第千八百二話 手のひらの上
オズフェルトによって“大破壊”の一部真相が語られると、会議室は、しばらくの間沈黙に包まれた。
大陸を原型が失われるほどに破壊し、世界中を絶望のどん底に突き落とした未曾有の大災害が、実は十三騎士とクオンたちの尊い犠牲の果てに勝ち取った最良の結果かもしれないという事実を知れば、だれしも口をつぐみ、考え込まざるを得なくなるものだろう。
そしてもし、クオンやフェイルリングたちが命を賭してこの世を守ろうとしなければ、神々による聖皇復活が果たされていれば、このイルス・ヴァレそのものが消滅していたかもしれないという真相をしれば、“大破壊”そのものへの意見も言いづらくなるものだ。
最悪の場合、世界は滅びていた。
大陸がばらばらになり、数多くの人命が失われたが、世界が存続している現状のほうが遥かにましだろう。無論、失われた命の多さ、世界の激変を考えれば、それを喜んで受け入れることなどできるわけもないが、だとしても、世界が消滅したであろう最悪の結果よりは、ずっといいと想うしかない。そして、フェイルリングら六名の騎士と、クオンたちの尊い犠牲に想いを馳せ、彼らの命を賭した行いを無駄にしないように考え続けるのだ。
でなければ、彼らが死して守り抜いたことが無意味に堕ちる。
「そういう事情があったとはな……」
「この世の現状は、これでもましな方だったということですか」
「そうなります。もし、前団長閣下やクオン殿がいなければ、世界はどうなっていたか」
「クオンたちがいなければ、フェイルリングさんたちがいなければ、おそらく聖皇復活は果たされたでしょうね」
セツナは、最終戦争の最終局面を思い出しながら、告げた。あの場にクオンが現れなければ、セツナ自身、終わりなき戦いの最中、世界消滅に巻き込まれ、命を落としていただろう。黒き矛の力をもってしても、聖皇復活を阻止することなどできなかっただろうし、復活した聖皇が動き出す前に斃す、などということもできなかったに違いない。
「そして、復活した聖皇によって、この世界を消滅したのでしょう」
「どうしてそう言い切れるんです?」
「聖皇がそれほどの力を持っていたからであり、聖皇がみずからを拒絶した世界を許容できるような存在ではないからです」
セツナはそう告げてから、自分が知っている聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンに関する話をした。セツナがガンディオン地下の遺跡で見た光景と、アズマリアから伝え聞いた話を織り交ぜ、そこから導き出される結論としての聖皇による世界の抹消に言及したのだ。
聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンについての詳細は、よく知られてはいない。
大陸統一を成し遂げ、統一国家を作り上げた人物であるということと、召喚魔法によって異世界の神々をイルズ・ヴァレに呼び込んだということ、神々に引きずられるようにこの世に現れた魔性――のちに皇魔と呼ばれるものたちが跋扈する原因となったということくらいしか、記録に残っていないのだ。それはおそらく、聖皇自身の意図したものだろう。聖皇の正体を隠すことは、聖皇復活の可能性を闇に隠し、神々が暗躍する上で大きな力になりうる。
聖皇が女性であることさえ、だれも知らなかった。
それくらい謎に包まれた存在であり、古今の歴史学者は、聖皇の正体を明らかにすることにこそ、もっとも注力しており、各地の遺跡に聖皇の秘密が隠されているのではないかと発掘に躍起になっていたりしたという。
謎に包まれていたのは、聖皇だけではない。聖皇六将もそうだ。聖皇に関するあらゆる情報が、現代に伝わっていないのだ。聖皇や聖皇六将が意図して後の世に伝えまいとしたのは、間違いない。
「つまり、世界がこうなったのは聖皇六将とやらを恨めばいいって話ですな」
ランスロットが適当に結論づけたものの、それだけで済めばどれだけましだろうとセツナは思わずにはいられなかった。聖皇六将は、聖皇の発言を信じるならば、彼女の師であったものたちだ。それら六人の師が、なぜミエンディアを裏切り、彼女を滅ぼそうとしたのか。ミエンディアの存在そのものがこの世に害を成すものであると認定したからこそ、滅ぼしたのではないのか。その結果、六将は聖皇に呪われた。未来永劫生き続け、聖皇再誕後、直々に滅ぼされる運命を与えられたのだ。
