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第千八百九十三話 闘神の宴(三)


「武器を身に着けておいでのようですが」

 審判役の闘士を見てまず目についたのは、その闘士が手にした斧と、腰に帯びた剣だけではなかった。頭には派手な兜を、胴体には物々しい鎧を着込んでおり、いまにも戦争にでも参加しそうな勢いだったのだ。派手な武具なのは、そのほうが観客席から見やすいからだろうが。

「闘技に出場する闘士は皆、極剛闘士団の団員だ。闘士としての教育を受け、闘技とはどういったものなのか、徹底的に叩き込まれている。闘技の規則を破るものはいない。しかし、万が一、ということもある。闘技に熱中するあまり自制を失い、相手を殺そうとするものが出てこないとは言い切れないのだ。そういった万が一の場合に備えるのが審判員の役目だ」

 デッシュの説明を聞きながら試合会場を見下ろしていると、東西の出入り口からそれぞれひとりずつ、第一回戦に参加する闘士と思しきものたちが出てきた。その東側から出てきた闘士を目の当たりにして、レムは驚きを禁じ得なかった。

 黒鎧を身に纏い、木槍を手にした闘士は、紛れもなく彼女の主だったのだ。

「いきなり御主人様でございますか?」

「飛び入り参加だからな。勝ち抜き表に加えられた結果、一番多く試合に出てもらう組み合わせになった」

「まあ」

「そのほうが客も闘士も喜ぶ――とのことだ」

 デッシュがいったのは、ウォーレンの言葉なのだろう。

 確かにその通りではある。奉魂の儀へのセツナの参加によってアレウテラス中が沸き立ったというのだ。闘士のみならず市民までもが黒き矛のセツナの戦いぶりに注目しているという話は、つい先程聞いたばかりだ。そのセツナをだれよりも多く戦わせるということが興行的な成功に繋がると考えるのは、道理だった。もちろん、そのためにはセツナが勝ち抜いていかなければならないが、レムはセツナが屈強な闘士たちに負けるとは思ってもいない。

 ただ、ウォーレン=ルーンの商魂逞しさには、呆れるよりもむしろ感心した。

「さて、黒き矛のセツナ殿の戦いぶり、見せていただこうか」

 デッシュはいまにも身を乗り出しそうな態勢で、試合会場に注目した。

 レムもそれに倣うようにして試合会場に視線を注ぎ、セツナが怪我をしないことだけを祈った。この鎮魂の儀式における勝敗に興味はない。セツナが無事にやり過ごしてくれればそれだけでよかった。そして、そんなことを心配する必要さえないことも知っている。

 数え切れない死線をくぐり抜け、地獄に堕ちてまで己を鍛え抜いたセツナが、所詮は闘技場での競技試合ばかりしているような連中に負けるわけがなかった。

 第一試合は、セツナと彼より遥かに上背のある巨漢の組み合わせであり、観客は大きくどよめいていた。

 迫力においては、セツナは大いに負けている。巨漢の闘士の隆々たる肉体は、まさに鍛錬に鍛錬を重ねたものであり、軽装の鎧とあいまって、圧倒的な力強さを感じさせた。対峙した瞬間、セツナが負けるのではないか、と感じるものも少なくはないだろう。

 ただし、レムはそうは想わない。

 レムは、セツナが圧勝する場面しか、見えなかった。

 実際、試合は一瞬にして勝敗が決まった。

 審判員が掲げた斧(木製らしい)を振り下ろすことで試合開始を告げた瞬間だった。巨漢闘士がセツナの出方を伺うべく手にした大鉈のような木剣を構えようとした直後、セツナの電光石火の早業が決まった。つぎの瞬間には、闘士の巨躯が転倒し、地に伏せていた。

 一瞬、だれもがなにが起こったのかわからなかったのだろう。

 巨漢の闘士が転倒してから数秒間、沈黙があった。

 その沈黙が大歓声へと変わったのは、審判員がセツナの側に歩み寄り、その手を掲げて勝利を告げてからだった。闘技場が大いに沸き立ち、大歓声が特別観客席にも聞こえてくるほどに響き渡った。

 しかし、この競技規則上、相手をただ転倒させただけでは、セツナの勝利にはならない。

 剣術の競技試合に様々な規則があるように、アレウテラスの闘技にも多様な規則がある。奉魂の儀で執り行われる闘技は、それらいくつもある闘技規則のうち、絶対勝利形式と呼ばれるものだという話は事前に聞いていた。勝利が決定付けられる状況に持ち込んで始めて勝敗が決まるというものであり、競技試合によく見られる得点式の規則ではないため、決着がつくまで戦闘が長引く可能性の高い規則であり、より実戦に近い形式だということだ。

 競技試合においては勝利条件のひとつであり、逆転の可能性を秘めた転倒も、この形式では意味がない。ただ、転倒した相手の急所に得物を押し当てれば話は別だ。

 セツナは、瞬速のうちに転送させた巨漢闘士の背を踏みつけ、木槍の切っ先を項に突きつけていた。実戦ならば巨漢闘士は絶体絶命という状況。これが絶対勝利形式における勝利条件であり、審判員がセツナの勝利を宣言したのもそのためだ。

 あまりの早業に審判員さえも反応が遅れるほどだった。

「あっさり……」

「なんだ、いまのは……」

「さすがは御主人様でございます」

 レムは、唖然呆然なふたりを尻目に淡々とした調子のセツナを見て、心の底から安堵した。いまだなにが起こったのかわからない様子の巨漢の闘士に手を差し出すセツナの姿は、競技者精神にあふれたものに見えなくもないが、レムはセツナのばつの悪さからでた行動であると見抜いていた。

(まったく、御主人様もおひとが悪いのですから)

