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第千八百二十話 首脳会議(三)

「ログノールは無論、陛下率いる魔王軍を三者同盟最大の戦力と認識しておりますし、魔王軍こそが三者同盟の最重要勢力であることは、ログノールのみならず、エンジュールの方々も理解していることです」

 エイン=ラナディースが、ユベルの質問に応える形で、告げた。彼が視線を注ぐと、エレニアとゴードンが言葉無くうなずいた。

「ログノールとエンジュールがマルスール・ヴァシュタリアの脅威に対抗できたのは、魔王軍の協力あったればこそ。その事実は、だれもが認識していることですし、いまも変わりありません」

「だが、その魔王軍におんぶにだっこの現状では女神教団の脅威を排除することはおろか、対等に戦うこともできまい」

 女神教団の戦力が圧倒的であることは、三者同盟のいずれもが知ることだ。エンジュール軍は女神教団と交戦していないものの、直接戦い、敗北を喫した魔王軍、ログノールの報告を聞いて、知っている。女神教団が白異化した人間や皇魔を戦力に組み込み、運用しているという事実も、絶望的な現実となって三者同盟にのしかかっている。

「かつて、貴殿はいったな。魔王軍以外に当てがあると」

 思い返すのは数ヶ月前のことだ。

 メキドサールに訪れたログノールの使節団のひとりとして、エイン=ラナディースはメキドサールを訪れ、ドルカ=フォームとともに交渉の席についた。その席上、彼はユベルがログノールの交渉に応じなかったとしても、ヴァシュタリア軍に対抗する手段があるというようなことをいっていたのだ。ユベルは、そのことを思い出しながら、エインの童顔を見据えていた。彼は、しれっとした顔で告げてくる。

「そんなこといいましたかねえ」

「……なんだと」

「いやあ、あのときは魔王陛下を口説き落とすのに必死でしたから」

「でまかせか」

「はい」

 といって、エインは悪びれもしなかった。そのあまりに屈託のない反応には、ユベルもつい笑ってしまったほどだ。

「……まったく、人間という生き物は」

「保身のためであれば平然と嘘をつきますので」

 彼は、にこやかに笑った。ユベルの不興を買うかもしれないという状況での豪胆なまでの態度に、彼はただひたすらに感心した。エイン=ラナディースがかつてガンディアの軍師として数々の修羅場を潜り抜けてきたという話を思い出す。ガンディアが誇る二人軍師の一翼を担ったのが彼なのだ。その彼のどうにも幼さを残した外見からはまったくわからない本質を垣間見た気になって、ユベルは目を細める。

「しかし、今回ばかりはそういうわけにもいきませんのでね。腹を割って、話すことにしたのです」

「なるほど」

 つまり、今回は、あのとき以上に切迫した状況にあるということを彼も理解しているということだ。

 マルスール・ヴァシュタリア軍は、人間のみの軍勢だった。ユベル率いる魔王軍だけで蹂躙し、圧勝できるほどの戦力に過ぎなかった。それが女神教団になった途端、様変わりした。主戦力に白異化した人間を組み込んだことで、魔王軍との戦力差が逆転した。白異化したものは、元人間と思えないほどの力を発揮し、皇魔の軍勢をも蹴散らしていったのだ。

 それほどの戦力を有する女神教団に対抗するには、三者同盟が力を合わせることは必須だったが、その上でさらなる戦力が必要だ。でなければ、魔王軍やログノール軍のように軽々と撃退されるのみだ。

「女神教団を打倒するには、三者同盟の協力が必要不可欠です。ログノール軍だけでは勝てるわけがありませんし、エンジュールのみでも、魔王軍のみでも同じことでしょう」

「三者同盟が力を合わせたところで同じに想えるがな」

「そうですね。少なくとも、現有戦力では、拮抗状態を作ることさえ難しいでしょう」

 エイン=ラナディースは、事も無げに認めた。彼は、希望的観測で楽観的な未来を想像するということがないのだろう。冷静に情報を分析し、状況を判断している。その結果、導き出された結論が絶望的なものであったとしても、隠そうとはしない。

