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第千八百八十五話 闘神都市(六)


 ウォーレンがセツナの活躍に興味を持ったのは、その人間離れした戦歴の数々によるところが大きい、という。

 というのも、ログナー戦争までは理解の範疇の及ぶところだったのが、ザルワーン戦争以降、想像を絶するものになっていくからだ。ログナー戦争までは辛うじて、いや、武装召喚師の活躍としては納得のいくものだ。強力な武装召喚師ならば、それくらいは活躍できるかもしれない、という水準ではあるものの、想像できないほどのものではない。少なくとも、あの程度の活躍ならば、ほかの武装召喚師にも真似のできるものだった。

 だが、ザルワーン戦争でのセツナの活躍は、それこそほかのだれにも真似のできないものではないか、と彼はいう。

 ザルワーン戦争において、セツナは、ナグラシア、バッハリアの制圧に貢献し、ザルワーン魔龍窟の武装召喚師ミリュウ=リヴァイアを確保、最終的にガンディア軍の前に立ちはだかった守護竜を斃している。中でも守護竜を斃したことについては、竜殺しの異名に繋がったこともあり、当時から大きく取り沙汰された。ザルワーンの大地に巨大な龍が突如として出現したこともそうだが、それをクオン=カミヤと協力して撃破したことは、ガンディアの圧倒的な軍事力を小国家群に知らしめるものとなった。

 そのときから、ウォーレンはセツナに注目するようになった、というのだ。

「ザルワーン以降も、セツナ殿の活躍を聞く度、知る度に心が躍りましたよ。我々は生粋の闘士ですからね。強いものに憧れるのは必然」

 と、ウォーレンがデッシュを一瞥すると、彼はなにもいわずただ頷いた。反論するどころか、苦い表情さえ浮かべなかったところを見ると、ウォーレンの言葉に一字一句の間違いもないのかもしれない。あるいは、ウォーレンに反論して、怒りを買うのを恐れたか。

(それはないか)

 セツナは、デッシュの性格を想像して、そう結論づけた。いまのところ、デッシュがウォーレンを尊敬していることはわかっても、恐れているような様子は見受けられない。

「小国家群には、雨後の筍の如く英雄豪傑がいた時代があったといいます。何処の国にもひとりは英雄がいて、綺羅星の如くだったと。そういう輝かしい時代は遠い過去のものとなり、ここ百年以上は停滞の一途を辿っていたのがあのころの小国家群でした。国々の争いも小競り合い程度で、どこも本格的な侵略戦争を行わなかった。できるわけがなかった、といっていいでしょう。どこかに手を出せば、別のどこかから攻め寄せられる。その終わりのない繰り返しが、当時の小国家群の停滞を招いたのですから」

 ウォーレンが話を続ける間、セツナたちの遥か眼下では、闘士たちによる試合が続いている。すでに何人もの闘士が木製の得物を手にぶつかり合い、目まぐるしい戦闘を繰り広げていた。屈強な大男ばかりではない。優男もいれば、女もいた。女闘士は華やかな甲冑で観客の目を釘付けにし、女同士の闘技はむさ苦しい男同士のそれとは一線を画するほどのものだった。もっとも、セツナの場合は、ウォーレンとの会話に集中しなければならず、闘技の内容、勝敗について上の空にならざるを得なかったが。

「そんな状況を最初に打破しようとしたのはザルワーンですが、ザルワーンの膨張を止めたのがセツナ殿が流星の如く現れたあとのガンディアでした。我々は、ガンディアに数々の勝利をもたらした英雄の出現に歓喜した。英雄を知り、その強さの源を知ることで、我々も強くなれると想ったからです」

「その強さの源がただの召喚武装だと知って、幻滅しました?」

「そんな馬鹿な話はありませんよ。召喚武装もまた、力の在り方のひとつ。武装召喚術の習得には厳しい修練がつきものですし、我が闘士団にも武装召喚師はいますからね。彼らの労苦を知る我々が、武装召喚師だからという理由でセツナ殿の価値を貶めることはない。むしろ、それほど強大な力を持つ召喚武装を巧みに操るセツナ殿に俄然興味が湧いたものです」

「へえ……闘士の中に武装召喚師がいるんですか」

「もちろんです。武装召喚術を用いた闘技は、派手で見栄えがいいのでね。客受けもいい。ただ、強力な召喚武装は死者を出す恐れがあるので使用を禁じていますし、武装召喚師と常人を闘わせるようなことはしていませんが」

 結果がわかりきった闘技など、だれが喜ぶものか、と彼は言外にいっていた。闘技は、闘士たちの意地と意地のぶつかり合いであると彼はいう。召喚武装は、その意地を容易く捻じ曲げる力を持っているとも、いった。ただ、時折、特別な催しとして、武装召喚師一人に対し、複数名の闘士をぶつけるといった闘技を行うこともあり、そういうときは観客も大いに盛り上がるという。

