第千九百十五話 第二次リョハン防衛戦(九)
(やる)
グロリア=オウレリアは、爆発的な力の拡散によって三体の神人が為す術もなく破壊され尽し、消し飛ぶ瞬間を目の当たりにして、胸中で感嘆の声を上げた。爆発の中心には、彼女が溺愛して止まない青年がいる。十二枚の純白の翼を背負う彼の姿は、まさに天使と呼ぶに相応しいのだが、そのような姿をしていようといまいと、彼女にとっては愛を司る天使に違いなかった。
(さすがは我が弟子だ)
胸が疼くのは、ルウファの頑張りを直接褒めてやりたいからだろう。
四体の神人の攻撃を軽々とかわしながら、グロリアは、己の本能に忠実すぎる肉体に苦笑を浮かべた。高強度の神人の攻撃は確かに苛烈を極め、回避に専念するとなると攻撃に出る隙がないといえた。一体や二体ならばまだしも、三体四体となると話は別なのだ。一体の攻撃を回避すると、その瞬間には別の個体の攻撃が始まっており、さらに別個体の攻撃が来るのだから、攻撃する隙などあろうはずもない。とはいえ、グロリアは既に数体の高強度神人を撃滅しており、特に問題には想っていない。
七大天侍筆頭はシヴィル=ソードウィンだ。天侍長と呼ばれる彼の立場は、グロリアがいるからといて変わることはないが、七大天侍最強の武装召喚師はだれかといえば、グロリアになるのは致し方のないことだろう。七大天侍と呼ばれる七人の武装召喚師はいずれも当代最高峰といっていいのだが、その中で頭ひとつ飛び抜けている実力の持ち主がグロリアなのだ。
かつてルウファに敗れたのは、グロリア自身の甘さもあるが、実力不足もあっただろう。あれ以来、もう一度自分を見つめ直し、鍛え上げ直した結果、彼女は(自分でいうのもなんだが)世界でも有数の武装召喚師へと上り詰めたのだ。いまや彼女に敵う武装召喚師など数えるほどしかいまい。その自負を裏付けるのがこの闘いだ。
メイルケルビムを纏う彼女の動きを神人は一度たりとも捉えられていなかった。どのように苛烈な攻撃を繰り出してこようと、一切隙のない連撃を浴びせてこようと、捉えられなければ意味がない。グロリアは、夕闇の空を瞬くように飛翔しながら敵の猛攻を容易くかわし、一瞬の隙を見逃さず攻撃する。そうやって数体の神人を主戦場から引き離しながら、時折、主戦場の神人にも攻撃を叩き込むのが、彼女の戦いだった。ただ高強度の神人を引きつけ、相手にするだけではリョハン最強の武装召喚師などとはいえまい。
彼女の熾烈な戦いぶりは、己に課した役割を忠実に成し遂げようという凄まじいまでの本能によるところが大きかった。
メイルケルビムは、甲冑型の召喚武装だ。甲冑型召喚武装は、防御能力に秀でたものが多い。それと同時に身体能力を底上げすることで、攻撃能力を有する場合が多々あり、メイルケルビムの場合はさらに移動能力を有しているといってよかった。攻防に優れ、移動能力が高いという非の打ち所のない召喚武装は、使い手の能力によってまさに弱点のない代物となっている。
メイルケルビムは、背中の突起から光の翼を生やし、それによって大気に干渉することで飛行能力を得ることができた。ルウファがシルフィードフェザーを愛用の召喚武装としたのも、彼女とメイルケルビムの影響が大きい。シルフィードフェザーはその重量から見れば、メイルケルビム以上に使い勝手のいい召喚武装といえるだろう。
しかし、シルフィードフェザーが神人を圧倒するほどの攻撃力を発揮するためには、限界を突破しなければならない点と比べると、メイルケルビムの攻撃力は異様といえるほどに高い。メイルケルビムを纏うグロリアは、未だ限界まで能力を引き出してはいないのだ。それもそのはずだろう。
ルウファが神人三体を殲滅した攻撃は、シルフィードフェザーの力を限界まで引き出したからこそ繰り出せたのだが、それは同時にルウファに大きな足枷となって彼を縛り付けるものとなった。シルフィードフェザー・オーバードライブには、時間制限がある。グロリアとの修行の成果によって、当初の倍ほどまで引き伸ばすことができているものの、それでも精々二分足らず。その二分の制限時間を超過した瞬間、ルウファはただの人間になってしまうのだ。いや、全力を使い果たすのだから、ただの人間以下の足手まといにならざるをえない。
強化個体とはいえ、たかだか三体の神人を撃破するために全力を出し尽くすのは、大きな問題だろう。無論、シルフィードフェザーの攻撃力が元々高くはないというのも、その理由のひとつではある。
