第百八十七話 勝報
レオンガンドは、天に逆巻く嵐を見た。
川の中心に巻き起こった凄まじい暴風が、川の水を、砂を、土を、石を巻き上げ、さらには周囲の死体や武器も空中高く運んでいく。まさに天変地異といった有り様であり、それが敵軍総大将の召喚武装の能力だとはにわかには信じられなかった。
黒き矛やシールドオブメサイアに匹敵するのではないかと思うほどの光景だった。
天災そのものだ。
しかし、嵐は長続きはしなかった。川辺の石を巻き上げ、地を抉り、地形そのものを大きく変容させながら、それだけで終わった。
突如、風が止み、天高く舞い上げられたすべてが、滝のように降り注いだ。幸い、レオンガンドたちの元には小石が飛来した程度で、怪我を負うものもなかったが。
局所的な集中豪雨を見ているような心境で、土砂やらなにやらが落下するのを見届けた。
レオンガンドを含め、だれもが唖然としたまま、一言も発しなかった。
「終わったか」
レオンガンドがようやく声を発したのは、嵐の後の雨が止み、圧倒的な静寂が戦場を覆い尽くしてからだ。
嵐が止んだ。
それは召喚武装の力が失われたということにほかならない。嵐を巻き起こした張本人が意識を失ったのか、召喚武装が破壊されたのか。
どちらにせよ、闘いが終わったのは間違いない。
勝利の実感はなく、あるのは安堵だけだ。先程から続々と寄せられる報告は、各部隊の被害状況を知らせてくれており、それによれば勝利に必要なだけの犠牲は払ったということになる。
もっとも被害が大きかったのは、右翼のガンディア方面軍第一軍団であり、敵部隊に押されに押され、一時は向こう岸からこちら側にまで押し返されていたという。ハルベルクが援軍を差し向けなければ半壊の憂き目に遭い、そこから陣形が崩れた可能性もあっただろう。
とはいえ、中央部隊まで突破されるには、敵軍が劣勢に過ぎた。
ミオン騎兵隊による奇襲が、ある程度成功したのが大きい。大成功とはいえないようだが、敵本陣を蹂躙し、指揮系統を麻痺させたのはほかならぬ騎兵隊の功績であろう。犠牲は出たが、勝利のためならば仕方のないことだ。
ハルベルク率いるルシオン軍は、大勝利を収めたようだ。敵部隊に多大な損害を与えたにも関わらず、被害は少なかったらしい。さすがは尚武の国というだけのことはある。
中央前列はまさに鉄壁といってよかったらしい。《白き盾》のクオン=カミヤのシールドオブメサイアにより絶対的な防衛線が築かれ、《蒼き風》ともども敵を蹂躙したようだ。決死の敵騎馬隊に突破されたことはあったが、アルガザードらは難なく迎撃したようだ。
そして、ついいましがた、最後の戦闘が終わったと見るべきだろう。
敵軍総大将ジナーヴィ=ワイバーンの死を以て、終結させるべきだ。互いに、これ以上の犠牲を強いるべきではない。
レオンガンドは、アルガザードの元に向かった。
川辺の戦いは、ガンディア軍の圧勝で終わったのだ。本来なら、中央軍の初陣を勝利で飾れたことはばしいことだ。が、そのために死んだ兵士の数も少なくなく、素直に喜ぶには時間が必要だった。
大将軍の元に向かって歩く時間が、彼の意識を切り替えていく。
晴れ渡った夜空。
月はいつになく巨大で、莫大な光を降り注がせている。星々もだ。夜の闇をものともせずに輝き、地上を見下ろしている。風は熱く、血の臭いを運ぶことに躊躇もない。でたらめに壊された川は、次第にその静寂を取り戻しつつあるようだ。
後方の森は静まり返っていた。人間たちの所業を嘲笑うでもなく、侮蔑するでもなく、ただ忌避し、無関心であろうとするかのように。
レオンガンドは、急ぎ足になっていた。甲冑が妙に重く感じる。長時間身に付けていたことの反動かもしれない。日夜訓練は怠らないとはいえ、ここのところ、政務に明け暮れ、ないがしろになっていた。よくないことだ。腹に肉がつけばナージュに嫌われる、と忠告してきたのはだれだったか。
ゼフィルとバレットが供回りのように追随してくるのがわかる。彼らはレオンガンドの呼吸がわかっているのだ。長年、権謀を語り合ってきた仲だ。友であり、輩であり、同胞なのだ。レオンガンドがどうしたいのかなど、お見通しに違いない。ふたりに追従してくるのは、《獅子の牙》と《獅子の爪》だろう。彼らはまだ、レオンガンドの呼吸というものがわかっていない。当然だ。
やがて、大将軍の背中が見えてくる。巨大な将軍旗が、彼の居場所を敵味方に大いに知らせていたのだが、結局、彼が攻め込まれたのは一度だけだったようだ。
《白き盾》と《蒼き風》という二組の傭兵団が、中央部隊の戦力を凶悪なまでに引き上げている。剣鬼が無敵の盾を得たようなものだ。そんなもの、だれに止められよう。
(しかし、それがセツナだったら、どうだ?)
