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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第千八百二十五話 再び、風を(三)


「ルクスさんが死んだ……? そんな――」

「さすがの参謀殿も御存知なかったようだな」

 だからといって、嘲笑うことはない。

 ルクス=ヴェインが最終戦争で戦死したことは、《蒼き風》団員のうち、あのとき生き残ったものだけが知っていることだ。そして、あのとき、ルクスの最期の戦いを見ただれもが、そのことを口にしようとはしなかった。だれもがルクスの戦死を認めたがらなかったからだったし、シグルド自身、“大破壊”後しばらくの間は、ルクスの生存こそ信じていた。

 しかし、“大破壊”から半年後、エンジュールを訪れた人間がもたらしたものによってルクスの戦死が確定する。

 だからといってそのことをだれにも伝えなかったのは、言葉にしたくなかったからだ。《蒼き風》の団員のだれひとりとして、彼の死を認めたがらなかった。言葉にすれば、認めることになる。現実になる。黙ってさえ入れば、だれも知らない風を装っていれば、またいつか、どこかでひょっこりと顔を見せるのではないか――そんな馬鹿げた妄想に意識を委ねてしまうほど、シグルドは、彼のことを愛していたし、彼の死を悔やんでいた。

 どうして自分ではなく、彼なのか。

 死ぬのであれば、若く、未来のある彼ではなく、自分だろう。

《蒼き風》を最終戦争に巻き込んだのは、シグルドなのだ。そのつけを払うべきだった。

「ま、そりゃそうか。だれにもいわなかったものな、俺ら」

「なぜ、黙っておられたのですか」

「いわれなきゃ、わかんねえか?」

 シグルドは、部下たちの視線が自分に集まっているのを自覚しながら、エインだけを見据えていた。

 エインは、怖じることなくシグルドを見ている。その瞳に動揺が走ったのは、ルクスが死んだという話を聞いた瞬間だけであり、それも即座に消えた。エインの思考や感情は、常人では計り知れないものがあるのだ。どんな驚くべき状況でも冷静さこそが優先されるのだろう。

「ま……んなこたあどうでもいいこった。知れたんだ。良かったじゃねえか。そして、これであんたらが《蒼き風》を頼る必要はなくなったってわけだ。ルクスのいない《蒼き風》なんざ、価値はねえだろ?」

「そんなことはありませんよ」

「はっ」

 シグルドは、エインの口の軽さに笑いたくなった。

「冗談も休み休みにいえっての。エインさんよ、あんたが女神教団とどういうふうに戦おうと考えていたのかは知らねえが、ルクスがあんたの戦術の要だったのは間違いないんだろ? そのルクスがいないんじゃ、どうしようもねえんじゃねえのか?」

「まあ、シグルドさんの仰ることはだいたい合っていますが、間違っていることもあります」

「なんだよ、間違っていることってのは」

「なにもルクスさんおひとりだけを欲したわけではないということですよ」

「ああ?」

「シグルドさんを筆頭に《蒼き風》の皆さん全員、三者同盟の戦力になっていただきたいということです」

 エインがしれっとした顔で提示してきたことに、彼は真顔になった。

 シグルドたちは、最終戦争以来、実戦から遠ざかっていた。エンジュール到着後、しばらくは戦いで心身に負った傷を癒やすための療養生活に費やしたが、それら傷も癒えたのちも、戦いに出ようとはしなかった。この貸し切りの温泉宿に籠もり、鍛錬だけを繰り返していた。

 戦うことから逃げ続けていた。

 それほどまでにシグルドの中で、最終戦争の残した爪痕は大きく、深かった。

「断る……といったら?」

「エンジュールから出ていってもらうしかありませんねえ」

「は……ログノールの参謀殿にそのような権限があるとでも?」

「エンジュールの守護殿は、三者同盟の維持に奔走されておりましてね、我々が一言伝えれば、即座に対応してくださるでしょう」

 エレニア=ディフォンの生真面目な顔が浮かぶ。かつてのエンジュール領伯セツナ=カミヤを暗殺しようとした人物とは思えない真面目さで、彼女はこのエンジュールの守護という大任を務めていた。いまでは、エンジュール住民のだれもが彼女のことを信頼し、敬服していた。彼女がセツナ暗殺未遂事件を引き起こした事実さえ忘れられているのではないかというほどだが、セツナが気にしていないのだから、いまとなってはどうでもいいことなのかもしれない。それに彼女は禊を済ませ、エンジュールのために粉骨砕身働いているのだ。その働きぶりを評価こそすれ、否定するのはおかしなことだ。

