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第千八百三十九話 偽りの女神(六)


 レスベルとブリーク、そして武装召喚師たちの一斉攻撃は、マイラムの夜空に爆発光の乱舞を引き起こした。

 天地が震撼するほどの爆発の連鎖。鳴り止まない爆音が夜の静寂を粉々に打ち砕き、衝撃の余波が幾重にも街を襲い、振動が地を這った。その真っ只中を駆け抜けながら、シグルドは叫ぶ。

「てめえら、雑魚の処理は任せたぜ!」

 部下たちへのあまりにも適当で雑な命令は、無数の不満を生んだ。

「なんなんですか、その命令!」

「もっと真面目にやってくださいよ!」

「そうですよ、団長!」

「不真面目が俺の取り柄だろーが!」

 叫び返し、駆け抜ける。女神を襲う爆撃の嵐は、いまだ止む気配を見せない。だが、それが強烈な攻撃の嵐が女神になんら効果を及ぼしていないに違いないと、彼は確信をもって認識していた。確認するまでもない。いままでがそうだった。いまの攻撃陣に加え、リュウディースたちの魔法攻撃を叩き込んでも無傷だったのだ。

 女神が防御態勢に入っている間、こちらの攻撃は一切届かないと見ていい。

 ただし、その場合、女神は防御に徹さなければならないようであり、反撃に出る暇も与えず攻撃し続ければ、それだけで女神を押さえ込むことはできそうだった。

「俺は女神をやる! てめえらはてめえらで自分の責務を全うしろ!」

「責務を全う……?」

「団長らしくねーっ!」

 団員たちが軽口を飛ばしながらもシグルドの命令通りに動き出すのを見て取って、彼はほっとした。新生《蒼き風》は、この初陣で半数以上の団員を失っているが、それでも生き残ったものたちはこの激戦を生き抜くつもりでいる。そのことが彼にはどうしようもなく、嬉しい。

(死ぬための戦いなんざあ、もう懲り懲りだ)

 シグルドは、最終戦争のあの地獄の中で、ひとつの境地に達した。

 それは、死ぬための戦いの虚しさであり、生きるための戦いこそもっとも尊いものであるという考え方だ。

 そしてこの女神との戦いも、自分たちがこのログナー島で生きていくためには必要不可欠なものだった。だからこそ、死力を尽くす。すべての力を費やしてでも戦い抜き、生を勝ち取るのだ。

(なあ、ルクス)

 彼は、グレイブストーンの柄を強く握りしめながら、いまはなき弟のことを想った。ルクス=ヴェイン。彼の最期の戦いぶりはいまもなおシグルドの網膜に焼き付いている。終生、忘れ得ないものとなったに違いない。その戦いを再現することは、シグルドには難しい。

(けどな)

 頭上で鳴り響く爆音の中、女神の笑い声が聞こえた気がした。瞬間、シグルドは右に飛び、視界を閃光が切り裂くのを見逃さなかった。振り向く。マリエラが地上に降り立っている。頭上、爆撃は続いている。女神はこちらを一瞥した。微笑んでいる。女神の微笑は、彼女を女神と認めないシグルドの意気を一瞬、吸い上げるほどの魅力があった。

「なにを企もうと、わたくしには敵いませんよ?」

「どうだか」

「いくら強がっても、人間、絶対に勝てない相手には心を折るもの」

 マリエラの周囲の風景が歪んだかと想うと、女神の背後にいくつもの光の帯が出現した。それは、まるで女神の神々しさを表すためのものに見えなくもなかったが、実際にはそうではないのだろう。女神の攻撃手段。

 シグルドには、マリエラがどのような手を使って攻撃してくるのか、想像もつかなかった。

「さあ、いますぐわたくしに屈服なさい」

「屈服させて見やがれってんだ」

「うふふ。では、いきますよ」

 マリエラがふっと地面を蹴って、虚空に浮かんだ。と、同時に急加速した。低空を飛行し、迫ってきたのだ。これでは、皇魔や武装召喚師たちがマリエラに攻撃できない。シグルドを巻き込む可能性があるからだ。しかし、シグルドはむしろ好都合だと想った。マリエラがシグルドに注力しているということは、大魔法の時間稼ぎができるということだ。

 マリエラは、どういうわけかシグルドを屈服させたがっている。いまのところ、殺す気がないのだ。それはつまり、ぎりぎりのところで手加減してくれるということだ。もちろん、そこに甘えていいわけはない。どこで気が変わるのかわかったものではないのだ。ふと思い立ってシグルドを殺すつもりになったらそれで終わりだ。

