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第千八百三十一話 反攻作戦(五)

 シグルドたちマイラム空中強襲部隊は、全部で三隻の川船に分乗している。

 それぞれ、ネグルベフとベスレアという優れた飛行能力を有した皇魔が牽引することで地上より遥か上空を移動することに成功していた。

 空中強襲部隊を構成するのは、ログノール、エンジュール、コフバンサールの三国同盟がそれぞれに提供した戦力だ。

 もっとも人数が多いのは《蒼き風》の五百余名であり、川船の大きさや重量制限もあって、全員が一隻の船に乗ることはできなかった。一隻二百名ほどが乗り込んでいる。つまり、それほどまでに大きな船をこの作戦のために用意したということだ。

 シグルドが乗るのは二番船と命名された船であり、その船にはシグルド率いる《蒼き風》の二百名が乗り込んでいる。全員人間ということもあって多少の安心感こそあったものの、逆に飛行を司る皇魔たちを制御する術も持たないことが不安になったりもした。

 一番船には、ガ・セル・ギ率いる皇魔五十名と《蒼き風》の百五十名が乗船し、三番船にはログノールの武装召喚師五名とエンジュール黒勇隊三十名、《蒼き風》の百五十名が乗り込んでいた。つまり、この空中強襲部隊の主戦力は、《蒼き風》の五百名という考え方もできるというわけだが、実際は違う。ログノールの武装召喚師五名こそが主戦力であり、つぎに皇魔たちに期待がかかった。黒勇隊、《蒼き風》は、数合わせのようなものといってもいい。

 いわば賑やかしだ。

 マイラムに残っているであろう女神教団軍の雑兵を相手にするのが、シグルドたち一般人の役割であり、女神を討つのは主戦力たる武装召喚師たちの役回りだった。召喚武装の圧倒的攻撃力は、皇魔生来の力を遥かに凌ぐものなのだから必然的にそうならざるをえない。皇魔たちは不満そうではあったものの、女神に立ち向かわなければならない武装召喚師たちの心境は、皇魔たちほど気楽なものではないだろう。

 女神を名乗るマリエラ=フォーローンがどのような力を持っているのかは、未だ不明だ。ただ女神と名乗っているだけではないのは、事前情報からでも判明している。女神教団の教徒たちに対し、様々な奇跡を起こすことで女神がただの自称ではないことを認めさせているというのだ。奇跡とは、魔法めいた現象の数々のことであるらしく、それらが戦闘に使えないとは想い難かった。

 それに、恐るべき敵はなにも女神だけではない。

 白異化と呼ばれる現象がある。

 人間のみならず皇魔や動物が発症する未知の症状であるそれは、一度発症すると回復する見込みもないまま進行し、人体や皇魔の体を蝕み、変容させていくという。肉体の一部が白く変色し、形さえ変化を始めていくと、発症者の人格にまで影響を及ぼし、最終的には周囲に災害をもたらす怪物へと変わり果てるというものであり、そういった症状がエンジュール住民に被害をもたらしたという話をシグルドたちは聞いていた。

 完全に白異化したものには人間の声は届かず、理性もなく破壊と殺戮を続けるだけであり、殺すしかないということだった。しかも、ただ心臓を潰すだけでは、首を刎ねるだけでは活動を止めないらしい。なんでも白異化した部位の何処かにもうひとつの心臓のようなものがあり、それを破壊しなければ無限に再生し、活動を続けるのだという。

 そんな常識はずれの怪物も、シグルドたちには見覚えがないではなかった。

 最終戦争で会敵したヴァシュタリア軍の巡礼教師ラディアン=オールドスマイルは、戦いの最中、人外異形の化物へと成り果てた。それこそ神の祝福であるかのようなことをのたまっていたラディアンだったが、いまにしておもえば、それは白異化の一種だったのではないか。

 白異化した人間とラディアンら神の使徒と名乗ったものたちには、共通点が少なくなかった。

 もし同じものだとすれば、シグルドたちがこれから降り立つ予定のマイラムは地獄の戦場と化すだろう。

 いくら手薄になったとはいえ、二千から三千程度の防衛戦力は置いているはずであり、そのうちほんの一部でも白異化したものがいれば、それだけで泥沼の戦場になること請け合いだ。

