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第千八百八十四話 闘神都市(五)


 アレウテラスという都市のすべての中心ともいえる闘技は、ほぼ休みなく、毎日開催されているという話だった。闘士たちにとっては闘技が仕事であり、市民にとっては闘技観戦が生活の一部なのだというデッシュの話に嘘はないのだろう。今日も中央闘技場へと押し寄せるひとびとの関心は、午前十時に始まる闘技試合であり、中央闘技場で激突する闘士たちの話題で盛り上がっていた。もっとも、闘技場へと向かう道すがら聞こえてくる闘士の名前など、闘士のことをなにも知らないセツナにわかるはずもなく、耳から耳へと流れて消えた。

 極剛闘士団に所属する闘士の数は、何十人どころではない。千人以上に及ぶ闘士が日夜体を鍛え、闘技場においてぶつかり合っているというのだ。それは、アレウテラスという都市が歩んできた歴史に影響されたものであるという話だが、詳しく知ろうとも思わなかった。アレウテラスの歴史や現状など、どうだっていいことだ。

 セツナは一刻も早くアレウテラスを出発したいのであり、そのためにウォーレンの要望を聞き入れたに過ぎない。もし、ウォーレンが引き止めるようなことをしてこなければ、勝手に情報を集め、数日以内にアレウテラスを後にしたことだろう。

 数日。

 ウォーレンの引き止めがあろうがなかろうが、数日の滞在は覚悟しなければならなかっただろうことは、セツナたちも理解している。情報を集めるだけでも時間はかかるものだし、長旅の準備が必要となれば、一端、野営地に戻ることも考えなければならなかったかもしれない。場合によっては隊を再度編成しなければならない。それほど、慎重に事は運ばなければならなかった。最悪の場合、大陸の真っ只中で道に迷い、遭難することだって考えられるのだ。慎重に慎重を重ねる分には、度を越すなどということはないのだ。

 それだけ慎重を重ねたとしても、予期せぬことは起こりうる。

 たとえば、こうしてアレウテラスで引き止められていることも、想定外のことだ。

 アレウテラスの統治機構が海の外からやってきたセツナたちに興味を持つかもしれないということは、考えてはいた。帝国軍の軍旗を掲げた大型艦船に乗ってやってきたのだ。警戒を招いても致し方のないことだったし、帝国の目的を探ろうとする動きがあったとしても、当然のことだ。しかし、ウォーレンのような反応を引き出すことになるとは、想っても見なかった。

 もちろん、ウォーレンが純粋にセツナの軍談を聞きたいがためだけに引き止めたと考えているわけではない。さすがにセツナもそこまで純真ではなかったし、愚かでもない。ほかになんらかの思惑があると考えるのが必然だろう。その思惑については、いまのところ想像すらできないことでセツナの見識の浅さが露見するのだが、それは、いい。

 いまは、ウォーレンとの軍談に花を咲かせることに集中しなければならなかった。

 そう、セツナはいま、ウォーレンと話をしていた。

 極剛闘士団の長であるとともにこのアレウテラスの実質的な支配者である最上級闘士との再会は、あっけないものだった。デッシュに案内されるまま中央闘技場に入ると、団長執務室ではなく、闘技場の三階にある特別観覧室へと誘導されている。特別観覧室とは、その名の通り政府要人などの賓客のための観覧席であり、一般の観覧席とは隔絶された部屋になっている。四方を壁と天井に覆われ、前面が硝子張りになっており、闘技場を見下ろすことができる作りになっていた。二階と三階にそれぞれ数室ずつ用意されており、ウォーレンは三階にある一室に待っていたのだ。

 ウォーレンは、そこで闘技を観戦しながら軍談に花を咲かせたいと考えているらしく、セツナがデッシュに導かれるまま観覧室に入ると、満面の笑みでもって、セツナを窓際の席へと促した。

 三階観覧室は、特別な作りになっているものの、決して広いとはいい難い。そのため、セツナ率いる探索班の全員が入室することはできなかった。セツナ、レム、ジェイドの三名を除く帝国陸軍兵士たちは、二階の観覧室に案内される運びになった。

