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第百九十一話 朝日の中で

 朝を迎えるころには、各部隊の被害状況も明らかになってきていた。

 もっとも被害が多かったのは、予想通りミオンの騎兵隊だった。ギルバート=ハーディ率いる騎兵隊は、敵部隊による待ち伏せを受けた上、ジナーヴィ=ワイバーンの召喚武装の直撃により、大勢の死傷者を出していた。千五百名中、生存者は九百八十名であり、その損害の凄まじさが理解できるというものだ。五百二十人が落命したのだ。馬も、それに近い数が死んでいる。待ち伏せによる死者は三百人に満たないという話は、その後の被害の大きさも物語っている。騎兵隊の攻撃力の高さと防御面での脆さが如実に現れているといえるだろう。

 つぎが、ガンディア方面軍第一軍団だ。レオンガンドとしては頭を抱えたくなるが、事実は事実として受け入れるしかない。千人の部隊が六百七十八人にまで減らされたという。三百二十二人の死者が出たのだ。その報告を聞いたとき、レオンガンドは我が耳を疑ったものだ。いくら弱兵とはいえ、あまりに兵を消耗し過ぎではないのか。死傷者の総数ならば、まだ納得もできよう。死者だけで三百人を超えている。壊滅的被害といってもいいくらいだ。

 右翼に展開した第一軍団がぶつかったのは、話によると投降してきたゴードンの部隊だという。彼らの部隊に武装召喚師が配属されていたわけではなく、力押しで押し負けただけの話だった。ゴードンの部隊が特別強いわけではない、というのは彼ら自身の証言だが、だとすればガンディア兵が弱すぎたのだろう。

 レオンガンドは、とんでもない事態に直面して頭を悩ませることになったが、いまは考えるべきことではないのだろう。戦後、しかるべき処置を取らなくてはならない。抜本的な改革が必要だ。彼らの意識を変えなくてはならない。

 ルシオン軍の死者は、三人だけだ。負傷者は多少出たようだが、さすがと云わざるをえない。ハルベルク自身からもたらされた報告に、レオンガンドは唸るよりほかなかった。ガンディア兵との実力の違いをまざまざと見せつけられたのだ。尚武の国と謳われるだけのことはあり、リノンクレアが誇るだけの理由がそこにあった。白聖騎士隊も歩兵隊も精強であり、彼らと戦えば、ガンディア兵など風の前の塵に同じなのだろう。もっとも、そんな日は来ないが。

《蒼き風》にも死者は出た。前線で戦っていたのだ、当然だろう。と思いきや、主な原因は、ジナーヴィによる暴風だったらしい。前線における戦いでは、《白き盾》の鉄壁の防御と連携することで、被害を極端に抑えることができたようだ。

《白き盾》は、当然、負傷者さえ出していない。無敵の盾シールドオブメサイアの能力には、もはや言葉は不要だろう。クオン=カミヤと団員たちの活躍なくして、この戦勝はなかった。彼らがいなければ、ジナーヴィに蹂躙され、敗北していたことは想像に難くない。

 ガンディア方面軍第五部隊も、レマニフラの黒忌隊・白祈隊も、無傷だ。前線に出ていないのだから当然とはいえるのだが、中央部隊で被害がでたのは《蒼き風》だけというのは、少々問題かもしれない。傭兵たちから不満の声が上がる可能性がある。保証を手厚くするべきだろうか。

 それはつまり、大将軍アルガザードが前線に出て行かずとも勝利を得ることができたということの裏返しでもあるのだが、実際は、《白き盾》の武装召喚師頼りの戦術だったともいえるのだ。

 とはいえ、武装召喚師の有用性は、セツナ・ゼノン=カミヤによってとっくに示されている以上、彼らを中心とした戦術を組むのは必然であり、アルガザードの戦い方を非難することは誰にもできない。第五軍団が打って出ても、《白き盾》が護りきれず、被害が増えただけかもしれないのだ。そういう意味では、《白き盾》と《蒼き風》の連携は効果的だったのだろう。

 死者は、敵味方関係なく手厚く葬られた。せめて、国に連れて帰ってやりたいという気持ちも大いにあったのだが、いまはそんな悠長なことをしている場合ではなかった。戦場に葬り、鎮魂を祈ることだけが、レオンガンドたちにできる死者への手向けだった。

 十七日の朝日を拝む頃、ザルワーン側からの投降兵は八百人を数えるようになっていた。部隊ともども投降してきたゴードン=フェネックの呼びかけが効いたのか、はたまた、逃げたはいいが、行くべき場所もなく、戦場に戻ってきたものが多いのか。どちらにせよ、投降兵を無碍に扱うこともできず、レオンガンドたちは多少頭を悩ませた。

 戦いに組み込むには、不安が大きすぎる。かといって、ただ連れ歩くということも同じだけ不安だ。彼らに戦意がないのは明らかなのだが、状況次第では変心する可能性はいくらでもある。例えば、ガンディア軍がわずかでも劣勢になれば、躊躇なく裏切り、攻撃してくるだろう。もっとも、投降時に武器は回収しているのだが。

(ゼオルに置くか?)

