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第千八百七十一話 護峰侍団(二)


「シグ殿、言葉が過ぎるぞ」

「いやー……失礼。けど、な。そういいたくもなるってもんさ」

 シグ=ランダハルは、叱責を飛ばしたリドニーを一瞥し、それからサラスたちに視線を注いだ。ちょうど、シグ=ランダハルの対面の席にサラスとオルファの師弟が並んでいる。

 会議の場において、隊長たちの席順というのは特に決まってはいない。なぜならば、隊長格の間に扱いの差はないからだ。だれもが平等に護峰侍団の隊長であり、そこに上下を設けることはなかった。故に会議の場など、隊長格が一堂に会するとき、彼らは思い思いの場所に陣取った。

 たとえば今回の招集に際しては、ヴィステンダールの右手側の席に一番隊長アルヴァ=レロイ、二番隊長ミルカ=ハイエンド、四番隊長アルセリア=ファナンラング、六番隊長シグ=ランダハル、八番隊長リドニー=フォークンが着席し、対面に残る五名の隊長格が座っているが、別の会議ではまったく別の席順になる。決まりがないのだ。そして、それで問題がなかった。

「あんたらはいいさ、まだ難民どもがおとなしいときに任務についたんだからよ。そりゃあ、不満もなにもないだろうさ。けどよ、俺やリドニーの隊からは死人が出てんだよ」

 シグ=ランダハルの発言への反論は、なかった。実際、麓特区成立直後と現在とでは、難民の置かれている状況、情勢は大きく変わっている。当初は、難民の間に不安こそあれ、戦女神やリョハンへの感謝が先にあり、難民たちはリョハン政府のやり方に対し、極めて従順だったのだ。問題も、ほとんど起きなかった。そのまま何事もなく推移していれば、護山会議もなにもいわず、護峰侍団も会議を開くようなことさえなかっただろう。

 だが、現実はそうはならなかった。

 難民たちは、時間が経過するに連れ、自分たちの置かれている状況、境遇に不満を抱くようになった。それだけならばまだしも、言動に不満を表し、大規模な抗議運動を起こすまでになったのだ。問題の根幹は、食料の供給量にある。配給だけでは空腹を満たしきれず、ひもじい想いをするものも少なくない。食料の配給状況の改善を訴える行動が暴動へと繋がり、警備に当たる護峰侍団と激突するようになったのはここ最近のことだった。

 それこそ、七番体、九番隊が警備に当たっていた時期は、シグ=ランダハルのいうとおり、おとなしいにもほどがあるといっていいほどの時期だったのだ。

「心底どうでもいい難民の居住区の警備に当たって命を落とした隊士が、納得して死んだとでもいうのか? あいつらは、リョハンのために、リョハンの民を護るために、この御山を護るために護峰侍団に入ったんだよ。無念だったろうよ。死んでも死にきれないほどにな」

「……仰りたいことは、わかりますが」

「わかってねえよ。わかってたまるかってんだ」

 シグ=ランダハルが吐き捨てるようにいうと、さすがのサラス=ナタールも鼻白んだ。隣のオルファザンディーがシグを睨み、ヒュー=ロングローが無言のまま腕を組む。リドニーがシグを諌めた。

「シグ、落ち着け。団長の御前だぞ」

「リドニー、落ち着いてるよ。俺ァ、熱くなってもいねえ」

「……そうは思えないがねえ」

 冷ややかに口を挟んだのは、いまのいままで一言も発さなかった三番隊長だ。三番隊長は、ヴィステンダールの左手側の席のもっとも手前にいる。黒髪黒目の三十代前半の男。シグ=ランダハルら議論に熱中していた隊長格の視線が彼に集中する。

「スコール」

 シグ=ランダハルが彼の名を口にした。鋭い視線は、スコールの立ち位置をはっきりとさせようという意志が感じられた。もっとも、問わずとも、彼の立ち位置は明らかだ。最初から、彼の立ち位置が変わったことなどはなく、これからも変わることはあるまい。そのことについては、この場にいるだれもが承知しているのだが、その上で、今一度、明確にしておきたいという考えが、シグ=ランダハルにあったのだろう。

 スコール。

 スコール=バルディッシュという。

 その名の通り、バルディッシュ家の人間だ。つまり、先代戦女神ファリア=バルディッシュの血縁者であり、当代の戦女神ファリア=アスラリアとも血の繋がりがあるということだ。ファリア=バルディッシュの夫であり、護山会議員アレクセイ=バルディッシュが彼の大伯父に当たる。

