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第千八百三十三話 反攻作戦(七)



 リュスカは、魔王軍一千名を率いて、エンジュール西の森に部隊を展開していた。

 三者同盟軍の軍師たるログノール参謀エイン=ラナディースによれば、女神教団軍は、同盟軍のマルスール侵攻を知れば、必ずや手薄となったエンジュール方面を制圧するべく動き出すだろうとのことだった。女神教団の目的は、この島の統一だという。そんなことにどんな意味があるのか皆目見当もつかないリュスカには、まったく想像もつかないことではあったが、どうやら人間というのは領土争い、勢力争いが好きで堪らないらしく、人間たちにとってはだれもが想像できることのようだ。だからこそ女神教団の戦力の充実を恐れ、一日も早く女神教団の教祖マリエラ=フォーローンを斃さねばならないと考え、作戦行動を起こすこととなったようだ。

 リュスカが女王として君臨するリュウディースというのは、生来、闘争とは無縁の存在だ。自然の中に生き、草花を愛で詩歌を作り、平穏な日々を送ることこそがリュウディースの本分だった。それがいつからか闘争とも必ずしも無縁ではいられなくなり、いまや彼女たちの持つ強大な魔力が魔王軍にとって必要不可欠なものとなってしまった。リュスカとしては悲しいことだったし、“娘たち”にも申し訳ないことをさせていると想っている。

 そしてその想いは、彼女の最愛のひとであるユベルにも伝わっているのだ。彼は、魔王軍という軍勢を持ちながら、できるだけ闘争と関わりなく日々を送るべく努力していた。

 ユベルがメキドサールの主として、“お館様”として君臨するようになってから“大破壊”が起こるまでの間、外界と一切関わらなかったのも、彼がリュスカの願いを汲み取ってくれたからだろう。ユベルがその気になれば、膨大な数の皇魔を従え、人間を相手に大戦争を起こすことも容易だった。それこそ、人間の好む勢力争いにおいて圧倒的な結果を残すこともできただろう。だが、彼はあの戦いに敗れて以来、二度とそのような気を起こさなかった。

『ここで君と過ごす日々のほうが大事だと知ったまでだ』

 彼のそんな言葉がひたすらに嬉しくて、彼女は泣いて喜んだものだ。

 だが、そんな幸せな日々も終りを迎える。

“大破壊”が、なにもかも壊し尽くした。

 メキドサールの平穏な日常さえも、奪われた。

 こうなった以上、彼女も再び平穏で幸福な日々を取り戻すために立ち上がるしかない。リュウディースは静かな平穏を愛する。しかし、その平穏を脅かすものに対しては敢然と立ち向かい、徹底的に戦い抜くのだ。

 このたびの戦いも、コフバンサールに移った魔王軍にとって、看過できないものだった。

 そも、女神教団の存在を放っておくことはできない、とユベルは考えていた。リュスカにもそれは理解できる。女神教団がただログナー島の統一を夢見る組織であればなんの問題もなかった。そのような他愛の夢ならば勝手に叶えればいい。人間社会に関わりのない皇魔には無縁のことだ。だが、女神教団は、メキドサールを襲った。メキドサールで静かに暮らしていた皇魔に襲いかかり、数多くの同胞、“娘たち”の命を奪ったのだ。

 リュスカは、怒り狂った。

 本能の赴くまま女神教団軍を滅ぼさんとしたが、ユベルの言によって冷静さを取り戻した彼女は、彼とともに軍を纏め、メキドサールを放棄することとなった。何百年もの間、彼女らリュウディースの国であり第二の故郷であり続けた森を放棄するという決断は、身を切るように辛いものだった。だが、森に留まり、森とともに死ぬという選択もありえないことだ。

 つぎの森は、コフバンサール――精霊の森と呼ばれる場所だったが、ここも住み心地は悪くなかった。しかもエンジュールが近くにあるということで、娘が友達と逢えることを喜んだ。娘にとって初めての同年代の友達だった。レイン=ディフォンという男の子だ。彼との出逢いは、リュカに様々な変化をもたらしている。リュカは、間違いなく成長していた。それも、レインという人間の子供との出逢いが良い影響を与えているのだ。

 リュカとレインが安心して遊んで暮らせる日々のためにも、彼女は、エンジュール方面を護らなければならないと想ったし、女神教団を打倒しなければならないということも理解した。

 女神教団を放って置けば、娘の将来も奪われるかもしれないのだ。

 そのようなこと、彼女が許せるわけもなかった。

 リュスカ率いる魔王軍一千名は、ログノール、エンジュールの軍勢と協力し、女神教団の別働隊に当たることになっていた。しかし、彼女は、ユベルが不在の状況では人間たちとの共闘は困難であろうと考え、独自に軍勢を動かしていた。ログノールやエンジュールの人間たちはリュスカの動きを見て大いに驚いただろうし、そのことには申し訳なく想うのだが、仕方のないことだった。

