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第千八百九十七話 闘神の宴(七)


 闘神練武祭・奉魂の儀。

“大破壊”によって命を落としたひとびとの鎮魂と慰霊のための、闘士たちの魂と誇りを賭けた闘技会もいよいよ決勝戦を迎えた。

 朝方始まった大会は、セツナがどれだけ迅速に勝敗を決したところでその進行速度に例年との違いはほとんどないとのことだった。例年、決勝戦が始まるのは午後八時を過ぎた頃合いであり、今年は、それより一時間速い程度の違いでしかなかった。つまり、セツナがメイルオブドーターを召喚してまで神速といっていい勝利を重ねてきたことに大した意味はなかったということだ。もっとも、セツナとて、それくらい想像していなかったわけではない。セツナひとりが素早く勝敗を決めたところで、全体の進行速度に出る影響などたかが知れているのだ。

 大会だ。

 多くの闘士が出場し、それぞれにこの大会にかける想いはセツナなどとは比べようのないものがある。皆、必死に戦うのだ。一戦一戦、じっくりとした試合展開ばかりが続いた。

 また、奉魂の儀には興行という側面もある。鎮魂と慰霊を謳いながらもそこに興行という顔があるというのがなんともきな臭いが、慈善事業ではないのだから金が動くのは当然のことかもしれない。興行。それも、極剛闘士団が開催する興行の中でも最大規模のものであり、この奉魂の儀で得られる金額が当面の極剛闘士団の活動資金となるという話も耳にしている。それだけに、出場する闘士たちはこの闘技会を盛り上げなければならず、だれもが一戦一戦を真剣に戦いながらも観客が金を落としたくなるような演出を入れたりしていた。

 その点、セツナは違う。

 一戦一戦、神速の試合運びで勝利を決定づけてきた。

 その結果、“神速”なる闘名がつけられたようだが、だからどうしたという気持ちのほうが強かった。実にどうでもいいことだ。

 セツナが、決勝に至るまでの試合を一瞬で決めたきたのは、当てつけでもあるのだ。無論、最上級闘士ウォーレン=ルーンへの当てつけだ。彼の半ば強制的な参加要請によって、出たくもない闘技会に出場する羽目になったのだ。彼の望むような戦いかたなどしてたまるか、という気持ちと、一瞬一秒でも早く闘技会を終わらせたいという想いがひとつになって、セツナの行動を加速させた。

 そして、決勝戦へと歩を進めたセツナを待ち受けていたのは、夜の闇に輝く満天の星と闘技場の柱に据え付けられた特大魔晶灯によって照らし出された試合会場であり、試合会場へと続く通路から進んでいくと、さながら眩い光の中へと踏み込んでいくかのような感覚があった。

 闘技場は、観客席を満たすアレウテラス市民の熱狂ぶりが最高潮を迎えており、様々な歓声や応援の声が試合会場にまで氾濫していた。闘士団の闘士だけでなく、セツナを応援する声も決して少なくはない。どうやら、セツナの“神速”の戦いぶりに魅せられた観客も少なくないようだ。セツナの思惑とはまったく異なる結果だが、別段、悪い気はしない。

 歓声と拍手に迎えられるまま、試合会場の中央へと歩いていくと、武装した審判員が待ち受けていた。そして、対面の通路から歩いてきていた対戦相手もまた、姿を見せる。極剛闘士団上級闘士“極斧”ダレル=ソーラ。セツナより頭三つ分ほど上背のある男で、その体格も立派なものだ。ぎっしりと詰まった筋肉の鎧の上に軽装の鎧を着込んでいる。

 闘技規則として、出場闘士は安全上、防具を身につけることが定められている。ただし、その防具も重装備は駄目とされており、木製武器による試合であることが念頭に入れられている。重装の鎧を着込んだ相手を木製の武器で打ち倒すのは少しばかり骨が折れるだろう。いや、ことと次第によっては木製の武器の方が折れてしまいこともありうる、そういう理由から防具の種類も限定されることとなったのだろう。

 メイルオブドーターが軽装の鎧で良かったと心底想ったセツナだが、たとえメイルオブドーターが規則違反だったとしても、エッジオブサーストを懐に忍ばせておくという手もあったのだから、問題はない。無論、それそのものが規則違反であることはいうまでもないし、問題だらけなのは百も承知だが、セツナには関係がない。闘技規則に従わなければならないのはわかっているが、そんなものに付き合ってやる理屈はセツナにはないのだ。

 ダレル=ソーラの話に戻すと、彼は怪物じみた鎧を身に纏っていた。鎧表面の鱗模様がさながら竜を思い起こさせ、肩当てや篭手についた突起物が竜の角を想起させた。兜も竜の頭部を模したものであり、竜が力の象徴なのはどこの世界も同じなのだろうとセツナは想った。セツナも、よく竜を模した甲冑を身に纏ったものだ。もはや鎧は自前の召喚武装で補えるため、そういう鎧を身につけることはないだろうが、だからこそ懐かしさを禁じ得なかった。

