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第千九百七話 第二次リョハン防衛戦(一)


 大陸暦五百六年三月七日。

 神軍によるリョハン包囲網は、日増しに狭まっていた。

 リョハンを目指す神軍の目論見は、総勢二十万を越える大軍勢による物量戦であり、包囲覆滅を狙ったものであることはだれの目にも明らかだ。

 それも絶望的なまでの兵力差による包囲網であり、リョハンは絶体絶命の窮地に立たされていた。数ヶ月前、リョハンの総兵力を大幅に上回る数万規模の大軍で押し寄せたものの、リョハンの戦力とドラゴンの加勢によって押し切られたことを受け、今度こそは完全無欠の勝利を得るべく、戦術を練った、と考えるべきだろう。

 覆しようのない兵力差。

 リョハンは、近隣の都市と連携し、事にあたるといった方法は取れなかった。

 リョハンは、陸の孤島と呼ばれている。

 かつて、ワーグラーン大陸が世界のすべてであり、三大勢力と小国家群に分かたれていた時代、リョハンはヴァシュタリア共同体の勢力圏内に存在する自治都市だったからだ。リョフ山とその周辺の領土を除く周囲四方はすべてヴァシュタリアの勢力圏であり、都市や町、村との交流さえもなかった。教会はリョハンの自治を認めたが、ヴァシュタリアの人間がリョハンと交流を結ぶことを喜ばなかったのだ。教会が望まないことをするヴァシュタラ信徒はいない。自然、リョハンはヴァシュタリア勢力圏で浮いた存在となっていた。

 それは、リョハンとしては望むところだったのだ。

 人口は決して多くはないが、だからこそ、自分たちだけでやっていけるという自負と事実があった。ヴァシュタリアとの関わりがなくとも、なんとでもなりえたのだ。むしろ、ヴァシュタリアからの干渉がないほうがよかった。でなければ、独立自治の意味がなかったし、ヴァシュタリアの干渉がリョハンの成長を妨げるかもしれないからだ。

 それは、”大破壊”が起き、ヴァシュタリア共同体が崩壊の憂き目を見てからも、変わることのない常態として、リョハンを包み込んでいた。

 まず、近隣の都市の多くは、未だヴァシュタラ教を捨てきれず、ヴァシュタリア軍が世界大戦の際に滅ぼすべき目標としたリョハンを敵と認知していることが大きい。それがすべてといってもいいくらいの都市もある。数百年によるヴァシュタリアの君臨は、大陸北部ヴァシュタリア勢力圏内に住むほとんどのひとびとにヴァシュタラ教の信仰を植え付け、ヴァシュタリアこそが天地のすべてであるといっても過言ではないものとしていた。教会が敵と定めた以上、どれだけ理不尽な理由であったとしても、排除しなければならないという考えが、ヴァシュタラ信徒の中に息づいている。異端者の徹底的な排除もそれだ。

 もっとも、それら都市は世界大戦のために戦力の大半を失い、都市の防衛が限度だった。ヴァシュタリア軍の小国家群への侵攻に際し、ヴァシュタリアのほぼ全戦力が投入されたことは記憶に新しい。その結果、各都市は“大破壊”後の混乱に乗じてリョハンに攻め込んでくるといったことはなく、そのため、リョハンはそれら近隣都市を捨ておくことができたともいえる。仮にリョハンの主権を損なおうとする都市が現れたとすれば、リョハンは全霊を賭してそれら都市と戦わねばならず、守護結界の中とはいえ、安穏たる日々を送ることはできなかっただろう。

 そういう意味では、ヴァシュタリアが全戦力を小国家群に差し向けてくれたことには、感謝するべきなのかもしれない。もっとも、ヴァシュタリアが動かなければ、いや、ヴァシュタリアを含めた三大勢力が動かなければ、世界大戦も“大破壊”も起きなかったのであり、ヴァシュタリアの全戦力投入を喜ぶことなどできるわけもないのだが。

