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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千九百十三話 第二次リョハン防衛戦(七)


 神軍が大量の神人を戦場に投入したことで、リョハン軍の動きは大きく変わった。変わらざるを得なくなったといっていい。

 神人とは、白化症を発症した人間の成れの果てのことだ。神威ーーつまり、神の気、神の力が他の生物にとって猛毒であるために発症する症状であるところの白化症は、進行する課程で宿主の肉体を蝕むだけでなく、精神を侵し、存在そのものを変容させるという。人間という生き物から、神人というまったく別種の生物ともいえない化け物へと成り果てるのだ。そうなれば、もはや制御は効かない。ひとの声に耳を傾けることなどあろうはずもなく、ただ破壊と殺戮を振りまくだけの怪物となる。

 ならばなぜ、神軍が神人を戦力として運用するなどという暴挙にでたのか。答えは単純だ。神軍の背後に神がいるからだ。

 神軍と命名したのは、ラムレス=サイファ・ドラースだ。かの竜王は、神軍が神に操られていると看破し、神軍と名付け、警戒に当たっていたのだ。

 神は、故意に神人を生み出すことができる。前述の通り、神人は白化症患者の末路であり、白化症は、神の毒気に侵されたものに発症する症状だ。つまり、神がみずからの力を人間に照射し続けることで、白化症を発症させ、促進、神人化を促すことができるのだ。

 そして、そうやって生み出された神人は、力の源たる神の命令に従う兵隊となる。神の兵隊。つまり、天使といっても過言ではないというわけだ。

 天使が神に従うのは道理だ。

 そして、神軍が神の軍勢ならば、そこに天使があり、神の進軍における尖兵をつとめるのもまた、道理といっていいだろう。

 もっとも、リョハン軍を構成する護峰侍団の武装召喚師たちも、天使を自称しているのだが。

「本物の天使と偽りの天使の戦いというわけか」

「さて、どちらが偽物でどちらが本物なのやら」

「決まっているだろう?」

 グロリアは、愛しい弟子の横顔を眺めながら、にやりとした。

「勝ったほうが本物さ」

 ルウファは白い翼で大気を叩きながら、肩をすくめた。

 彼女たち七大天侍は、神人撃滅のため、リョハン軍の先陣を切っている。

 斃すべき敵は数多。

 それこそ、数え切れないくらいにいるといっていい。それらをできる限り引きつけ、各個撃破するのが七大天侍に課せられた使命だ。


 神人の強度と質量は比例する。

 高い強度の神人ほど巨大であり、逆に低い強度の神人は人間のころと変わらない質量に過ぎない。つまり、神人の強度は見た目に判別することが可能ということでもある。

 戦女神ファリアは、リョハン最高峰の武装召喚師集団である七大天侍に高強度の神人の撃滅を命じた。低強度の神人も厄介ではあるのだが、高強度の神人になんの手も打たず放置するのは、リョハン軍の壊滅を意味するため、低強度の神人に対しては護峰侍団が当たることとなっていた。

 護峰侍団は、神軍の雑兵を相手にしながら、七大天侍が低強度と見なした神人の撃破にも戦力を割かなければならなくなったというわけだ。しかも、護峰侍団の中でも精鋭中の精鋭である一番隊と三番隊は、戦女神とともに神軍本陣を目指しており、残り八隊で事に当たらなければならない。無論、一番隊と三番隊が雑兵や神人を相手にしないかというとそうではなく、むしろ護りを固めているであろう本陣こそ激戦が予想されるため、残りの八隊よりもきつい戦いが強いられるのは誰の目にも明らかだ。

 故に護峰侍団の二番隊から十番隊に所属する隊士たちは、だれひとり不平や不満をもらさなかった。そんなことをいっている場合ではないことは、だれもが知っている。ここで神軍の本隊を叩かなければ、リョハンに未来はない。リョハンが落ちるということは、リョハンを拠り所にしてきた護峰侍団の将来もまた、失われるということにほかならない。それだけではない。リョハンには、護峰侍団の団員たちの家族がいて、友がいて、同胞がいる。リョハンへの攻撃を許せば、それらが危険に晒されるのだ。

 そのようなことを見過ごせるわけもない。

 護峰侍団の武装召喚師たちは、思い思いの召喚武装を手に神軍との戦いに赴いていた。

 

 神軍の本陣は、リョハンの北東、黙想の石林と呼ばれる一帯にある。巨大な方舟が着陸しているのが目安としてわかりやすく、神軍は、方舟を護るように陣地を構築しているようだった。黙想の石林とは、ヴァシュタラ教会が命名した地名だが、おそらく人為的に作られたものであろう石塔が無数に林立していることから名付けられている。その石塔群も“大破壊”によって消し飛び、名残りもなにもあったもではなくなってしまっているが、仕方のないことだろう。“大破壊”によって地形は大きく変わり果て、地名の由来が失われていることなどざらにあった。

