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第千八百三話 ある提案


「話が長くなりましたが、要するに騎士団は現在、帝国に貸し出せるほどの戦力はないのです」

 シドが申し訳なさそうにいったのは、その回答が騎士団の理念に反する返答だから、というのもあるだろう。

 騎士団は、救済を掲げる。

 だれであれ救いを求めるものに手を差し伸べるのが騎士団の理念であり、大義なのだ。それがすべてといってもいい。そうやって人助けをすることで騎士団の評判を高めていくことが、救世神ミヴューラの力となり、騎士団そのものを強化することに繋がった。そして、ミヴューラの力が高まれば、この世を破局から救うことだってできると信じられた。

 だが、騎士団の想いも、ミヴューラの望みも叶わなかった。

 破局の訪れが想定よりも遥かに早かった――これに尽きるのだろう。もっと遠ければ、もっと未来の話であれば、ミヴューラの力はさらに高まり、“大破壊”の被害はもっと小さなものになったかもしれず、そもそも“大破壊”そのものを防げたのかもしれない。ミヴューラの力が偉大なものであるということは、その力の片鱗である十三騎士の真躯や幻装を見ても明らかだ。それら力の源であるミヴューラそのものの力は、さらに強大であることは想像に難くない。ミヴューラの力が最大限に高まれば、“大破壊”を防げていた可能性は低くない。

 そのミヴューラは“大破壊”以降、どうなったのかもわからないという。

 神卓に封じられたミヴューラは、そのままどこかに放置されている可能性が高い。もしかすると、約束の地――つまりガンディオンの周辺にあるのかもしれないし、“大破壊”の衝撃によってまったく別の場所に飛ばされているのかもしれない。

 いずれにせよ、騎士団は拠り所となる救世神さえ失い、戦力は著しく低下していた。

 ベノアガルドはようやく安定軌道に乗り始めたばかりなのだ。救済のためとはいえ、国内の安定を疎かにすれば、それこそ本末転倒というほかない。救うべき他者には、当然、自国民も入っているのだ。まずはベノアガルド国民を救ってこそ、騎士団は胸を張っていられる。

 他国を救うばかりで自国を疎かにするものに救済者を名乗る資格はないだろう。

 ベインはマルディアに赴いているが、マルディアはベノアガルドの隣国という強みがある。もし万が一ベノアガルドに不測の事態が生じたとしても、すぐさま呼び戻せるのだ。

 帝国は、海を隔てた遥か彼方であり、連絡を取ることさえ困難を極める。海船を持たないベノアガルド側からは連絡を取ることさえできないのだ。

「十三騎士のうち、生き残ったのは七名。それも二名は命を落としており、いまは五名のみ。その上、我がベノアガルドは安定したとは言い切れないという現状もあります。この状況下で騎士団幹部のいずれかと騎士団騎士を貸し出すのは、極めて難しい」

 シドが本当に無念に思っているのだろうことは、セツナにはわかっていた。救援を求めているニーナやランスロットがどう受け取ったのかはわからないが、セツナには、シドの本音が透けて見える。シドは、騎士団の理念に殉ずる覚悟のある人物だ。許されるならば、彼ひとりであっても帝国に力を貸したいに違いない。だが、それをベノアガルドの現状が許さない。

「騎士団としては、あなた方に協力してさしあげたいというのが本音ですが」

「いや……現状を考えれば、貴公らの判断は正しい。まずは自国の安定を図り、自国民の安全を確保することこそ最重要。それはどこの国でも同じことだ」

 ニーナは、シドを気遣うように穏やかな口調で告げた。ベノアガルドが置かれている状況を理解しての言葉だった。ベノアガルドが今日に至るまで混迷の中にあったということは、会見の中で何度か触れられている。ニーナはそれらの話から、騎士団の立場に理解を示したのだろう。

