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第千八百九十二話 闘神の宴(二)


 大陸暦五百六年三月七日。

 闘都アレウテラスにおける最大の祭事である闘神練武祭が開催されるたった一日は、アレウテラス全体が闘技一色で染まる日だった。アレウテラスの全住民が闘神練武祭に集中できるよう、開催日は祭日とし、一般市民の休日となった。もちろん、休日にも休めない職業のひとびとがいないわけではないが、そういったひとたちも休み時間に近くの闘技場に駆け込んだりして、闘神練武祭の空気感を味わうのだ。

 闘技が、この都市のすべてなのだ。

 アルマドールの首都として定められたときには、既に闘都として名を馳せていたという歴史的事実は、闘都に生きるひとびとの闘技への熱き想いが五百年の長きに渡って培われてきたものであることを伝えていた。もしかすると、小国家群が成立するよりもずっと昔、それこそ歴史として残っていない時代から連綿と受け継がれてきた思いなのかもしれない。

 でなければ、日常生活の一部となるほどまでに全住民が闘技を受け入れるとは考え難い。体の隅々まで、それこそ、血液の奥の奥にまで染み込んだ闘技への熱量が受け継がれてきたために、アレウテラスのひとびとはこのお祭り騒ぎに熱狂し得るのだろう。そして闘技が鎮魂の儀式たりうるのも、そのために違いない。

 そんなことを考えながら、レムは、半ば呆れ、半ば圧倒される想いで、円形闘技場の試合会場を見下ろしていた。熱狂を帯びた声援が凄まじいまでの熱量となって闘技場全体に渦巻き、試合会場をも震わせるかのようだった。

 中央闘技場の観客席は、レムたちが特別観覧席に案内されたときには満席になっており、席を取れなかったひとたちのために特別観覧席のいくつかが解放されるまでの事態になっていた。

「毎年のことだが、今年はいつも以上に熱狂的だな」

 極剛闘士団の闘士のひとりであり、上級闘士という立場にあるデッシュ=バルガインが、試合会場の円周に設けられた観客席を見下ろしながらつぶやいた。昨年も、二年前も、中央闘技場は立ち見が出るほどの盛況ぶりであったという。慰霊と鎮魂のための闘技会、奉魂の儀に寄せられる想いというのは、アレウテラスの部外者であるレムには想像もつかない。が、アレウテラスのひとびとがこのときを一日千秋の思いで待ちわびていたのかもしれないということは、特別観客席さえも揺らす熱狂ぶりからわかった。

 観客席を埋め尽くすのは、若者ばかりではない。年端もいかない子供から、老人に至るまで。男女の性差もなければ、年齢差も関係のない客層は、アレウテラスが闘都として積み上げてきた歴史の重みを感じさせるものがある。

「御主人様が関係あると?」

「そうだろう。黒き矛のセツナの名を知らぬものが、大陸小国家群にいるとはいうまいな?」

「そう……なのでしょうか」

 レムは、デッシュのどこか物足りなさ気なまなざしを見つめ返しながら、小首を傾げた。すると、デッシュのほうが困ったような顔をした。

「君は、セツナ殿の従僕だったはずだが……わからないのか?」

「そう申されましても……その、わたくしとしては、御主人様は御主人様でございますので」

 デッシュの言いたいことは、わからないではない。

 レムも、セツナの数え切れない活躍によって得た名声が小国家群に響き渡り、黒き矛のセツナという雷名が轟いたということは、知っている。ジベルの死神部隊がセツナを認識したのも、彼の活躍によるところが大きく、クレイグ・ゼム=ミドナスが動いたのも、それ故だろう。それから、さらに数多くの戦果を上げ、武功を立ててきたセツナが押しも押されぬ英雄として認知され、褒め称えられていることは知っていたし、むしろ胸を張っていたものだ。だが、それはガンディア国内における評価が基準であり、国外におけるセツナの評判については、あまり詳しく知りようがなかったのが現実だ。知ったところでどうなるものでもなかったし、別段、知ろうとも思わなかったのだ。

 レムもそうだが、レムの主であるセツナは、他人の評価に無頓着な性格であり、他人が自分のことをどのように評価し、どのような評判が立っていようとまったく気にしていなかった。そのことは、レムのみならず、セツナの周囲にいたものたちの多くに共通することだったかもしれない。それがすべてセツナの影響とはいわないが、少なくともレムは、彼の影響を多分に受けている。

「それもよくわからない返答だが……まあいい。セツナ殿の雷名は、クルセルク戦争を契機に加速度的に小国家群中を駆け回ったのだ。もちろん、クルセルク戦争に至るまでの活躍も物凄まじいものだったが……一騎当千ならぬ万魔不当といわしめる活躍を見せられれば、だれもかれも唖然とするほかなかった。我々闘士も無論のことだが、一般の市民さえもがセツナ殿の噂を酒の肴にしたものだ」

