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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千八百四十七話 魔王とその弱点


 魔王は、人混みが嫌いだ。

 人間の集団の中にいるというのが、どうにも落ち着かなかった。人間というのは、遠慮なく彼を見るからだ。魔王というだけで奇異の視線を投げかけてくる。それは彼の立場上仕方のないことではあるのだが、だからといって許容できるものでもない。

「やはり森のほうが落ち着くな……」

 ユベルは、自分以外の人間がいない空間に安堵するとともにやっとの想いでくつろぐことができるという感覚を持っていた。

 政府官邸敷地内にある迎賓館の一室。

 二月十九日。

 ユベルはその日、マイラム共同墓地で催された反攻作戦の追悼式典にコフバンサール(魔王軍)の代表として参加していた。ただ参加しただけではなく、三者同盟の首脳陣のひとりとして、式典の参列者たちの前に出、演説しなければならなかったが、これについては特に問題はなかった。少なくとも、ユベル本人としては問題なく役割を果たしたつもりだ。

 クルセルクの魔王としての役割を演じていたころ、国民や皇魔たちの前に立って演説することはめずらしいことではなかったのだ。あの当時は、魔王を演じることに情熱を注いでいたという面も多分にあり、魔王らしい言い回しや台詞を考えては、リュスカたちに聞かせ、反応をうかがったものだ。

 もちろん、追悼式典では魔王としての振る舞いはせず、先の戦いにおける戦死者や犠牲者の家族に配慮した演説をしたつもりではある。それを聞いた側がどう捉えたかまでは、彼の責任の及ぶところではない。三者同盟の有用性は理解しているし、このログナー島で暮らし続けていくのであれば、ログノールやエンジュールの人間たちと協調していく必要があることも把握している。

 だからこそ、女神が消滅し、教団が瓦解したいまもなお、三者同盟の一角であり続けているのだ。三者同盟が不要であれば、すぐにでも離脱したいというのが魔王の本音だった。魔王は、人混みだけでなく、人間という生き物が嫌いなのだ。

 そういう意味では、自分に発現した異能が皇魔を支配し、理解するものであったことには感謝するほかない。これが人間を支配し、理解するものであれば、発狂していたかもしれない。彼は、ウルのように人間の心の中を覗き見て、平然としていられるような精神力は持ち合わせていないのだ。

 無論、人間には様々な考え方の持ち主がいて、全員が全員、唾棄すべき存在ではないことは承知の上だ。それでも、彼は人間への嫌悪を棄てきれなかったし、人間を好きになる必要もないと想っていた。なればこそ、人間が魔王の言にどのような感情を抱こうとも興味がないのだ。もし仮にあの場にいた人間たちが彼の演説を聞いて反感を抱き、魔王軍を拒絶するようであれば、喜んで同盟を離脱するだろう。

 たとえその結果、彼と彼の臣民が生き難い状況になったとしても、人間に媚びへつらうよりはずっとましだ。

「リュカはエンジュールも嫌いではありませんよ?」

 寝台の上に寝転びながらいってきたのは、彼の愛娘のリュカだ。彼と同じ黒髪に美しい翡翠色の瞳を持つ幼女。もうすぐ三歳になる彼女だが、外見は五歳児くらいに見え、彼女より年上のレイン=ディフォンのほうが幼く見えた。それは、リュカが人間ではなく、人間と皇魔リュウディースの混血児だからというだけが原因ではない。彼女が、リュウディースの女王としての資質を生まれ持っていたがための特性だった。リュウディースの女王は、生後から一定の年齢になるまで極めて早く成長するからだ。女王はリュウディースの種を護り、繁栄させる責務がある。女王候補の成長が早いのは、そのためだということだ。

 そんなリュカをこの度マイラムに連れてきたのは、追悼式典に参列させるためであり、それは彼女にとって大きな経験になるに違いないという想いがあったからだ。魔王の娘として、いずれリュウディースの女王になるものとして、様々な経験を積んでおくべきなのだ。もっとも、リュカはユベルのそんな想いなど露知らず、人間ばかりの共同墓地に疲れ果てた様子を見せていた。仕方のないことだ。人間嫌いが高じただけのユベルとは異なり、彼女には半分皇魔の血が流れている。人間を忌み嫌ったとしてもなんら不思議ではないし、むしろ当然といえる。