 神の使徒となったラディアンは、グレイブストーンの力を最大限に発揮したルクスによってようやく仕留めることができたのだ。

 仮に白異化と神の使徒が同じものだとすれば、シグルドには勝ち目がない。

 彼は、真冬の空をひたすら突き進む船の上で、船首に足を乗せ、風を感じていた。腕を組み、空の彼方を見ている。船は、雲海の上を突っ切っていた。凍えるような寒さだったが、それでも皇魔リュウディースたちの魔法で緩和されているというのだから、本当の気温がどれほどのものなのか、想像もつかない。

 純白の海が、眼前――いや、全周囲に広がっている。陽光を反射する白雲の群れ。その上を三隻の船が隊伍を組むようにして疾駆する。地上の様子は見えない。そろそろ、本隊と女神教団軍の戦闘が始まっているかもしれないし、防衛のため突出した別働隊と女神教団軍別働隊が対峙したかもしれない。

 すべて、憶測の域を出ない。

 しかし、シグルドは自身の予感を微塵も疑わなかった。

 長い間、戦場暮らしをしてきたのだ。数多の戦場を渡り歩いてきた。それこそ、血反吐を吐くような想いをしたこともあれば、死体に隠れてやり過ごしたことだってある。数々の死線を潜り抜けてきて、培ってきた経験が彼に戦いの機を読む感覚を与えた。

 シグルドたちを乗せた船がマイラムに辿り着くころには、それぞれの戦場で激しい戦闘が繰り広げられているだろう。

 マイラムの女神は、まさか上空から女神打倒の戦力が降ってくるなど想定してもいまい。女神は、元巡礼教師だ。巡礼教師といえば、ラディアン=オールドスマイルもそうだったが、屈強な戦士であるという一面も持つ。移動する小教会の異名を持つのが巡礼教師なのだ。教会の権威を貶めぬためにも、巡礼教師には相応の実力が求められた。しかし、それは肉体的なものであって、経験の話ではない。

 大陸が三大勢力と小国家群という常態になってからというもの、小国家群内はともかくとして、三大勢力は戦とはほぼ無縁の世界で歴史を紡いできたはずだ。小さな争いや諍いはあっただろうし、そういった噂話を聞くことも少なくはなかった。しかし、一巡礼教師が、シグルドたちのような戦場を渡り歩いて食い繋ぐ傭兵たちと同じだけの経験を詰めるほどの戦場があろうはずもなかった。

 最終戦争は確かに大きな経験となったかもしれない。だが、最終戦争など、三大勢力側からすれば数に物を言わせた物量戦に過ぎず、戦術も戦略もなにもあったものではなかったのだ。そのような戦いしか経験したことのないものが、シグルドたちの考えを読み切ることなど不可能に近い。

 彼は、首から下げたお守りを握りしめていることに気づき、憮然とした。エンジュールの守護エレニア=ディフォンから手渡されたお守り袋。中には、青い金属片のようなものが入っているだけだった。それがなにを意味するのか、シグルドにはわからない。しかし、エンジュールの守護神として住民から尊崇を集める彼女の為すことに意味がないとは思えなかった。それに、手に握っているとどうにも心が落ち着く気がするのだ。まるで大きな力に護られているような、そんな感覚がある。

(ま、こっちには守護女神様がいるってこったな)

 エレニア=ディフォンは、エンジュールの守護神として敬われている。最終戦争の際、エンジュールを暴風の壁で包み込み、ヴァシュタリアの軍勢から守り抜いたからだ。巨大な暴風の障壁をどうやって生み出したのかは、エンジュールのだれも知らないとのことだが、それがエレニアのしたことであることは知っているのだ。なぜならば、エレニアがそう告知したからだそうだ。

 エンジュール内での彼女の評価が激変するのも無理のないことであり、以来、彼女を神の如く崇めるものが出てきたのも必然だったのかもしれない。

 そんな女神から手渡されたお守りだ。心強く感じるのは、当然なのだろう。

 そうこうするうちに、日が落ち始めた。太陽は、西――つまり進行方向に向かって沈んでいっている。白く輝いていた雲が赤々と燃え盛り、空までも深紅に染め上げられていく様は絵に描いたように美しい。

 エンジュールを発って、早半日以上が経過しようとしているということだ。

「そろそろ……だったな?」

「ええ。魔王軍の方々によれば、夜には着くとのこと」

「早いもんだ」

「そりゃあ空飛んでますし」

 イディル=モウグが口に食べ物を突っ込んだまま、いってくる。唾が飛び、周囲の同僚が嫌そうな顔をした。

 夜に到着するということは、夜戦となる。しかも、夜襲だ。いまのうちに腹拵えをしておくというのは、判断として間違いではない。シグルドも彼に倣うべく、船首を離れた。

 開戦のときは、近い。


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