 そんな彼女だ。エインの言うとおりの事態になりかねない。

「あなたがたがエンジュールに属しているというのであれば話は別ですが。ま、その場合は、わざわざ我々が出向く必要もなかったわけですがね」

「……なんでまた、俺らが必要なんだ? ルクスのいない《蒼き風》なんざ、ただの数合わせにしかならねえだろ」

「数合わせにもなりませんが」

 エインの冷ややかな一言に、シグルドはむしろにやりとした。エイン=ラジャールは、そうでなくてはならない。酷薄なまでに冷静で沈着。常に頭を回転させ、先々のことまで考えている。ひとの心こそわからないものの、その冷徹極まりない判断力に間違いはない。それがシグルドのエイン=ラジャール評であり、それは彼が結婚したあとも変わっていないようで、安心感を覚えた。

「戦力は、少しでも多い方がいい」

「その少しの戦力で女神教団を打倒できると?」

「賭けになります」

 彼は、甘いことはいわなかった。

「望んでいた戦力が手に入らなかった以上、そうならざるを得ない。しかしいまここで賭けに打って出なければ、女神教団によって撃滅され、支配される未来しかない。たとえば女神教団による支配が安定的なものであり、平穏を約束してくれるものであるというのであれば、支配を受け入れるのも悪くはないでしょうが……そうではありませんから。戦うしかない。戦い以上、勝たなければね」

「勝てる見込みがあるんだな?」

「賭けですよ。いったでしょう?」

「……そうかい」

 シグルドは、楽観的なことをいわないエインを見て、またしてもにやりとした。

「賭けか。ま、傭兵家業再開の戦場には、悪くねえな」

「シグルドさん」

「いっとくが、俺らは傭兵だ。こればかりは譲らねえ。傭兵として、雇ってくれるってんなら、あんたらの戦力となってやってもいい。無論、タダ働きは死んでも御免だ。金払いが悪い奴らに付き従うくらいなら死んだほうがましだからな」

「その点はご心配なく。俺は参謀ですし、妻は将軍ですからね。金払いに関しては、我々が保証しますよ」

「おい」

 アスタルはエインの勝手な話の進め方に異論をはさもうとしたようだが、彼に見つめられて、肩をすくめた。諦めたらしい。エインはそんなアスタルの反応ににこにこすると、その笑顔のまま、シグルドに向き直った。

「ということで、シグルドさん。ログノール政府はあなたがた《蒼き風》を歓迎いたします。準備が済み次第、バッハリアに来てください。全力で歓迎しますよ」

「ああ、楽しみにしてるぜ」

 シグルドは、本心からそういった。バッハリアは、エンジュールと同じく温泉地だ。緑豊かなエンジュールとは異なる景観で知られるバッハリアは、特に酒が美味しいということで有名だった。酒は、命の水という。シグルドは、ここのところ酒を呑むことだけが生きがいになっていた。とはいえ、酔い潰れるほど呑むことはない。たしなむ程度に口に含み、それだけで酔った。

 そして、エインとアスタルがこの場を去るのを立ち上がって見送ると、入れ替わるようにして帰ってきたジン=クレールと視線を交わした。

「いまのは、ログノールの参謀殿と将軍閣下ですね」

「ああ。いまさっき、決めたよ」

 シグルドは、たったそれだけをいって、ジンに伝えた。ジンは、そんな言葉だけですべてを察したようにうなずき、表情を明るくした。

 副長の彼には、この二年、苦労ばかりをかけていた。

 その苦労に報いるときがきたのだ。

「そのときは、こいつも、連れていくんだ」

 シグルドは、腰に吊り下げていた剣を見下ろした。専用に拵えた鞘は、蒼一色に銀糸の飾りが施されたもので、それだけでもかなりの価値があった。が、鞘に収まっている剣は、さらに価値のあるものだった。もっとも、手に入れたのはその価値も知らない流浪の商人からであり、命からがらエンジュールまで逃げ延びてきた商人からは嘘のような値段で購入している。

 柄を握りしめ、抜く。

 かつて、ある人物の身の丈ほどもある長剣だったそれは、いまやその半ばで折れてしまっている。

 碧く美しい刀身は、刀身そのものが透き通っており、陽光を反射して輝くさまは、さながら湖面のようですらあった。

 魔剣グレイブストーン。

 ルクス=ヴェインの相棒であり、彼とともに数多の死線を潜り抜けてきたそれは、シグルドたちに彼の死を伝えるべく、エンジュールを訪れたとしか考えられなかった。

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