 リョフ山が無事なのは、奇跡以外のなにものでもない。

 その神の加護によって守られたリョフ山北東方向へと、リョハン軍約二千は進軍していく。

 神軍は逆に南西方向へと流れ込むようにしてその膨大な戦力を展開しており、両軍の激突はその中間地点で起きた。

 最初の激突は、リョハン軍の圧勝で終わっている。神軍先鋒隊がファリアのオーロラストームの嵐のような攻撃によって撃退されたのだ。その直後、リョハン軍は、神人対策のため部隊をいくつかに分けた。高強度の神人に七大天侍をあてがい、残る低強度の神人には護峰侍団で当たることとなっている。そして、ファリア率いる本陣攻撃部隊だ。

 ファリアは、本陣攻撃部隊の中にあって、先頭に立っていた。ヴィステンダールやスコール=バルディッシュなどは、ファリアには後方に下がっていて欲しいと想っているようだったが、ファリアにそんなことができるわけもなかった。

 ファリアは、戦女神だ。

 戦女神ファリアたるもの、常に前線に立たなければならなかった。前線に立ち、その戦う様で味方将兵を鼓舞し、奮い立たせなければならない。また、敵軍将兵を威圧し、震え上がらせなくてはならないのだ。それこそが先代戦女神ファリア=バルディッシュが築き上げてきた戦女神という存在の役割であり、意義なのだ。

 味方にとってはこれほど頼もしいものはなく、敵にとってはこれほど恐ろしいものはない。

 そう考えたとき、ファリアの脳裏にはひとりの少年が思い浮かんだ。いまや少年とはいえなくなった彼の、しかし、少年のころとなにひとつ変わらない表情が、彼女に勇気をくれるのだ。

(そうよ、あのひとのように)

 ファリアは、怒涛のように攻め込んでくる神軍の兵隊に向かって、オーロラストームを掲げた。翼が凄まじい電力を生み出し、嘴から雷撃の束が吐き出される。急角度で蛇行する雷光の帯が前方の敵兵をつぎつぎと打ちのめし、悲鳴を上げさせた。それでも、敵軍の雪崩は止まらない。敵兵の数は二十倍に近い。それをすべて打ち倒すなど、無謀な試みだ。意味がない。

 ファリアが撃ち漏らした敵兵を彼女に追従する護峰侍団の武装召喚師たちがつぎつぎと打ち倒していく。様々な攻撃。火の矢が飛べば、斬撃そのものが飛んでいく。大型の戦輪が何人もの敵兵を切り裂き、竜巻が敵陣を掻き乱した。大地が隆起し、複数の敵兵を上空へと打ち上げた。それを別の武装召喚師の攻撃が吹き飛ばし、一網打尽にする。

 この通り、武装召喚師と一般兵では、話にならないのだ。

 もし、神軍本隊およそ四万が全員、ただの雑兵ならばなんの問題もなく勝利を掴み取ることが出来ただろう。

 以前の戦いと同じだ。

 どれだけ神軍が兵を用意しようと、一般兵では、こちらの戦力を上回ることは難しい。攻撃力も防御力も違うのだ。

 こちらにはそれこそ一騎当千の実力の持ち主が何十人といる。

 それを理解したからこそ、神軍は神人の投入に踏み切ったのだろう。神人の尋常ではない数を見れば、彼らが今度こそ本気でリョハンを落とそうとしているのは明らかだ。

 だからこそ、ファリアは奮起する。自身の魂を鼓舞し、力の限り、オーロラストームを乱射しては敵兵を打ちのめし、血路を開いていく。

 敵本陣を落としても、戦いは終わらないかもしれない。しかし、大打撃といて、神軍に伝わるのは間違いないのだ。戦意が激減するのはいうまでもなく、そうなれば、ラムレスらと力を合わせ、全軍を撃退することも不可能ではなくなるはずだ。

 それは、極めて楽観的な考え方だろうが、いまはそう信じるよりほかはない。

 リョフ山に籠城し、状況が好転するのを待つなどという愚策よりは、打って出て、みずからの手で状況を覆そうとするほうが遥かにましだろう。たとえその結果、無為に終わったとして、座して滅びを待つよりはいい。

(いえ)

