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第千八百三十八話 偽りの女神(五)

 マリエラの全身から拡散した光は、至近距離にいたシグルドたちを吹き飛ばしただけでなく、女神の周辺の建物を根こそぎ消し飛ばした。屋上にいた人間、皇魔を尽く吹き飛ばし、数多の悲鳴や叫び声が夜のマイラムに響き渡る。

 かくいうシグルドも激痛に苛まれながら、叫び声を上げていた。

 全身を灼かれたような凄まじい痛みと、地面に背中から叩きつけられたことによる痛みがシグルドの意識を襲っていた。マリエラの怒りの光の直撃を受けたことによる痛みは、さすがのシグルドも泣きたくなるほどのものであり、彼は歯噛みすることでなんとか耐え抜いていた。そして、手の中にグレイブストーンがあることを確認すると、剣を地面に突き立て、杖代わりにして起き上がる。

 周囲。

 マリエラの怒りの光は、マリエラの中心近くに巨大な破壊跡を刻みつけていた。半球形に大きく抉れた大地。いくつもの建物が巻き添えに消し飛ばされており、周辺住民に被害が出たのではないかと心配になった。が、心配するならいまさらにもほどがあると考え直す。女神との戦闘が始まったのと同時に船の残骸が街に降り注ぎ、シグルドの挑発による女神の暴走によってマイラムに被害が及んでいた。いまさらだ。

 女神教団がマイラム市民の避難誘導をしてくれているとは考え難く、マイラムのひとびとが自主的に避難してくれていると期待するしかない。

(なんだこりゃあ……)

 シグルドは、自分の身に起きている症状に顔をしかめた。

 全身に無数の熱を帯びた針が突き刺さったような感覚があり、わずかでも体を動かすたびに激痛が走った。呼吸するだけでも凄まじい痛みが生じるのだ。まるで生き地獄だった。これならばあっさりと殺されていたほうがずっと増しだっただろう。だからといって本当に死んでいたくなどはなかったし、生きていることに感謝さえしていた。

 周辺の建物を根こそぎ吹き飛ばすほどの攻撃。直撃を受けながら生きているのは、マリエラがシグルドたちを生かすための力加減をしたのだと察するよりほかはない。頑丈な鎧を纏っているとはいえ、ただの人体がそこらの建物より硬いわけもない。普通ならば建物もろとも消し飛ばされているだろう。女神には、それくらいの力があるということだ。

 シグルドの鎧も破壊されてはいなかった。つまり、女神は怒り狂ったわけではなく、建物は破壊しながらもシグルドたちには手加減するという冷静さを持っていたということでもある。なぜシグルドたちを生かしたのかは、マリエラの言動から想像するに、女神の圧倒的な力によって屈服させ、支配するためなのだろう。つい先程、そういっていたのだ。

「無事か、人間」

 ルニアがハ・セル・ギとともに頭上から降りてきた。ふたりの皇魔には傷ひとつ見当たらない・

「あんたらこそ」

「わたしもセルも、このとおりだ」

「リュウディースの魔法のおかげだな」

「ふ。そう褒めるな」

「褒めてはいないが」

「なんだと」

 ルニアは魔法で浮かせていたガ・セル・ギを地上に落下させたが、レスベルは平然と地面に着地してみせる。ルニアの舌打ちが聞こえた。やはり、この二名は仲がいいわけではないらしい。同じ魔王軍の皇魔として協力しているだけであり、種族的にはあまりいい関係ではないのかもしれない。

 シグルドはルニアが目の前に降り立つのを待ってから、口を開いた。全身の灼けるような痛みは、引く気配を見せない。

「魔法で癒せるなら、俺も頼む」

 頼むと、ルニアはきょとんとした。

「なぜだ?」

「なぜって、そりゃあ」

「冗談だ。さ、癒やしたぞ」

「え……は?」

 ルニアのあっさりとした反応に、今度はシグルドがきょとんとする番だった。ルニアが魔法を使った気配さえなかったのだ。しかし、いわれてみると確かに全身に刺さっていた熱を帯びた針が抜けたような爽やかさがあり、痛みが薄れていた。完全になくなったわけではないが、体を動かしても痛みを感じないということは、女神の攻撃による症状が消え去ったと見ていい。

