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第千九百三十四話 戦の後


 後に第二次リョハン防衛戦と呼ばれる戦いは、辛くもリョハン側の勝利で終わった。

 リョハン北東部、黙想の石林に築かれた敵本陣における決戦に赴いた約二千名のリョハン軍のうち、死者は三百五十名に及び、護峰侍団にとってとてつもない損害となった。いや、護峰侍団にとっての損害だけではすまない。優秀な武装召喚師を三百名以上も失ったことは、リョハンにとっても多大な損失であり、被害といってよかった。

 重軽傷者は、さらに倍以上の一千名を越えているものの、治癒能力を持つ召喚武装の使い手が多数生き残っていたこともあり、瀕死の重傷者さえ一命を取り留めることに成功している。要するに、本陣決戦における死者というのは、神人との戦闘で治療も間に合わないほどの致命的な一撃を受け、落命したもののことであり、こればかりはいかな武装召喚師といえどもどうしようもなかった。

 時を巻いて戻す召喚武装など、ありはしない。

 仮にあったところで、どうにもならない。

 あの戦いにおける死者の数が変動するとは、考えにくい。

 仕方のない犠牲だったのだ。

 そしてその犠牲は、決して無駄にはならなかった。

 神軍の撤退を決定付けたのはセツナの参戦だろうが、セツナがこの戦場に辿り着くまでの時間を稼ぐことができたのは、リョハン軍のだれもが命を賭して戦ったからにほかならない。もしも、リョハン軍がセツナ到達までに全滅するか撤退するという判断をしていれば、状況はさらに悲惨なものになっていただろう。リョハンが壊滅していたとしても、おかしくはない。

 勝利のためには、必要な犠牲を払わなければならない。

 犠牲なき勝利など、ありはしないのだ。

 そうやって自分を騙すしか、この苦痛を飲み下す方法はない。

 もっと犠牲の少ない方法はあったのではないか。もっと、賢い戦い方があったのではないか。誰も死なない、完全無欠の戦術、戦略があったのではないか。

 戦後、夜を徹して行われた確認作業の最中、ファリアは、戦死者の報告を聞くたびに胸を痛め、自身を責めた。本陣決戦を決めたのは、ファリアだ。ほかに二十万に及ぶ神軍を撃退する方法はないと思いこんでいたからこその決断だが、もっと広い視野で物事を見ることができれば、犠牲を抑えるような戦い方ができたのではないか、と思うのだ。

 もっとも、疲れきった肉体と精神状態では、頭もまともに回ることはなく、いつのころからか、自身の膝の上で眠る青年の少年のような寝顔を見つめ続けるだけになっていた。

(セツナ……)

 ファリアは、その青年の名を胸中で呼び、心が満たされるのを認めた。目の前に、自分の膝の上にその人物がいるという事実がある。もう、どこにいるかもわからない相手を空想する必要はない。すぐそこにいるのだ。手を伸ばせば触れることができる。年月以上に伸び過ぎた髪も、そのわりにはあまり代わり映えのしない顔の作りも、鍛え上げられた肉体も、なにもかも、触り放題だ。

 彼は、再会早々、意識を失ってしまった。おそらく、消耗しきっていたからだ。ファリアと話せて安心したのだろうか。だとすれば、嬉しいことこの上ないが、実際のところ、ただ純粋に疲労と消耗の蓄積の結果だろう。

 この戦場でもっとも消耗したのが、彼なのは疑いようもない。

 セツナがこの戦場のみならず、リョハンの防衛にも力を割いたという事実をマリクから聞いて知り、驚いたものだ。本陣決戦において神人を撃破していった影の戦士たちと同じものが、リョハンの戦場にも現れ、マリクたちの戦闘を大いに助けたというのだ。それも一体や二体どころではない。何千もの影の戦士がリョハンの防衛に力を尽くしたという。