 ファリアは、己の愚かな考えに対し、胸中で首を振った。

 オーロラストームを構えたまま、立ち止まる。敵の流れが止まった。戦場は、大きく動いている。敵本陣をひたすらに目指すリョハン軍本隊と、戦場の各所で高強度の神人との戦闘中の七大天侍たち、低強度の神人との戦いを始めた護峰侍団各隊によって、状況が変わった。

 神軍は、雑兵を前面に押し出すだけでは、物量だけでは押しきれないと判断したのかもしれない。進軍を止めると、前面に神人部隊を展開してきたのだ。白化症に全身を蝕まれた兵士たちが百人以上、ファリアたちの前に現れる。人間と変わらぬ大きさ――つまり低強度の神人とはいえ、百体以上がずらりと並んでいるのだ。

「この数は……」

「さすがに多いな」

 ヴィステンダールとスコールが息を呑むのも当然だったが、彼らは尻込みひとつしなかった。ファリアがオーロラストームを掲げるのを見届けるでもなく、先行する。護峰侍団侍大将ヴィステンダール、一番隊長アルヴァ=レロン、三番隊長スコール=バルディッシュらと四百名の武装召喚師たち。火線が前方に集中し、神人を巻き込むような連鎖的な爆発が起こる。アルヴァ=レロンの召喚武装レインボウカノンが火を吹いたのだ。広範囲を爆撃するレインボウカノンの殲滅力は極めて高い。だが、その爆発では、神人の侵攻をわずかに足止めするにとどまらざるをえない。

 神人は、“核”を破壊しない限り、無限に近く活動を続けるのだ。

(滅びなど、しない!)

 ファリアは、オーロラストームの翼を形成する結晶体を本体から分離させると、電力によって操り、一斉に撃ち出した。電光を帯びた結晶体は、紫電の如き速度で武装召喚師たちの頭上を超え、爆炎逆巻く神軍前面に着弾する。神人の進行は、止まらない。レインボウカノウの爆撃や、他の召喚武装の攻撃によってわずかに動きが鈍っているものの、少しずつ、確実にリョハン軍に向かって侵攻を続けている。

 ファリアは、すべての結晶体が自分の思い通りの場所に着弾したことを確認すると、それら無数の結晶体によって形成した範囲内に神人の大部分が踏み込んでくるのを待った。

 その間も、味方と敵の攻撃の応酬は続いている。神人もただ黙って攻撃されているばかりではない。神人は、その白化した部位を自在に変化させ、攻撃する。白化した指を何倍にも伸ばし、鞭のようにしならせながら攻撃してくることもあれば、無数の触手を噴出させることもある。また、光の奔流を撃ち出し、遠距離の敵を攻撃することもできるため、距離を取っているからといって安心できる相手ではなかった。

 ただでさえ、生命力の差がある。

 神人は、肉体をどれだけ損壊されても、“核”さえ無事ならばいくらでも再生できる。人間は、そうはいかない。指や腕を切断されたくらいならばまだなんとか耐えしのげるかもしれないが、首を刎ねられれば、頭を潰されれば、腹を撃ち抜かれれば、死ぬしかない。神人――神化した怪物は、その点がとんでもなく卑怯といってよかった。皇魔とも比べ物にならない。

 圧倒的な生命力と攻撃力を持つ破壊の意志。

 皇魔のように指揮官を潰せばどうにかなるような相手ではないのは明らかで、たとえ本陣を壊滅させ、神軍が撤退を始めたとしても、神人を放置されれば、その対処だけでリョハン軍は致命傷を負うことになりかねない。

 神人とリョハン軍の戦闘が苛烈さを帯び、後続の部隊が前線に辿り着いたちょうどそのころ、ファリアは、結晶体の結界の中に百体の神人のうち、およそ七十体以上が侵入したのを認識した。そしてその瞬間、彼女は、全霊でもってオーロラストームの力を解放した。

 すべての結晶体がその内に閉じ込められた膨大な量の電熱が暴風の如く逆巻き、七十体以上の神人の肉体を徹底的に破壊していく。だが、それで終わりではない。神人は、破壊された部位を即座に修復し、電熱の嵐の中を突き進まんとする。ファリアはそこへオーロラストーム本体による雷撃を叩き込み、電熱の嵐を複雑化させる。荒れ狂う電流と熱量が再生中の神人にさらなる痛撃を叩き込み、再生速度を低下させる。そこへ、ヴィステンダールの号令が響き渡る。

「皆の者、攻撃の手を緩めるな! 戦女神に続けえっ!」

『おおおおおおおっ!』

 護峰侍団の咆哮が夕闇の戦場にこだましたかと想うと、天地が震撼するかというほどの大攻勢が始まった。

 リョハン軍の大反撃が、ついに状況を一変させる。



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