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第千九百三話 闘神ラジャム


 武装召喚というたった一言。

 それがセツナにとっての武装召喚術であり、セツナが他の武装召喚師とは異なる際立った一点だ。

 本来、武装召喚術というのは古代語の羅列を呪文として組み上げた術式を用いなければならない。長たらしい呪文を間違えることなく唱えきることで、ようやく発動へと至るのが本来の武装召喚術であり、一朝一夕に覚えられるような安い技術ではない。高度で、難解な技術であり、到底、セツナに扱えるような代物ではなかった。

 だが、セツナは、武装召喚という一言だけで武装召喚術を発動させ、召喚武装をこの世に呼び寄せることができる。

 召喚武装。

 術式によってイルス・ヴァレとは異なる世界から召喚した武器、防具のことだ。意志を持つ武器防具であるそれらを召喚し、その能力を駆使することこそ、武装召喚師の本領であり、力なのはいうまでもない。つまり、術式を用いずとも召喚武装を呼び寄せ、その力を振り回せるのであれば、それだけで立派な武装召喚師といっていいだろう。

(詐欺みたいなもんだが)

 己の全身から拡散した爆発的な光が右手の内に収斂していくのを認めながら、胸中で苦笑する。まともに武装召喚術の修練を積み上げてきたひとたちに悪い気がするが、そんなことで出し渋るのも馬鹿馬鹿しい話だ。

 目の前に顕現したのは、神なのだ。

 神の依代となったウォーレン=ルーンの目は、異様なほどに輝きを発していた。金色の輝き。これまで何度となく見てきた神の威光そのものが、そこにある。黄金色に輝く瞳こそ、神の力の証なのだろう。マユラも、ミヴューラも、アシュトラも、マウアウもそうだった。神は金色の目を持つものなのだ。

 では、金色の瞳を持つ魔人は、いったいなんなのか。

 アズマリア=アルテマックス。

 聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンを滅ぼすために生まれたという彼女は、なぜ、金色の目を持つのか。その疑問については、憶測の域を出ないものの、彼女自身から解答を得ている。ただそれが事実かどうかは、彼女自身にもわからないという話であり、わからなくてもいいとはアズマリアの言葉だ。アズマリアは、己の目的さえ果たすことができれば、あとはどうでもいいと考えているのだ。

(そう。目的以外のことに構う必要なんかはねえのさ)

 しかし、その目的に関わることであれば、構わなければならなくなる。

 たとえば、目前の闘神ラジャムとの決闘も、セツナの当面の目標であるリョハンに関わる情報を持っているというのであれば、闘うことで得られるというのであれば、応じる以外にはない。

 どのみち、ラジャムの望みを叶えることがリョハンへの近道となるのであれば、ほかに選択肢はなかった。

 召喚に応じた黒き矛を右手で握り締める。その禍々しいばかりの形状をした漆黒の矛に触れた瞬間、指先から凄まじい量の力が流れ込んできた。意識の肥大。感覚の拡張。身体能力が引き上げられ、あらゆる感覚が増幅し、鋭敏化する。それによってセツナの脳裏に投影されるのは、試合会場の風景だけではない。中央闘技場の観客席の末端に至るまで、なにもかも明確に投影され、形となって浮かび上がる。観客ひとりひとりの驚きと歓喜に満ちた表情までもが妄想ではなく現実のものとしてセツナに認識させるのだ。黒き矛の力を用いれば、さらに広範囲の風景を脳裏に描き出すことも可能だが、セツナは闘技場の内部だけで留めた。感知範囲を広げると、情報の洪水に脳の処理能力が追いつけなくなる可能性があった。黒き矛の力は莫大だ。神に匹敵するほどのものだ。しかし、それを扱うセツナはあくまで人間なのだ。

 人間の脳では、処理しきれない量の情報が飛び込んでくれば、どうにもならなくなるものだ。それは黒き矛の使い手であっても同じことなのだ。では、そういうとき、どうすればいいのか。必要な情報の取捨選択をすればいい。必要な情報と不要な情報を区別することで、脳に飛び込んでくる情報を制御するのだ。たとえば、いまならば闘技場外の情報を排除することで、思考の透明度を保つことができているが、これがさらに膨大な量の情報となるとそうはいかなくなる。だからこそ、不要な情報は排除し、必要な情報だけを得られるようにするのだ。

 そういう訓練も地獄で行っている。

 地獄の二年余りは、決して無駄にはなっていない。

 顕現した神を目の当たりにしても、震えるのは体だけだ。心は、不動。黒き矛、純黒の鎧から伝わる神への敵対心を制御しうるほど、精神は鍛え抜かれた。

 依代となったウォーレン=ルーンの外見に起きた変化というのは、瞳の色くらいのものだ。しかし、その肉体の内に宿った力の莫大さは、黒き矛を手にしたセツナには一目瞭然だった。神威を感じる。それも圧倒的かつ驚異的なものであり、黒き矛でなければ対抗しようもないものだ。

