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第千八百五十三話 嵐ヶ丘(六)

 嵐が巻き起こった。

 ウェインを中心とする暴風の渦。丘を埋め尽くす骨という骨の尽くを吹き飛ばしながら荒ぶる嵐は、あっという間にセツナの元へと達し、セツナの肉体を一瞬にして地上から引き剥がし、打ち上げる。とても耐えきれるものではなかったし、しのげるようなものでもない。剣を地面に突き刺していればあるいはやり過ごせたかもしれないが、丘そのものを根底から吹き飛ばすほどの嵐だ。地中深くまで刀身を伸ばしていなければ同じことだろうし、そうしてなんとか耐えたところで、結局はセツナだけが吹き飛ばされる末路が見える。それでは意味がない。むしろ、唯一の武器を失うのだから、最悪だ。

 吹き飛ばされてくる様々な種類の骨の直撃を受けながら、セツナは、アークブルーがあざやかに輝いているのを見ていた。アークブルーの最大能力顕現――とでもいうのかもしれない。これほどの嵐は、ルウファとシルフィードフェザーでも簡単には起こせないだろう。

 嵐の中心で、この凄まじいまでの暴風の渦を引き起こしている男は、鎧を輝かせながら、セツナが大気の激流に振り回されるの見ている。セツナは、嵐に翻弄されながら、空中を大きく旋回しているのだ。為す術もなく、無数の骨とともに空中を舞う。目まぐるしく回転する景色に目が回りそうになる。このままではいずれ正常な感覚を失うのではないか。いや、そもそも、ウェインの本気の攻撃がこの程度で済むとは思えない。

 つぎがある。

 セツナは柄を両手で握り締めると、胸の前に突き出した。暴風に負けそうになるのをなんとか耐え抜き、そのまま意識を集中する。スネークラインの刀身が爆発的な速度で伸長し、暴風の渦の中心へと向かう。ウェインは、風に煽られてさえいなかった。つまり、ウェインの周辺は無風状態に近いのだ。台風の目と同じだ。いや、この嵐の丘と同じ状態といったほうがいいのか。嵐の丘も、丘の頂とそこへ至るまでの傾斜では、状況がまるで違っていた。その丘を包み込む嵐さえ、ウェインが引き起こしていたものである可能性が高く、ウェインとアークブルーの凄まじさが手に取るように理解できる。丘を包み込む嵐を起こしながら、何百時間に及ぶセツナとの戦いを続け、底を見せないのだ。

 ここが地獄だから、という理屈があるのだとしても、異常だ。

 もしかせずとも、彼はカイン以上の武装召喚師としての才能と実力を併せ持っているのだろう。

 そして、そんな彼だからこそ、セツナは手も足も出ずに苦汁をなめさせられ続けている。このままでは、ウェインに土をつけることさえかなわないのではないか。そう考えさせられるほどの敗北続き。だが、セツナはむしろこの敗北の連鎖に感謝していた。

 自分を見つめ直すきっかけになったからだ。

 強いと思いこんでいたのは、結局のところ、黒き矛の、カオスブリンガーのおかげ以外のなにものでもなかったという現実を叩きつけられれば、だれだってそうなる。

 強くなったのは、成長したのは、事実だ。召喚された直後のセツナであれば、ウェインにここまで食い下がることもできなかっただろうし、すぐに諦めたかもしれない。それ以前に、スネークラインを自在に操ることさえできなかったのではないか。戦い抜いてきたことの意味、厳しい訓練を積んできたことの意味は、そこにある。

 しかし、それでも強力無比な武装召喚師の前では赤子の手をひねるように負けてしまう。

 カインに勝てたのは、やはり召喚武装の性能によるところが大きかったと考えざるを得ない。

 いまセツナが手にしているのが火竜娘ならば、ウェインとの連戦ももっと食い下がれただろうし、勝てた可能性だってある。

 武装召喚師の実力は、結局のところ、召喚武装の能力によるところが大きいのだ。

 そして、どれだけ強力な召喚武装を呼び出せるかが武装召喚師の腕の見せ所であり、その強力な召喚武装をどれだけ自在に操れるかどうかが武装召喚師の実力、技量となるのだ。

 そう考えれば、セツナが黒き矛に頼り切りなのも悪いことではないといえる。

(そりゃあただの開き直りだ)

 内心苦笑しながら、彼は、ウェインの足元に向かって伸びるスネークラインの白刃を見ていた。伸長速度は凄まじく速い。あっという間にウェインの目の前へと至り、そのまま足元に突き刺さらんとしたまさにそのとき、ウェインが右腕を薙ぎ払った。旋風が巻き起こり、スネークラインの刀身が弾き飛ばされる。

