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第千八百九十四話 闘神の宴(四)


「さすがは黒き矛のセツナ殿」

 割れんばかりの拍手と天地を揺るがすほどの歓声の中、試合会場を後にすると、闘士控室までの通路に何人もの屈強な闘士たちとともに最上級闘士ウォーレン=ルーンが待ち構えていた。筋骨隆々たる闘士たちに囲まれたウォーレンの姿は、実にやせ細っているように見えたが、それは彼の涼やかな顔立ちと佇まいのせいなのだろう。

 ウォーレンは、最上級闘士だ。極剛闘士団最強の闘士であるという評判であり、それだけに鍛え上げられた肉体を持っている。周囲の闘士たちのガタイのほうがいいように見えるのは、筋肉の質の違いによるところが大きいに違いない。

「電光石火の初戦突破、お見事です」

「どうも」

 セツナは、ウォーレンの涼し気なまなざしをかわすようにして通路を進んだ。勝ち誇る気にもなれないのは、そもそも真面目に取り組んでいないからだ。素早く終わらせることに集中していた。そのために手段を選んでもいない。

 ウォーレンは、セツナを無理に引き止めなかった。ただ、セツナにだけ聞こえるような小声で、こういってきたのだ。

「うちの闘士たちに無茶だけは、しないでくださいね」

 セツナがすぐさま彼を一瞥すると、ウォーレンは闘士団幹部と思しき大男たちとともに通路の奥へと消えていった。セツナは、出番を待って通路に屯する闘士たちの視線を感じながら、遠ざかるウォーレンの背中を見ていた。

(ばれてら)

 とは胸中でつぶやいたものの、バレてようがバレまいが関係がないという想いがないわけではなかった。でなければ、さすがのセツナでも、ここまで堂々と闘技規則を破りはしない。

 それなのにウォーレンが規則違反だということで非難してこなかったのは、なぜなのか。それどころか、警告さえもない。ただ、対戦する闘士が大事に至らないことを心配し、そのように配慮するようセツナに求めてきただけだ。

 彼は、セツナが召喚武装を身に纏って奉魂の儀に優勝したとしても、それで会場が盛り上がればいいとでも考えているのだろうか。

 奉魂の儀は、鎮魂と慰霊のための儀式として、闘技を奉ずるというものだ。が、一方で、極剛闘士団が開催する最大規模の闘技大会であり、最大の興行であるという事実も否定できない。つまりウォーレンがセツナに奉魂の儀への参加を促したのも、興行的な意味もあるのだ。 

 そして、この興行の最大の見せ場が、黒き矛のセツナの参戦と活躍にあるのであれば、セツナがどのような手を用いようと勝利し、闘技大会を盛り上げてくれるのであれば構わない、とでも考えているのではないか。

 ウォーレンの考えが少し読めてきたところで、控室に辿り着いた。

 もちろん、いま考えたことがすべてだとは、セツナも考えてはいない。

 ウォーレンは、奉魂の儀へのセツナの参加を興行目的だけで考えたはずがなかった。ほかになんらかの目的があるのだ。そのなんらか、というのは、この闘都を守護する神、闘神ラジャムに関わることと見てまず間違いない。

 神々は、セツナに興味を持っている。

 これまで関わってきた神々のほとんどがそうだ。

 セツナ本人というよりはその召喚武装たる黒き矛への興味なのだが、黒き矛の使い手としてのセツナへの興味を持っているということに間違いはない。

 マユラ、ミヴューラ、アシュトラ、マウアウ――多少なりとも関わりを持った神々は、いずれも黒き矛こと魔王の杖を言及し、警戒を忘れなかった。マユラだけは、魔王の杖を侮っていたが、マユラ以外の神々はいずれも魔王の杖に秘められた力を恐れてさえいるようだった。

 そうなるのも、いまならばわからなくはない。

 あの温厚な海の女神マウアウさえも、魔王の杖の召喚者であるセツナを滅ぼそうとしたほどだ。

 黒き矛――セツナがカオスブリンガーと名付けたそれは、不老不滅、金剛不壊の存在たる神にとって、ただひとつの例外なのだ。

 唯一、神を滅ぼすことのできる力。

 故にこそ神々はその存在を警戒し、あるいは恐れ、あるいは興味を持つのだろう。

 ウォーレンを動かしているだろう闘神ラジャムの目的もまた黒き矛にあるのは、火を見るより明らかだ。

 これで黒き矛に用事がなかったとなれば、肩透かしもいいところだとセツナは想っていた。

(ま、なんでもいいさ)