 セツナが、女神の揺さぶりに動じなかった理由がそこにある。

 セツナは、リョハンの緊急事態も察した上で、リョハンの防衛のために影の戦士たちを多数生み出し、派遣したのだ。そして、影の戦士たちがいる限り、リョハンが落ちることはないと確信を持っていた。実際、リョハンは落ちなかった。本陣決戦が神軍の撤退で幕を閉じると、リョハンに攻め寄せた神人たちも忽然と姿を消したという。一万体以上もの神人が一斉に消失したのは、神の魔法によるものであるとマリクは断言した。

『方舟に転送したとみて間違いないだろうね。つまり、リョハンの制圧は完全に諦めてくれたようだ』

 それから、マリク側の死傷者の数を聞いている。三万もの神人と相対しながらも死者は出ておらず、重軽傷者が多少出た程度で済んでいるとのことだった。それもこれもマリクが七霊とともに、出陣した武装召喚師たちの援護に当たってくれたおかげだろうことは聞くまでもない。マリクは、リョハンの守護神なのだ。守護神としての矜持が、彼の行動原理だ。神人の撃滅に動いたのも、そうする以外、リョハンを護る手段がなかったからにほかならない。

 そして、影の戦士たちの参戦により、マリクたちの戦場は、大きく好転した。一事は、神人たちを押すほどの状況になったというが、そうなったところで神人たちの転送が始まったという話だった。

『まあともかく、セツナが間に合ってくれて良かった』

 マリクのまるでセツナの到来を知っていたような一言にファリアが問い詰めると、通信器上の小さな神様は、肩をすくめたものだ。

『彼がこちらに来てくれるかどうかはわからなかったんだよ。気配を感じただけだからね。期待をさせた結果、彼が来なかったときのことを考えると、迂闊にはいえないだろう?』

 マリクのいうことはもっともだったが、だとしても、セツナが生きているという事実がわかったのであれば、それを教えてくれるくらいはあっても良かったのではないか。そうすればファリアは、もっと力を発揮できたような気がする。などといったとき、マリクは、慈悲に満ちたまなざしを向けてきた。

『だからだよ』

 セツナに逢いたい一心で全身全霊、あらん限りの力を発揮するだろうファリアは、そのまま命を落としかねない危険性を孕んでいる、と、彼はいったのだ。

 ファリアは、マリクに自分の本性を知られていることを認めて、彼に感謝するほかなかった。確かにそうかもしれない。彼のいうように、セツナが確実に生きていることがわかれば、ファリアは自分の力を制御できなくなったかもしれない。そういう危うさが自分の中にあるということをいまになって思い知っている。

 膝の上で眠るセツナを見下ろすファリアの心は、常に高鳴っている。まるで恋する乙女のようで、それが自分なのだと理解しながらも不思議でならなかった。二年あまりの別離が、彼への想いを何倍、いや何十倍にも増幅してしまったのではないか。そんな気さえする。

 リョハンの防衛に尽力してくれたといえば、ラムレス=サイファ・ドラースとユフィーリアもだが、彼らは、方舟が戦場を離脱すると、即座に追いかけていってしまったようだった。リョハンが生き延びることができたのは、まずまちがいなく彼らのおかげであり、ファリアは直接感謝を述べたかったのだが、そうする間もなくラムレスたちは姿を消した。ラムレスたちは、以前も方舟を追っていたという。方舟に彼らにとって大切なひとであるクオンのにおいを感じたからだということだが、それがなにを意味しているのかは、ファリアにはわからない。ただ、ラムレスとユフィーリアの身に危険が及ばないかどうかが気がかりだった。

 嫌な予感がする。


 護峰侍団による戦後処理に目処が立ったのは、東の空に朝日が覗き、その神々しいまでの輝きによって夜の闇が一掃され始めた頃合いだった。

 黎明。

 なにもかもが色鮮やかに染め上げられ始める時刻。

 ファリアは、セツナが目の前にいるという事実を確かめたのち、リョハン軍に撤収を命じた。

 戦いは終わった。



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