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第千九百二十六話 第二次リョハン防衛戦(二十)


 敵本陣は目前。

 その事実が、リョハン軍を奮い立たせた。

 本陣さえ落とせば、敵軍の攻撃も止む可能性が高い。どれだけ勢いがあろうとも、本陣を落とされた軍勢の士気は否応なく下がるものだし、指揮系統に乱れが出れば、勝敗に大きく影響するものだ。元より、リョハン軍の戦いはそれが狙いだったし、それがすべてだった。そこ以外に勝機を見出だせなかった。圧倒的な兵力差を覆すには、本陣制圧の一点突破を狙う以外に道はない。

 麓特区に発生した大量の神人のことはマリクに一任した。マリクを信じ、彼ならばなんとかしてくれると思えば、ファリアの体も軽くなった。

 だからといって、状況はなにひとつ変わっていない。 

 敵本陣から押し寄せてくる神軍の将兵の数は減っていないし、神人の数は減るどころか増えているようにさえ感じる。それも錯覚ではあるまい。神軍には、女神がいた。女神がその力によって神人を発生させたという可能性は低くはなかった。神人の力は強大だ。そんなものが大量に発生すれば、それだけで戦線の維持も難しくなる。

 オーロラストームで前方の敵を一掃し、駆ける。とにかく、急がなければならない。時間との勝負だった。山門街に殺到する神人はマリクたちが排除するだろう。しかし、だからといってそのままなにもしなければ、結界を解かれ、無防備なリョハンが攻撃される恐れがある。

 ヴィステンダールの剛刀が唸り、ファリアの進路上の敵兵が吹き飛んだ。かと思うと、どこからか湧いて出たかのように敵兵が現れ、道を閉ざす。オーロラストームを構えた瞬間、七色の光が降り注ぎ、連鎖的な爆砕によってそれら敵兵を消し飛ばした。さらなる攻撃の嵐がつぎつぎと押し寄せる敵軍を退け、敵陣に風穴を開ける。

「いけええええええ!」

「おう!」

 だれかが叫び、だれかが応える。

 地獄のような戦場の中、怒号と痛罵が飛び交い、断末魔と絶叫が氾濫する。爆音が響き、雷鳴が轟く。武装召喚師たちの苛烈な攻撃と、敵兵の怒涛の猛攻、神人たちの大攻勢が入り乱れ、まさに地獄絵図が繰り広げられる中をファリアは突き進む。振り返らない。ただ前だけを見て、ただ、一歩でも前に進む。翔ぶ。駆け抜ける。

 敵本陣はもはや眼前。

 神軍指揮官と思しき白甲冑のものたちが、ファリアの目に映っていた。翔ぶ。クリスタルビットが彼女の無意識に応じて、虚空に足場を構築する。着地。即座に再度跳躍。またしても足場を作り、空中へ。地上を満たす敵兵の群れの頭上を越えていく。敵兵の唖然とした顔。だが、すぐに無数の矢がファリアを狙ってきた。矢だけではない。神人の伸びる手や指、触手が、本陣への攻撃を許すまいと殺到してくる。

(無駄よ。わたしは征く)

 ファリアは、胸中吐き捨てるようにして告げると、さらに跳躍した。空中に躍り上がり、結晶体の足場をつぎつぎと飛んでいく。雲霞の如き敵兵の群れの上空。ファリア目掛けて殺到する数多の攻撃は、しかし、彼女には届かなかった。撃ち落とされている。アルヴァ=レロンのレインボウカノンや、ミルカ=ハイエンドのエターナルライン、アルセリア=ファナンラングのクイーンドレッドがファリアの侵攻を援護してくれている。もちろん、ほかの隊長格、一般隊士も召喚武装による猛攻で敵陣に風穴を開けんと必死だ。七大天侍も、つぎつぎと現れる高強度の神人の撃破に動いている。