シールドオブメサイアの庇護を得たカオスブリンガーは無敵にして最強に違いなく、彼は、その思いつきのおぞましさに笑い声を上げたくなった。
「戦況はどうか」
「陛下。我が方の勝利は間違いないかと。敵軍総大将ジナーヴィ=ワイバーンの戦死を確認しました。討ったのは《蒼き風》の突撃隊長ルクス=ヴェイン。フェイ=ワイバーンを討ったのは、《白き盾》のイリスだということです」
「……そうか」
レオンガンドは、アルガザードの報告を聞きながら、兵士たちが整然と列を組み、王を迎える様を見ていた。ガンディア方面軍第五軍団の五百名は軽傷を負ったものすらいないようだ。アルガザードの腹心ふたりも、無傷であるらしい。しかし、周囲には敵兵の死体が転がっており、報告通り戦闘があったのは間違いない。決死の特攻を試みた敵騎馬隊の勇猛さは、ガンディア兵にはないものだろう。が、レオンガンドは兵に勇敢を求めてはいない。作戦通りに機能し、勝利に貢献してくれるというのなら臆病で構わないのだ。もっとも、ガンディア兵が弱兵と謗られ続けているという事実には頭を悩ませているのだが。
遠方、勝鬨を上げているのがわかる。敵大将を殺したのだ。当然だろう。勝鬨は戦場の各地に段波し、ガンディア軍の勝利を決定的なものとして印象付けるに違いない。
「終わったのか」
「はい。現在、我が方の被害を纏めているところですが、情報が飛び交っており、もうしばらく時間がかかるかと思われます。敵軍の生存者のうち、投降してきたものは五百名ほど」
「投降してきたか」
ジナーヴィ=ワイバーンの死亡が確認された以上、敵軍に纏まりはなくなるだけでなく、戦意も失われるだろう。総大将が死んだのだ。頭を潰されれば、手足もまた、死ぬしかない。生物として死ぬのではない。軍隊という群体として死ぬのだ。そして、手足はみずから意志を持って行動を始める。そのひとつが、投降というものだ。
その事実に、戦いが終わったことの実感が少しだけ湧いてくる。
レオンガンドは、兵士が用意してくれた椅子に腰かけると、アルガザードを手招いた。そうする間にも、ゼフィルとバレットが傍らに立ち、《獅子の牙》と《獅子の爪》が整列する。《獅子の牙》隊長はラクサス・ザナフ=バルガザールであり、彼は、父の目の前ということにも表情ひとつ変えていなかった。《獅子の爪》隊長はミシェル・ザナフ=クロウ。ガンディアでは高名なクロウ家の子息であり、幼少の頃から英才の誉れ高き人物だった。名門同士、ラクサスとミシェルは仲が良く、まるで双子のようだと評判だった。
大将軍は馬を降り、手にしていた長柄戦斧を部下に預けると、レオンガンドの手前まできた。
「投降兵は、第三龍鱗軍翼将ゴードン=フェネックと配下の五百名です。ナグラシアに駐屯していた部隊ですな」
「撤退先でジナーヴィ配下になったということか」
そして、敵軍に降らざるを得なくなった。セツナに追い散らされた哀れな部隊の末路に、レオンガンドは多少の同情を覚えた。
「いかがいたしますか?」
「戦意のないものを殺す必要があるか?」
「いえ」
「彼らに他の兵士への投降を呼び掛けさせよ。無闇に敵に回り、命を落とす必要はないとな」
「はい」
アルガザードは立ち上がると腹心二名を呼び、何事かを命令したようだった。彼のふたりの腹心ガナンとジルは、将来を嘱望される人材だ。大将軍に目をかけられているのだ。だれもが彼らの立場を羨み、憧れ、あるいは妬んでいるという。無論、そんなものに振り回されるようなものをアルガザードが側に置くわけもなく、彼らは職務をまっとうすることに全力を注いでいる。
そんなことを考えていると、兵士がひとり駆けつけてきた。兵士は、オンガンドの遙か前方で立ち止まり、傅く。
