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第千八百二十一話 ふたりのひみつ(一)


 リュカは、エンジュールの町並みを一目見たときから気に入っていた。

 馬車の窓から眺めていたいときから想っていたことだが、まるで森の中に街があるような景観だったからだ。石造りのマイラムとはまるで違うのだ。道路から建物までなにもかもが石で出来たマイラムは、リュカにとっては息の詰まる世界だった。メキドサールとはまったく異なる世界で、新鮮な驚きこそあったものの、長居したいとは想わせられない、そんな街だった。

 しかし、エンジュールは違う。

 見るからに自然に溢れた町並みには、木造の建物ばかりであり、立ち並ぶ木々や自然に溶け込むような建物群には、心を奪われそうになる。マイラムのような石畳で覆われた道路はほとんどなく、土の地面が彼女の小さな足の下にあった。無数の足跡が刻まれた土の地面。そこに自分の靴跡を残すように踏みつけてから、彼女はきょろきょろと周囲を見回した。

 そこは、彼女の父や大人たちが会議をしているという温泉宿から少し離れた場所だった。宿前の大きな通りを少し外れた路地裏。人気がないが、むしろその人気の無さが彼女には安心感を与えた。どうも人間の多い場所というのは窮屈だ。彼女は、人間ではないのだ。人間は、人間以外に対してどうやら狭量であるらしく、異様なほどの悪意に満ちた視線を投げかけてくることが多い。彼女はそんな目を向けられても気にもしないが、気にしないからといってなにも感じないわけではない。暗い視線を浴び続けると、気持ちまで暗くなってしまうのが嫌だった。息をするのも苦しくなる。

 だからリュカは、レインと一緒にいるのが好きだった。レインの目は、明るい。リュカに対して、なんら暗い感情がなく、むしろ、リュカへの好意に満ちていた。自然、リュカもレインに好意を寄せる。レインと一緒ならばなんの問題もない。そう想えたし、実際、そう考えているから、彼女はなんの気なしに彼の後について回った。

 彼女が宿を抜け出したのは、控室でレインと駆け回るのにも飽きたころ、彼が秘密の場所に案内してくれる、といい出したからだ。

『秘密の場所?』

『ぼくだけのひみつのばしょ、だよ』

 レインのそんな言い方が、リュカにはたまらなかった。

(ぼくだけの)

 そこにリュカを連れていってくれる、というのだ。

 つまり、そこはふたりだけの秘密の場所ということになる。

 それが彼女の琴線に触れたのは、当然のことだったのかもしれない。

 リュカは、心配症のナルナとミュウには父に黙っておくように命令し、レインとともに宿を抜け出した。レインのいう通りに進めば、監視の目を盗むことが容易だった。どうやらレインはたびたび監視の目を盗んでは外に抜け出し、その秘密の場所とやらにいっているらしい。

 レインは、エンジュールの守護エレニア=ディフォンの一人息子だ。立場上、護衛をつけられており、常に護衛の監視下に置かれているのだ。それでは息が詰まるから、と、度々抜け出しているのかもしれない。リュカには、レインのそんな気持ちが自分のことのようにわかる。リュカも度々ナルナの目を盗んでは森に繰り出したものだ。

「こっちこっち!」

「ちょっと、お待ちになって」

 リュカは、急ぐレインの後を追いかけるので精一杯だった。年齢はレインのほうが上だが、体格はリュカのほうが立派だったりする。体力もリュカのほうが何倍もあり、追いかけっこでは最終的にリュカが勝利してしまうのが毎回だ。しかし、見知らぬ土地で走り回るとなると話は別だ。どこをどう行けばいいのかわかりきっているレインとは違い、なにもかもが目新しいリュカには、迷宮のように思えてならない。しかもここは皇魔の集落ではなく、人間の都市なのだ。魔王の娘たる彼女が迷走しかけたとしても、仕方のないことだった。

 しかし、迷うたびにレインが探しに来て、彼女の手を引っ張ってくれた。何度かそうするうちに、手を繋いだまま走るようになり、それが彼女にはなんともいえないくらい楽しい時間となった。

