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第千八百三十二話 反攻作戦(六)

 三者同盟軍本隊が陣を構えたのは、かつて第一次マイラム防衛戦とも呼ばれる三種同盟軍の初陣において、マルスール・ヴァシュタリア軍が陣取った丘の上だった。

 主戦力たる魔王軍二千が中心に陣取り、ログノール、エンジュールの軍勢が両脇を固めている。それぞれ一千名ずつが綺麗に布陣している。両翼よりも本隊が突出した陣形は、曲翼と呼ばれるものらしく、本隊に敵の攻撃を集中させることを目的とした布陣だという。

 三者同盟軍においてもっとも強く、もっとも硬い魔王軍が本隊として敵の攻撃を受け持つのは、至極当然の話であり、魔王軍の中からは不満の声が上がることもなかった。むしろ、人間の手など借りることなく女神教団の軍勢を蹴散らしてみせると息巻くものたちが多く、特に百鬼将ガ・イルガ・ギの人間嫌いからくる興奮の有様などは凄まじいものであり、彼と彼の部下たちだけで女神教団の軍勢を撃退しかねないのではないかと想えるほどだった。

 無論、そんな簡単な相手ではないことは、明白だ。

「敵の数はおよそ六千。参謀殿の予測通りと見てよろしいのではないかと」

 丘より北の荒野を土煙を上げながら迫りきた女神教団軍は、同盟軍と対峙すると、すぐさま攻撃態勢に入っていた。同盟軍の動きに対し、わずかに動揺が見て取れたものの、それもしばらくして収まったところを見ると、あまり効果的ではなかったようだ。もっとも、元より転進による精神的動揺を期待してはいなかったが。

 六千。

 白を基調とする鎧兜を身につけた軍勢が、夕焼けを浴び、あざやかに輝いていた。いまから戦い始めるとなればすぐに夜が来ることになるのだが、女神教団軍は、まるで気にしていないかのような気配を見せている。つまり、すぐにでも戦いの火蓋を切って落とそうとしているということだ。

「さすがはかのガンディアの名軍師殿、というべきかな」

 丘の上の本陣にあって、魔王ユベルは、ひたすらに悠然と構えていた。戦場においては魔王らしく振る舞うのが彼の主義であり、趣味のようなものだった。そういう態度言動こそが魔王軍の皇魔たちにとって士気高揚に繋がるということを知っているからだ。なんの意味もなく魔王を演じているわけではない。

 本陣には、魔王ユベルのほかには護衛のリュウディースたちと伝令の役割を果たすベクロボスがいるくらいだ。手薄極まりないように見えなくもないが、魔法を使うリュウディースがひとりいるだけで鉄壁の防御力を誇るといっても過言ではなく、それが十人も彼のためにいるのだから、なんの不安もなかった。特にリュウディースの中でも優秀な魔法使いであるノノルがついてくれていることが、大きい。普段は執事長として館の一切を取り仕切るノノルだが、戦場においては指揮官としての手腕を発揮してみせた。

 本陣が手薄なのは、動員した戦力のほとんどすべてを女神教団軍にぶつけたかったからだ。

 女神教団軍は、ほとんどが人間で構成されている。ただの人間だ。それくらいならば、魔王軍が本領を発揮するまでもなく蹴散らせることだろうし、脅威には値しない。実際には、ただの人間だけではないからこそ恐ろしく、魔王軍を主力に据えなければならないのだが。

 白異化した人間や皇魔の姿が散見されるというのだ。

 さらなる異形化と巨大化を果たしたブリークやレスベルは、ただそれだけで強敵となった。白異化した人間でも凶悪極まりないというのに、人間よりも強力な存在である皇魔が白異化すると、手がつけられなくなった。だから魔王軍はメキドサールを放棄せざるを得なくなったのだ。

 白異化したものは、もはや魔王の支配さえ受け付けない。

 もし仮に魔王の支配が有効であったならば、皇魔の白異化は、むしろ好都合となっただろう。もちろん、そんなことを配下の皇魔に望むユベルではないが、利用できたのならば、したはずだ。

 白異化した皇魔の力は圧倒的だ。もし利用できたのであれば、女神教団軍などあっという間に撃退できたはずだ。しかし、実際にはそうはならなかった。白異化したものは、魔王の支配を断ち切り、むしろ女神に支配された。女神の意のままに行動し、魔王軍と敵対し、同胞に手をかけた。ブリークやレスベルは、そんな同胞と戦いたがらなかった。当然だ。皇魔は、同族意識が強い。皇魔という大きな括りでの仲間意識こそ無に等しいものの、レスベルやブリーク、リュウディースという種族ごとの同族意識というのは、人間以上に強力だった。

 いかな理由があれ、同族を討つのは、皇魔にとって困難を極めることに違いなかった。

 ユベルもそれがわかっているから、白異化した皇魔の相手は、別種族の皇魔にさせることにしていた。

「お館様、敵が動きました」

 ノノルの進言により、ユベルは、意識を目の前の現実に戻すと、赤く燃えるように輝く荒野の中を砂煙とともに迫りくる六千の敵兵を見た。歩兵の速度に合わせているが、騎馬兵もいる。凄まじい進軍速度。まるで疲れを知らないかのような強行軍だった。