 生殺与奪の権利は、マリエラにある。

 だが。

「来やがれ、ババア!」

 シグルドは、マリエラを全力で挑発しながら剣を構え直した。マリエラの美しい顔に罅が入ったような変化が起きる。怒りに満ちた形相。感情の高ぶりが猛烈な殺気となり、行動予測が可能となる。女神の背後に浮かぶ光の帯がきらめく。

「だまりなさい!」

「はっ、年のこと気にしすぎだよ、女神サン」

 シグルドは女神を侮辱し続けながら、急速に殺到してきた光の帯をグレイブストーンで叩き落とし、飛び退き、つぎつぎと飛来する光の帯を捌いていく。捌ききれずかわした帯は、地面に激突するとともにその破壊力を大いに発揮し、巨大な穴を作ってみせた。直撃を喰らえばひとたまりもない。グレイブストーンが頑丈だから叩きつけて軌道を変えることができるものの、普通の武器ならば剣ごとシグルドの腕が破壊されていたに違いない。

「うるさい!」

「若作りもほどほどにしとけよなっ!」

「あなたというひとは!」

 マリエラは怒号を発しながらもその光の帯による無闇矢鱈な攻撃を修正し、シグルドの回避行動に合わせた。グレイブストーンを翻し、からくも直撃を避けたものの、光の帯は数え切れないほどに増殖している。このままでは避けきれなくなるのも時間の問題だ。

(感情が昂ぶりやすいくせにすぐに冷静になりやがる。厄介な……!)

 シグルドは内心叫び出したい衝動に駆られながら、マリエラがぞくりとするほどに艶やかな笑みを浮かべるのを見た。即座に飛び退き、頭上から滝のように降り注いだ光の帯を回避する。地面に大穴が開く様を見届ける。

「うふふ……そんなあなたを調教することこそ、女神の醍醐味なのですが」

「だれが調教されるか!」

「なにをいったところで、あなたがわたくしに勝てる見込みはありはしないのです」

「うっせえ!」

 シグルドはそう叫んで返した直後、自分が置かれている状況を理解して、胸中で悲鳴を上げた。

(やべえっ!)

 光の帯が周囲一帯の地中から昇ってくるのを察知したのだ。つい先程滝のように降り注いだとき、そのまま地中に潜り込み、広範囲に拡散したのだろう。感知しうる限り、飛び退いてかわしきれる範囲でもなければ、グレイブストーンでどうにか処理できる数でもない。切り払うことができても数本。すべての光の帯がシグルドの体に直撃することはないにしても、いくつかは直撃を免れ得ない。威力は保証済みだ。全身に穴が開く未来を想像し、覚悟を決める。いや、覚悟などとうに決めていた。いまさらだ。それでも彼は叫ばずにはいられない。

「おおおおおおおおおおっ!」

 地面を踏み込む。瞬間、地中から顔を出した光の帯が足の甲を貫き、激痛を撒き散らしながらシグルドの頬を撫でた、熱が皮膚を灼く。刹那、無数の熱源が足元に生じた。足元だけではない。シグルドを中心とする周囲一帯の地中から、大地を破壊しながら昇ってくる。貫かれたのは片足だけではなかった。もう片方の足も、太ももも、脇腹も抉られ、腕や肩にも熱が走る。それでもシグルドは止まらない。喉が張り裂けるほどに叫びながら、女神へと肉薄する。

 女神は、笑っていた。

 満ち足りた笑顔で、こちらを見ていた。金色の目。まるで魅入られるようにして、シグルドは進む。無数の光の帯は、シグルドの肉体を傷だらけにしながら上昇を止めない。シグルドも、満身創痍になりながら、それでも止まらない。ただ進み、グレイブストーンを振りかぶる。女神が細い両腕を掲げた。まるでシグルドを迎え入れるような仕草。細くしなやかな十本の指が大きく開く。女神の光が腕を伝い、指先へと収斂していく。十指に集まった光が手の先で複雑な紋様を描き出した。虚空に浮かぶ紋章は、神秘的で幻想的だ。おそらくは女神による攻撃なのだろう。

 だからといって、シグルドの前進が止まることはない。

 吼えながら、踏み込み、グレイブストーンを振り下ろす。全身全霊の一閃は、光の紋章を擦り抜けただけでなく、女神にさえ、届かない。

(えっ……?)

 シグルドは、空を切る感覚に愕然とするほかなかった。彼はまず間違いなく、グレイブストーンの間合いにマリエラを捉えていたはずだった。だからこそ、彼は全力で剣を振り下ろし、叩きつけたのだ。無論、光の紋章ではなく、マリエラの胴体をぶった切るためにだ。だが、実際にはグレイブストーンは、マリエラどころか光の紋章に掠りさえしなかった。

「わたくしはここですよ?」

 マリエラは、数歩先の虚空に浮かび、両手の先に光の紋章を浮かべていた。

 紋章が、目がくらむほどの閃光を発した。



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