第千八百六十九話 使徒たち
「この度の暴動事件の主犯は、ヴァシュタリアの元巡礼教師サエバル=ミリド。彼は、難民たちを指導するかたわら、此度の計画を練り、機会を伺っていたと吐いています」
「棄教だなどといいながら、結局は巡礼教師などがひとを動かす力を持っていたわけだな」
「人間、それまでの生活習慣をすぐに捨てられるものでもありませんよ。特に生まれたときから信仰していたんですから。仕方のないことでしょう」
グロリアの冷ややかな言葉に対し、ルウファは、肩を竦めた。そこを追及すれば、彼らの主の責任問題へと発展しかねない。実際、護山会議も護峰侍団も、彼らの主の責任を追求したがっているのだ。敵のやり方に倣う必要はない。
(敵っていうほどでもないけれど)
護山会議も護峰侍団も、現状、リョハンになくてはならない存在だ。護山会議は行政を司り、護峰侍団は防衛と法の門番としての役割を果たしている。そして両者は、それぞれの正義を遂行しているだけにすぎない。別に彼らの主と敵対しているわけではないのだ。
それはルウファたちにもいえる。ルウファたち七大天侍は、その役割であるところのリョハンの守護と、戦女神の使徒という役割を純粋に追求しているだけなのだ。戦女神が望むことを望むままに行う。ただそれだけが七大天侍に求められるものであり、存在意義とさえいっていい。
戦宮の一室に、彼らはいる。
先程の会議に参加した面々だ。七大天侍筆頭シヴィル=ソードウィン、カート=タリスマ、グロリア=オウレリア、そしてルウファ=バルガザールの四人が顔を突き合わせるようにして、話し込んでいた。
戦宮は、リョハン空中都にある戦女神の住居であり、神殿といってもよく、戦女神の使徒たる七大天侍にとっては職場に等しい場所だ。ルウファたちが戦宮の一室に集まっているのは、たまたま偶然ではない。先程、空中都中央会議場で行われた会議に戦女神の従者として参加した彼らは、微妙な空気で終わった会議の後、ファリアが戦宮に戻るのを護衛してきたのだ。そしてそのまま、いまに至るというわけだ。
「だからといって、看過できるものでもありませんよ」
シヴィルが難しい顔をして、会議の際に配られた資料に視線を落とした。冷え切った空気が吹き抜けているのは、戦宮が先代戦女神の時代からそういう作りをしているからにほかならない。壁や天井はあっても、扉や窓がないため、密閉空間を作ることができないのだ。それ故、冬になると冷たい風が入り込み放題に入り込んできて、夜中など仕事どころではなかったりする。もちろん、室内では暖を取る手段こそ用意されているものの、それだけではどうしようもないくらいの冷気に襲われることもしばしばだった。
「このままでは、ファリア様の心労がいや増すばかり。なんとかして、状況を収めなければ」
「収めるったって、どうすればいいのやら」
ルウファは、シヴィルのファリアを思う気持ちを素直に受け止め、理解してはいるものの、解決策に関しては想像もできずにいた。
「元凶を叩くほかないな」
「元凶?」
「暴動を煽動する奴らをさ」
「サエバルのような?」
「うむ」
「しかし、サエバル以外に煽動者がいるかどうかはわかりませんよ。少なくとも、サエバルの証言では独自にやったとのことですし」
「それが嘘の可能性もある」
「護峰侍団の尋問は召喚武装を用いたもの。偽証はできないでしょう」
シヴィルがそういうと、カートが黙したままうなずき、グロリアはお手上げとでもいうように頭を振った。
ルウファたちの会議は、難民の受け入れ先である麓特区でここの所頻発する暴動に関するものに終始した。麓特区での暴動は、主に食料の配給所を狙ったものが多い。難民の不満の最たるものが配給される食料の少なさであり、彼らが抗議のための示威運動を行っているのもそれが原因だった。難民たちは飢えを凌ぐのもやっとという状況なのだ。空腹で酷い状態であるにも関わらず、麓特区の今後のため、田畑を耕すことを強いられている。難民が不満を増大させ、ちょっとした煽動で暴発してしまうのも無理のないことではあった。
無論、だからといって配給所で働くリョハンの職員や警備に当たる護峰侍団に害をなせば、リョハンの敵と見做し、事にあたるよりほかはない。実際問題、護峰侍団は暴動の実行犯や首謀者の逮捕、拘束に全力を上げており、そのために麓特区では度々大きな衝突が起こり、その都度、負傷者が続出している。そうなると、なにも悪くはないはずの護峰侍団、ひいてはリョハン政府への難民たちの感情が悪化し、ますます不満が膨れ上がっていくのだ。そしてまた、暴発が起こる。
