強く言い切ると、口髭の議員が少しばかりたじろいだ。その一瞬の怯みの中にどこか残念そうな表情が覗いたのは、おそらく、その議員が反戦女神勢力であることをファリアが認知しているからだろう。

「されど、それと難民の神人化によってリョハンが危機的状況に直面した事実はまったく関係のないこと。そのことは、戦女神様もご承知のはず。違いますか?」

 ヴィステンダールの、剛直で鋭利な刀身のようなまなざしがファリアに注がれる。同時に会議場にいるすべての人間がファリアを注視した。戦場で抜き身の刃を向けられているような感覚がファリアを襲うが、彼女は、涼しい顔でそれらと相対した。

 責任追及については、わかりきっていたことだったし、考えていたことでもあった。

 実際問題、リョハンが滅びの危機に直面したのは、なにもかもファリアが原因だ。

 ファリアが難民保護を強行しなければ、あのような事態には発展し得なかった。

 少なくとも、難民居住区がなければ、三万もの神人が山門街に殺到し、マリクが守護結界の解除を迫られるような状況にはならなかったのだ。つまり、リョハンは結界に覆われたままであり、神の攻撃に曝されることもなかった。

 そうなった責任は、ファリアにある。

 ファリアにしか、ない。

「いいえ」

 ファリアは、ヴィステンダールの目を見つめながら、多くの視線を意識しながら、凛と告げた。


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