「崩壊から二年あまり。立ち直った国ばかりではないことくらい百も承知なのだ。そう簡単に戦力が手に入るとは思ってはいなかった」

「まあ、それもそうですが……しかし」

 ランスロットが口惜しそうにしたのは、騎士団の実力を知っているからだろう。特にオズフェルトら十三騎士のひとりでも味方に加えることができれば、千人力、いや、万人力といってもいい。ランスロットがそこまで理解しているのか不明にせよ、彼が騎士団を高く評価しているのは、これまでの言動からも明らかだ。

 すると、オズフェルトが口を開いた。

「副団長がいった通り、騎士団からの戦力提供はできませんが、わたしにひとつ提案があります」

「ふむ?」

「提案……ですか?」

 ニーナにつづいてシドが疑問を口にすると、オズフェルトは、涼やかな笑みを浮かべた。

「騎士団には現在、帝国に貸し出せるほどの戦力的余裕はない。これは、副団長のいった通りです。まずは自国の安定を確保することに注力しなければなりません。騎士団の理念としてはこの状況でも他国のために力を尽くすべきなのでしょうが、そうもいっていられないのが現状ですから、仕方がない。いずれは世界中に救いの手を伸ばしていきたいと想いますが、そのためにもまずは自国を優先しなければなりません」

 オズフェルトの説明は、シドの話を補足するものだった。

「ですから、副団長のいうように騎士団から戦力を提供することはできません」

「それで、提案ってなんなんです?」

「光武卿」

「いやしかし、まどろっこしくて」

「卿は口を縫い付けられたいようだな」

「え、いや……」

「確かに長話になりました。では、本題に入りましょう」

 オズフェルトが、ニーナの鋭い口調にたじろぐランスロットに助け舟を出すようにして、話を進めた。しかし、その視線が自分に注がれるとは、さすがのセツナも想定外のことであり、彼がつぎにいってきたことも予想外のことだった。

「ここにおられるセツナ殿ならば、どうでしょう」

「へ?」

「御主人様でございますか?」

 セツナが困惑すると、レムもきょとんとした。会議室内の視線が一斉にセツナに集中する。

「セツナ殿か」

「セツナ殿ね」

「セツナ殿ならば、戦力的には申し分ないでしょう。むしろ、我々以上の働きをしてくれると期待していい。セツナ殿が行くというのであれば、レム殿も一緒ですし、戦力はさらに増大する」

 オズフェルトは、セツナたちの反応など素知らぬ顔で続けた。確かに彼のいうとおりだ。セツナならば十三騎士以上の働きを見せることはできるし、レムと一緒ならばさらなる活躍を見せることができるだろう。いいたいことはわかるし、そこに異論を挟む予知はない。だが。

「いや、でも……」

「そうでございます、御主人様には――」

「そう、おふたりには大事な目的がある。リョハンに行くという大切な目的がね」

 オズフェルトは、セツナたちの反応こそ思惑通りとでもいいたげな表情をした。

「リョハン? あの空中都市のことか?」

「はい。セツナ殿はどうしてもそこにいかなければならないのです」

「しかし、リョハンといえばヴァシュタリア領土だろう。大陸がばらばらになったいま、ヴァシュタリア領土がどこにあるのかわからない上、海を渡る手段がなければどうにもならないぞ」

「そう、そこで、わたしからの提案なのです」

 オズフェルトが、我が意を得たりといわんばかりに会心の笑みをした。

「帝国は戦力を欲し、セツナ殿はリョハンに行くために渡航手段を求めていますね。この両者の問題を一挙に解決する方法がひとつだけあります。セツナ殿のリョハン行きに帝国が協力し、その代価としてセツナ殿が帝国に協力する、というのはいかがでしょう」