 皇魔の多くは、人間のことを快く想ってはいないのだ。

 リュスカやリュカ、彼女たちに影響されたごく一部のリュウディースだけが、人間に対して悪からず想っているのであり、魔王軍の皇魔の大半は、人間のことを毛嫌いしていた。

 それも仕方のないことだ。

 数百年に渡る隔絶は、血潮となって皇魔たちの体内に流れている。

 リュスカとユベルが分かり合い、ふたりの間に子供が設けられたことは、もはやこの世の奇跡というほかない出来事であり、リュウディースの一部が人間に理解を示すようになったのも、そのためなのだ。もっとも、理解を示したとはいえ、彼女たちが心を許しているのはやはりユベルだけであり、ユベル以外の人間には警戒を隠せないようだが。

 そんなリュウディースを主体とする魔王軍別働隊一千名は、マイラムを発ち、エンジュール方面に向かっているという女神教団軍の進軍を食い止めるべく、防衛線を押し上げていた。

 エンジュール西方の森に本陣を構えた魔王軍は、既にこちらへと接近中の女神教団軍を捕捉している。騎馬兵を中心とする四千名あまりだという。それがすべて人間ならば話は早いのだが、どうやらそうではないらしい。

「白異化体も混じっているらしいから、気をつけてね。無理しては駄目よ」

 リュスカは“娘たち”に念話でそう伝えると、自身もまた、攻撃に参加するべく準備を始めた。

 エンジュール方面防衛線は、リュスカらによる魔法攻撃によって開幕し、白異化した人間たちの驚異的な生命力と攻撃力によって混沌と化していく。


 日が沈み、月が出た。

 夜の超上空は、寒いなどという次元ではなかったし、凍えそうなといっていられるものでもなかった。まさに凍りつく寸前のような気温の低さの中、澄み切った夜空の美しさと闇に浮かぶ星々、巨大な付きの輝きを見れば、それだけで雲の上に昇った甲斐があると思えた。

 飛行船隊が雲の上を飛ぶのは、女神教団軍の警戒網に引っかかっては意味がないからだ。無論、ある程度の高さであれば常人には確認のしようもないはずだが、女神教団軍には常人ばかりが所属しているわけではないことは明らかだ。武装召喚師がいたとしてもおかしくはないし、白異化体もいる。それに女神そのものの能力がどんなものなのかもわからない。信者に見せた奇跡とやらを考えれば、広大な領域を監視することができるかもしれない。

 そんなことを考慮した上での超上空飛行だった。

 結果、シグルドたちマイラム強襲部隊の移動は、快適だった。一切の邪魔が入らず、ただひたすら飛び続けるだけであり、寒さを耐え抜くことさえできればなんの問題もない。

「その寒さが問題なんですが」

「てめえごときが文句をいうんじゃねえ」

「ひでえ」

「酷くねえ」

「ええーっ」

「俺に意見したきゃ、マイラムで戦果を上げて見せるんだな」

 シグルドは、イディルをまっすぐに見つめながら、告げた。

「期待してるぞ」

 イディルが大きく目を見開くのを見て、すぐに進行方向に戻す。船がゆっくりと降下を始めていた。雲海へと沈み込むと、降下速度が上がりだした。ただし、急激な加速はしない。そんなことをすればシグルドたちが船から投げ出されかねない。

 雲海を抜けた。

 船首付近から身を乗り出すと、地上が見える。夜の暗闇に覆われた大地。その闇の中で無数の明かりが集中している場所こそ、目的地のマイラムであることは明らかだった。魔晶灯が街中に輝いているのだ。

 マイラムは、ログナー島最大の都市だ。まだ完全に復興していないとはいえ、エンジュール、バッハリアとはその規模が違う。かつてログナーの王都だった都市なのだから当然だろう。

 目につくのは、マイラムの光だけではなかった。

 マイラムの南方と東方で激しい戦闘が繰り広げられているのが、上空からならわかった。魔王軍によって苛烈な魔法攻撃が行われているのか、武装召喚師による攻撃なのかはわからない。いずれにせよ、派手な戦闘が起こっていることは疑いようのない事実だ。

 シグルドたちもすぐに戦闘に入る。

 三隻の船は、確実にマイラムに接近していた。

 マイラムの女神教団軍は、頭上からの接近など気づきもしていない。地上戦力の接近こそ警戒しているものの、まさか真上から降ってくるなどだれが想像できるものか。

「さすがはエイン殿だな」

 シグルドは、ガンディア時代の癖が抜け切らない自分を笑いもせずに認めた。仕方のないことだ。ガンディアでの日々ほど充実したものはなかった。

 そして彼は、眼下に光が瞬くのを見た。

 光の奔流が彼の網膜を白く塗り潰すまでに時間はかからなかった。

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