 だれもいない控室の椅子に腰を下ろして、手近にあった手拭を取る。闘技場を包み込む熱狂が熱気となって渦を巻き、たいした運動すらしていないのに汗が流れた。これほどの熱狂ぶりというのは、さすがに想像もしていなかったものの、それだけアレウテラスのひとびとにとっては重要なことなのだろうということはわかった。

 だからといって、規則違反を止めるつもりはない。

 元より半ば強制的に参加させられたようなものなのだ。黒き矛を用いないだけ感謝して欲しいという思いさえ、彼の頭の中に首をもたげていた。もちろん、木製の武器での勝負が闘技規則だ。黒き矛を用いた瞬間、審判員に失格を言い渡されるだろう。

 が、わざと失格するのもありだったかもしれない。 

 どうせ、この闘技に意味はない。

 セツナは、勝敗に微塵の興味もなかった。たとえ無惨に敗れ、セツナの評価が地に落ちようと関係がない。彼の目的は、名声を高めることにはないのだ。あるのは、リョハンへ行きたい逸る気持ちだけ。念願の再会が目前に迫っている。こんなときに、こんなことで足踏みなどしていられないのだ。

 鎮魂と慰霊の儀式を「こんなこと」と切って捨てるのは不謹慎極まりないことだが、それもこれもウォーレンが悪い。ウォーレンが強制じみた参加要請をしてこなければ、このような悪印象を抱くことはなかったのだ。

 もっとも、強制されなければ参加を固辞しただろうが。

 セツナが惨敗よりも神速で勝利をもぎ取ったのは、この儀式を早々に終わらせたいという想いがあったからだ。セツナが敗れれば、セツナの試合はそこで終わるが、奉魂の儀そのものは最終勝利者が決まるまで続くだろう。それならばいっそのこと、セツナが神速で勝ち進み、自分の試合だけでも一瞬で終わらせていけば、一秒でも早く、この儀式を終えることができるのではないか――そう考えたからだ。

 観客の盛り上がりなど、関係がない。

 ただいたずらに戦闘を引き伸ばし、無意味に時間をかけたくなかった。

 一刻一秒を争う事態にあるわけではないにせよ、セツナは、一瞬でも早く、アレウテラスを旅立ち、ファリアたちの元に向かいたかった。

 ただそれだけが、その想いだけが、セツナに戦う活力を与えてくれていた。

(もう少しだ。あと少し)

 あと何人か倒せば、奉魂の儀は終わるはずだ。

 そうすれば、さすがのウォーレンも約束通りリョハン行きの手配をしてくれるだろう。もしそれでもまだなにかいってくるのであれば、もはや話を聞く必要はない、とセツナは考えていた。そうなれば、いつまで経っても出発する機会を得ることもできなくなるだろう。引き止め続けられるだけだ。

 そんなものに付き合ってやる理由などあるはずもない。

 ただ、今回ばかりはたった数日の我慢ということで応じただけのことだ。万全を期したかったのもあるし、リョハンの位置が判明すれば、それだけ早く辿り着けるだろうというのもある。

 見知らぬ土地なのだ。

 慎重になってなりすぎることもあるまい。

 ゆっくりと息を吐いて、つぎの試合までどうやって時間を潰すか考えた。

 レムでもいれば、話し相手になってくれるのだが。

 彼女は三階特別観客席にいる。

(行ってみるか……)

 十六人(にセツナを加えた十七人)による勝ち抜き戦だ。セツナのつぎの出番は、本来の第一回戦第一試合であり、セツナが倒した闘士“剛力”デム=ウォッシュの対戦相手だった闘士“瞬刃”ラッシュ=コロウとの、第二回戦進出をかけた試合であり、セツナの体力を考えて第一回戦が一巡してからということになっている。第一回戦は、セツナとデム=ウォッシュの試合を加えて、全部で九戦ある。つまり、七戦消化するまでは暇を持て余すことになるのだ。

 それまで通路に屯する闘士たちと話し合って暇を潰すという気になどなれるわけもなく、セツナは、控室を出た。

 通路に出た直後、奉魂の儀の盛り上がりが加熱していっている様子が試合会場から聞こえてくる歓声によって理解できた。

 アレウテラスのひとびとは、話に聞いた以上に闘技というものが好きらしい。

 


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