「なるほど……それならば互いに協力し合い、問題を解決することができるな」

「一石二鳥……ですね」

 ニーナが納得するのを聞きながら、セツナもそう認めるほかなかった。

 巨大艦船でもってベノア島に現れた帝国に渡航する協力を求めることについては、最初から考慮の中にあったことではある、帝国の目的がベノア島の侵略でないのであれば、話し合い、船に乗せてもらうというのが、騎士団の考えていたことだった。もし、帝国がベノア島を制圧するべく上陸したのであれば、帝国軍を撃退しつつ、艦船を奪取することも視野に入れていたのだ。

 つまり、帝国の艦船をセツナの渡航手段として利用するということは、最初から考えていたことだった。ただ、その方法が違うということだ。

「しかし、この方法には問題もあります」

「問題?」

「セツナ殿と帝国、どちらを先に優先するにせよ、片方を終えるまでにそれなりに時間がかかるということです。セツナ殿のリョハン行きも、帝国に戦力として参加することも、すぐに終わることではないでしょう」

「確かに……」

 それはその通りだ。

 リョハンを目指すにしても海を渡りながらヴァシュタリアの大地を探さなければならず、その上でリョハンを見つけなければならないのだ。降り立った大地がヴァシュタリアはヴァシュタリアでも、リョハンとは無縁の土地である可能性は大いにある。リョハンを探し出すだけで数年かかったとしても、不思議ではない。

 帝国の戦いも、すぐには終わらないだろう。帝国に辿り着くまでにどれだけの月日を要するか不明であるし、辿り着いてからも、どれだけの年月を戦いに費やさなければならないのかもわからない。帝国領土は、小国家群と同程度の広さがある。その半分としても、かなりの広大さだ。

「さらにいえば、双方が納得するかどうかという話もありますが」

「我々としては、セツナ殿のリョハン行きに協力することにはなんの障害もない。セツナ殿が我が西帝国に協力してくれるというのであれば、これ以上のものはないのだからな」

「閣下の仰る通りですね。セツナ殿が我々の味方になってくれるのであれば、なにもいうことはない」

 ニーナとランスロットは、オズフェルトの提案に満足しているようだった。それはふたりがセツナの実力をある程度理解しているからだろう。ニーウェから聞いたのもあるだろうし、最終戦争でのセツナの戦いぶりを知っているようでもある。

 セツナは、レムを一瞥した。レムはなにもいわず、ただうなずく。セツナの意向に従うという反応だ。

「俺としても、リョハン行きに協力してくれるのなら、それだけで十分です」

「おお、それは良かった。それならば、あとはどちらを先に済ませるか、ということですね」

「それならばセツナ殿の目的を先に済ませるべきだろう」

「いいんですか?」

「セツナ殿の目的は、リョハンに辿り着くことだろう? 我が方の目的は、東帝国の打倒だ。これにはそれなりの月日がかかるものと予想される。そうであれば、先にセツナ殿の目的を達成されたほうが、セツナ殿としてもこちらに集中できるというものではないか?」

「確かに……」

「ま、リョハン探しも簡単なことではないと想いますがね」

「いずれにせよ、東帝国との戦いが本格化するのはしばらく先のことだ。それならば、セツナ殿を優先すればいい」

「わたしとしては閣下の判断に異論を挟むことはありませんとも」

「ならばよい」

 ニーナは、ランスロットの反応にそれだけを告げた。

「これで、帝国の問題も、セツナ殿の問題も、光明が見えたということですね」

 オズフェルトは、実に満足げな表情をして、いった。このような結論を導き出せたことは、騎士団の理念に足るものであると考えられたのかもしれない。困り果てた両者にとって救いとなっているのは間違いない。

「ああ。騎士団長閣下、協力、感謝する」

「我々はなにもしていませんよ」

「いや、このような場を設けていただき、そのうえ先程の提案をしていただいたのだ。感謝を述べさせてもらいたい」

 そういうと、ニーナは椅子から立ち上がり、オズフェルトに握手を求めた。オズフェルトは、少しばかり戸惑ったようだが、すぐにニーナの握手に応じた。騎士団と帝国の代表同士による握手は、互いの立場を尊重するものであった。


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