「御報告!」
「なんだ?」
「戦場をさ迷っていた。西進軍の兵士を連れて参りました!」
「西進軍だと!」
レオンガンドは膝を乗り出すと、兵士が連れてこられるのを待った。馬を引き連れて現れたのは、疲労困憊といった有り様の青い軍服の男であり、ぐったりしているのは馬も同じだった。
青を基調とした軍服は、ガンディア軍ログナー方面軍の制服であり、彼が西進軍の兵士であることは間違いないようだ。西進軍はログナー方面軍と《獅子の尾》で構成されており、伝令に使うとすればログナー方面軍の兵士以外にはありえない。まさか、セツナやファリアを使いに出させる訳にはいかないだろう。主力なのだ。
「や、やっと本陣に着けた……」
兵士は、レオンガンドの前に辿り着くと、脱力したようだった。目には涙さえ浮かんでおり、ここに来るまで相当苦労したことが窺える。
「西進軍からの報告なのか?」
「はっ、はいっ!」
声を上擦らせながら、兵士が畏まった。その目には、恐れとも喜悦ともつかぬ感情が揺れていた。
「西進軍、バハンダールを陥落させることに成功し、つぎの作戦のために準備中とのことです!」
「なんだと?」
レオンガンドが半信半疑になったのは、無理もなかった。今は十六日の夜中。西進軍がナグラシアを出立したのは十三日だ。たった三日しか経っていない。ナグラシアからバハンダールに辿り着くだけで費やしてもおかしくはない日数だった。もちろん、レオンガンドはアスタル=ラナディース発案の高速進軍法を知ってはいる。が、まさかそこまで早くバハンダールに辿り着き、あまつさえ不落の都市を陥落させてしまうなど、想像もつかないことだった。
攻略そのものに二、三日はかかるものだと、だれもが思っていたはずだ。中央軍のゼオル攻略のほうが早く終わるというのが大方の予想であり、レオンガンドもそのように認識していたのだが、西進軍は予想をはるかに上回る速度で進軍し、攻略してしまったようだ。
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
「で、ですからバハンダールは昨日のうちに制圧しまして……」
兵士がおずおずといってきたのは、レオンガンドの表情が恐ろしかったからかもしれない。愕然としたときの表情というのは、ときに強迫的になるものだ。いまが、そうなのだろう。レオンガンドは兵士の反応で、己の表情を意識したものの、即座に対応できるような精神状態にはなかった。驚きは、未だに彼の心をざわめかせている。
「難攻不落の城塞都市という話でしたな」
「信じられませんな……」
ゼフィルがつぶやくと、バレットがうなずく。
彼らの言う通り、にわかには信じがたいことだ。無論、西進軍の兵士の報告なのだ。疑いようがないのも事実であり、だからこそレオンガンドたちは驚愕するしかなかった。難攻不落。ザルワーンが総力を持ってしても、力攻めでは落としきれなかったメレドの都市だ。ザルワーンは苦慮の末、長期攻囲による日干し作戦でようやく手に入れたのだが、ガンディア軍はたった一日で落としてしまった。広大な湿原を踏破し、丘を登り、城壁を突破し、市街での戦いに勝利を収めたということだ。
「ですが、西進軍にはセツナ殿がついています。我が軍の最高攻撃力。陛下も、それを期待されて、彼を西進軍に編入したのでしょう?」
「ああ……!」
レオンガンドは、アルガザードの言葉に力強く頷いた。その通りだ。西進軍には黒き矛がいるのだ。彼が風穴を開ければ、難攻不落の城塞都市だろうが、戦えるというものかもしれない。
(また、やってくれたな、セツナ……!)
