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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千八百六十七話 難民問題(一)


 リョハンに三万人にも及ぶ難民が発生したのは、昨年末のことだ。

 突如としてリョハンに攻め寄せてきた神軍は、リョハンの総戦力と蒼衣の狂王ラムレス=サイファ・ドラース率いるドラゴン軍団によって大打撃を与えることで、撤退を余儀なくされた。それによりリョハンは都市と住民を守りきることに成功し、勝利を収めた。だが、その勝利こそがリョハンにとって大問題になろうとは、そのときはまだ、だれも知る由もなかったのだ。

 神軍は、リョハン側が方舟と呼称する空を飛ぶ船により、飛来した。そして、方舟の中から数万に及ぶ兵を出現させ、リョハンへの侵攻を開始したのだ。戦女神ファリア=アスラリア率いるリョハン軍は、その総戦力をもって迎撃に当たり、撃退に成功した。しかし、撤退したのは神軍の全戦力ではなく、方舟だけだったのだ。空を飛び、リョハンから離れていく方舟に取り残された総勢三万の神軍将兵は、当然、リョハンに投降、捕虜となった。

 それによって第一の問題が生じる。

 リョハンには三万もの捕虜を拘束しておけるような空間などあるはずもなかったからだ。

 空中都市リョハンは、天を衝く峻険リョフ山内部に築かれた都市だ。山門街、山間市、空中都の三つの区画からなる大都市ではあったが、三万もの捕虜を閉じ込めて置けるような余裕はどこにもなかった。引き入れることができて、精々数千人程度であり、それでもかなり無理をしてのことだ。そんな状況下で捕虜として確保しておくなどどだい無理な話であったし、なにより、彼らは捕虜にする意味が薄かった。

 彼らは神軍の方舟に見捨てられた上、神軍に関する情報すらろくに保有していなかったのだ。軍勢の指揮官級を拘束し、尋問したところで得られた情報は、彼らが“大破壊”以降、神軍の一員として管理され、戦闘訓練を受けていたというだけであり、神軍の内情は一切見えてこなかった。また、彼ら自身、神軍への忠誠心はまるでなく、敬虔なヴァシュタラ信徒であるはずの彼らが神への恨み言を紡ぐほどに追い詰められていた。神に見捨てられたのだ。そうもなろう。

 捕虜たちは、リョハンの事情を知ると、野に放たれることを恐れ、つぎつぎと棄教を宣言した。中にはヴァシュタラ神への教えを棄てるということはこれまでの人生を否定することになると憤るものもいたが、神が自分たちを見捨てたという事実を突きつけ、説得するものが跡を絶たなかった。彼ら捕虜は、リョハンにまで見捨てられることを恐れ、取り入ることに必死だったのだ。

 独立を認めながらも水面下ではリョハンと敵対関係にあったヴァシュタリアの民であり、至高神ヴァシュタラの教えを信受する信徒たちは、リョハンが捕虜の受け入れに消極的なのは、自分たちがヴァシュタラ信徒であるからだと想像したのだろう。その結果、三万人に及ぶヴァシュタラ人捕虜の大半が棄教するという事態に発展した。

 リョハンとしては、彼らがヴァシュタラの教えを信じていようが棄てていようが関係のないことだったが、そこまでしてリョハンに見捨てられることを恐れる彼らの想いの強さは理解した。“大破壊”によって荒れ果てた世界。寄る辺などあろうはずもなければ、リョハン周辺に大きな都市もない。

 三万もの群衆を受け入れられる余裕を持った大都市など、どこを探してもないだろうが。

 そんな状況下で彼ら捕虜は、縋る思いでリョハンに救いを求めた。

 しかし、護山会議は、彼らが捕虜としての価値がないことが明らかになった以上、リョハンにとどめておくことはないと結論づける。当然のことだ。リョハンのどこにも彼らを受け入れられる空間はなく、リョハンが長年備蓄してきた食料も、現在のリョハン市民のためのものであって、三万人の捕虜に分け与えられるものではなかった。そんなことをすれば瞬く間に枯渇し、リョハン市民までも飢えることになりかねない。

 無論、リョハンは、リョフ山そのものや周辺の自然を利用し、食料を調達する手段は存分に用意している。なにも備蓄した食料だけで生きてきたわけではない。だが、だからといって、三万人もの捕虜を受け入れるとなると話は別になる。リョハンが生産する食料のすべてを費やしても、長期間賄い続けるなどという芸当はできるはずもない。