「だからといって、女神教団との交渉は不可能に近い。女神教団の目的は、ログナー島を女神教団の教えによって統一すること。仮にその教えとやらを受け入れるだけでログノールやエンジュール、コフバンサールの存在を認めてくれるというのなら、やぶさかではありませんが……」

「それはありえないねえ」

「うむ」

 ドルカの発言にユベルはただうなずいた。

 女神教団は、マルスール・ヴァシュタリアの頃から排他的だった。自分たち以外の存在を端から認めようともせず、交渉にも応じなかったのだ。だからログノールはエンジュール、魔王軍と協力関係を結び、マルスール・ヴァシュタリアに対抗するという結論に至った。交渉の余地無く攻め寄せてくるものには、刃で以て迎え撃つ以外に選択肢はない。でなければ、滅ぼされるのみだ。

「女神教団にそのような平和的な考えがあれば、宣戦布告などするより前に布教活動に勤しむでしょうしね。女神教団は、このログナー島全域を支配下に置くことしか考えていないと見ていいでしょう。それも、軍事力で他を廃した上で、です」

「つまり、女神教団を物理的に排除しない限り、我々に未来はないというわけだ」

「あるいは、女神教団の指導者を討つか」

「暗殺か」

「これも考えのひとつですが、考慮しておく価値はあるでしょう」

 エイン=ラナディースは、暗殺などというどうにも後ろ暗いことを井戸端会議における雑談のような気軽さでいってのける。彼にとって暗殺など戦術、策謀の一端に過ぎず、取り立てて仰々しくいうほどのものではないということだろう。

「女神教団は、みずから女神を名乗るマリエラ=フォーローンによって支配され、運営されている組織です。この女神を討つことさえできれば、あるいは……」

「交渉に持っていくことができるかもしれないというわけだ」

「はい」

「とはいえ、それも簡単なことではあるまい?」

「ええ、もちろん」

 エインが笑みを消したのは、それだけ女神の暗殺が困難だということを示していた。

「女神は、武装親衛隊に護られているという話ですし、女神教団の戦力を分析する限り、彼女が身辺警護のために白異化した人間を配している可能性は高い。どうやって白異化した人間を操っているのかは不明ですがね」

 女神教団がどのようにして白異化した生物を操っているのか、さすがのエインにも想像のつかないことなのだろう。召喚武装の能力なのか、魔王のような異能なのか、あるいはまったく異なる力なのか。いずれにせよ、脅威というほかない力なのは、間違いない。白異化した生物は、強靭な肉体と生命力、戦闘能力を持つのだ。

 皇魔にとってただの弱者でしかない人間も、白異化した途端、皇魔ですら太刀打ち出来ないほどの力を発揮するようになるのだから、白異化した生物を戦力として扱えることがどれほど恐ろしいか想像できるだろう。

「暗殺も困難、正面からの戦闘も困難……お手上げかねえ」

「まさか」

 彼は、ドルカの発言に対し、驚いたような顔をした。

「いくら絶望的な状況だからって諦めるのはまだ早いですよ」

「そりゃあそうだけど、なにか妙案でもあるの?」

「そうですね……これが妙案といえるかどうかはわかりませんが、あるにはありますよ」

 そういってエイン=ラナディースが提示した案は、首脳会議の最大の議題となり、議論は白熱していった。

 その議論の白熱は、結果的に三者同盟首脳陣の結束を強くしていくこととなり、ユベルは、首脳会議に参加したことが間違いではなかったと、会議後、ひとり納得したのだった。

 そして、会議後、控室に戻ったユベルは、ナルナとミュウが困り果てた様子で彼を迎え入れたことに対し、呆然としたのだった。

 リュカが、消えていた。

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