 デッシュが感慨深げにいうのは、その話題の中心となった人物を目の当たりにし、実際に生きている人間として認識したからなのかもしれない。彼がセツナのことを高評価している風には見えないものの、それは彼の言葉遣いや態度に現れないだけのことに違いなかった。

「ここアレウテラスは、闘技を中心とする国だ。闘技とはすなわち、戦闘において、心技体をぶつけ合い、どちらがより優れているかを競い合うもの。闘技とともに生まれ育ち、生活の中心に闘技を置くアレウテラスのひとびとが、国外の強者に興味を持つのは当然のことなのだ」

「なるほど」

「まあ、帝国本土にまで聞こえていましたからね。セツナ殿の雷名」

「そうなのですか?」

「ええ、まあ。武装召喚師たちの間では結構な有名人だったようですよ。ただ、本格的に話題になったのは、陛下が帰国後のことですがね」

 ジェイド=メッサのいう陛下とは無論、ニーウェのことだ。ニーウェ・ラアム=アルスールと名乗ったセツナそっくりの人物は、今現在、西ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンとして君臨し、帝国領土の安定のため尽力しているという。

 ニーウェとセツナは、互いの全存在を賭けた死闘を繰り広げ、結果的にセツナが勝利している。その際、セツナはニーウェの命を奪わなかった。そのことがニーウェの中でセツナへの高評価に繋がったのかどうかまでは、レムにはわからない。そもそも、レムはニーウェがどういった人物なのかよく知らないのだ。セツナとそっくりそのままなのは知っているし、ニーナから色々と自慢話を聞いたりもしたが、実際のニーウェと直接会ったわけではない。ニーウェがセツナをどのように感じ、どのように話したのかについては、推測しようもない。悪くいわれていないことは、ニーナやランスロット、リグフォードらのセツナに対する態度を見れば一目瞭然ではあるが。

「セツナ殿の武勇は、小国家群のみならず、大陸全土に響き渡った、ということです」

「御主人様の……武勇」

「信じられませんか?」

「いえ。御主人様の素晴らしさは、従僕たるこのわたくしが一番よく知っておりますので」

 レムは、ジェイドの目をを見つめながら、微笑んだ。ジェイドがなぜかたじろぐのを尻目に、デッシュに視線を移す。上級闘士は、一面ガラス張りの窓から試合会場を覗き込んでいた。レムも窓際に近寄り、眼下に広がる闘技場を見渡した。数え切れない観客に満たされた中央闘技場の中心部、円形の壁に囲われた試合会場に派手目な武器や防具を身につけた闘士たちが、粛々たる足取りで進み出てきていた。その中にはセツナの姿はない。

 闘士たちの先頭に立つのは、最上級闘士ウォーレン=ルーンそのひとであり、彼の身に纏うきらびやかな甲冑は、ほかの闘士たちよりも大いに目立った。ほかの闘士たちもそうだが、派手目な格好をしているのは、観客にわかりやすいようにという配慮のようだった。そのようなことをデッシュがいい、レムは素直に感心したものだ。闘技は、ただ闘士たちの誇りや勝敗を賭けた戦いなのではなく、観客を入れている興行なのだ。観客の目を意識するのは当然のことだろう。

 最上級闘士が手に持った黄金の斧槍をたかだかと掲げ、なにごとかを叫ぶと、中央闘技場の観客席を埋め尽くす一般市民が一斉に反応を示した。大地が揺れるほどの激しい反応。三階の特別観客席が激しく揺れ、観客席が崩れ落ちないかという不安に襲われたくらいだった。もっとも、デッシュの様子から、この程度の揺れは慣れたものであるらしく、なんの問題もないようだ。

「ウォーレン団長による、奉魂の儀の開会宣言だ」

「そうなのでございますね。ここは、闘技をじっくり観戦するには適した席ですが、闘技場の空気感を味わうには少しばかり不適当でございますね」

「確かに。声が聞こえないのは、少々、物足りませんね」

 レムの意見にジェイドがうなずく。

 デッシュはこちらを一瞥し、再び試合会場に視線を戻した。

「闘技に熱狂した観客の暴走に巻き込まれても構わないというのであれば、いまからでも席を用意させて頂くが?」

「いえ、そこまでしていただく必要はございませぬ。手間でございますし、わたくしどものためにこの満員のお客様に退場願うのは、あまりにも理不尽にございます」

「……ならば、ここで我慢していただきたい」

「我慢などと。十二分に満足でございます。ねえ、ジェイド様?」

「え、あ、ああ、はい、そうです。大満足です!」

 なにやら気合の入った反応を見せるジェイドを横目に見て、レムはくすりと笑った。

 試合会場では、ウォーレン率いる極剛闘士団幹部たちが引き上げると、別の武装した闘士が姿を見せていた。

「あれは審判役の闘士だ」

 デッシュが、小さく告げた。

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