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第千八百八十話 闘神都市


 極剛闘士団の上級闘士デッシュ=バルガインに案内された先は、アレウテラスの中央に位置する巨大な建造物だった。石造りの広大な建造物は、一見して円形闘技場とわかる外観をしており、

見るからに荘厳であり、雰囲気に飲まれそうなほどの存在感があった。セツナが生まれ育った世界で習った闘技場に変化球を加えたような、そんな代物といっていい。アバードのセンティアで見た闘技場よりも何倍も大きく、一目見た瞬間、セツナは呆気にとられたほどだった。ドーム型の野球場よりもずっと巨大であり、迫力があるのだ。

 そんな建物の外壁に刻まれた紋様や周囲に立ち並ぶ無数の石像が、闘技場へ向かうひとたちの心を高鳴らせるのに一役も二役も買っているようだ。石像は、闘技場で対戦中の闘士を模したものであり、剣を振り下ろす石像もあれば、槍を振り回している最中の石像もいた。中には皇魔を模した石像もあり、どういうことかと尋ねると、かつて皇魔討伐を闘技のひとつに取り入れていた時代があり、そのころに作られた石像だという話だった。

『その闘技のための皇魔を一体捕獲するのに多数の死傷者を出したという話だ。廃れるのも当然だな』

 デッシュが、その時代に生まれずに済んでよかったとでもいわんばかりに肩を竦めたものだ。

 そして、デッシュがセツナたちをアレウテラス中央闘技場に連れてきた理由を問うと、彼はまたも肩を竦めた。

『情報を提供するとはいったが、わたしの独断ではいかんともし難いのでな。我らが長に会ってもらうことにしたのだ。身勝手な話だが、わたしもアレウテラスの裏切り者になどなりたくないのだ。我慢してくれ』

 我慢するもなにも、情報を入手できるのであればなんの問題もないとセツナがいうと、彼は、意外そうな顔をした。

 そんなやり取りがあって、セツナたちは中央闘技場の正門を通過し、闘技場の中へと足を踏み入れた。すべてが石造りの古臭い建造物は、しかし、その歴史の重みを実感させるには十分な代物だった。漂う空気そのものが、重々しい。外観同様、古めかしい内装もまた、時闘技場を訪れたひとたちを興奮させるためだろう、闘技を想起させる壁画がそこかしこに描かれ、また、石像や武器、防具が配置されていた。

 デッシュに導かれるまま、長い通路を右に曲がったり、左に曲がったりしながら歩いていく。

 すると、通路の突き当りに鉄製の扉で閉ざされた部屋を発見する。どうやらそこが彼の目的地のようだった。つまり、彼ら極剛闘士団の長の居場所なのだ。

「極剛闘士団の長は、最上級闘士として名高いウォーレン=ルーン様だ。闘士長として、我々極剛闘士団を導くだけでなく、このアレウテラスを支配している。誰に対しても優しく、基本的に穏やかな方だが、くれぐれも失礼のないように頼むぞ。でなければ、情報の提供もできなくなる」

「その点は心配なく。礼節はわきまえているつもりですんで」

「つもりでは困るのだが……まあ、いい」

 デッシュは、なにかを諦めたように頭を振ると、扉に向き直った。

「闘士長、デッシュ=バルガイン上級闘士です。セツナ=カミヤ殿一行をお連れいたしました」

 と、デッシュは態度も声も改めて告げたものの、部屋内からの返答は、セツナの耳には届かなかった。セツナたちは、扉から随分と離れたところで待たされている。

「はっ、ただちに」

 デッシュの反応から、なにごとかの返答があったのは間違いない。彼はすぐさまこちらに駆け寄ってくると、急ぐような態度でいってくる。

「闘士長が面会してくださるとのことだ。先もいったが、くれぐれも失礼のないようにな。闘士長は、我らがアレウテラス唯一の希望なのだ。闘士長に無礼な振る舞いをしてみろ。アレウテラスの全住民を敵に回すことになるぞ」

「そ、そこまで念を押されなくても、だいじょうぶですよ」

「心配だ」

「ええー……」

 セツナは、デッシュの不安そうな視線になんともいえない気持ちになった。デッシュの後に続きながら、レムに愚痴る。

(俺をなんだと思ってるんだか)

(黒き矛のセツナ、でございましょう?)

(なるほど)

 レムの一言によってデッシュが全力で警戒していることの疑問が氷解する。確かに、それならば納得がいくというものだ。デッシュは、セツナが正体を明かすと、ほかの闘士たちとともに驚愕しきったといっても過言ではない反応を見せている。それもそのはずだ。アルマドールは、小国家群に属する国だったのだ。大陸小国家群に属するほとんどの国は、弱小国家に過ぎなかったガンディアの大躍進に大注目していたし、その躍進の中心となった人材に関する情報収集には、熱心にならざるを得なかった。いつガンディアの牙が自国に突き立てられるのかわかったものではないのだ。特にアルマドールは、気が気ではなかったはずであり、ガンディア躍進の立役者たる黒き矛のセツナのことを調べ尽くしていたとしてもなんら不思議ではなかった。

 ベノアガルドの隣国であるアルマドールは、マルディアと隣接してもいた。マルディアがガンディアに救援を依頼したという情報を掴んだときから、ガンディアがアルマドール領に攻め込んでくる可能性について考え込んだに違いなかった。