「レイン君がいるからだろう」

「はい」

 リュカが疲れた顔の中に微笑を紛れさせてきたので、ユベルは渋い顔になった。リュカがレインと仲良くしていることそのものは、決して悪いことではない。

 ユベルとリュスカは、リュカをリュウディースの次期女王に相応しいものとして教育させてきたものの、皇魔と人間がいがみ合い、嫌い合っているということや、人間がどういったものなのかなどといったことを教えてはこなかった。つまりリュカが人間を嫌っているのだとすれば本能的なものであり、皇魔の血や、人間たちの魔王とその娘を見る目への反発などによるところが大きい。故に、元々皇魔に対して悪い固定観念を持っていなかったレインに対して彼女が心を開いたとしてもなんら不思議なことではなかったが、それにしても、彼女はレインのことばかり考えているように想えるのは気のせいだろうか。

 寝ても覚めてもレインのことばかり、彼女は口にしている。

 それ自体微笑ましいことではあるし、リュカが他人にそこまで関心を示したことがこれまでなかったことを考えると、喜ばしい変化ではあるのだが、レインが男であるという一事がユベルの中でどうにも引っかかっていた。

「……レイン君なら、ここにも来ているはずだ」

「そうなんですの?」

 リュカが驚いたように跳ね起きると、彼女の頭の上に乗っていた金色の毛むくじゃらが跳ね飛ばされるようにして、床に転げ落ちた。リュウディースのナルナが慌てて手を伸ばし、毛むくじゃらの生き物を拾い上げる。ベクロボスのミュウだ。

 人間の集落に赴く際の魔王と魔王の娘の護衛といえば、ナルナとミュウと決まっている。ナルナは、人間の中に混じってもほとんど問題のない外見だったし、ミュウは小動物だ。どこにでも隠れることができる。魔法の使えるナルナはいうに及ばず、ミュウですらただの人間では太刀打ちできない力を持っているのだから、皇魔は素晴らしいというほかない。

 そんな皇魔の血を引くリュカも、いずれは人間の大人を軽々と凌駕する力を発揮するようになるのだろう。いまでさえ手に負えないときがあるのだ。

「守護殿が連れてきていないとは思えないからな」

「でしたら、すぐにでも会いに行かなくてはなりません」

 リュカが寝台から降りるなり、当然のようにいってくる。

「なぜそうなる」

「リュカはレインの御主人様ですもの」

「なんだそれは」

「ですから、レインはリュカの下僕なのです」

「はあ?」

 ユベルは、なにやら自慢げに胸を逸らして見せた我が子を見つめながら、驚きのあまり手にしていた書類を落としてしまった。


 子供のいうことだ。真に受ける必要はない。必要はないのだが、考え込まざるをえない。リュカは、子供だ。だが、聡い子供でもある。何事もよく考えている。よく考えた上で様々な騒動を引き起こすのだ。

 今回のレイン従属騒動もそれだ。

 リュカとレインにとってなにをどうすれば良いのか、考え抜いた末にそうしたのだろう。

 別段、悪いことではない。

 ただの遊びだ。子供の遊び。おままごとといっても過言ではない。しかし、リュカは本気だろうし、レインもそうではないとは限らない。子供というのは、そういう遊びにこそ命をかけているところがある。

 翌日、リュカを連れてエンジュール守護エレニア=ディフォンの元を訪れたユベルは、互いに子を持つ親としての悩みを話し合いながら、レインとリュカが仲良く走り回るのを見ていた。

 リュカにとってもレインにとっても、初めての同世代の友達だということが親同士の会話でわかった。リュカに同世代の友達がいないのは皇魔という種の性質上仕方のないことだったが、レインにも同世代の友達がいないのは不思議なことだった。しかし、エレニアに話を聞けば納得もいく話だ。

 エレニアがエンジュール守護という立場になったのは、“大破壊”以降のことであり、それ以前は罪人としてエンジュールで過ごしていたという。

 エンジュールの領伯――つまり支配者であったセツナ=カミヤの暗殺未遂事件の実行犯だったというのだ。その罪で極刑を免れ得たのはセツナのおかげであり、そのおかげでレインを生むことができたのだと彼女はいった。