 そのことにほっとしたのはセツナだけではない。彼らの直接の上司であるジェイドは、部下たちの扱いに関しては心底気にしており、彼らが同じように丁重に扱われることがわかると、見るからに安堵した素振りを見せている。

 それから、セツナはウォーレンに促されるまま、椅子に座った。一面が硝子張りの窓の側。前方に円形闘技場の内側が広がっている。中央に闘技用の空間があり、観客席はその外周、円を描くように配置されている。後方の観客も闘技が見れるようにとしっかりとした段差が設けられている。観客席は満席ではないものの、半数ほどが埋まっているようだった。平日の午前でこれだけ埋まっていれば、興行として十分すぎるほどの成功ではないだろうか。

 費用対効果がどれほどのものかは知らないが。

「セツナ殿におかれては、いますぐにでも情報を得たいところでしょうが、まずはわたしの要望を聞き入れて頂きます。よろしいですね?」

「ええ。それが取引というものでしょう」

「ふふ。セツナ殿が物分りの良い方でよかった」

「聞き入れなければ、力ずくで従わせたとでもいいたげですね」

「まさか」

 ジェイドのちくりとした一言にもウォーレンは笑みを崩さなかったが、脇に立っているデッシュが眉を顰めた。ジェイドはそんな上級闘士の反応を物ともしない。帝国陸軍少尉というだけあって肝が座っているのだろう。

「あの伝説的な黒き矛に敵うような闘士がいるのなら話は別ですが、幸い、そのような闘士はいませんのでね。手荒な真似はできませんよ」

「幸い?」

「セツナ殿と闘わずに済むのです。これを幸いと呼ばずして、なにをいいましょう」

「……なるほど」

「セツナ殿がこれまで積み上げてきた伝説的な活躍の数々は、わたしはもちろんのこと、極剛闘士団に属する闘士の全員がよく知っていることです。ガンディアを一躍大国へとのし上がらせた英雄。その活躍ぶり、お聞かせ願いたいものです」

「俺ひとりの活躍じゃあありませんよ」

「そういう謙遜は、つまらないものですよ」

「……事実なんですが」

 とはいえ、確かに嫌味たらしい言い方かもしれないと思い直し、セツナは、ウォーレンの望むまま、彼の質問に応える形で話を進めた。

 ウォーレン=ルーンは、セツナがガンディアで紡ぎ上げてきた戦いの歴史をすべて把握しているようだった。彼は驚くべきことにカラン大火におけるセツナの活躍から話を振ってきたのだ。セツナは、答えられる範囲で話しつつ、闘技場の盛り上がりに注目していた。

 試合場には審判員と思しき質素な格好の人物が姿を表し、観客席のひとびとが口々になにかを叫んでいる様子が窺い知れた。三階特別観覧室は防音効果が高いらしく、審判員の声も、観客の歓声もまったく聞こえなかった。ただ、試合開始前であるにも関わらず観客が興奮状態に陥っていることは、特別観覧室がわずかに揺れていることからも伝わってくる。中央闘技場が揺れるほどの興奮が、観客たちを包み込んでいるようだった。

 アレウテラスには、大小複数の闘技場が存在する。その闘技場のいずれもが毎日のように開放され、闘技が行われているというのだから、いかにこの都市が闘技に染まっているかが理解できるだろう。デッシュがいった通り闘技こそがこの都のすべてなのだ。だからこそ、朝から一般市民が闘技場に押し寄せ、闘士たちの戦いぶりに胸躍らせていられる。普通の都市では考えられないことも、それが普通である都市ならば、不思議なことでもなんでもない。

 部外者であるセツナたちには、なにもかもが奇妙な光景に思えてならないのだが、アレウテラスで生まれ育てばこれこそが自然と想えるに違いなかった。

 いまセツナたちの目の前で繰り広げられている光景こそがアレウテラスの正常であり、常識なのだ。そこに他所から来たものが常識を持ち込むのは、なにもかも間違っている。

 郷に入れば郷に従え。

 セツナはそんな言葉を思い出しながら、ウォーレンとの話に意識を集中させた。

 セツナの任務は、まずはウォーレンを満足させることにある。彼を満足させることこそ、セツナたちの目的に繋がるのだ。

 そのためならば、己の戦歴を面白おかしく脚色することも厭わなかった。



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