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第千八百九十五話 闘神の宴(五)


 闘神練武祭・奉魂の儀は、試合が進むごとにその盛り上がりっぷりが加熱していっていた。

 第一回戦は、全部で九試合。通常、八試合なのだが、セツナの飛び入り参加により、一試合追加されている。セツナとぶつかることになった闘士“剛力”デム=ウォッシュには可哀想なことだが、それは彼以外の闘士にも同じことがいえるのであり、予期せぬ天災と諦めてもらうよりほかはないだろう。

 セツナのつぎの試合までの七試合中六試合をレムは、敬愛する主とともに観戦することができて、少し満足した。物足りない闘技の数々も、セツナが隣にいて、ああだこうだ言い合いながら観戦すれば、楽しい時間にもなり得たのだ。

 第八試合が終わると、セツナの出番となった。

 第一回戦第九試合。

 セツナ=カミヤ対“瞬刃”ラッシュ=コロウ。

 デム=ウォッシュやほかの肉体派闘士と比較して、痩せぎすに見えるのがラッシュ=コロウという闘士の身体的特徴だった。セツナと対峙しても、セツナが遅れを取らない相手というのは、筋骨隆々たる大男ばかりといった印象の闘士の中ではめずらしい部類に入るだろう。極限まで無駄な肉を削ぎ落とし、必要最低限の筋肉を身に着けている、そんな印象を抱く人物だった。身に纏うのもきわめて軽装の鎧であり、防具としての機能がほとんどなさそうに思えるものだ。

「“瞬刃”ラッシュ=コロウは、その闘名の通り、俊敏さにおいて並ぶものがいないといわれるほどの闘士だ。彼の闘技は一瞬で勝負がつくことが多い。いまはまだ中級闘士だが、中級闘士の中でもっとも上級闘士に近いといわれるのも納得の実力だな」

 デッシュ=バルガインによる解説は、闘士のことをまったく調べようともしなかったどころか、思い至りさえしなかったレムには有り難いものだった。

「闘名……」

「二つ名のことだ。闘士は、その長い戦歴の中で見せてきた戦いぶりに賞賛や感嘆を込めた名が与えられる。それが闘名――闘士の魂の名だ」

「デッシュ様の闘名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「わたしか? わたしは“連刃”。二刀流による連続攻撃が評価されての闘名だそうだ」

「お答え頂き、ありがとうございます」

「いや……」

 デッシュがそういって視線を動かしたときだった。大歓声が特別観覧席を揺らした。観覧席内にも響き渡るほどの歓声。第一回戦第九試合の勝敗が決まったのだ。無論、セツナの勝利に終わっている。レムがデッシュの顔を見るために目を離した隙の出来事だった。レムが試合会場に目を向けたときには、転倒した相手の急所に木槍を突きつけるセツナの姿があった。

「確かに一瞬で勝負がつきましたね」

「嫌味か」

「いやいやいやいや、まさかそんなことはありませんよ」

 ジェイド=メッサは、デッシュの一瞥に慌てふためいたが、その反応がまさに図星を突かれた人物のそれであり、デッシュは眉を顰めた。

 レムは、ジェイドがそういいたくなる気持ちもわからないではなかったが、この場合、ラッシュ=コロウなる闘士が不憫に思えてならなかった。

 セツナと対決したのが運の尽きだ。

 

 第一回戦の全試合が終わり、第二回戦の進出者が決まると、闘士たちの体力を考慮した休憩時間が挟まれた。

 レムはすぐさまセツナがいるであろう控室に向かい、そこで彼の勝利を祝福した。セツナは、そんなレムの言動に憮然としていたが、それは勝利して当然という意識があったからだろう。召喚武装による補助を受けた人間がそう簡単に負けるわけもない。

 それから昼食休憩を挟んでいる。

 第二回戦は、全部では四試合。

 セツナは、第一試合で“紫炎”オーヴィル=ヘイトと対決することとなっていた。

 オーヴィル=ヘイトは、セツナに比べると極めて身長の高い男だった。その身長の高さのせいか、ひょろ長いという印象を抱かざるをえない。というのも、第一回戦第一試合でセツナが対峙した巨漢の闘士デム=ウォッシュ以上の身長でありながら、筋肉の量が比べるまでもなく少ないからだ。それでも“瞬刃”ラッシュ=コロウよりはしっかりと筋肉の鎧を纏っているようなのだが、身の丈のせいでラッシュ=コロウ以上に細く見えた。