 が、セツナは諦めない。スネークラインは、刀身を伸ばすだけではなく、自由に曲げることができる。飛ばされた方向に刀身を曲げ、そのまま曲線を描いてウェインの背中を狙う。ウェインの口元に笑みが刻まれるのが一瞬だけ見えた。暴風が彼の足元の頭蓋骨を舞い上げ、スネークラインの進路を妨げる。切っ先がいくつもの頭蓋骨を貫きながらもウェインに迫る。ウェインは避けようともせず、右手を返し、上げる。

 セツナを巻き込んでいた旋風が一瞬にして上昇気流へと変わる。元々地上から遠く離れていたセツナは、さらなる高度へと引っ張られるようにして打ち上げられていく。スネークラインの切っ先は、結局、ウェインに突き刺さりはしなかった。切っ先に突き刺さる無数の髑髏が、ウェインへの攻撃を邪魔したのだ。

 セツナはついにスネークラインの操作を諦めなければならなかった。なぜなら、ウェインの姿が豆粒のように小さくなってしまったからだ。それほどの高度まで打ち上げられたということだ。旋風から上昇気流へと変わったことで、目まぐるしい視界は落ち着きを取り戻したものの、だからといって落ち着いていられるわけもなかった。地獄の空。それも地上何百メートルどころではなかった。何千メートルもの上空まで運ばれている。

(どうするつもりだ?)

 セツナは、ウェインの考えが読めず、訝しんだ。ウェインとアークブルーの力は、よくわかった。身に沁みて理解できている。アークブルーの大気を支配し、風を起こす力は、圧倒的といわざるを得ない。丘ひとつを暴風で包み込むだけでなく、その暴風でもって対象を遥か上空まで吹き飛ばすことができるのだ。その一点に限っていえば、ルウファのシルフィードフェザーを上回っているかもしれない。シルフィードフェザーには飛行能力や羽を利用した攻撃手段、防御方法があるため、一概にアークブルーに負けているとはいえないが、大気を支配する能力においては、そう考えても構わないはずだ。

 それだけの力を持っていながら、セツナを地上数千メートルにまで運んだだけで攻撃してこないのは、どういうわけか。

 一連の流れの中で、セツナが負ったのは、暴風に流されてきたいくつもの骨が体に当たったことによる痛みだけだ。アークブルーの起こした風による痛みは、ないに等しかった。

 そのとき、セツナは不意に頬を撫でていた風が止んだことに気づいた。

「え」

 一瞬の無重力。つぎの瞬間、セツナの体は地獄の重力に引っ張られた。地上数千メートルの高度から、一気に地上へと落下する。凄まじい落下速度が全身を包み込み、緊張と恐怖がセツナの意識を席巻する。悲鳴を上げている。が、自分の声を聞いていられなかった。

 地上まで数千メートル。

 ただただ落下していくだけだ。対抗手段などあろうはずもない。落ちていく。為す術もなく、落ち続ける。

 地上まで数百メートル。

 まだ落ちる。止まらない。きっと、止めてくれはしない。ウェインの考えがわかる。このまま地上に叩きつけ、セツナの肉体をばらばらに破壊するつもりなのだ。確かにあの高度から地上に落下すれば、どんな化け物であってもただでは済むまい。

(直撃ならな)

 地上まで数十メートル。

 セツナは、絶叫しながら、両手で握ったままのスネークラインを振り下ろしていた。ウェインを攻撃できなかったことで元の長さに戻していた刀身を伸長させ、迫り来る地上へと突貫させる。

 地上まで数メートル。

「まあ、その程度はできて当然だな」

 落下は止まった。

 セツナは、スネークラインの刀身によって支えられ、空中に体を固定することに成功したのだ。ウェインがその様子を面白くもなさそうに見ているのがわかる。

「だが、それでは隙だらけだぞ」

「あんたがいうなよ」

 セツナは、地上に突き刺した刀身の先を見た。スネークラインの白刃は、髑髏の丘を貫き、そのまま地中へと潜っている。そして、切っ先は、ウェインの死角へと至り、彼の脾腹に突き刺さった。ウェインが苦悶の声を漏らすのが聞こえた。白刃は、群青の甲冑の隙間から、彼の肉体を貫いたのだ。

「勝ち誇って隙だらけじゃあ、格好がつかないぜ」

 刀身を縮ませることで地上に降り立ったセツナは、借り誇るでもなく告げた。

 その場にかがみ込んだウェインは、どこか満足そうにこちらを見ていた。



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