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第千九百二十話 第二次リョハン防衛戦(十四)


 時が流れた。

 時代は変わり、状況も変わった。

 ファリアがリョハンを離れ、小国家群に流れたのは、仇敵アズマリア=アルテマックスの姿が確認されたという情報がリョハンに入ってきたからだ。ファリアが魔人討伐に率先して参加するのは、彼女の人生、彼女の境遇を想えば当然のことだった。彼女は、戦女神の後継者に任命されたも同然の身の上であり、魔人アズマリア=アルテマックスは、その戦女神が統治するリョハンを襲撃し、多大な被害をもたらした厄災そのものだ。次期戦女神たるもの、みずからの手でその厄災を払わんとするべきだろう。それだけではない。魔人によって奪われた命の中には、ファリアの父もいた。彼女にとっては、アズマリアは父の仇なのだ。そして、母の仇でもある。

 ファリアが魔人討伐に熱を入れるのは当たり前のことだったし、彼としても、彼女の力になってやりたかった。

 しかし、立場がそれを許さない。

 彼は、護峰侍団の三番隊長だった。

 リョハンの防衛機構である護峰侍団の隊長に任命された以上、おいそれとリョハンを離れることはできない。愛する従妹のためならば、肩書などいくらでも捨てられたが、その従妹の将来のことを考えれば、それもできなかった。彼女は将来、戦女神としてリョハンに君臨することになる。そのとき、彼女の守護天使に任命されるためには、武装召喚師としての技量を磨くだけでなく、実績を積む必要があった。護峰侍団の隊長を辞めたものを大天侍に任命してくれるわけもない。

 故に彼は堪え、ファリアを見送るだけに留まった。

 それからの日々は、彼にとっては退屈極まりない日常だった。

 従妹ファリアがいないということがどれほどの苦痛なのか、彼以外のだれにもわからないだろう。ファリアと仲の良かった四大天侍ニュウ=ディーでさえ、彼の胸に空いた穴の大きさを推し量ることはできまい。

 そんな虚しい日々を送る中、護峰侍団を揺るがす情報が飛び込んできたのは、いつだったか。

 護山会議の決定によって、ファリアが魔人討伐任務から外されることになって早々のことだった。ファリアが護山会議の決定を無視し、アズマリアを攻撃したという報せが届いたのだ。案の定、リョハンは天地をひっくり返すほどの騒ぎとなった。主に護山会議と護峰侍団内部で、だが。

 もっとも、彼にはわかりきっていたことだったし、懸念していたことだった。いくら護山会議の決定が絶対的であったとしても、彼女の激情を止めることは敵わない。

 ファリアは、心根の優しい人間だ。幼い頃から、そう教育されてきた。他人を思いやり、他人のためにどうすればいいのか、どういう人間が戦女神に相応しいのか、散々叩き込まれてきたのだ。だれに対しても優しく、手を差し伸べた。だれもが彼女が戦女神の後継者に相応しいと想うほどにだ。故に彼女の周りには常にひとがいたし、同じ教室の生徒たちは、彼女を慕い、目標にした。

 しかし、一方で、彼女はかなりの頑固ものだった。一度心に決めたことを変えるということがなかった。目標を定めると、それ以外のことに気が回らなくなるらしい。

 それはおそらく、両親を目の前で奪われたことに原因があるのだろう。

 自分に力があれば防げた悲劇であると無力な自分をさんざん責め立てた彼女は、それ以来、自身を鍛え上げることに余念がなかった。だれよりも厳しい修練を己に課し、乗り越えていく過程で、揺るぎようのない心を作り上げていったのではないか。

 その結果が、護山会議の意志の無視だ。

 彼は懸念していたことではあったものの、むしろ、よくやった、と彼女を褒めてあげたい気分だった。戦女神の後継者であるファリアがアズマリア討伐に赴くことを許可しながら、いまさら任務から外し、リョハンに戻ることを命じるような護山会議の横暴など、彼としても許せるわけもなかったのだ。もっとも、護山会議にも言い分はあろう。リョハンに仇なす魔人を放置するわけにはいかず、討伐部隊を編成する必要がある。そこに戦女神の後継者たるファリアが参加することは、内外への主張となる。しかし、リョハンは、彼女が成果を上げることにはなんら期待していなかったのだ。

 そもそも、魔人アズマリア=アルテマックスは、たったひとりでリョハンの総戦力と拮抗しえた最強の武装召喚師だ。戦女神ファリア=バルディッシュと当時の四大天侍がいながらも、リョハンの被害を抑えることがやっとだった。それほどの力の持ち主を相手に、まだ若く、これから鍛え上げていく段階であるファリアが敵うとは護山会議も考えてなどいなかった。ただ、内外への主張として、彼女に魔人討伐の任務を与えたのだ。