 だれもかれも、敵を斃すのに必死なのだ。

 ファリアも必死だった。

 必死に、敵本陣に向かっていた。

 あと一歩。

 それこそ、あと一回の跳躍で最高威力の射程距離に入るというところだった。

 眼前に閃光が生じたかと思うと、黒い影が頭上から降ってきた。ファリアはそれを認識した瞬間、頭の中が真っ白になった。そして、オーロラストームを手にしたままの両腕を伸ばし、落下してくるそれを抱きとめる。危うく足場から落ちそうになるのをクリスタルビットの足場が拡大したことで未遂に終わった。無意識だろう。落下物を認識した瞬間に抱きとめたのも、クリスタルビットの足場を拡大したのも、なにもかも。

 そして、真っ黒に焼け焦げたそれを抱きとめることに成功したことで、思考が復活する。改めて確認したのは、絶望を認知するためだったのかもしれない。ファリアの腕の中で息も絶え絶えになっているのは、だれあろうスコール=バルディッシュだったのだ。女神との孤独な戦闘の結果が、これだ。彼は、敗れた。敗れ、死に瀕している。

「お従兄様っ……!」

「ファリア……ちゃん……すま……ねえ――」

 ファリアの腕の中で、スコールは虚ろな目で虚空を見ていた。こちらを見てはいない。見えてはいないのかもしれない。なにも見えなくなるほどの重傷を負ったのかもしれない。ファリアは、胸が締め付けられる想いだった。無謀だということはわかりきっていた。スコールは強い。護峰侍団でも最強を謳われる三番隊の隊長なのだ。その実力は折り紙付きだったし、子供の頃は、彼の強さに憧れさえ抱いたものだ。だが、彼が闘いを挑んだ相手は、女神だ。神。文字通り、次元が違うのだ。人間が挑んで敵う相手ではなかった。

 そんなことは、わかりきっていた。

 わかっていて、スコールに任せた。時間を稼ぐためだけに。

《勇猛と無謀は異なるものなり》

 女神の聲は、憐憫に満ちていた。眼前に生じた閃光が、聲の源だ。見やる。光を帯びた女神の姿は、いかにも神々しい。眩しく、目を細めざるを得ない。だが、ファリアは、頭を振り、女神を睨みつけた。敵本陣目前、こんなところで足止めされるわけにはいかない。

《そのものは無謀にも我に挑み、我は容易くそのものを破った。それだけのこと》

 だが、ファリアは、即座に動くということができなくなっていた。腕に抱いたスコールの存在がある。スコールを捨て置いて本陣への特攻をかけることは難しい。彼はいまにも死にそうな状態なのだ。その生命を救うには、ファリアが彼に“運命の矢”を撃ち込む以外にはなさそうだった。あのときの彼のように。

 逡巡が、生じた。

 目標への攻撃か、従兄の生命か。

 どちらを優先するべきか、ファリアは迷ってしまった。

 そして、その迷いが致命的な時間を作った。女神がスコールをファリアの目の前に落としてきたのは、それが狙いだったのだろう。

 女神が、両腕をおもむろに掲げた。細くしなやかな十指の先に女神の輝きが収束し、複雑で精緻な魔方陣のようなものが描き出される。ファリアは、咄嗟にスコールを庇うように抱きしめるとともにクリスタルビットを自身の前面に集結させ、結晶体の防壁を構築した。

《まったく、愚かよな。汝らの神は。我が、この瞬間を待ちわびていなかったとでも思うか?》

 女神の言葉の意味を理解したとき、ファリアは、己の無意識の防衛本能による防壁の構築がまったくの無駄に終わることを理解した。

《すべては神皇のため》

 女神の構築した魔方陣が爆発したかのような錯覚があったのは、それだけ莫大な量の光が噴き出したからだろう。爆発的な閃光の奔流がファリアの網膜を純白に塗り潰したかと想うと、凄まじい熱量が頭上を通り過ぎていく。その余波だけで全身から大量の汗が噴き出すほどの熱気があり、結晶体に捕まっていなければ立っていられないほどの衝撃がファリアの体を貫いていた。

 後方――振り向くと、極大の光芒は、戦場を容易く飛び越え、沈黙の丘を越えた。

「ああ……!?」

 ファリアは、悲鳴を上げた。

 ファリアの視界には、極光に飲まれるリョフ山の姿が見えたからだ。



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