 黒き矛のセツナが他国でどのような評価をされているのか、については、多くは知らない。ただ、あまり良く思われていないことは理解していたし、その評価こそ、セツナの望むところではあったのだから、なにもいうことはない。

 セツナへの恐怖が抑止力となることだって、あるだろう。

 ガンディアに戦いを挑むなど、黒き矛のセツナある限り無駄なことだ――などという意識が蔓延すれば、ガンディアは戦わずして勝つことができる。戦場で数多くの命を奪ってきたことの意味が、そこでようやく生きるというものだ。

 などという考えが少しばかり裏目にでたのが、今回のデッシュの警戒感だが、それも大した問題ではないので、ほっとする。警戒するあまりアレウテラスへの立ち入りを禁じられるよりは遥かにましだろう。

「発言にはくれぐれも――」

「わかってますよ、デッシュ殿」

「……まあ、いい」

 デッシュは、またしてもなにかを諦めたような目をして、扉に向き直った。開き、真っ先に入る。セツナがその後に続くと、彼は、室内にいたひとりの男に向かって頭を下げていた。まず目についたのはその髪の長さであり、肩から腰にかかるほどの長さがあった。つやのある黒髪は、丹念な手入れを想像させる。つぎに柔和な表情を浮かべているということ。若い男だった。もちろん、組織の長となるほどの人物だ。セツナよりも年上だろうが、三十代になるかどうかといったところに見えた。柔らかい表情は、端正な顔立ちだからこそ余計に際立っているのかもしれない。デッシュに睨まれ、慌てて彼の真似をして頭を下げる。

「顔を上げてください。話は聞いていますよ、黒き矛のセツナ殿」

 ウォーレン=ルーンの声は、極めて優しいものだ。なんだかほっとした気になって、セツナはデッシュを横目に見た。デッシュは既に顔を上げていて、セツナもそれに習った。それによってようやくセツナは、ウォーレンの姿をはっきりと認識することができるようになる。

 二十代から三十代に到達するかしないかくらいの外見をした男。美丈夫といっていい。整った顔立ちは、荒くれ者の多いという闘士たちの長に相応しいとはいえないだろう。しかし、長者の風があり、統率者としては彼以上に相応しい闘士もいないのかもしれない。長身だが、決して体格がいいとはいえないものの、均整の取れた体型であるのは間違いない。鍛え上げられた肉体を持っていることは、質の良さそうな衣服の上からもわかる。単純な筋力ではセツナ以上かもしれないのだが、デッシュよりは大きく劣るように見えた。

 闘士としての力量は、やはり、筋肉量に依存しないのだろう。

「デッシュさんから聞いていると思いますが、わたしは立場上、このアレウテラスを治めているウォーレン=ルーン。最上級闘士として、極剛闘士団の団長を務めてもいます。なにとぞ、お見知りおきを」

 ウォーレンは、物腰も穏やかに自己紹介をしてきた。その一挙手一投足がどうにも柔らかく、とても荒々しさを感じずにはいられない闘技場には不釣り合いに見えた。

「俺……いえ、わたしは、セツナ=カミヤ。こちらは従僕のレム、彼は帝国陸軍少尉のジェイド=メッサ」

「御主人様ともども宜しくお願い致します、ウォーレン様」

「わたくしは、西ザイオン帝国陸軍少尉ジェイド=メッサ。部下とともにセツナ殿に協力しております」

「ええ、聞いていますよ。そう緊張せず、息を抜いてください。なにもあなたがたを取って食おうというのではありませんから」

 そういって、ウォーレンはころころと笑った。笑い上戸なのだろうし、冗談が好きなのだろう。なんだか拍子抜けがして、セツナはレムたちと顔を見合わせた。レムもジェイドも、ほかの帝国軍兵士たちも毒気を抜かれたような顔をしていた。それもそうだろう。闘士たちの長というからには、もっと厳つい顔をした人物が待ち受けていると思っていたし、彼のように温和な人物と対面することになるなどだれが想像できよう。なんの事前情報もないのだ。拍子抜けするのも仕方のないことだろう。

「デッシュさん。あなたは下がり、通常任務に戻ってくださって結構です」

「はっ」

 デッシュは、ウォーレンに全力で返事をすると、セツナに鋭い視線を投げつけてきた。

「それでは、セツナ殿。さきほどもいったように……」

「わかっていますよ。ウォーレン様に失礼のないよう」

「わかっているのなら、いい。では、わたしはこれにて」

「ありがとうございました、デッシュ様」

 レムが深々とお辞儀をすると、デッシュは少し困惑したような顔をした。セツナの従僕であることが身に染み付いているレムは、だれに対しても礼儀を忘れない。そんな彼女の言動がデッシュには不思議に思えたのかもしれない。

 デッシュが去ると、室内には、ウォーレンとセツナたちだけになった。

 ウォーレンは、扉が閉じてしばらくしてから、待ち焦がれていたとでもいわんばかりに口を開く。

「お噂はかねがね聞いていますよ、セツナ殿。あなたほどの御仁にこうして見えることができたのは、まさに幸運以外のなにものでもないのでしょう」

「幸運……ですか?」

「あなたのような闘争そのものの如き御仁をこの闘都に招き入れることができたのです。これを幸運と呼ばずして、なんと呼びましょう」

 ウォーレンは、そういうと、にっこりと微笑んだ。

 セツナには、彼がなにを考えているのかなど、想像もつかなかった。



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