 アズマリアと接触できるとさえ、想っていなかった。

 だからこそ、ファリアがガンディア王都ガンディオンでアズマリアと接触したという報告がリョハンにもたらされたとき、護山会議は大騒動となった。ファリアの報告には、彼女が行動をともにしているという人物がアズマリアの関係者であり、その人物といる限り、アズマリアと接触する機会は何度も訪れるとあった。護山会議は、紛糾した。このままでは、ファリアとアズマリアの本格的な戦闘が発生することになりかねない。そうなれば、どうなるか。

 ファリアは、返り討ちに遭うだろう。

 いかにファリアが同年代最高峰の武装召喚師であったとしても、アズマリアを凌ぐ力量を持っているわけもない。絶対に敵うわけがないとだれもが認識した。故に護山会議は、魔人討伐の任からファリアを外した。頑固者の彼女のことを考え、その命令に従わなければ、リョハンとの関わりを断つとまで言い放って、だ。

 だが、ファリアの頑固さは、護山会議の見通しを遥かに上回っていた。彼女は、リョハンとの関係が断たれることよりも、目の前の仇敵を討つことを優先した。それがすべてだったのだ。アズマリアの打倒は、彼女にとって十年もの悲願だった。だからこそ、彼は、彼女のその行動を内心で大いに賞賛した。その結果、彼女がリョハンに戻れなくなったとしても、それが彼女の人生なのだから、なにもいうことはない。

 彼女には、想うままに生きてほしかった。

 生まれる前から定められた人生を歩まなければならなかった彼女には、みずからの手で運命を切り開き、己の選んだ道を歩むべき理由がある。

 それは、彼女の守護天使になることを夢見た彼には、少しばかり辛いことだったが、彼女の人生を想えば堪えられた。

 愛しく可憐な従妹の新たな人生――。

 そう、彼は考えていたのだが。

「隊長、こんなところで油売ってたんですか」

 彼のまどろみを打ち破ったのは、呆れきったような女の声だった。舌っ足らずな部分に幼さを残した女は、彼の直属の部下であり、護峰侍団三番隊副隊長だった。彼は目を開け、冬とは思えない陽気のせいで凄まじくけだるい体で大きく伸びをした。思わずあくびが漏れる。

「いんや。寝てたんだよ」

「言葉の綾です。いちいち真に受けないでください」

「だったらわかりやすい言葉をだな」

 もちろん、スコールだって彼女の言葉の真意は理解しているし、彼もまた冗談をいっただけに過ぎない。そういった冗談が彼女に通用しないこともわかってはいるが、いわずにはいられなかった。軽口を飛ばしていなければ、あまりの重苦しさに押しつぶされそうになる。そういった繊細さとは無縁の人間だと自分のことを過信していたのだが、どうやら思い過ごしのようだった。

 変わり果てた世界では、明るく振る舞い続けることも難しい。

「でしたら、わかりやすく、単刀直入にいいますよ」

「ん?」

 怒ったような副官のぷっくりとした唇は可憐ではあったが。

「ファリア様が隊長を探しておられまして、それで――」

「ファリアちゃんが? そういうことはもっと早くいってくれよ」

 彼は、その名を耳にした途端、意識が覚醒するのを認めざるを得なかった。即座に跳ね起き、副長の小さな両肩に手を置く。彼女が愕然とするのがわかる。

「はあ? なんでわたしが怒られるんですか」

「で、ファリアちゃんはどこに?」

「ああ、もう……戦宮ですよ」

「戦宮?」

 疑問が生じないではなかったが、副長が嘘をいうわけもない。

「よし、いますぐいくぞ」

「ちゃんと着替えてくださいよ」

「わーってるよ」

 手だけを振って応えると、彼は、隊舎に急いで戻った。着の身着のまま隊舎を抜け出し、町外れで昼寝をしていたのだ。戦宮にいくのであれば、正装しなければなるまい。つまり、護峰侍団の制服を着込むということだ。普段ならば面倒なことだと吐き捨てるところだが、ファリアに逢うことを考えればわずらわしくもなんともなかった。

 ファリアがリョハンに戻ってきてからというもの、彼の日々は、あざやかな色彩を帯びていた。これまで無味乾燥な色あせた世界にいたような変化があったのだ。

 世界が壊れ果て、多くのものが失われ、リョハン全土が悲しみに包まれているというのにだ。

 そういった悲しみもすべて理解しながら、ファリアへのあふれる想いを止められなかった。

 愛しい妹は、以前にもまして美しく成長していた。

 きっと、恋をしているのだ。

 知っている。

 聞いている。

 ファリアには愛しいひとがいて、そのひとの元で生きているのだと。

 彼はファリアの恋を応援していたし、彼女が想い人と結ばれることを心の底から願っていた。それが、兄としての務めであると信じていたからだ。

 兄として、妹の晴れ姿を見届けなければならない。

 そのためにも、死ぬ訳にはいかない。

 彼は、吹き荒れる光の奔流の中で、脳裏を駆け抜ける過去の光景の数々に向かっても吼え続けた。吼える以外にはなかった。過去の自分を超え、現在の自分を超えなければ、死の未来を越えることはできない。

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