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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千九百三十五話 帰還のこと


 ファリアたちがリョハンに帰り着いたのは、三月八日、夕日が西の空を染め上げる頃合いだった。つまり、戦いが終わり、事後処理が完了してから半日以上が経過している。最終的な主戦場となった黙想の石林からリョハンまでの距離は、それほど遠くはない。しかし、決戦で消耗しきったリョハン軍の将兵がリョハンに辿り着くためには、休憩を挟まなければならなかったのだ。

 疲労困憊の状態になったのは、なにもファリアたちだけではない。リョハン軍の一兵卒に至るまで、だれもが等しく疲れ果てていた。戦いが終結した後、事後処理に奔走しなければならなかったものたちもいるし、警戒に当っていた兵士たちも少なくはない。だれもが休めたわけではないのだ。結果、リョハンへの帰還に時間を要したが、それでも予定よりは随分早い帰還となった。ファリアたちは、翌日に当たる九日までかかるかもしれないと想定していたからだ。

 皆、疲れ果ててはいたものの、一刻も早いリョハンへの帰還を望んでいたのだ。


 ファリアたちのリョハンへの凱旋は、リョハン市民が総出となって迎え入れた。

 既に戦場ではなくなった山門街には凄まじい人数が押し寄せ、ファリアたちの無事の帰還とリョハン側の勝利を喜ぶ声や反応が街を埋め尽くしていた。だれもかれもがこの勝利を喜んでいたし、リョハン軍の生還を祝福していた。歓喜に咽び泣くものもいれば、ファリアを、真の意味での戦女神の再来という声も少なくなかった。

 ファリアたちは、そういったリョハン市民の声に応えながら、徐々に戦女神としての意識に切り替わっていった。セツナに恋する乙女ファリアではなく、リョハンの支柱たる戦女神ファリアへ。山門街を抜け、山間市を通り、空中都に辿り着いたときには、完全に戦女神ファリアに戻った彼女は、未だ眠り続けるセツナとの一時の別離にさえ、なんの感情も沸かなくなっていた。

 公私混同はしない。

 それがファリアの目指す戦女神像だ。

 そして、その目指すべき戦女神になりきっているといっても過言ではない彼女には、リョハン軍の犠牲も必要なものであったと飲み下し、その上で死者たちを弔う気持ちが湧き上がっていた。前に進むために必要な犠牲だったが、だからといってその死を悼むことになんら矛盾は生じない。彼らの死がリョハンを勝利に導いたのだ。彼らが命を賭して戦ってくれたからこそ、セツナが到着するまでの時間を稼ぐことができた。そして、リョハンは滅びを免れ得た。彼らとそして多くの生存者たち、協力者たちのおかげで、リョフ山および空中都市リョハン、リョハンに住む人々の無事な姿を見ることができるという事実を忘れてはならない。

 ファリアは、リョハンへの道中、ヴィステンダールらと話をし、リョハン防衛戦で散ったものたちを讃える記念碑を立てることにしていた。それで彼らの霊が慰められるとは決して思わないが、しかし、リョハンのために死んでいったものたちのことを忘れないためにも必要な施策であると彼女は考えていた。

 やがて、空中都に帰り着いたファリアたちリョハン軍首脳陣は、空中都に住むひとびとに勝利を讃える声援でもって迎え入れられた。

 空中都は、戦女神が起居するまさにお膝元ということもあり、戦女神がその名に相応しき結果をリョハンにもたらし、リョハンの歴史にその名を深く刻んだことを自分たちのことのように喜んでいたのだ。

 リョハンは、空中都、山間市、山門街の三つの階層からなる多層構造都市だ。当然、戦女神への信仰心や忠誠心は、戦女神の住まう場所に近いほど強く、深くなる。空中都の住民と山門街の住民では、その熱狂度は天と地ほどの差があった。