悪循環だ。
先ごろ、もっとも大きな暴動が起き、死者がでるほどの騒ぎとなったことは、今日の定例会議でも触れられた。その暴動の首謀者が元巡礼教師サエバル=ミリドなる人物であり、護峰侍団の尋問によって得た彼の証言は、ルウファたちの手元の資料に克明に記されていた。それによれば、これまで頻発してきた暴動のいくつかが彼の息がかかった難民の手によるものであり、サエバルは、そうやっていくつもの暴動を起こすうちに自分の影響力を過信し、自分が難民たちの支配者のような気分になったようだ。元々、巡礼教師という教会内でも特に高い地位にいた人物だ。神軍に組み込まれたのちは、ただの一軍団長にまで成り果てていたとはいえ、ただの信徒では普通に話しかけることすら憚られるほどだった。自分の立場を勘違いするのも無理はない。
サエバルは、この度、いくつかの配給所を同時に襲撃させ、その隙にまったく別区画の配給所を手勢によって制圧、食料を強奪した。その食料を餌に難民を支配しようと目論んだようだが、彼の見通しはあまりにも甘かった。護峰侍団はあっという間に暴動を鎮圧すると、サエバルとその手勢も制圧し、拘束したのだ。その騒動の中で多数の負傷者が出ており、死者まで出たことは会議でも取り上げられた。護峰侍団の隊士からも死者が出ているが、それは武装召喚師だからといって必ずしも無敵ではないことの証左といえる。
いくら武装召喚師が凶悪無比な召喚武装を用いることができるからといって、肉体の強度は人間のそれと同じなのだ。投げられた石の当たりどころが悪ければ、死ぬ。
そういうこともあり、護峰侍団侍大将ヴィステンダール=ハウクムルは、難民の保護を優先した戦女神ファリアに責任を問いただそうとしたのだろうが、ファリアは人道と正義を解き、煙に巻くようにして会議を終えた。ルウファたちは、その会議の場にいて、ファリアがそのような発言をしたときの空気の冷え込みようを実感したものだが、事の是非についてはだれひとりなにもいわなかった。
七大天侍は、戦女神の使徒であり、リョハンの守護天使なのだ。
戦女神の手足となってリョハンを護ることこそ七大天侍の役割であり、戦女神の考えに口出すものではない。もちろん、だれから見ても間違っていることに対しては諌めてもいいだろうが、難民問題に関してはなにが正しいのか、なにが間違っているのか、明確な答えはない。
リョハンのことだけを考えれば、難民など受け入れないのが正解だ。しかし、それが人道に悖る行いであるというファリアの意見もわからないではないし、リョハンの戦女神たるもの、そういったものたちにも救いの手を差し伸べなければならないという彼女の覚悟と決意は、ルウファには美しいことのように想えた。その結果、リョハン市民が苦しむようなことさえなければ、それでいいのではないか、と。
現状、リョハン市民そのものへの影響は少ない。
ただ、このまま難民問題が深刻化すると、そうもいってはいられないのではないか。
だからこそ、こうしてルウファたち七大天侍は顔を突き合わせ、互いに頭を捻っているのだ。
「難民問題を解決し、ファリア様の負担を減らす妙案はないものか」
「極めて難しい問題だな」
「でしょう……って、アレクセイ様じゃないですか」
同意した相手が護山会議員アレクセイ=バルディッシュだったことに気がつくと、ルウファは椅子から飛び起きるようにした。戦宮は、壁こそあれ、扉がない。声を潜めて会議をしていても、会話の内容は周囲に筒抜けだったりする。それもこれも、隠し事をする必要などないという先代戦女神の理念によるものだが、その結果、様々な問題が発生してきたことはいうまでもない。
ルウファは、従者ひとり連れず戦宮に現れたアレクセイに驚きを禁じ得なかった。
「なぜ、戦宮に?」
「いわねば、わからんか?」
「いえ……」
アレクセイの鋭いまなざしには、緊張するほかない。
「戦女神様にお目通り願いたい。シヴュラ殿、取り次いでもらえるか?」
「ええ、もちろんです」
シヴュラには、アレクセイの申し出を拒絶することなどできるはずもなかった。
アレクセイは、護山会議の議員であるとともに戦女神ファリア=アスラリアの祖父でもあるのだ。