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第千八百七十話 護峰侍団(一)


「多忙を極める諸君には苦労をかけるな」

 ヴィステンダール=ハウクムルは、室内に集まった自分を除く十名の護峰侍団幹部の顔を見回して、開口一番、労をねぎらった。

 リョハン空中都中央区画に聳え立つ護峰侍団本部三階にある本部会議室。ヴィステンダールの招集に応じて集まったのは、護峰侍団の幹部――つまり、一番隊から十番隊の各隊長たちだ。それら十名の隊長に加え、団長である侍大将ヴィステンダールと彼の側近ともいえる参謀二名が、本部会議室の広癒空間を埋めている。

 本部会議室は、リョハンの公的機関施設の例に漏れず、質素な作りをしている。リョハンの公的機関施設の中で権威的な飾り付けや作りをしているのは、護山会議の議事堂くらいのものであり、それ以外の多くの公的施設は、知っていなければそれとはわからないくらい素朴な作りをしている。それにはリョハンの成り立ちが大きく関係しており、その成り立ちこそがリョハンをヴァシュタリアからの独立に走らせた要因でもあった。

 質素な作りの本部会議室には楕円形の卓が置かれ、ヴィステンダールを含む十三名の参加者は、その卓を囲み、彼に視線を注いでいる。ヴィステンダール本人を含む十三人が十三人、護峰侍団の制服を身に着けている。リョハンにおいて至高とされる蒼を基調とする制服は、団長、参謀、隊長でそれぞれ細部こそ異なっているものの、全体的には似通っている。階級的に上に行くほど多少派手になるという程度であり、大差はないといってよかった。一般隊士の制服にも同じことがいえる。とはいえ、団長と一般隊士の制服を見間違えることなどない程度には、差異はあるのだが。

 参謀の二名のうち、ひとりはニレヤ=ディー。七大天侍ニュウ=ディーの姉である彼女は、常に微笑みを絶やさないような心根の穏やかな女性だ。容姿のよく似た姉妹は、同じ髪型、同じ格好をしていると見分けがつかないほどだが、性格的にはまったく異なるため、ふたりをよく知る人物が間違うことはまずなかった。

 もうひとりの参謀は、サード=ザーム。エルンスト=ザームという高名な武装召喚師を父に持つ彼は、志も高く、護峰侍団に志願したのも、父の名声に負けないためであるという話だった。さっぱりした髪型と鋭い目つき、言動から、剃刀サードの異名を持つ。

 ヴィステンダールは、二名の側近とともに十名の個性豊かな隊長たちと向かい合っていた。だれひとり、同じような外見、性質の持ち主はいない。だれもかれも我が強く、個性的だ。でなければ護峰侍団という優秀な武装召喚師の集団において、幹部の座につくことなどできるわけがなかった。自己主張の薄い、能力の低い人間が団長の目に止まるはずもないのだから。

「諸君に集まってもらったのはほかでもない。先程開かれた会議のことだ」

「戦女神様、護山会議、護峰侍団の三者による定例会議のことです」

 サードが補足すると、一部の隊長たちの顔つきがにわかに厳しくなった。今日開かれた定例会議で取り上げられる議題について、すでに耳にしているものも少なくはないのだ。そして、その議題が護峰侍団の今後の活動方針や、死活問題に関わってくるということを理解しているからこそ、目つきも変わるのだろう。

「既に知っているものもいるだろうが、議題には、当然、難民問題も取り上げられた」

 難民問題を口にすると、途端に隊長たちがなにかをいいたげな顔をした。ひとりやふたりではない。半数以上の隊長格が、難民問題について一家言もっているとでもいうような反応を見せている。それもそうだろう。彼らは、みずからの隊を率い、麓特区と呼ばれる難民居住区の警備に当たっているのだ。当番制ではあるが、麓特区が作られてから既に数ヶ月が経過しており、すべての隊が麓特区での警備を経験していた。ヴィステンダール自身、警備に参加することで麓特区の現状をこの目で確かめている。団長だからといって本部でふんぞり返っていられるほど己の立場に傲慢ではいられないのだ。

「わたしは、護峰侍団の代表として意見を述べさせてもらった」

 ヴィステンダールは、そういって、定例会議のあらましを伝えた。

 難民問題においては、護山会議の議長モルドア=フェイブリルを含めた主流派が否定的な意見を持っており、いますぐにでも難民居住区を放棄し、難民の保護を諦めるべきだというほどの激しい口調の意見さえ出た。ヴィステンダールも、モルドアたちと同意見であり、このままでは難民のためにリョハンが押し潰される危険性を述べている。また、難民居住区の警備に当たる護峰侍団の隊士に死傷者が出ているという現状も訴えた。無論、戦女神が知らないわけもないのだが、ヴィステンダールはみずからの言葉で伝えることに意味があると信じた。

