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第千九百六話 修羅の刻印(三)


「認めたか」

 ラジャムが、にやりとした。その重厚な笑みの中に刻まれた思惑は、いまのセツナにならば手に取るように理解できる。思惑というほどのものでもない。ただ純粋に闘争を愉しもうという想いだけが、ラジャムの、ウォーレン=ルーンの顔に浮かんでいる。そしてその想いこそが、闘神ラジャムのすべてなのだろう。

 修羅の刻印。

 ラジャムはいった。それこそがセツナの本質である、と。

 ラジャムも、そうなのだろう。

 闘いの中でしか生きられない存在なのだ。

 だが、そこに悲哀はない。ラジャムはむしろ、そこにこそすべてがあるとでもいわんばかりだ。闘争のみに存在価値があり、存在理由があることをなにも苦しんではいない。思い悩んではいない。すっきりとしたものだ。

 それは、セツナも同じだ。同じはずだ。悩む必要はない。苦しむ必要はない。闘争がすべて。戦いの中でしか生きられないのであれば、それでいい。

「ならば、いまはこのひとときを楽しめ、セツナ。闘争は愉悦。至福のひとときぞ」

 ラジャムは、長剣を右手だけで持つと、左手に神威を収束させた。剣がもう一振り、具現する。炎を思わせるような波打つ刀身が特徴的な長剣は、鍔や柄の装飾も燃え盛る炎のようだった。ラジャムが二刀流になったのは、もちろん、セツナとの闘争をより楽しむため、なのだろうが。

「……残念だが、それはできない」

「なぜだ?」

「戦いを愉しんでる余裕なんて、俺にはないのさ」

 黒き矛を握りしめ、告げる。脳裏に過るのは、大切なひとたち。セツナが愛して止まないひとたち。恋しくて、たまらない。一刻も早く、逢いたい。もうすぐそこまで来ているというのに、こんなところで足止めを食らっている場合ではないのだ。だが、その目的を果たすためには仕方がない。それは理解している。とはいえ、そのための戦いを愉しむことなど、できようはずもない。

 たとえ、闘争の中に喜びを見出すのが自分の本質だとしても、だ。

「俺のことを待ってくれているひとがいるんだ。信じて、待ち続けてくれているひとがいる。そのひとたちのためにも……」

「なにをどういおうと、本質は変わらぬ。うぬの中の修羅の本性が、闘争を求め、吼え猛っているのがわからぬか」

「だとしても」

「いうてわからぬであれば――!」

 ラジャムの背後に浮かぶ光輪が爆発的な光を発した瞬間、その姿がセツナの視界から掻き消えた。瞬間移動のように思えるが、そうではない。目にも映らない超高速移動。つまりは、神速。瞬時にセツナの眼前、下方に出現したラジャムの気配にセツナの体は無意識に反応している。長剣二刀流による二連撃を矛で受け止め、その衝撃を殺すように飛び退く。そのまま逃すラジャムではない。立て続けに振り回された斬撃が、そのまま飛び道具となってセツナに殺到してくる。セツナはそのときには黒き矛の切っ先をラジャムに向けていた。破壊光線を撃ち放ち、飛ぶ斬撃を消し飛ばす。ラジャムはいない。背後。振り向きざま、破壊光線を放ち続ける黒き矛を振り抜く。白光の帯が視線上のすべてを薙ぎ払うように虚空を奔った。ラジャムがにやりとしながら空中へ逃げるのが見えた。

「ははは、やはり、それがうぬなのだ。うぬの無意識が、修羅の本質が我との闘いを愉しんでいる。それを否定できるか?」

「できるさ」

 光線の放出を止めると同時に地を蹴り、飛ぶ。メイルオブドーターの翅が、大気を叩く。神速の飛翔。一瞬にしてラジャムへと詰め寄る。その直前、ラジャムが両手の剣をでたらめに振り回していた。無数の斬撃が飛来するが、セツナはその間隙を縫うように飛翔して、ラジャムに肉薄した。翅が切り刻まれたが、セツナは止まらない。矛の切っ先をラジャムの喉元目掛けて突きつける。激突音と反動。閃光が視界を切り裂いた。ラジャムの二刀が黒き矛を受け止めたのだ。並の武器ならば粉々に打ち砕いてラジャムもろとも消し飛ばしただろうが、神の力で具現した剣だ。そう簡単には壊せない。