「これより、我とセツナによる闘技を行う。試合会場にいるものは、巻き込まれぬよう下がるがよい」

 ウォーレン=ルーンの肉声によって伝えられた神の言葉は、試合会場に出てきた闘士団幹部たちやレムらの避難を促すものだった。当然だろう。神と黒き矛が激突するとなれば、その余波だけで試合会場は荒れ狂う。セツナがどれだけ配慮しても、荒れ狂う力を制御しきれるわけもない。観客席でさえ危ういかもしれない。と、セツナが周囲を見遣ると、いつの間にか、試合会場と観客席の間に神威の壁が聳え立っていることに気付かされた。ラジャムの力に違いない。

「意外と、人間想いなんだな?」

「なにをいうかと想えば」

 ラジャムが一笑に付したのは、彼にとってそれが当たり前のことだったからのようだ。金色の瞳が、まっすぐにセツナを見据えてくる。

「当然のことではないか。我は神ぞ。神なるは、ひとの祈りより生まれしもの。ひとを祝福することこそが我ら神の存在意義。それ以上でもそれ以下でもないのだ」

「そのわりには、この世界がどうなろうと知ったことではなかったみたいだが」

「かの儀式のことか」

「ああ」

 うなずく。

 儀式、と、ラジャムはいった。

 セツナたちが最終戦争と呼ぶ大陸全土を巻き込んだ大戦争は、神々にとっては儀式以外のなにものでもなかったということだろう。聖皇復活のための儀式。神々の在るべき世界への帰還のための儀式。数多の命を奪い、膨大な量の血と死によって完成する儀式。忌まわしくも呪われた儀式。

 セツナは、柄を握る力を強くするとともに矛から流れ込んでくるどす黒い感情に全面的に同意したい気分だった。神々の身勝手が世界を滅ぼしかけたのだ。もし、あのとき、クオンたちが命を賭して復活を阻まなければ、世界は聖皇によって滅ぼされていたのはいうまでもない。

 復活失敗の余波でさえ、世界がばらばらになるほどの破壊が起きたのだ。聖皇の復活が果たされていればどうなったのか、想像に難くない。

 ぞっとしない未来が待っていたのだろう。

「……あれは、致し方のないことよ。我も、我とともにヴァシュタラをやっていた神々も、だれもが本来在るべき世界への帰還を切望していた。何百年、この地に留め置かれたのだ。そうもなろう」

「そのためにこの世界が滅びる結果になったとしても、か」

「……ほかに方法がなければ、そうする以外にはあるまい。うぬもそうであろう? 目的のためであれば、なんだってする。それが人間というものではないか」

「否定はしないさ」

 黒き矛を構え直し、ラジャムを睨む。ウォーレンの肉体に宿りし闘争の神を、見据える。

「俺も、俺達も、そうやってここまできた」

「なれば、なにもいうまい?」

「そうだな。なにもいわねえよ」

 とはいったものの、だからといってなにもかも納得したわけではない。

「ただ、今度世界を滅亡の危機に晒してみろ。そのときは、俺と黒き矛があんたら神々を滅ぼすぜ」

「強い言葉だ。だが、あながち嘘ではないというのがげに恐ろしきことよな」

「はっ」

 セツナは、余裕に満ちたラジャムの振る舞いに笑い飛ばしたくなった。

「恐ろしくもなんとも想っていないって感じだな」

「いや……魔王の杖ほど恐ろしきものは、この世には存在せぬ」

 ラジャムが右手を胸の前に掲げると、手の先に神の力が収斂していく。収束した神威は光となり、やがて物質となって形を成す。儀礼的な装飾の施された長剣。青みを帯びた刀身が美しい。

「其は神を滅ぼしうる唯一の力」

「闘技……なんだろ?」

「そうだ。これは闘技。互いの力と技をぶつけ合い、勝敗を決するだけのもの。滅ぼし合う必要はない。そも、滅ぼされてはかなわぬ。我はこのアレウテラスの守護神ゆえな」

「俺も、こんなところで死ぬわけにはいかないからな」

 そういう意味では、命のやり取りに発展しなかっただけ、増しといえるのだろうが。

 それでもくだらないことだと思わずにはいられないセツナには、昂揚感などあろうはずもなく。

「さあ、とっとと終わらせよう。俺は面倒事が嫌いなんだ」

「ふっ……良かろう」

 なにがおかしいのか、ラジャムは笑った。まるでセツナの内心を見透かしたかのような反応には、セツナも苦い顔をするしかなかった。

「では、これより、闘神ラジャム対“神速”セツナ=カミヤの闘技を行う。皆の者、心して見るがよい。これが神の領域の闘いぞ」

 ラジャムの宣言により、観客席を埋め尽くす一般市民が大きくどよめいた。

「試合開始!」

 闘争の鐘は、鳴った。



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