シルフィードフェザーは、メイルケルビムに着想を得た召喚武装だ。ルウファが、師匠であるグロリアの召喚武装に憧れ、真似をするようにして召喚したのがシルフィードフェザーなのだ。その能力も、攻撃、防御、移動にと、汎用性のあるものだった。しかし、シルフィードフェザーは、それらの能力がメイルケルビムのように高次に融合したものではなかった。移動能力はメイルケルビムに匹敵するか、それ以上といってもいいのだが、攻撃能力、防御能力は、並び立ってもいない。つまり、シルフィードフェザーがメイルケルビムと同じだけの戦果を出そうとすれば、それだけ無理をしなければならないということなのだ。
オーバードライブに頼らざるをえないのも、致し方のないことだった。
それでも、グロリアは、ルウファのやり方が間違っているとは思わない。ルウファは、三体の神人を撃破すると、すぐさま主戦場へと移動すると、ファリアたちの援護を始めたのだ。残された制限時間の限界まで戦い抜こうという弟子の姿は、グロリアにはとても好ましいものに思えた。オーバードライブ状態のシルフィードフェザーならば、通常時のシルフィードフェザーとは比べ物にならない戦果を上げることができるに違いない。
(おまえはそれでいいのさ、ルウファ)
ルウファにはルウファの、グロリアにはグロリアのやり方というものがある。グロリアは、己のやり方のすべてをルウファに真似させようとは思わなかった。才能と実力の問題がある。召喚武装の能力の差もある。そればかりは、如何ともしがたい。どれだけ修行を積み、能力を身に着けたとしても、それだけでは埋めようがないものが厳然として存在するのだ。
逆をいえば、グロリアほどの実力者であっても、追いつけない相手がいるのもまた、事実だ。それが黒き矛のセツナなのだが、彼は今、どこでなにをやっているのか。
(詮無きことだな)
グロリアは、神人の猛烈な横薙ぎの手刀を左手で受け止めて見せると、メイルケルビムの光の翼を広げた。神人の淡く輝く双眸がこちらを睨みつけてくると、その巨躯から無数の触手が伸びてくるが、構いはしない。光り輝く羽が暴風となって吹き荒れ、彼女の全周囲に逆巻いた。神人の腕を粉々に打ち砕いただけでなく、迫り来る触手の尽くを消し飛ばし、さらに神人の肉体を損壊させた。上半身を吹き飛ばすと、右脇腹に“核”を発見する。強く発光する結晶体のようなそれが神人にとっての心臓なのだ。グロリアはそれを認識した瞬間には、動いている。急速接近し、手刀でもって貫いていた。神人の肉体の再生が始まるより早く、“核”を隠すよりさらに早く。
神人の巨躯は、どれほどの強度を誇ろうとも、“核”が破壊された瞬間、その結合が解かれ、ばらばらに崩れ去る、まるで砂のようにだ。巨人ほどの体躯を誇る神人ともなれば、全身が白化しており、もはや人間だったころの部位はどこにも残されていないため、なにも残らなかった。グロリアが起こす輝く風に吹き流され、消えてなくなる。
グロリアはそれを見届けることもなく、別の神人の攻撃をかわし反撃に出ている。
そうやってつぎつぎと高強度神人を撃滅し終えたころには、七大天侍それぞれの戦闘は終わっていた。
七大天侍筆頭シヴィル=ソードウィンは、攻防一体の強力な召喚武装ローブゴールドによって数体の高強度神人を撃破しており、ニュウ=ディーはブレスブレスの広範囲殲滅攻撃によって複数体の高強度神人、低強度神人を滅ぼしている。カート=タリスマのホワイトブレイズは、高強度神人のみならず、神軍の通常戦力の足止めにも大いに役立ち、アスラ=ビューネルの三鬼子も、同じく猛威を奮ったようだ。
そのころには、ルウファの制限時間も尽きていて、彼は部下に連れられ、後方に下がっていた。ルウファとしてはもっと戦っていたかっただろうが、彼は十二分に戦果を上げている。高強度神人四体だけでなく、低強度神人を何十体も屠ったのだから、少しくらい休んでも問題はあるまい。
七大天侍の残り五名が踏ん張ればいいだけのことだ。
戦女神も奮起している。
護峰侍団もいる。
(あとは……)
グロリアは、主戦場に視線を戻すと、激戦が繰り広げられている前線へと飛ぼうとした。
しかし、その瞬間、彼女は敵陣後方上空に光り輝くものが出現するのを目の当たりにし、全身が総毛立つのを認めた。