 だが、セツナは、気にも止めなかった。ただ、力を込め、放つ。至近距離からの破壊光線。黒き矛の穂先が白く膨張したように見えた次の瞬間、大爆発が巻き起こり、凄まじい熱量が膨れ上がった。反動が全身を駆け抜け、セツナの体を地上へと吹き飛ばす。抜群の手応え。しかし、それで決着がついたなどとさすがのセツナも思わない。

 メイルオブドーターの力で無理なく着地したセツナは、爆光が収まるのを見ていた。その光の奔流の中にラジャムの無事な姿があることも認識している。

「これが、全力ではあるまい?」

「あんたこそ」

 セツナは、ゆっくりと矛を構え直した。ラジャムは、無傷ではない。ウォーレンが観客のためにと身に纏っていた金色の鎧が原型も損なわれるほどに壊れている。黒き矛の破壊光線をまともに食らったのだ。無傷で済むわけがない。しかし、ラジャムの、ウォーレンの肉体そのものは一切損なわれていない。神の力は、ウォーレンを失うまいと彼の肉体を万全に保護しているのだろう。

「全力を出せないんだろ」

 周囲を見遣る。

 試合会場と観客席を隔てる光の壁は、ふたりの戦闘によって生じる破壊的な余波が無関係なひとびとに及ばないようにするためのものだ。ラジャムなりの配慮であり、彼がみずからの信徒に対し、それなりの愛着を持っていることはその一事でも理解できた。元より闘技に惹かれて降臨した彼は、人間を見下してはおらず、むしろ尊いものと認識しているような気配がある。

 闘争を愉悦とするラジャムだが、その一時の愉悦のために人間たちを巻き込むようなことはしたくないという点においては、彼は善神の部類といってもいいのではないだろうか。

「当然のことだ。これは、闘技、ぞ」

「ああ」

「殺し合いでは、ない」

「……そうだな」

 セツナは、ラジャムの言葉を聞きながら、彼のことが少しずつわかってくるような気がした。

「我は、生死を賭けた闘争も尊いものだと認めているが、しかし、同時にこうも考える。人間、死ねばそれで終わりよな」

「そうだな」

「生死を賭けた、互いのすべてをぶつけ合う闘争は、それはそれは素晴らしいものだ。両者の人生が一瞬に交錯し、光の如く瞬き、消える。その儚き美しさに勝るものはない。しかし、それでは、せっかくの才能がもったいない。死ななければ、生き残り、鍛錬を続ければ、さらに強くなれたかもしれない。技を磨き、心を鍛え、力をつければ、さらなる闘争を見せることができるようになるかもしれない、と」

「だから、闘技……なんだな」

「そうだ。故にこそ闘技は、素晴らしい」

 ラジャムは、上空から闘技場を見渡しながら、告げてきた。

「命ではなく、誇りを賭けるのだ。勝者には限りない栄光を、敗者には泥のような没落を。されど、敗者は死なず、再び栄光を掴む機会を得られる。そして、勝者もまた、没落せぬよう、鍛え続けなければならない。それがすべてのものに向上心を生み、昂揚感を与える――それこそが我がこの都を気に入った理由よ」

 ラジャムが喜悦に満ちた表情でいってきたことは、彼がこの都を、そしてこの都市に住むひとびとを愛する理由であり、彼が悪しき神とは言い切れない所以だろう。彼は、闘争を司る神だ。闘争そのものに善も悪もないが、闘争による死を望まず、むしろ闘争の中に向上心を求める神がただの邪神とは思い難い。だからといって、彼の言動のすべてを受け入れられるわけもないが、セツナはラジャムの意志を受けて、震えるものがあることを認めざるを得なかった。

「さあ、セツナ、闘争を続けよう。そなたが目的のためには、我を満足させなければならぬ。そなたが望みがリョハンなれば。リョハンに辿り着くことがすべてなれば」

 ラジャムの挑発が、セツナの全身に力をみなぎらせる。

 そうなのだ。

 どのみち、この闘いを終わらせなければ、話は進まないのだ。

 リョハンのことを知らなければならない。

 ラジャムが知る限りの情報を得、そのうえでリョハンに急がなければならない。

 そのためにもラジャムを満足させる必要がある。

「仕方がねえ」

 セツナは、黒き矛を再び強く握り締めると、ラジャムを見据え、さらに力を引き出した。

 こうなれば、ラジャムが納得するくらいの力を叩きつけるほかはない。

 そして、セツナとラジャムの嵐のような闘いは、さらに苛烈なものになっていった。


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