「六将を恨んだところでどうなるものでもない。聖皇復活は果たされなかった。そうなのだろう? セツナ殿」
「世界が存続しているということは、そう考えるのが打倒でしょう」
セツナは、ニーナの目を見つめ返して、微笑んだ。すると、ニーナは少しばかり狼狽えたようだった。セツナの笑顔にニーウェの笑顔が重なったりしたのかもしれない。
大陸全土に施された復活の儀式は、小国家群という戦国乱世が常態化した領域において、数百年に渡って紡がれ続けていた。数百年もの間、飽きることなく繰り返されてきた小競り合い、小規模な戦闘、些細な闘争――そういった戦乱の歴史が流してきた大量の血が、聖皇復活の術式そのものとなっていったのだ。五百年。それこそ、膨大な年月をかけて紡ぎ続けられた術式は、最終戦争によって最終段階へと至った。
三大勢力を率いる神々は、自分たちの悲願を成就させるべく動いた。小国家群が五百年に渡って紡ぎあげてきたものだけではまだまだ足りなかったからだ。小国家群を蹂躙し、大量の血を流させることによって聖皇復活の術式を完成させようとした。
そのために引き起こされたのがセツナたちのいう最終戦争、ニーナたちが世界大戦と呼ぶ有史以来最大の戦いだ。
ニーナもランスロットも、リグフォードですら、大戦の真相が神々が己の悲願を叶えるために引き起こされたものであると知ると、ただただ絶句するほかなかったようだ。彼らは、皇帝シウェルハインの勅命によって、小国家群への侵攻に参加し、各地で戦い、数多くの小国家を滅ぼしてきた。そこに疑問を抱きこそすれ、皇帝の背後に神がいるなどと想像できるわけもない。神々は、三大勢力を裏から操っていたのだ。
至高神ヴァシュタラを信仰対象と掲げるヴァシュタリアはともかくとして、ザイオン帝国、神聖ディール王国までもが神に操られる傀儡国家に過ぎなかったなど、知る由もない。そして、その真実をすぐさま受け入れられるわけもない。まさか、自分たちの国の歴史が神の意図した上に築き上げられたきたものである、などと考えたくもあるまい。
「しかし、それならば色々と辻褄が合うのもまた、事実ですな」
リグフォードが自己紹介以外で口を開いたのは、それが最初だった。
初代皇帝が小国家群への侵攻を禁忌としたのも、他の勢力が同じく小国家群を維持するように動いていたのも、神々の目的を考えれば、理解できなくはないのだ。
神々は、聖皇復活がなされる“約束の地”の特定を優先した。そのために三大勢力が生まれたといっていい。広大な土地を領土としたのも、領土内を隅から隅まで捜索し、“約束の地”を探すためだったに違いなかった。その上で小国家群が誕生したのは、三大勢力が同時期に成立してしまったせいもあろう。三大勢力は、それぞれもっと広大な領土を確保したかっただろうが、三大勢力同士がぶつかり合い、消耗し合うのは避けたかった。それでは目的が果たせなくなるかもしれないからだ。
その結果、三大勢力と小国家群という常態が生まれた。それから数百年、三大勢力の神々はじっくりと時間をかけながら、自国領土内に“約束の地”はないものかと探し続けてきた。それらが各地の埋葬された文明の遺跡発掘の一部なのではないか、と想像できる。そしていずれ領土内全域の捜索を終え、それでも発見できなければ、小国家群へとその探索範囲を広げたに違いない。
故に初代皇帝は、帝国領土の維持を国是とし、小国家群への侵攻を禁じた。歴代皇帝がこれを守ってきたのも、神が背後にいたからに違いなく、歴代皇帝は神と対面してきたのだろう。歴代皇帝だけではない。聖王国の聖王も、ヴァシュタリアの神子も、同じに違いない。
神が、小国家群を維持してきたのだ。
神の意図が三大勢力の均衡を維持してきたのだ。
そして、神の意図によって均衡は崩れ、世界は混沌に飲まれた。
なにもかも神々の思惑の上でのできごと。
神の手のひらの上。
馬鹿げた話だ。
なにもかも馬鹿げている。
セツナは吐き捨てたくなったが、会見の席上でそんなことができるわけもなかった。