 ともかく、そういう理由から、リョハンは周辺の都市と連携し、神軍と相対するといったことはできなかった。そもそも、先程もいったように近隣の都市は、防衛戦力しか残されておらず、協力することができたとしても、神軍がリョハンに到達するまでのわずかばかりの時間稼ぎにしか使えないのが現実だ。そして、そんな戦術に利用したとあれば、それら都市から無用な恨みを買うことだろう。

 神軍がリョハンの制圧だけを目的としているのであれば、それら都市は捨て置かれるだろうし、無闇に協力を仰ぎ、攻め滅ぼさせる必要はない。滅びたところでリョハンにはなんの影響もないのだが、だからといって、むざむざ見殺しにする理由もない。ヴァシュタリアは敵だったのだが、敵は等しく滅びるべきである――などという考え方は、空恐ろしいだけだ。

 しかし、そんな状況下にあっても、リョハンに住むひとびとは安穏たる日々を送り、なんら危機感を抱いていなかった。大陸全土が震撼した世界大戦の際も、大陸を引き裂いた“大破壊”の際も、リョハンがなんの問題もなく凌ぎ切ることができたからであり、先の神軍との戦いも特に問題なく勝利を治めることが出来たことをリョハンの民は知っているからだ。そして、無用な情報を流していないからでもある。情報統制は、不要な混乱を生まないためにも必要不可欠なことだった。住民は、リョハンが神軍に包囲されていることすら、知らない。

 リョハンが度重なる危機を逃れることができたのは、ひとえに七霊守護結界と呼ばれる障壁に守られているからだ。

 もっとも、そのリョハンの守護神マリク由来の結界は、リョハンを”大破壊”から守り、以来二年以上に渡ってリョハンを守護し続けてきたが、神軍の侵攻に対してはある意味で無力だった。

 守護結界は、人間を排除することができないからだ。

 人間を排除する結界を作ることもできるというが、そんなことをすればリョハンの住民全員が例外なく排除され、リョハン一帯は無人の地になってしまうというのだ。そんなことをだれが望むわけもなければ、マリクがするはずもない。マリクは、リョハンとリョハンに住むひとびとを護るため、神に戻ってくれたのだ。

『器用に敵だけを排除するなんて真似ができればそれに越したことはないんだけれど』

 と、マリクはいったが、だれも彼を責めようとはしなかった。マリクのおかげでリョハンは”大破壊”の影響を逃れることができている。マリクがいなければ、マリクが守護してくれなければ、リョハンもまた”大破壊”に飲まれ、ただならぬ被害を受けていたに違いないのだ。

 それに、マリクの守護結界は、ドラゴンの受け入れは可能であるという点で器用に調整されているのだ。これ以上の無理難題を押しつけるのは、いくら相手が神であっても理不尽だろう。ただでさえ負担を強いている。マリクには、なんの見返りもないというのにだ。

 ファリアは、そんなマリクの気遣いにただ感謝した。

『ただ、安心して欲しいのは、神軍がたとえば神を招来したとして、その力が結界内に及ぶことはないということ。これだけは、ぼくの全存在をかけて誓うよ』

 マリクの心強い言葉には、ファリアたちは勇気づけられる思いだった。

 たとえ強大な力を持った神が現れようと、結界に守られたリョハンが落ちることはないのだ。

 それだけで、ファリアたちは十全に戦える。 


 敵はおよそ二十万。

 対して味方は、その十分の一にも満たない。

 護峰侍団二千名、七大天侍六名、戦女神ことファリアに加え、蒼衣の狂王ラムレス=サイファ・ドラース率いるドラゴン属が一千名。総勢三千あまり。それで二十万の大軍勢に当たろうというのだ。正気ではない。狂気の沙汰というほかないだろう。