 しかし、戦女神は、彼の意見を封殺した。

「本当に……戦女神様はそう仰ったのですか?」

 信じられないといった表情をしたのは、二番隊長ミルカ=ハイエンドだ。前髪を綺麗に切りそろえた

彼女は、その髪型の几帳面さから窺い知れるように規律を重んじる女性だ。その規律の基準となるのは、所属する組織の規律であり、つまり護峰侍団の規律こそが彼女のすべてだった。

「うむ」

 ヴィステンダールがうなずくと、彼女は苦い顔をした。彼女は、リョハンの人間として戦女神の信奉者ではあるが、護峰侍団の隊長格としての判断基準があり、そのことから当代の戦女神のやり方を快く想っていなかった。いわゆる反戦女神派のひとりだ。

 すると、反戦女神派であることを公言してはばからない隊長格が口を開いた。

「は……どうなってんです? 戦女神様は、俺達の置かれた状況を御理解してくださらないと?」

 シグ=ランダハル。六番隊長である彼は、黒い頭髪をなんらかの方法で固めているらしく、妙に刺々しくなっている。とんがり頭と揶揄されるだけのことはあるが、護峰侍団の規則には触れていないため、ミルカに注意されることもない。ミルカは、シグの髪型が気に食わないようだが。

「理解してはおられる」

「だったらどうしてなんです。どうして、難民の保護を続けると?」

「それが戦女神ですからな」

 と、話にはいってきたのは、七番隊長サラス=ナタールだ。この場における最高齢の彼は、五番隊長ヒュー=ロングローと並ぶほどの穏やかさで、この会議の場にいた。身長もヒュー=ロングローに次ぐほどの長身だが、巨漢という印象はない。五番隊長ヒュー=ロングローは、護峰侍団においてもっとも身長が高く、筋肉の甲冑を纏っているといわれるほどの巨漢だが、サラス=ナタールはほっそりして見えた。年齢から来る衰えもあるのだろうが、無駄な筋肉をつけていないのだ。筋肉をつける時間を、召喚武装の制御技術の修練に注ぐことで、護峰侍団最高峰の武装召喚師といわれるほどの実力者となっている。白髪交じりの黒髪が年輪の如くだった。

 護峰侍団においては反戦女神派が主流派といっていいが、必ずしも全員が全員、当代の戦女神に否定的ではない。隊長格の何名かは戦女神を支持していたし、そのため、護峰侍団の幹部会議となれば、喧々諤々の討論が繰り広げられるのが通例となっていた。

「当代の戦女神様の御心は、まさに戦女神そのものでございましょう」

「戦女神は、リョハンに死を強いる死の女神だとでも?」

 そういって、冷ややかなまなざしをサラス=ナタールに投げたのは、アルセリア=ファナンラング。四番隊長である彼女は、長い前髪で右目を隠すようにしている。幼少期の事故で右目を失った彼女は、それからというもの眼帯をしているのだが、その眼帯をあまりひとに見せたくないらしい。それとともに鋭い目つきに刺々しい言葉が、彼女の性質を示している。護峰侍団四番隊は、彼女に率いられるようになってからというもの、もっとも攻撃的な隊となったことで知られている。

「なにを愚かなことを」

「たわけたことをいっているのは、あなただ。サラス殿」

「そうだな。サラス殿。あなたは間違っている。このまま戦女神様の我儘に付き従い続ければ、リョハンは難民によって食い潰されるだけではありませんか」

 アルセリア=ファナンラングに続いてサラス=ナタールを非難したのは、リドニー=フォークンだ。八番隊長を務める男は、細長い眼鏡の奥で目を光らせていた。小ざっぱりした黒髪黒目の、痩せぎすの男。眼鏡の奥に光る目からは確かな知性を感じさせるが、彼の本質はそこにはない。

「それこそ、勝手な思い違いでしょう」

 サラス=ナタールが両隊長を見比べるようにしながら、怖じることなく言い返す。さすがは年長者といった風格には、アルセリアもリドニーも飲まれるようだった。

「食糧問題については既にいくつかの手を打っておられる。食糧問題が解決すれば、難民たちが暴動を起こすこともなくなりましょうし……多くの問題が解決すること疑いようがない」

「それまでにどれだけの死傷者が出るのか見ものだな、おい」

「まるで戦女神様の施策が失敗することを望んでいるような物言いですね」

 九番隊長、オルファ=サンディーが、シグ=ランダハルに釘を差すように告げた。女性隊長の中で一番の年若である彼女は、やや赤みがかった黒髪をひとつに結わえ、右肩から前に垂らしているのが特徴的といえば特徴的だった。華奢だが、隊長に任命されるだけあって、実力は折り紙付きだ。彼女は、ナタール教室の出身、つまり、サラスの生徒であり、サラスと同じく戦女神派を公言する隊長格のひとりだった。

「ああ、望んでるね」

 シグ=ランダハルがオルファを睨み返すように告げた。



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