レオンガンドは、脳裏に思い浮かべた少年の姿に語りかけた。この戦争が終われば、彼になにをしてあげられるだろう。そんなことを考える。第一の功は、間違いなく彼になるに違いないのだ。ガンディアの黒き矛とはそういうものだ。もっとも戦果を上げ、もっとも戦功を重ねるのが彼なのだ。だれも彼の活躍に文句はいえまい。彼が戦い抜き、数多の敵を倒すからこそ、こちらの被害は極端に少なくなる。彼のおかげで命拾いしたものも数多くいるはずだ。バルサー平原での彼の戦いは、ガンディアの弱兵たちの記憶に恐怖として刻みつけられているようだが、それもいずれは払拭されるだろう。
「どのように攻略したのだ?」
「ログナー方面軍第三軍団エイン=ラジャール軍団長の発案により、《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤ殿をバハンダール上空より市街へと投下。バハンダール内部より無力化することで、南側と東側に分かれての進軍を容易としました」
「投下……!」
レオンガンドは、エイン軍団長の発想に絶句した。確かに、上空から投下すれば、湿原も丘も城壁も関係なく、バハンダールに到達できるだろう。しかし、それは危険な賭けではなかったか。
「はい。《獅子の尾》副長ルウファ・ゼノン=バルガザール殿の召喚武装シルフィードフェザーの能力により、セツナ殿を、バハンダールのはるか上空――敵の認識圏外まで運び、投下したようです」
兵士の報告を聞きながら、レオンガンドは、アルガザードの眉がぴくりと動くのを目撃した。ルウファは彼の実子であり、作戦に関わっていることがわかって嬉しいのだろう。ルウファは、数カ月前まで、どこでなにをしているとも知れなかったのだ。それがいまや王宮召喚師であり、王立親衛隊の副長を務めるほどになっている。親としても安心していることだろう。
バルガザール家は、ガンディア王家との繋がりも深く、強い。特にアルガザードは、病床のシウスクラウドに外法機関の危うさを説き、激怒されてもなお涼しい顔をしていた人物だ。信頼に足る。レオンガンドがなにか大きな間違いを犯そうとすれば、全力で阻止してくれるだろう。そういう目論見が、彼を大将軍に据えさせた。
レオンガンドは全能ではない。人間なのだ。そして、闇に堕ちた英雄の子でもある。自分もそうならないという確信はなかった。そうなりかけたときのための保険はいくつも賭けてある。制御装置というべきか。それはアーリアであり、アルガザードであり、四友である。彼らが、レオンガンドの心の腐敗を食い止めてくれることを、切に願っている。
「下手したら死んでいたのでは……?」
ゼフィルの一言に、レオンガンドはアルガザードと顔を見合わせた。彼のいう通りだ。セツナの召喚武装・黒き矛の性能が、高高度からの落下に耐えられなかったら、彼は死んでいた。ガンディアは大きな戦力を損失した可能性があったのだ。
いや、レオンガンドの個人的な感情が、セツナの死を望んでいない。彼には、戦力としてだけではなく、友人としても側に置いておきたいのだ。
友人。
レオンガンドは、ふと思い浮かんだ言葉が気に入った。友人。そう、彼は友人になりうる。それだけの価値のある存在だ。だれよりも強く、だれよりも弱い。鋼のように強靭な力と、硝子のように繊細な魂を併せ持つ少年。主の前では子犬のように振る舞い、敵の前では悪鬼のように矛を振るう。そのどちらもが、レオンガンドの心を捉えて離さない。愛情と恐怖。相反するふたつの想いがある。
「決行前に何度か実験したようでしたし、成功したので……」
「そうだな……成功したのだ。問題はないか。わたしのセツナの扱い方については、エイン軍団長とはたっぷり話し合う必要があるが」
レオンガンドが虚空を睨むと、兵士は心底怯えたように後退った。彼に凄んだわけではないのだが、勘違いさせてしまうのも無理はなかっただろう。反省はしないが、気の毒には思う。