 つまりレインは罪人の子だ。エンジュールの子供たちと触れ合う機会など得られるわけもなく、友達などできるわけもなかったということだ。

 そんな彼に初めてできた友達が人間ではなく、皇魔と人間の混血児だったというのは、なんとも皮肉な話か。

 罪人の子という先入観を植え付けらているかもしれない人間の子供たちよりも、レインについてなんの情報も持たないリュカが真っ先に友達になるというのは、なるほど納得の行くことだ。それは逆もまた然りで、皇魔に対して先入観を持たないレインだからこそ、リュカの心を開くことができたのはいうまでもない。

 そんなふたりが幸せそうに遊ぶ姿を見ていられるだけで、ユベルは、すべての不安を忘れることができた。

 リュスカにも見せてあげたい光景だった。ただでさえリュカの話に興味津々で、リュカが楽しそうに話すことにいちいち頷いてあげている姿を見せているのだ。リュカが本当にレインと仲良くはしゃぎ回っている様子を見れば、声を上げて喜ぶに違いない。

 しかし、それは到底叶わぬ願いでもある。

 リュスカは生粋の皇魔だ。完全無欠に皇魔なのだ。人間の住処に連れてくることはできないし、逆もまた、難しいことだ。

 人間と皇魔が分かりあうのは極めて困難なことだ。

 長いときをかけて生まれた溝を埋めるには、さらに膨大な時間が必要なのだ。それも、人間と皇魔、どちらかが努力するだけでは意味がない。両者が歩み寄るべく努力をし続けなければならず、どちらかが諦めた時点でふりだしに戻るだろう。

 だから、彼は人間と皇魔が真に分かり逢い、共存共栄できるときが来るとは考えてはいなかった。

 一部の人間を許容できる皇魔と、一部の皇魔を許容できる人間だけが分かり合えるに違いない。

 そして、それだけで十分だと彼は考えている。

 それでさえ夢物語だ。

 レインが成長すれば、皇魔に理解を示す人間となってくれるかもしれないが、彼ひとりで状況が変わるはずもない。

 どれだけ時間が経とうとも、相変わらず人間は皇魔を忌み嫌い、皇魔は人間を憎んでいることだろう。

 そういう歴史を積み重ねてきたのだ。何十年、何百年、何世代――長い年月をかけて積み上げてきたものを覆すのは、簡単なことではない。ましてや皇魔ひとり、人間ひとりの力で変わるはずもないのだ。

(人間と皇魔が共存する夢の国……か)

 ユベルは一度、そんな国を作り上げた。

 無論、魔王の恐怖政治によって強制的に作り上げた砂上の楼閣は、彼が王座を離れた瞬間に瓦解するほどに危ういものであり、夢というよりは幻に近い代物だった。

 彼はもちろん、人間と皇魔が手に手を取り、協力し合えるなどとは想ってもいなかった。クルセルクを支配したのは、ガンディアを滅ぼすために過ぎない。ガンディアを滅ぼし、復讐を果たすためだけに彼は皇魔を従え、その皇魔たちの住処としてクルセルクを手に入れただけのことだ。人間など、彼は端から必要とはしていなかった。

 人間と分かり合うなど、彼としても願い下げだった。

 だが、それでも、もし彼女がそれを望むのなら。

 最愛の娘であり、人間と皇魔の血を引く奇跡の存在というべき彼女が、リュカが、人間と生きていくことを望んだとしたら。

 そのときは、魔王は初めて、人間との共存共生を本格的に考えるかもしれない。

 いまはまだ幼く、ただ同世代の友達ができたことを喜んでいるだけの彼女が皇魔の国を離れ、人間とともに歩もうと考えるかどうかはわからない。しかし、感受性が豊かで好奇心が旺盛な彼女のことだ。レインとの触れ合いから人間社会、人間種族への興味を深めるかもしれない。

 そうなれば、いくら魔王といえど、押しとどめられるものではないだろう。

 皇魔に対しては絶対的な支配者として君臨するはずの魔王は、妻と娘には大層弱かった。

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