 置いて、どうなるか。

 問題はそこなのだ。ゼオルの制圧ではない。

 ゼオルの制圧には手間取らないことは明白だった。先の戦いにおけるザルワーン側の軍勢の内約も、ゴードンによって明らかにされていた。ゼオルの第七龍鱗軍、スルークの第六龍鱗軍、ナグラシアの第三龍鱗軍と、ヴリディアの第四龍牙軍からなる混成軍であり、ジナーヴィは聖龍軍と名づけていたらしい。第七龍鱗軍は壊滅し、第六龍鱗軍も半壊以上に兵を失ったということである。敗兵がゼオルやスルークに逃げ帰ったとしても、こちらに抵抗するほどの戦力にもならない。

 問題は、その後なのだ。制圧後、すぐに出発するわけではない。また、出発にあたって、中央軍の幾らかは置いていくことになる。彼らに投降兵の監視までさせるのは、現実的といえるのか、どうか。

 ゴードン=フェネックは、信用してもいいだろう。投降以来、こちらのためになるような情報を教えてくれたのは彼だ。彼は、ザルワーンの民が平穏無事なら文句はないというようなことをいっており、ゼオルのひとびとにも手を出さないのなら協力を惜しまないといってきている。レオンガンドは当然、市民に危害を加えるつもりなどはなかった。彼が、投降兵を纏めてくれるというのなら、わずかでも安心できるというものだが。

「おはようございます、レオンガンド陛下。戦勝後の朝はいかがですか?」

 ナージュ・ジール=レマニフラの挨拶が聞こえて、彼は思索を打ち切らざるを得なくなった。振り返ると、ナージュがひとりだけで馬車を抜け出して来ていた。

「これはナージュ姫、おはようございます。そうですね。ザルワーンでの初陣を勝利で飾れたのは、素直に嬉しく、また戦勝後の朝とはかくも格別なものかと思っていた次第です」

 レオンガンドは、彼女にいわれて、改めて朝を迎えたのという実感を覚えていた。

 戦いが終わったのが、未明のことだ。戦後処理に忙殺された。アルガザードは、レオンガンドには休んでいて欲しかったようだが、戦闘で役に立ちもしない身だ。四友ともどもここで働かなくては立つ瀬がなくなる――そんな感情が、彼を戦後の戦場を走り回らせた。ハルベルクやギルバートと直接言葉を交わし、リノンクレアとも勝利を喜び合った。生き残った兵士たちに声をかけるのも忘れない。傭兵たちにもだ。そうやって、時間ばかりが過ぎていった。だれもが疲労に倒れ、眠りにつく中、彼だけが起きていた。

 気がつけば、朝日が東の空を染めていた。

 白く、まばゆい。空まで白く塗り潰すかのような勢いであり、その輝きは、ナージュの褐色の肌を際だたせるようだった。美女だ、と改めて思う。漆黒の髪に褐色の肌。白いドレスは戦場には不向きだが、戦勝後の朝には、とてもいいものだ。血の臭いは、本陣周囲にはほとんどない。だからこそ彼女も出歩いてきたのかもしれないが。

 レオンガンドは、彼女が歩み寄ってくるのを待った。

「格別な勝利の朝を陛下おひとりで味わっておられたのでしたなら、わたくしは退散したほうが良さそうですね」

 ナージュは屈託なく笑ってきたが、レオンガンドは笑わなかった。

「いや……あなたにはこういうときにこそ側にいて欲しい」

 レオンガンドが告げると、彼女は驚いたようだった。予想だにしない反応だったのだろうが。

 孤独がある。埋めようのない寂しさがある。慣れたはずだ。わかりきっていたことだったはずだ。彼は常にひとりで、だれにも心を許さず、だれにも関心を持たず、だれにも真意を話さず、ここまできたのだ。そうやって、生きてきた。それが最善だった。

 シウスクラウドの望むままにガンディアの“うつけ”を演じてきた。敵国を欺き、自国民を欺くことで、ガンディアへの脅威を少しでも減らそうとした。無駄な努力。無意味な労力。だが、二十年、国は生き延びた。シウスクラウドが病床にありながら国を守ってこられた理由のひとつが、レオンガンドが暗愚だという評判があったからかもしれない。レオンガンドが王位を継げば、ガンディアは容易く滅ぶ。ガンディア国民の何割かもそう信じていた節があるが、それはすなわち、彼の演技が完璧だったということだろう。

 心を閉ざした。

 四人の友とは、気の置けない間柄だ。彼らがいるから、レオンガンドは心の平衡を保つことができたといってもいい。アルガザードは常に見守ってくれていたし、五年前にはアーリアを拾った。彼女の存在もまた、レオンガンドには大きかったのだ。だが、まだ足りない。なにかが。いや、なにもかも。

 自分には、ナージュのような存在が必要なのだと、ようやく気づいた。

「いても、よろしいのですか?」

「ええ。いてください」

 レオンガンドはうなずくと、彼女の優雅な足取りに見惚れた。

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