 スコール=バルディッシュは、当たり前のように従妹であるファリア=アスラリアの支持者であったし、そのことを隠そうともしなかった。

「あんた、さっきから黙ってるが……どっちなんだ?」

「どっち……とは?」

「戦女神様を支持するのか、それとも、団長を支持するのか、どっちなのかって聞いてんだよ」

「それは、どっちかひとつを選ばないといけないのか?」

「そりゃあそうだろう」

「どうして?」

 スコールは、シグ=ランダハルの当然のようなものいいに心底呆れ果てたような顔をした。その相手を馬鹿にした表情、態度が怒りを誘うことは、計算ずくに違いない。彼にはそういう強かさがある。

「俺には、あんたらがくだらない議論をしているようにしか思えないな」

「なんだと」

「戦女神派だの反戦女神派だの、くだらない。実に馬鹿馬鹿しい。そんな議論に時間を費やすことのどこに意義を見出すんだ? 俺は、護峰侍団三番隊長なんだよな。あんたらは、どうだ?」

 スコールは、本部会議室に集った隊長格ひとりひとりの顔を見回した。シグ=ランダハルら反戦女神派だけではない。戦女神派を公言してはばからない連中の顔も、じっくりと眺めてみせた。そして最後にヴィステンダールの顔を見つめてくる。

「団長、あなたは」

「わたしか?」

「あなたは、なんだ?」

「……護峰侍団長侍大将ヴィステンダール=ハウクムルだが」

 仕方なく、応える。

 護峰侍団の頂点に立つのは、当然、団長だ。侍大将とも呼ばれる。護峰侍団に所属する侍たちの大将だからだ。その歴史は古く、リョハンにひとが住むようになって早々に結成されたといわれている。少なくとも五百年以上の長い歴史が、侍大将という名称に秘められている。

 スコールが静かにうなずいた。

「そうだろう。そうでしょうとも。それが、あなただ。あなたという人間の立場だ。俺は、あなたの部下として、あなたの命令に従う。あなたが下した判断が最良のものであると信じ、命を張って戦う。それが俺の立場だ。俺という人間のいまの有り様だ。それがすべて」

 彼はそう言い切ったのち、すぐさま、別の考えも述べてきた。

「だが、同時に俺は戦女神の命令に従う」

 スコールの断言は、力強い。

「戦女神は、リョハンの最高意思だ。そうだろう? 戦女神ファリアこそが、リョハンの中心。リョハンという天地を支える柱であり、リョハンに生きるひとびとにとっての希望の光だ。戦女神が死ねといえば喜んで死のう。それがこのリョハンで生きるということだ。戦女神の庇護下でなければ、俺たちは生きていけないのだから」

「つまり、貴殿は、難民のためにも死ねるというのか?」

「そう、聞こえなかったか?」

 スコールは、笑うでもなく、告げた。その透徹されたまなざしには、覚悟と決意がみなぎっている。

「それが戦女神様の命令ならば、喜んで死んでやるさ。それが、リョハンの武装召喚師である俺という人間の有り様だからな」

 スコールが言い切ると、会議室はちょっとした静寂に包み込まれた。スコールの断言の迫力に意気を飲まれたものが多数いて、それ以外の隊長たちは、スコールに意見をいうほどではないということだろう。かくいうヴィステンダール自身も、スコールの意見に対し、反論を述べようとは思わなかった。彼の考えは彼の考えなのだ。それそのものは悪くもなんともない。むしろ、護峰侍団の隊長格として申し分のない覚悟といってよかった。

「それがしも、スコール殿の考えに賛同いたしましょう」

 とは、サラス=ナタールだ。隣の席のオルファ=ザンディーも同意したそうな表情をしているが、サラスの言葉を遮るまいと黙り込んでいる。サラスは、続ける。

「そもそも、彼女に戦女神を押し付けたのはどこのだれなのか、という話です」

 サラスの言及は、責任問題を問うものだった。

「彼女はまだまだ若く、先代に比べればなにもかも幼い。それなのに、彼女に戦女神であることを求め、強行したのは護山会議であり、護峰侍団でしょう。戦女神でなければリョハンの人心を落ち着かせることができないから、リョハンを安定させることができないから、などといいながら、結局は自分たちの力不足を棚に上げて、すべてを右も左も分からない幼子に押し付けたようなもの。違いますか?」

 サラスの穏やかな、それでいて一切の逃げを許さない視線に対し、ヴィステンダールは身じろぎひとつしなかった。

「違わぬ……な」

 ヴィステンダールは、サラスの追及を避けることなく受け止めると、穏やかに告げた。

 そして、彼は、己の考えを述べ始めた。

 すべては、リョハンのために。


 

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