 とはいえ、リョハンは、戦女神を支柱とする都市であり、この数十年の間に生まれたものたち――つまり五十代前半から最近生まれた赤子にいたるまで――は皆、戦女神がリョハンの中心であり、リョハンにとって必要不可欠な存在であるという教育を受けて、育っている。ファリアもだ。だれもが皆そのように育てられたからこそ、戦女神不在のままでは収拾がつかなくなるほどの混乱が生じたのだし、ファリアが当代の戦女神となってからはそういった混乱が嘘のように静まったのだ。それは、空中都であろうと山門街であろうと変わらない。そして、戦女神教育を受けていない世代ですら、大きくは変わらなかった。いやむしろ、独立戦争を経験した世代ほど、戦女神への信仰心が熱烈であるといい、その世代の老人たちからはファリアはまだまだ不甲斐ないと思われているほどだ。彼らの記憶に輝く戦女神ファリア=バルディッシュの姿は、鮮烈を極めるに違いなく、ファリアはその記憶を塗り替えることはできまいと考えていた。

 要するにリョハン市民は皆、戦女神を尊び、敬い、信仰しているという点で、大きな差はないということだ。

 山門街から空中都に至るまで、先のリョハン防衛戦の直後とは比べ物にならないほどの歓迎ぶりは、やはり、リョハンが存亡の危機に曝されていたというのが大きいのだろう。一度目の戦いも困難を極めるものだったが、今回ほどの大攻勢ではなかった。

 今回は、ラムレスらの協力があってなお、リョハンが滅亡する可能性が大いにあったのだ。

 セツナの到着が間に合わなければ、リョハンは滅び去っていたかもしれない。

 そのリョハン勝利の立役者であるセツナは、意識を失ったまま眠り続けている。数日は眠り続けるかもしれないというレムの証言は、セツナの戦いぶりを見れば想像がつくものだ。あのとき、セツナは、黒き矛とその眷属をほとんどすべて召喚していた。複数の武装を召喚するだけでも大変だというのにそれらを維持し、能力を行使するとなると、負担は半端なものではなかっただろう。特にセツナは、主戦場のみならず、リョハン防衛のために多大な力を割いていた。いつ意識を失ってもおかしくはないと思えるほどの戦いぶりだった。

『それだけファリア様のことが気がかりだったのでございましょう』

 レムのそんな一言がファリアの頬を緩めかけたのはいうまでもない。

 そのときは、すぐさま戦女神の表情に戻ったものの、レムには内心の喜びぶりを見抜かれたかもしれない。

 ともかく、空中都民の歓迎の中を進むファリアが考えていたのは、戦女神としての振る舞いのことばかりであり、戦女神としてどのようにこの戦いを評価し、結論を下すべきかというようなことばかりだった。

 戦いは終わった。

 政が、待っている。


 戦宮にやっとの想いで帰還したファリアを待ち受けていたのは、護山会議の議員たちだった。議長モルドア=フェイブリルを始めとする錚々たる面々の中には無論、祖父アレクセイ=バルディッシュの姿も在る。アレクセイは、ファリアの無事な姿を見るなり、人目も憚らず安堵の表情を見せた。そんな祖父の反応が素直に嬉しかったのはいうまでもない。

 ファリアは戦女神としては、護山会議員のアレクセイと意見を戦わせることが多いが、孫娘としてはアレクセイが嫌いではない。数少ない肉親なのだ。本当ならば、もっとアレクセイに優しくなりたかったし、じっくり話し合ったりしたかった。戦女神と護山会議員という立場が、それを許さない。戦女神にも護山会議員にも、私人としての時間はほとんどない。

「戦女神様、この度の勝利、祝着至極にございます」

 護山会議長モルドア=フェイブリルが、ファリアたちに向かって恭しく頭を下げてきた。

 戦宮に帰還したファリアには、七大天侍たちが共をしている。七大天侍は、戦女神の使徒であり、守護天使なのだ。戦宮は戦女神の住居であるとともに、七大天侍の活動拠点でもあった。

「まずは、戦女神様とリョハンの無事、リョハン軍将兵大多数の生存を喜ぶとしましょう」

 まずは、と彼はいった。

 戦女神への責任追求がこのあとに待っているということを、暗にいっているのだ。



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