「ともかく、我々は、あなたの活躍を知り、興味を持ったのです。ですから、こうしてあなたと見え、直接話を聞く機会が持てたこと、神に感謝したい気分です」

「神に……ねえ」

「といっても、ヴァシュタリアの神ではありませんよ」

「そりゃあそうでしょうね」

 セツナは、ウォーレンの愛想笑いに苦笑を返した。ヴァシュタリア軍に攻め寄せられ、滅ぼされかけた国が至高神ヴァシュタラに感謝するなど、ありえないことだ。しかし、ウォーレンの口ぶりに妙な引っかかりを覚えるのもまた事実だった。

 この世界において神と呼ばれるものは、かつて聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンが召喚した神々――皇神のみである、という話を聞いたことがある。至高神ヴァシュタラがそうであるように、ザイオン帝国、神聖ディール王国の神がそうであるように。皇神以外に神と呼ばれるもののいない世界。それがイルス・ヴァレだったはずだ。

 となればウォーレンが感謝する神とやらも皇神の一柱に数えられる存在なのではないか。

 そして皇神といえば、聖皇復活を企んだ神々であり、究極的にいえばこの“大破壊”の元凶ともいえる存在なのだ。もし仮にウォーレンがそのような意図で発言したのであれば、彼の良識を疑わなければならなくなるが、それは考え過ぎというものだろう。

 それに“大破壊”の元凶となった神々のすべてが人間の敵になるかというとそうではないということは、数日前までセツナたちとの触れ合いを楽しんでいた女神の存在からして明白だ。神々は、ただ、本来あるべき世界に還ることを望み、そのために行動を起こした。それを防がなければ世界は滅びを免れなかったがためにクオンたちが動き、結果、世界は未曾有の災害に見舞われた。それが“大破壊”に纏わる事実であり、そこに神々の悪意などが見え隠れしているというような事実はない。

 仮にウォーレンが皇神を信仰していたとして、そのことをとやかくいう権利はだれにもないのだ。

「我々には、この闘都に相応しい神がついておりますから」

「闘都に相応しい……神様ですか」

「ええ。セツナ殿も逢われるといい。闘神練武祭まで後三日。そのときには、アレウテラスのひとびとの魂を安んじるため、我らが闘神が降臨なされる」

「降臨? 逢う? え……?」

「なに。闘神練武祭が終われば、セツナ殿がお求めの情報を提供させていただくつもりですが……いかが?」

「三日……」

 セツナは、ウォーレンの提示した条件を反芻するようにつぶやいて、硬直した。三日。リョハンまでの距離を考えれば、誤差というほどの日数といえる。しかし、一日も早く、いや、一刻一秒も早くアレウテラスを出発したいと想っていたセツナには、強烈な一撃として突き刺さらざるを得なかった。もちろん、今日一日で開放されるとは考えてもいなかったものの、だからといった後三日も拘束されるだなどと想像してもいなかった。

「御主人様」

「セツナ殿」

 物憂げなレムの表情とは異なり、ジェイドのまなざしは厳しいものがあった。

「セツナ殿は一刻も早くリョハンに到達しなければならないのです。ここで三日も足止めを食う必要などあるのですか」

「これは辛辣なご意見ですね、ジェイド=メッサ少尉」

「辛辣もなにも当たり前のことをいっているだけです。そうでしょう、セツナ殿」

「まあ……確かにその通りなんだけどさ」

 セツナは、ジェイドの意見に賛同しながらも、頭のなかではまるで逆のことを考えていた。

「焦っても仕方がないんだ。危険を顧みず邁進することは勇気でもなんでもない。ただの無謀だ。それに三日もあれば、長旅の準備もできる。そう考え直せば、悪くはないんじゃないですか」

「セツナ殿……」

「ウォーレン殿も、その暁には協力を惜しまないと約束してくれるんですし。ねえ?」

「ええ、もちろん。リョハンへの道程は極めて長大なもの。そのために必要な情報、物資、移動手段……すべて用意させて頂きましょう」

 ウォーレンのにこやかな表情の裏に別の思惑が渦巻いているような気がしたものの、セツナは、素知らぬ顔でうなずいた。

 闘神練武祭とやらがどのようなもので、そのときに降臨するという神がいったいどんな考えの持ち主なのか。いまはそこに意識を集中させることにしたのだ。

 リョハンへの逸る気持ちを抑えるには、そうしなければならなかった。

 でなければ、周囲の制止を振り切ってでも飛び出してしまいかねない。

 勇気と無謀は違う。

 自分の言葉だが、そのことは何度となく実感してきたことだ。

 無謀な戦いを挑んだ結果、なにもかもを失ったという経験は、セツナを強く戒めることとなった。



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