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第千八百十九話 首脳会議(二)


 大陸暦五百六年二月九日。

 その日、三者同盟首脳会議は、エンジュール最大の温泉宿である《黒き矛》亭の大広間で開かれた。

 エンジュールの領伯であり、いまもなお統治者として慕われているセツナ=カミヤの代名詞ともいえる黒き矛の名を冠したその温泉宿は、“大破壊”後、エンジュールの復興を祈念して立てられたという。黒き矛を模した宿の看板は、その禍々しさからして目につき、一見近寄り難い雰囲気さえ発していたが、黒き矛のセツナをいまもなお尊敬するエンジュール住民にとってはむしろ有り難い存在であるとさえいわれている。

 エンジュールが急速な復興を遂げることができたのは、司政官ゴードン=フェネックの熱意と辣腕のおかげによるところが大きい、と、エレニア=ディフォンは度々語った。そのゴードン=フェネックの熱意がどこから沸いてくるのかというと、彼の中にあるセツナへの恩返しの情であるらしい。ゴードンは、自分に好き放題させてくれたセツナに心の底から感謝しており、いつか彼がエンジュールに戻った暁には、彼を驚かせるほどの都市にしてみせるという野心があるのだそうだ。

 エンジュール住民が復興の直接の指揮を取った司政官ゴードン=フェネックだけではなく、領伯セツナ=カミヤに尊敬の念を忘れないのは、ゴードンが事あるごとにセツナの名を出すからのようだ。エンジュールがいまあるのはセツナのおかげである、とか、セツナの領地だったからこそエンジュールは脚光を浴びることができたのだなどと。そのいずれもが事実なのだろうが、それにしても自分のことなどどうでもいいといいたげなゴードンほどの律儀者もいないのではないか。

 きっと、立派な人物なのだろう。

 ユベルのそんな想像は、大広間で待っていたゴードン=フェネックの姿を見た瞬間、大きく揺らいだ。恰幅のいい中年男性という外見そのものは、彼の想像に近いものだったのだが、気弱そうな表情と態度が想像とはまるで異なる人物だったのだ。

 三者同盟の一角であり、今回、首脳会議の開催を提案したエンジュールの代表がそのいかにも気弱そうな中年男性と、守護エレニア=ディフォンだ。エレニアは、会議が行われる広間に入る前、控室にいる段階でユベルと会っている。彼女は、ユベルが同行しているであろうリュカのために息子であるレインを連れてきており、リュカはレインとの再会に飛び跳ねるようにして喜んだ。ユベルとしては心中複雑な気持ちではあったものの、会議中、暇を持て余すであろうリュカにレインという遊び相手が充てがわれたことはなんら悪いことではない。

 コフバンサール――つまり魔王軍の代表は、魔王ユベルただひとりだ。リュウディースのナルナもベクロボスのミュウも同席していない。彼女たちはユベルの身辺警護役として同行しているだけであり、会議に参加させるために連れてきたわけではない。皇魔として気ままに暮らしているだけの二名に政治の話などできようはずもない。控室でリュカとともに遊びながら、周囲を警戒してくれていることだろう。

 ログノールの代表は、三名。

 ひとりは、ログノール総統ドルカ=フォームだ。隻眼の若き指導者は、以前にもまして明るい笑顔をユベルに見せ、彼を少しばかり安堵させた。ログノールの人間の多くは、ほとんどすべての人間同様信用に値しないが、ドルカ=フォームに関しては信用しても問題はないだろうと考えている。もっともその甘い考えが先ごろ打ち砕かれたということを忘れたわけではないし、そのせいで魔王軍の被害が膨れ上がったことはいまも恨みがましく想っている。

 総統のほかには、ログノールの将軍アスタル=ラナディースと参謀エイン=ラナディースの夫婦が、ドルカ=フォームの脇を固めるように席についていた。エイン=ラナディースともアスタル=ラナディースとも逢ったことがある。魔王軍との交渉の際、骨を折った参謀エイン=ラナディースの印象は強いが、アスタル=ラナディースのことはあまり記憶に無い。マイラムを訪問した際、挨拶を交わした程度だ。

「この度は、我がエンジュールにご足労頂き、会議に参加していただいたこと、まず、御礼申し上げます」

 ゴードン=フェネックが、たどたどしいながらも首脳会議の進行役としての役割を果たしていく。

「この度の会議は、迫り来る女神教団の脅威に対抗するためにも、三者同盟の協力が必要不可欠であり、そのためにも腹を割って話し合うべきではないか、との考えから開催する運びになりました。ログノールの皆様方も、魔王陛下に置かれましても、三者同盟の今後について、女神教団の対抗策について、忌憚のない意見をぶつけ合って頂きたい」