「では、我々も動くとしよう。事前の申し合わせ通り、できるだけ引きつけ、魔法による飽和攻撃を行う」

「はっ」

 ノノルは、ユベルの指示にうなずくと、前に向き直った。そして彼女は、だれとはなしに言い放つ。

「全リュウディースに通達。わたしの号令に従い、敵軍への攻撃を開始せよ」

 魔法による遠距離念話がノノルの言葉を彼女の支配下にある全リュウディースに伝えたに違いない。リュウディースたちは、魔法によって念話することができ、それによってある程度離れた距離であれば、通信を行うことができた。ユベルがノノルやリュウディースたちを側に置いているのは、彼の身の安全を親愛したリュスカの厳命ということもあるが、ひとつにはリュウディースを通じて全軍に指示を送ることができるということもあった。

 敵軍の騎馬部隊が両翼に展開し、三方向から突出した魔王軍陣地を攻撃する素振りを見せた。それら三部隊の先頭には白異化し怪物と化した人間や皇魔の姿がある。最高戦力を真っ先にぶつけてくるつもりなのだ。それがもっとも自軍の損害を抑えながら相手の被害を増加させる術なのだから、間違いではない。

 ユベルは、魔王軍本陣にあって、微動だにしなかった。恐れは、ない。彼は彼の配下の皇魔たちを信用しきっていたし、自分がこのような場所で死ぬなど考えてもいなかった。たとえ皇魔の布陣が突破されたとして、ノノルたちリュスカの“娘たち”が彼を護ってくれるだろう。そのために“娘たち”を失うような真似だけはしたくないが、それはそれだ。

 三方から魔王軍陣地に迫りくる女神教団軍に対し、魔王軍は三方への同時魔法攻撃でもって対応した。ノノルは、千名のリュウディースを魔王軍陣地の後方を除くあらゆる方向に配置させており、敵軍のいかなる攻撃にも対応できるようにしていた。そして敵軍は、彼女の思惑を超えることはできなかった。千名のリュウディースの魔法による一斉攻撃は、まさに天地が震撼するかのような光景となってユベルの視界を混沌の色彩で染め上げ、物凄まじい轟音の乱舞が彼の耳朶を刺激した。

 火球が乱れ飛び、雷撃が雨のように降り注いだかと思えば、吹雪が嵐の如く巻き起こった。爆炎が舞い踊り、大地が幾重にも隆起し、闇の渦が敵軍騎馬兵を飲み込む。魔法による飽和攻撃は、リュウディースたちの得意とするところであり、これに耐えきれる人間の軍勢など存在しないといってもよかった。唯一、リュウディース、リュウフブスの苛烈な攻撃を打ち破ったのは、ガンディア率いる反クルセルク連合軍だったが、それも多数の武装召喚師を犠牲にした結果だ。武装召喚師のひとりもいないらしい女神教団軍には、耐え抜ける代物などではなかった。

 過剰とも言えるほど圧倒的な火力が魔王軍陣地に肉薄した女神教団の軍勢を飲み込み、蹂躙し、消し飛ばしていく。圧倒的というほかない。阿鼻叫喚とはまさにこのことで、女神教団軍将兵の悲鳴や断末魔ばかりが爆音の中に聞こえて消えた。だが、そんな中、魔法攻撃を耐え抜いて魔王軍陣地に辿り着くものもいた。

 それこそ白異化した人間と皇魔たちであり、それらには、白兵の皇魔たちが対応した。ブリークのような小型皇魔からレスベルら人型皇魔、ギャブレイトのような大型皇魔が力をあわせて、異形化した人間や皇魔の本陣への接近を食い止める。そこへリュウディースらが魔法攻撃によって支援し、戦いは激化の一途を辿る。白異化した化物の攻撃は苛烈極まりないものであり、強靭な肉体を誇るレスベルやギャブレイトが為す術もなく斃されていく様は凄惨としかいいようがなかった。

 一方、リュウディースらによる飽和攻撃は、女神教団軍六千の二割以上を消し飛ばし、敵軍に行動を改めさせることとなったようだ。敵軍は、魔王軍陣地への強引な接近を諦めると、魔王軍陣地を包囲するように部隊を展開、弓射による包囲攻撃で少しでも戦力を削ごうという風に作戦を切り替えたようだ。

 そこへ後方両翼に待機していた三者同盟軍の部隊が殺到した。

 すると、ちょうど魔王軍陣地を包囲する教団軍の後方を衝く形となり、教団軍の陣形は崩れ、混戦状態となる。教団軍の主力である白異化体は魔王軍陣地で暴れ回っている。つまり、現在魔王軍陣地を包囲していた教団軍の戦力というのは人間ばかりであり、それならばログノール、エンジュールの戦力でも戦えないことはなかった。

 ただし、飽和攻撃で二割削ったとはいえ、兵力の総数では未だ女神教団軍の方が上であり、陣形を乱し、混乱させているいまならばまだしも、その混乱が収まれば同盟軍もただでは済むまい。手痛い反撃を受けることになる。ユベルはノノルに命じ、リュウディースの一部を同盟軍の支援に派遣させた。白異化体の進撃は、いまのところ止まってはいる。魔王軍の総攻撃によって動けなくなっているのだ。このまま魔王軍陣地に釘付けにし、その間に女神教団軍に壊滅的損害を叩き込めば、勝ったも同然となる。

(このままうまく行けば、だがな)

 ユベルは、本陣に肉薄する白異化体を遠目に見下ろしながら、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

 夜が迫っている。

 この夜こそ、女神教団と三者同盟軍の勝敗の分かれ目となるはずだった。


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