 だが、リョハンを守るためには、リョハンに住むひとびとの生活を守るためには、戦う以外の手段はない。

「投降するという手もなくはないがな」

 グロリアがふと漏らしたのは、会議の席でだ。七大天侍と戦女神だけが顔を揃えた会議は、戦術の確認というよりも、覚悟の確認のために開かれたといってもよかった。敵本陣を目指すのは、やはりリョハン最高戦力たる七大天侍と戦女神にならざるをえない。護峰侍団では、少々心もとないのだ。強くないというのではない。むしろ、護峰侍団ほど強力な戦闘集団は、この世のどこを探しても存在しないといっていいだろう。武装召喚師で構成された戦闘集団。並大抵の軍隊ではない。世界最強とは言い過ぎにしても、、最高峰であるのは疑いようもなかった。

 それでも、戦女神と七大天侍に比べると一段劣る。

 戦女神たちには、実戦経験というかけがえのないものがあり、護峰侍団にはそれが欠如していた。

「宣戦布告もなにもないんですよ? 聞く耳なんて持ってるわけないじゃないですか」

「うむ。降伏するにも、それが問題なのだよ」

「グロリアのいうとおりよ。神軍が我々の降伏を受け入れ、リョハンの主権を認めてくれるというのであればまだしも、ただ一方的に侵攻してくるだけ。交渉の余地はないわ」

 相手に交渉の余地のあるなしは、最初の行動でわかるものだ。

 ルウファがいったように神軍がリョハンに対し宣戦布告をしてきたというのであれば、そこにまだ交渉の緒があると見ていい。言葉を持っているからだ。明確な意志を伝えるということは、そこから話を広げられる可能性がある。皆無とは言い切れない。しかし、宣戦布告もなく、ただ攻め寄せてくる気配を見せている相手には、どうすることもできない。こちらから呼びかけたとして、応じてくれるかどうかもわからないのだ。だからといって、交渉の余地が完全にないかといえば、そうとはいえず、リョハンの存続のためにあらゆる手を使うべきだという意見ももっともだ。だが、先の神軍との戦いからも、神軍がリョハンをただ攻め滅ぼそうとしていることは明らかであり、交渉を持ちかけたところで、受けてくれるとは思い難い。

 ファリアのみならず、会議の場に集まった七大天侍は皆、難しい顔をしていた。包囲網は、直に守護結界に取り付こうとしている。リョハンの戦力配置はほぼ終了しており、いつでも出撃可能という状況だった。護峰侍団も、この度の神軍との戦闘に関しては、ファリアたちに極めて協力的だった。これも先ごろの神軍との戦いで勝利を収めることができたのが、ファリアたちの活躍によるところが大きいという事実を護峰侍団が認識してくれているからだファリアの意見を積極的に採用するだけであり、否定的な反応は殆どなかった。

 難民政策については苦言を呈するヴィステンダール=ハウクムルでさえ、こと実戦に関しては一切の口出しをしてこなかった。それだけ、自分たちの経験不足を認識し、経験豊富なファリアたちを信頼してくれているということだ。つまり、為政者としてのファリアと、戦闘者としてのファリアは別物として認識しているということであり、彼は感情論で動いてはいないという証明でもある。

《たとえ交渉の余地があったところで、彼奴らがうぬらの平穏を安んじるとはとても思えんがな》

 突如頭の中に響いてきた聲は、厳かで威圧的な、よく知ったものだった。

「ラムレス様?」

 ファリアは、無意識に頭上を仰いだが、会議場所に使っている戦宮の一室の天井が見えただけだ。群青の鱗を纏う竜王の姿は、ここからでは見えない。

「やっぱり、ここだったんだな」

 聞き知った肉声を振り返ると、ユフィーリア=サーラインが出入り口に立っていた。戦宮には、扉というものがなく、護衛をしている護峰侍団の許可を得、敷地内に入ることさえできれば、だれでも会議場所まで入ってくることができた。つまり、隠し事をするには向かない場所なのだが、そもそも、一般市民には立ち入ることのできない場所なのだから、問題もなかった。

「ユフィ!」

 ファリアは、彼女の姿を見るなり、椅子を倒す勢いで立ち上がった。

 ユフィーリアは、ミリュウのいないいま、ファリアにとって精神安定剤のような存在になっていた。



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