エイン=ラジャールといえば、十六歳の少年だったはずだ。アスタル=ラナディースの肝入でログナー方面軍第三軍団長に任命したのだが、大抜擢といっても過言ではなかった。彼はログナー時代はアスタルの供回りを務めていただけの、これといった戦果もない人物なのだ。無論、あのアスタルが側に置いていたのだ。能力がないはずもないのだが、かといって十六歳の少年に軍団長が務まるものかということもあり、会議が紛糾したのを覚えている。結局、ログナー方面軍の人事についてはアスタルに一任するというレオンガンドの発言が決め手となり、エインが軍団長となったのだ。
とはいえ、バハンダールを陥落させるための作戦は、レオンガンドをして肝を冷やさせるものだ。上空からのセツナの投下。話を聞いただけで、それがどれだけ無謀な試みなのかわかった。成功したからいいものの、もし失敗し、セツナが手酷い怪我でも負ったら、目も当てられなかっただろう。ゼフィルのいう通り、下手をしたら、彼は帰らぬひととなっていたかもしれない。
その場合、レオンガンドはエインを躊躇いもなく切っただろう。
怪我ならばまだしも、セツナを死なせるなど、あってはならない。
最前線に送り込み、死地へと追い遣っている張本人の言動ではないのだろうが。
(矛盾しているな)
レオンガンドは胸中で己を嘲笑ったが、だからといってなにが変わるわけでもなかった。
「ともかく、バハンダール制圧の報告を聞けたのはよかった。いまはその報告だけで十分だ。詳細についてはあとで聞くとする。ご苦労だったな。ゆっくり休むといい」
「はっ!」
西進軍に属するだけあってログナー人なのだろうが、彼はレオンガンドの労りの言葉に感激したかのように身を震わせた。兵士に連れられ、馬ともども後方に向かっていく姿は、ここに辿り着いたときよりも幾分元気になっているように見えたのだが、気のせいだろうか。
兵士たちがざわめいている。バハンダール制圧の報告に沸き立っているようだ。この情報は、戦場にいる各部隊に報せるべきだろう。そう思っていると、レオンガンドが命じるより早く、ゼフィルとバレットが兵士たちに伝令の手配をしていた。スレインやケリウスであっても同じことをしたはずだ。あのふたりは、ガンディオンにおいてキースの死を知り、即座に軍を動かし、レオンガンドのどんな命令にでも対応できるように手配していたのだ。そのおかげで、ガンディア方面軍のマイラム集結が早まり、先発隊から然程の時間を開けずにザルワーンに侵攻することができた。
呼吸がわかっているからだ。
レオンガンドは、アルガザードに話しかけた。
「これでナグラシア、バハンダールの二都市を制圧したことになる」
「我々がゼオルを落とせば、三都市になりますな」
「そして、北進軍がマルウェールを落とし、龍府への包囲網が完成するわけだ」
「穴だらけではありますが」
「仕方がないさ。穴を埋めるには戦力が足りない。戦力を集めるには時間が足りなかった」
「何分、突発的でしたからな」
アルガザードの言葉に、レオンガンドは、キース=レルガの死に関する報告が届いた日を思い出した。彼の死が、発端になった。彼が死んだことで、ザルワーンの情勢の変化を理解し、ガンディアは電撃的にナグラシアを襲った。キースの死亡日時が九月二日。あれから十四日だ。時期に十五日目を迎えることになる。
キースが死んだのは、彼の半身たるヒースが拘束されたからに違いない。ヒースの口封じのために彼が死んだ。彼ら双子は、外法機関によって異能を開花させられ、命を共有することになってしまったのだ。哀れな怪人たちは、その運命を受け入れるしかなかった。レオンガンドは残酷にも彼らを利用することで、ガンディアの国益に繋げた。
国のためならばなんだってやる。
レオンガンドは、レルガ兄弟の死を痛みこそすれ、後悔はしていなかった。