「ふむ。忌憚のない意見か……」

 ユベルが真っ先に口を開いた。首脳会議の目的が本心のぶつけ合いならば、わざわざ化かし合う必要はないということだが、馬鹿正直に本音を晒すのも考えものだということくらい、ユベルにもわかっている。ユベルは、魔王だ。皇魔の立場として意見を発するが、あまりに人間を敵視するような発言をしては、この三者同盟が根本から崩れ去るだろう。

 協調が必要なのだ。

 彼は、コフバンサールに魔王軍の拠点を置いてからというもの、失った戦力を確保するべく、島中の皇魔に結集を呼びかけている。魔王軍の戦力は日に日に拡充の一途を辿っているものの、それでも女神教団に対抗するには物足りないのは明白だ。女神教団は、白異化した人間や皇魔を戦力として駆使するのだ。白異化したものを倒すのは至難の業であり、それは皇魔の理不尽なまでの力を持ってしても困難だった。

 魔王軍だけで倒し切る目処が立つのであれば、すぐにでも三者同盟など降りてしまえばいいのだが、そうはいかないのだ。ログノールの人間もエンジュールの人間も役には立たないが、肉壁くらいにはなるし、武装召喚師などは十分に戦力になりうる。それらを利用しなければ、女神教団に打ち勝つことはできない。

 そのためにも彼は、本音を心の奥底に留め置かなければならなかった。

「ならば聞かせてもらうが、ログノールは我々魔王軍のことをどう考えておられる」

 ユベルがまず最初に切り出したのは、魔王軍が大敗を喫した戦いの直後、ログノールが取った信じられない行動についてだ。そのために数多くの同胞が無為に命を散らせたことは、彼にとって痛恨だった。そしてその問題が解決しない限り、会議に応じるつもりもなかった。

「先ごろ、我々は女神教団の奇襲によってメキドサールの放棄を余儀なくされた。我らは、同盟の誼を頼った。だが、結果はどうだ。ログノールは我らに力を貸してくれるどころか、我らが女神教団の攻撃曝されるのを見ていただけだった。結局、我らは同胞の尊い犠牲を払うことで女神教団の猛攻から逃れ、エンジュールへと逃げ延びることができたが……」

「その件については、ログノール総統として誠心誠意、謝罪させて頂きたい」

「謝罪だと」

「謝罪以外になにもいうことはありません。なにをいったところで言い訳になる。陛下は、我々のくだらない、意味のない言い訳を聞くために会議に出席されたわけではないはずだ。女神教団に対抗するための、建設的な会議を行うために、好きでもないログノールの要人と顔を突き合わせてくれているのでしょう?」

「……確かにな」

 ユベルは、ドルカの真っ直ぐな視線を受け止めながら、静かにうなずいた。

「だったら、我々は陛下の出席に御礼申し上げるとともに、先ごろの失態について謝罪する以外にはない。それだけが我々にできることはないのですから」

 確かに彼のいうことももっともだった。

 ログノールが魔王軍への対応についていえることは、謝罪しかないだろう。それ以外、どのような言葉もただの言い訳にしかならない。魔王軍の援護要請を聞き入れず、門前に放置し、女神教団の追撃に曝させたという事実は、どうしたところで否定出来ないのだ。ログノールにはログノールの事情があっただろう。ドルカ=フォームひとりではどうすることもできないような複雑な問題もはらんでいたのかもしれない。しかし、そういったことをこの場で説明したところで、ユベルの感情を逆撫でにするだけのことだ。ユベルの心情を察するのであれば、平身低頭で謝るしかない。謝られたところでなにも嬉しくはないし、なにひとつ解決するわけではないのだが、それは説明を受けても同じことだった。

 もはや過ぎ去った、解決しようのない問題だ。

 しかし、ユベルは、ドルカの理知的な対応に満足してもいた。

 彼がユベルの見識に叶う人物だったのは確かだった。並の人間ならば、説明という名の言い訳に終始しただろうし、そうだった場合、ユベルはますますログノールへの感情をこじらせたに違いない。勝ち目も見えないのに三者同盟を降りると言い出しかねなかったかもしれないのだ。そういう意味でも、ただただ謝るだけのドルカの対応は、ユベルにとっては間違いではなかった。

 もっとも、ログノール側は謝罪だけで済ませるつもりはなく、損害賠償にも応じるという旨の発言をエイン=ラナディースが続け、ユベルの満足感を増大させた。

 無論、先ごろの戦いで失った命は戻らないし、死んでいったものたちの無念を想うと、こんなことで満足していいわけではないのだが、魔王軍最高指導者である彼としては、ここで納得するべきだった。

 三者同盟の維持と、協力関係の強化にこそ力を注がなければ、ならない。

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