 故に護山会議は、三万人の捕虜をリョハンに留め置くなどという暴挙は取りやめ、彼らへの戦いの責任の追求すらも諦めた。ラムレスの話により、神軍が世界各地で侵略戦争を繰り広げているということがわかった以上、彼らに責任を問うたところで意味はないと判断したのだ。そもそも、彼らは神軍の方舟に見放されている。責任を問い、負わせたところで無駄だろう。

 捕虜はその決定の瞬間、難民となった。

 だが、難民になったからといって、それで状況が変わるわけもない。

 リョハンは、三万の難民を受け入れることはできないと突っぱね、彼らは路頭に迷った。

 そんなとき、護山会議を震撼させる出来事が起きた。それが第二の問題だ。

 戦女神ファリア=アスラリアが難民を受け入れるよう、護山会議に打診したのだ。そのときの会議は戦女神の就任以来、もっとも白熱したものとなった。

 アレクセイを始め、護山会議の議員の大半が、戦女神の提案に否定的だった。だれもがリョハンの現状を知り、だからこそ難民の受け入れは困難であると判断したのだ。自殺行為だと明言するものもいた。三万もの難民を受け入れるとして、衣食住はどうするのか。食物、住居は無論のこと、三万人の衣服を用意するだけでも大変だ。戦女神になにか妙案があるのか、という質問に対し、彼女は平然といってのけたのだ。

『それをどうにかするのが、護山会議の役割ではありませんか?』

 そういわれれば、議員たちも言葉を飲み込み、黙り込まざるをえない。確かにその通りではあるからだ。先代戦女神の時代も、戦女神のぶち上げた難問に対し、議員たちが顔を突き合わせ、頭を悩ませまくったものだ。そういった経験がある古株連中は、現代の戦女神の暴論といえるような言葉を否定することはできなかった。

『わたくしは道理を問いているのです。人の道の理を。彼らは確かにリョハンに害をなしたものたちです。そのことは許されるべきではない。けれど、戦いが終わったいま、そのことばかり追求しても意味がないことは、皆様もご存知のはず。だからこそ、彼らに捕虜としての価値がないと判断された。一度難民となった以上、難民となり、困り果てている以上、なにもせず見過ごすなどひととしてあるべきことでしょうか』

 ファリアは、リョハンの象徴にして支柱たる戦女神の理想像を示現していた。

 戦女神は、リョハンの独立自治の象徴だ。勝利と自由、正義と博愛、慈悲と平等の化身であり、戦女神はだれに対しても手を差し伸べた。困っているものがあれば、空中都から山門街まで飛んでいき、話を聞いた。様々な問題を解決し、ひとびとのために力を振るった。だれもが戦女神を尊崇し、敬愛するのは、そういった数多の、それこそ数え切れないほどの実績があるからだ。そうやって積み上げられた実績が戦女神という実像をさらに強大なものとし、リョハンは戦女神なしでは立ち行かないほどになってしまったのだ。

 だから、混沌としたこの時代において、戦女神の必要性が喚起され、ファリアが戦女神を継ぐこととなった。

 継承したファリアは、その責任感の強さから、戦女神とはどうあるべきかを徹底的に追求した。空中都の戦宮に籠もっているだけでは駄目だと考えると、毎日のようにリョハンの各地を歩き回り、ひとびとの声を聞き、手を差し伸べてきた。まさに先代の戦女神の再来であり、先代戦女神の全盛期を知る老人たちは涙を流したという。ファリアがリョハン市民に現代の戦女神として認められ始めたのは、そういった経緯がある。それでもまだまだ経験不足であり、実績の少なさはいうまでもなく、護山会議の議員たちは、そんな彼女の戦女神としての有り様に不満を抱かずにはいられなかった。

 それでも戦女神の提示した問題を解決するべく奔走しなければならないのが護山会議の悲しいところだ。戦女神の考えに反対したとあらば、市民になにをいわれるかわかったものではない。市民には道理を解くことはできない。彼らは感情の生き物だ。戦女神さえいれば安心してくらしていられるというような連中なのだ。戦女神の正義こそリョハンの正義であると信じているし、戦女神が難民救済に動き出したと知ると、多くの市民が歓声を上げて戦女神を支持した。

 そういった現実に直面して、護山会議長モルドア=フェイブリルは渋い顔をしたものだ。彼は、戦女神には政への積極的な関与は止めてもらいたいと想っていることだろう。先代戦女神の人間宣言によって、ようやくリョハンの全権が護山会議の手に戻ってきたと想った途端、これだ。彼としては落胆せずにはいられまい。しかし、そんな彼ですら戦女神を利用しなければリョハンは収まらないと考えるほど、リョハン市民の戦女神信仰は強く、護山会議は渋々ながらも戦女神の考え通り、難民救済のために動かなければならなかった。



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