 シグルドは、ルニアのあざやかな手際に驚くとともに感謝したくなった。

「さて、どうする」

「もう同じ手は通用すまいな」

「だろうな」

「早いな!」

 なにやら話を進めるふたりを無視するように、声を上げる。すると、ルニアが冷ややかな表情を向けてくる。紅い眼光が毒々しいが、よくみると美しいというよりは可愛らしい顔立ちをしていることがわかる。童顔、というべきなのだろう。リュウディースは、リュウフブスとともに皇魔の中でも特に人間に近い姿形をしている。肌の色と眼球、角の有無だけが人間との最大の違いだ。もっとも、たとえリュウディースが人間とまったく同じ姿形をしていたとしても、人間は彼女らをほかの皇魔と同様に受け入れなかっただろう。

 人類が皇魔と対立したのは、見た目の問題ではないのだ。もっと、根源的なものだ。

「なにがだ」

「癒やすの」

「……その話はいい。いまは女神を倒す方法を考えろ」

 そういって、ルニアは視線を前方に向けた。

 女神は、前方上空に浮かんでいる。眩い光を衣のように纏う様は、まさに天より降り立った女神というに相応しいものであり、冷静にこちらに投げかける視線も相まって、幻想的な光景といえるだろう。脇腹の傷は消えて失せ、法衣にも傷跡ひとつ残っていなかった。女神の力ならば、傷を癒やすくらいなんてことはないのだろう。つまり、一撃で致命傷を与えなければならないということでもある。

 マリエラがなにを考えているのか、シグルドには想像もつかない。先程の閃光攻撃でシグルドたちを吹き飛ばした直後、追撃の好機があったはずだが、彼女は攻撃の手を止めている。怒りに駆られて全力で攻撃してくるかと想いきや、すぐさま我に返るあたり、マリエラの恐ろしさが伺えるようだった。きっと、シグルドたちをどのようにして屈服させるのか、考え込んでいるのだろう。

 殺すのは簡単だが、屈服させるとなると話は別だ。

 そして女神がそう考えてくれていることがシグルドたちにとって付け入る隙となる。でなければ、先程の攻撃の直後、全滅していたとしてもなんら不思議ではない。

 女神を打倒するには、女神の隙を衝くしかないのだ。

 しかし。

「女神だけに気を取られている場合でもなさそうだが」

 シグルドは、巨大な破壊跡の周辺に集まりつつある女神教団軍の動きに気づき、視線を巡らせた。シグルドの部下を始めとする強襲部隊の生き残りは、破壊跡の内側にいる。だれもかれも閃光攻撃による痛みに苦悶の表情を浮かべており、リュウディースたちが魔法によって癒やして回っているところだった。じきに動き出せるようになるだろう。

「雑魚は貴様らの領分だったな」

「ああ」

 ガ・セル・ギの言葉にうなずく。それが当初の作戦だったはずであり、女神の相手は、皇魔と武装召喚師の役割だったはずだ。《蒼き風》とともに雑兵の注意を集め、主力による女神討伐を完遂させやすくするのがシグルドに与えられた任務であり、女神との交戦は、本来なかったことだ。

「だが、貴様には女神に当たってもらう」

「いいのかよ?」

「囮にはなる」

「はっ」

 シグルドは、ガ・セル・ギのいいように笑うしかなかった。先程と同じだ。同じことだ。だが、悪くはない。むしろ望むところだと彼は想った。女神を相手に囮になれるというだけ評価されているということでもあるのだ。人間をそこまで評価する皇魔など、そういるものではあるまい。皇魔は、人間を忌み嫌っている。

 皇魔を拒絶する人間と同じくらいに。

「不満か?」

「いんや。十分だぜ」

「よろしい。ただし、先程と同じ手は通用しない以上、貴様を囮に使うのもつぎが最後となるだろうな」

「いったいどうするんだ?」

「我々が大魔法を使うための時間を稼げ」

「大魔法……?」

 シグルドは、ルニアの言葉を反芻して、息を呑んだ。口ぶりからして、いままでの魔法攻撃とは威力もなにも段違いのもののようだった。女神を撃破しうるほどのものだという確信があるほどの魔法。その発動のために時間が必要というのもうなずける。

「おそらく、奴に通用する唯一の攻撃手段だ」

「どれほどの時間がいる?」

「そうだな……十分あればいい」

「十分……」

「長いな」

 ガ・セル・ギの言葉にシグルドは同意だったが、ほかに方法がない以上、文句もいえなかった。

「だが、賭けるしかねえ」

「ああ」

「方法は各自に任せる。我々は、大魔法の詠唱に入る。頼んだぞ、セル、人間」

「おうよ!」

「征くぞ!」

 ガ・セル・ギの雄叫びがレスベルたちを一斉に咆哮させた。

 紅き闘鬼の咆哮は、雷光の奔流となって上空の女神へと収束していく。

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