 レムは、内心、おかしくてたまらなかった。それと同時にセツナの考えがわかって、ほっとしている自分に気づく。

 セツナは、奉魂の儀なる闘技会に真面目に取り組むつもりなど端からなかったのだ。そもそも、奉魂の儀への参加は、彼がみずから望んだことではない。半ば強制的に、仕方なく参加したのであって、できるならばいますぐにでも参加を取りやめ、一刻も早くアレウテラスを後にしたいのが本音なのだ。リョハンが北にあるとわかった以上、いつまでもここに留まっていたくはない。リョハンの所在地という必要不可欠な情報を取引材料とされたがために従っているだけのことだ。もし、リョハンの位置が判明していれば、わざわざ興味もない闘技会になど参加するはずもないのだ。

 セツナが手にしているのは、木槍だ。それは極剛闘士団が用意した闘技用武器のひとつであり、観客席からも見えるように派手な装飾が施されている。巨漢闘士の大鉈にも似た木剣のように、様々な種類の木製の武器が用意されており、闘技に出場する闘士は、自分の戦い方にあった得物を選択することができるのだ。

 セツナは当然、長柄の武器ということで木槍を選んでいる。

 セツナは、ルクスとの訓練においては木剣ばかり使っていたものの、黒き矛は長柄の召喚武装であり、剣ではないのだ。槍や矛の扱いのほうに慣れるべきであり、そのことに関しては、エスク=ソーマによって指摘されてはじめて改善されている。エスクとの訓練では木槍を使うようになったセツナだが、それまでの数多の戦いで矛の使い方、長柄武器の扱いに慣れきっていた彼には、エスクも特に手解きをする必要もないと判断したようだった。つまり、歴戦の傭兵の目から見ても、セツナの長物の扱いは上手いということだ。闘士とも引けを取らないだろう――とレムは考えていた。しかし、だからといって、先程のような一瞬での勝利など、いくらセツナでも容易いことではない。闘士との力量差が天と地ほどあるならばまだしも、デッシュやジェイドの目にも捉えきれない速度で動くなど、尋常ではないのだ。

 そこでレムが注目したのは、彼が身に纏う鎧のほうだ。最初、あまりにも見慣れたものだったため、まったく気にも止めていなかったのだが、よくよく見てみると、それはただの鎧などではなかったのだ。極剛闘士団が用意したものでも、無論、こちらの荷物から見繕ったものでもない。セツナが独自に召喚した異世界の防具。

 純黒のメイルオブドーター

 黒きカオスブリンガーの七眷属のひとつだ。

 レムは、その事実を把握した瞬間、自分の腑抜けっぷりを理解して、内心なんともいえない恥ずかしさに襲われると同時にセツナの抜け目のなさに感嘆したものだ。セツナは、元よりこの闘技会に純粋に向き合おうという気がなかったのだ。鎮魂と慰霊を謳う奉魂の儀とそれを主催した極剛闘士団、アレウテラスの市民には悪いが、セツナたちにはそんなものに付き合う義理がない。

 情報を得るためという前提がなければ全力で拒否したような事柄だ。どのような戦い方をしたところで、問題はあるまい。

 規則の上では、召喚武装の使用は禁じられている。つまり、セツナは規則を堂々と破り、平然とした顔をして第一回戦を突破して見せたのだ。

 召喚武装は、武装召喚師たちにとってはその異様な形状から判別できるものらしいが、武装召喚術に詳しくもないものたちには一般的な武器防具と同じように見えるものだ。召喚武装特有の魔法めいた能力を使いさえしなけ、バレようがないのだ。そして、メイルオブドーターの能力は飛行能力であり、白兵戦が主となる闘技そのものには大きく影響しないといっていい。空中に逃げたところで、攻撃するためには結局近寄らなければならないのだから意味がない。もちろん、ほかの眷属を使うのであれば話は別だが、いくらセツナが厚顔でも、闘技の真っ最中に召喚術を用いるようなことはすまい。

 ではなぜセツナがメイルオブドーターを召喚したのか。

 簡単な話だ。

 それは。武装召喚師がなぜ強いのか、というところに帰結する。

 武装召喚師の強さの理由はいくつかあるが、もっとも大きな理由は召喚武装だ。異世界から召喚した武器防具は、それぞれ様々な能力を有している。大気を操る翼、雷を撃ち出す弓、獣化能力を持つ斧槍――多種多様な能力は、それだけで強力無比といっていいだろう。常人には持ち得ないものであり、故に武装召喚師は魔法使いと呼ばれることもあるくらいだ。

 しかし、召喚武装は、固有の能力を用いずとも、十二分に強力な武器防具であることに変わりがないのだ。

 そもそも、異世界の武器防具は、生半可なことでは傷つけることもできないほどに耐久性があり、頑強にできている。召喚武装を傷つけることができるのはそれ以上の力を持った召喚武装くらいのものだといわれており、通常兵器が召喚武装を破壊したという話は聞いたことがなかった。その時点で、通常兵器以上の有用性がある。それだけでなく、召喚武装を手にし、力を引き出したものは、副作用として身体能力や感覚が強化されるのだ。

 動体視力、反射神経、視覚、触覚、嗅覚、聴覚――様々な身体機能が引き上げられるということは、それだけ戦闘能力が向上するということだ。

 その身体能力の向上というのは、召喚武装の持つ力に比例するものであるといい、強力な召喚武装ほど強い影響力を持つということだ。

 つまりセツナはいま、通常よりも強く引き上げられた身体能力を誇っており、並の闘士では相手にならない強さを持っているということになる。

 レムは、しれっとした顔で勝利を収め、大歓声の中、控室に引き上げていく主の姿を見つめながら、そのしたたかさに惚れ直すような気持ちになった。

 セツナは、紛れもなく成長している。



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