「“紫炎”オーヴィル=ヘイトは、その長身による腕の長さと長物を生かした広い攻撃範囲が特徴だ。闘名の“紫炎”は、彼が身に纏う防具によるものだがな」

 レムは、デッシュの解説を聞きながら、今度はセツナの試合から目を離すまいと集中していた。確かにデッシュの説明通り、オーヴィル=ヘイトの身に纏う防具は、紫の炎のようだった。ひょろ長い体に纏う紫紺の鎧は、さながら炎のような形状をしているのだ。その鎧を身に着けた彼が闘技を披露する様は、さながら燃え盛る紫の炎の如くなのだろう。

 実際、試合開始とともに長槍を振り抜くことによる牽制から続くオーヴィル=ヘイトの華麗な連続攻撃は、紫の炎のようではあった。しかし、紫の炎は燃え盛ることなく鎮火してしまった。オーヴィル=ヘイトは、セツナのこれまでの試合を見て、対策を練っていたようだった。つまり、先手を取り、セツナに攻撃の機会を与えない連続攻撃を叩き込むことで勝利を呼び込もうとしたのだ。だが、そんなものでメイルオブドーターの補助を受けたセツナが止まるわけもない。セツナは、オーヴィル=ヘイトの攻撃範囲外に逃れると、一瞬にして懐に飛び込み、木槍の柄頭を脇腹に埋め込むようにした。オーヴィル=ヘイトは為す術もなく倒れ、セツナが勝利した。

「またしてもあっさり」

「さすがは御主人様」

「……ああ」

 デッシュがなにかを諦めたかのようにうなずいてきたことにレムは、少しばかり不憫な気持ちになった。デッシュはもちろんセツナが召喚武装を身につけていることなど知る由もないはずだ。セツナが、アレウテラスが誇る最高峰の闘士たちを事も無げにあっさりと撃破していくなど、想像もしていなかっただろう。たとえセツナが大陸史に名を残すほどの英傑であったとしても、日夜鍛錬を続けている極剛闘士団の闘士たちが引けを取るわけがないとでも考えていたはずだ。

 そういった考えを徹底的に打ち砕くのが、セツナの圧勝ぶりだった。

 セツナは、魅せる戦い方をしない。ほかの闘士たちは、観客の目を意識した立ち回りをし、少しでも観客を沸かせようとするのだが、セツナにはそんなことをする道理がなかった。隙を見出した瞬間には決着をつける勢いで攻撃を畳み掛け、そのまま勝利を掴み取ってしまう。

 第二回戦のほかの試合と比べてみても、セツナの試合の展開速度は異常といっても良かった。

 もっとも、レムとしては、セツナの試合運びに問題があるとは思えない。むしろ、セツナに興行的な華のある戦い方をしろというのが無理な話だろう。セツナは、数え切れない修羅場を潜り抜けてきた戦士であり、死ぬ可能性などほとんどない闘技を行う闘士とは、根底が違うのだ。

 それに、こんな茶番はさっさと終わらせるべきだ。

 レムは、セツナ以外の闘士たちによる試合を見て、退屈さに辟易していた。

 闘士たちにとっては己の誇りと魂をかけたぶつかり合いなのだろうが、実際に命をかけたやり取りばかりしてきたレムのようなものにとっては、ばかばかしいものとしか映らなかった。セツナとくだらない感想を言い合いながらでなければ、持たなかったかもしれない。

 第二回戦が終わると、第三回戦までに休憩時間が挟まれた。

 第三回戦は二試合。

 セツナは、第一回戦、第二回戦と華々しい闘技を魅せてきた闘士“烈華”フィオナ=フィレンドルと対戦することになっていた。

 フィオナ=フィレンドルは、その名からわかるとおり、極剛闘士団でもめずらしい女性闘士だった。



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