 兜の下、異様なほどに鋭い目が爛々と輝いていた。魔晶灯の光を反射しているのだ。決勝戦の対戦相手たるセツナを値踏みするような、いや、既に値踏みを済ませ、どのように斃すべきか考えている、そんなまなざし。

 セツナは、ダレル=ソーラを見つめ返しながら、彼に関して知りうる限りの情報を脳裏に浮かべた。ダレル=ソーラ。先もいったとおり、極強闘士団の上級闘士のひとりだ。つまり、デッシュと同格の闘士であり、デッシュ対ダレル=ソーラの戦績は五分だという。しかし、ダレル=ソーラは前年の奉魂の儀の覇者であり、その点で一歩先んじているというのがデッシュのダレル=ソーラ評だ。“極斧”の闘名の通り、斧を得物としている。巨大な木製の斧だ。木製だが、装飾過多かつ派手に塗装されているため、遠目には本物の武器に見えることだろう。それはセツナの木槍も同じだ。闘技に用いられる木製の武器はすべて、観客席から見れば本物の武器に見えるよう装飾と塗装が施されている。

 本物の武器を使うことを禁じているのは、闘技が興行だからであり、一戦ごとに死人が出るような闘技を続けていれば、すぐに闘士がいなくなるからというのも大きいだろう。命を粗末にしてはいけない、という当たり前のことが闘士団の基本理念だというところは素晴らしいとセツナは想っていた。だからこそ、鎮魂と慰霊の儀式を行う、という考えにも至るのかもしれない。

 不意に、ダレル=ソーラが口を開いた。

「黒き矛のセツナか」

「そういうあんたは“極斧”ダレル=ソーラだっけ?」

 セツナが言い返すと、彼は不愉快気な顔をした。

「ふん。だれに聞いたか知らんが、くだらんものだ。そんなものにどれほどの価値がある」

「さあな。しかし、そんなものに価値を見出しているからこそ、あんたはここで闘士なんてやっているんじゃあないのか?」

「いいや、違うな」

 ダレル=ソーラが頭を振る。

「俺は、闘士として頂点を目指しているだけのことだ。闘名など、他人の評価など、無意味だ。だれよりも強く、ただ強くなってやる」

 そして、手にした斧を突きつけるようにして掲げてきた。

「セツナ。あんたも、そのための踏み台になってもらうぞ」

「やれるもんなら、やってみな」

 セツナは、傲岸不遜に言い放つと、木槍を両手で握り、半身に構えた。ダレル=ソーラがどこか愉しそうに口の端を歪める。

 審判員がふたりの顔を順番に見回した。

「両者、よろしいですね?」

「いつでも構わん」

「こっちもだ」

 ふたりが同意すると、審判員が手にした斧を頭上に掲げた。

「……では、奉魂の儀決勝戦、開始!」

 試合開始の合図として、斧が振り下ろされた。

「おおおおおおおおおっ!」

 瞬間、ダレル=ソーラが猛然と突っ込んできた。上背と体格差により凄まじい迫力を帯びた突進には、セツナも唖然としながら後ろに下がらざるをえない。ダレル=ソーラが振りかぶった大斧が、気合とともに弧を描いて地面に叩きつけられる。しかし、セツナは既にそこにはいない。ダレルの視界の外へと瞬時に移動し、彼のがら空きの背中を捉えている。

(隙だらけだぜ)

 内心、勝利を確信しながら木槍を突き出したセツナだったが、つぎの瞬間、衝撃の結果が待っていた。なんと、セツナが相手の死角から繰り出した神速の突きが、ダレル=ソーラの斧刃に受け止められたのだ。反動が穂先から柄へ、柄から手へと伝わった直後、ダレル=ソーラが手首を返し、斧を旋回させる。器用にも木槍を巻き上げるようにして弾き飛ばすと、無手となったセツナに向かって突っ込んできた。またしても、獣の雄叫びような咆哮を発しながら、今度は真一文字に振り抜いてくる。が、そのときにはセツナは冷静さを取り戻せている。飛び退くのではなく、むしろ前に突っ込み、軽く跳躍し、薙ぎ払われる大斧をかわすと、ダレル=ソーラの肩を蹴ってさらに前に飛んだ。未だ空中の木槍を掴み取り、着地する。即座に腰を捻るようにして振り向きつつ、木槍を振り上げる。ダレル=ソーラが振り回してきた大斧と激突し、激しい音を立てた。

「やるじゃないか」

「あんたこそ」

 ぎらぎらと輝くダレル=ソーラの目を見つめながら、セツナは、異様なものを感じずにはいられなかった。

 メイルオブドーターの補助を受けたセツナの動きについてこられる常人など、そういるものではない。



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