 レインは、ただひたすらに目的地を目指している。

 どれくらいの時間、走ったり歩いたりしたのだろう。

 気がつくと、温泉宿のある中心地から随分離れ、人家もまばらな郊外に辿り着いていた。こうなると、人家よりも草木のほうが多く、常緑樹がさながら森を形成するかのように並び立っている。その森の中をレインと手を繋ぎながら、歩いて行く。

「どこまで行きますの?」

「もうすこしだよ」

 レインは、にこにこしながら、いう。そんな笑顔を見せられると、リュカもつい笑顔を零してしまう。つられるのだ。いつだってそうだった。彼が笑うと彼女も笑う。逆も同じだ。彼女が笑うと、彼も笑った。だから、いつも楽しいのかもしれない。

 だから、いつまでも楽しいのかもしれない。

 冬の森の中。冷気が漂い、厚着のリュカもさすがに寒くなってきたが、それはレインも同じらしい。リュカの手を強く握ってきた。彼女も握り返す。互いに小さな手。しかし、しっかりと握り合っていて、簡単には離れない。

 森の中にはひとひとりが通れるくらいの道があり、レインはその道を進んでいた。もはや人家など見当たらず、冬の木々だけが周囲に乱立しているという有様だった。そんな中を彼は平然と進んでいく。歩き慣れた道なのだろう。彼の堂々とした態度は、リュカを安心させるにたるものだった。もっとも、彼女には恐れるものなどなにもない。たとえ野生の動物が襲ってこようが、彼女には敵わないのだ。

 皇魔リュウディースの血を引くリュカは、魔法を使うことができる。それも呼吸をするように自然にだ。ただの動物が彼女に敵うわけがなかった。

 やがて、前方に大きな岩が見えてきた。どうやらレインはその岩に向かっているらしい。大型皇魔の巨体ほどに大きな岩は、森の中にあっても主張が激しく、森の奥まで入ってきたものならだれの目にもつくものだ。

「あれが秘密に場所、ですの?」

「うん」

 素直なレインの反応に、リュカは少しばかり落胆した。あの程度の岩ならば、別段、驚くほどのものでもない。それに彼だけの秘密の場所というには、目立ちすぎているのだ。だれの目にもつくような岩が、ふたりだけの秘密にはなりえない。

 それがリュカにはどうしようもなく虚しい。

 勝手に想像し、ひとり盛り上がっていたのが悪いのだということはわかっている。そのことでレインを責めることはない。

 実際、大岩の目の前まで来ると、その迫力には度肝を抜かれたものだ。リュカの何倍もの大きさの岩だ。間近で見れば凄まじい迫力がある。岩は、ただの岩だ。自然の産物。しかし、なにやら普通の岩とは違う気配を感じ取って、リュカは、岩に手で触れた。ひんやりとした感触の中に不思議な波動を感じる。

「こっちだよ、はやくはやく!」

「へ? この岩じゃありませんの?」

 リュカは、レインが岩の後ろに回り込むのを見て、きょとんとした。岩に触れていた手を離し、彼の後に続く。レインはこちらを振り返って、いってきた。

「え? いわなんてめずらしくないよ」

「そ、それはそうですけれど……」

 リュカは、レインの当然のような反応を見て、呆然とした。そして自分の早とちりを反省するとともにレインに申し訳なく想った。レインの性格を考えれば、このような面白みのない岩を秘密の場所などというわけがないことくらい想像できようものだった。

 レインは、大岩の後ろに回り込むと、その場にしゃがみ込み、剥き出しの地面を手で何度も叩いた。

「なにをしているんですの?」

「まあみててよ」

 レインにいわれるまま見守っていると、彼の手が何度か地面を叩いた直後、大地が揺れ、目の前の大岩が神秘的な光を発した。レインが少し後ろに下がる。彼が叩いていた地面が割れ、左右に開いていく。リュカはその不思議な光景を目の当たりにして、呆然とした。

 開かれた地面の先には、地中へと伸びる階段があった。



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