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第千八百一話 四人の皇帝(二)


「なるほど。事情は理解いたしました」

 ベノアガルド騎士団長オズフェルト・ザン=ウォードが涼やかなまなざしで告げたのは、騎士団本部会議室での一幕だった。

「西ザイオン帝国は、戦力不足を補うため外海に船を出した、と。そういうことですね?」

「ご推察の通り。南大陸における戦力比では、我が方が圧倒的に下回っている。いまでこそ、両勢力ともに安定していないために本格的な戦争に発展してはいないが、そのうちそうもいっていられなくなる。戦争が本格的なものとなれば、戦力差、物量差が東帝国に味方するのは火を見るより明らかだ。そして、劣勢になればなるほど、我が方から東帝国に寝返るものも現れよう」

 騎士団長に怜悧な視線を返したのは、西ザイオン帝国大総督ニーナ・アルグ=ザイオンだ。隣には、光武卿ランスロット=ガーランドがにこにこしながら座っている。

「手をこまねいている場合ではないのだ」

 だからこそ、大総督みずからが外洋に繰り出し、国外に戦力を求めた、と彼女はいう。

 騎士団本部会議室は、緊迫した空気感に包まれていた。

 それもそうだろう。

 最終戦争を引き起こした三大勢力の一角であるザイオン帝国の生き残りが、大戦力を伴って上陸したかと想えば、戦力を求めてベノアにやってきたのだ。最終戦争に巻き込まれ、蹂躙されたベノアガルドの騎士団騎士たちにしてみれば、素直に受け入れられる相手ではない。無論、騎士団が戦った相手はヴァシュタリア共同体であり、ザイオン帝国とは一戦も交えてはいないようだが、だからといって最終戦争を引き起こした勢力であることに違いはない。ザイオンやディールさえ動かなければ、ヴァシュタリアのみならばどうにかなった可能性がないとは言い切れないのだ。

 もちろん、そんな仮定がありえないことを理解していないオズフェルトではあるまい。故にオズフェルトは、帝国側の要望に対しても余裕を持って対応していた。

 会議室には、騎士団側からは団長以下幹部三名と正騎士数名が出席している。幹部は、団長のほか、副団長シド・ザン=ルーファウス、ルヴェリス・ザン=フィンライトの二名だ。同席した正騎士とは、フロードたち調査部隊に参加した騎士たちであり、会見に出席する運びになったのは、三人が三人、帝国の事情を聞いているからのようだった。

 セツナとレムも出席を要請され、これを了承した。騎士団側というよりは、騎士団と帝国、両者から一歩引いた立場で冷静に見届けて欲しいという気持ちが強いようだ。

 帝国側からの出席者は、大総督と光武卿以外にリグフォード・ゼル=ヴァンダライズというたっぷりと蓄えた顎髭が特徴的な将軍がいた。鈍い輝きを帯びた瞳は、確かな知性を伺わせるものであり、飄々としたところが多分にあるランスロットや、どこか可憐でさえあるニーナとは一線を画する人物のように想えた。セツナは、彼とは一言も口を聞いていない。どうやら寡黙なひとらしいことがランスロットの評価から判明している。岩のように無口である、と、彼はいっていた。

 セツナたちがベノア島北岸の帝国軍野営地でニーナとの対面を果たしたのは、一月三十日のことであり、いまから三日前のこととなる。

 ニーナとの会見において帝国側の事情を知ったセツナたちは、帝国側の要望が戦力の確保であることも理解した。帝国が侵略目的でベノア島を訪れたわけではないということには安堵し、一応は使命を果たすことができたものの、そのままでは収まりが悪いということで、さらに話を続けた結果、ニーナたちをベノアに案内することになったのだ。

 ニーナたちの目的は、打倒東帝国のための戦力確保だ。そのためにも、彼女たちは高名なベノアガルド騎士団との交渉の席を求めた。

『ここがベノアガルド領土であると判明したときは、歓喜したものですよ』

 ランスロットが軽妙な調子でいうものだからにわかには信じがたかったが、どうやら帝国がベノアガルドの騎士団を評価しているのは事実のようだった。大総督ニーナが騎士団との交渉に乗り気であるという事実からも伺える。

 帝国は、小国家群に広い情報網を持っていたようだ。そこでベノアガルドの騎士団が強大な力を持っていることを突き止めていたらしい。

『騎士団との協力を取り付けることができれば、ある程度は時間稼ぎもできるだろう。その間に戦力をさらに充実させ、東帝国を討つ』

 ニーナが強い決意でもって告げた言葉が脳裏を過ぎる。

『兄上には悪いが、わたしにはニーウェこそがすべてなのでな』

 そういってセツナの顔を見るなり気恥ずかしそうに頬を染めたのは、セツナとニーウェが同じ顔をしているからにほかならないのだろうが、彼には、ニーナが可愛らしい女性に見えて仕方がなかった。そうしてニーナに見惚れるとレムに小突かれるのだから堪ったものではない。

 ニーナたちをベノアに案内することになったのは、たとえ案内せずとも自力で辿り着くだろうという確信があったからでもあったし、なにより、帝国と協力関係を結ぶことは、騎士団にとっても利益のあることだとフロードが考えていたからだ。帝国が誇る超大型艦船アデルハインと大型幹線キリル・ロナー、メリッサ・ノアの三隻は、それだけで圧倒的な戦力となりうる。海辺に浮かべるだけで圧力を与えることができるうえ、船の上から攻撃するということも不可能ではない。

(それに船が手に入れば、名誉騎士殿の目的も叶えられますからな)

 フロードのそんな囁きが嬉しくてたまらなかったものだ。


「それほどまでに戦力差が?」

 オズフェルトの疑問は、もっともだった。

 ニーナたちの話を信じる限り、先に皇帝となったのはニーウェのはずだ。ニーウェが皇帝となり、南ザイオン大陸に秩序を齎さんと奮起、奔走した。その成果が出始めた矢先、突如としてミズガリスが皇位継承の正当性に言及し、自分こそが皇帝に相応しいなどといい出した、という流れだった。そして皇帝となったミズガリスが東ザイオン帝国なる国を打ち立てた。

 それでニーウェの西ザイオン帝国が戦力的に負けることなどありえるものなのか。

「東ザイオン帝国皇帝ミズガリスは、元々、三公五爵の最高位・天智公だった男だ。その権勢、発言力、人望は、かつて闘爵に過ぎなかった陛下では到底手が届かないほどのもの。彼が陛下の皇位継承を非難し、自分こそが正当な皇位継承者であると宣言すれば、賛同するものが多数出るのはわかりきっていたことなのだ」

「それでも、ニーウェハイン陛下は、皇位継承を宣言された」

「父上が明言されていたからこそであったし、帝国領土の混乱や災害に喘ぐ帝国民を救うには、だれかが立ち上がるしかなかったのだ。当時はミズガリスもだれも皇帝になろうなどとしていなかったというのもあるが……ともかく、帝国領土に秩序をもたらすには、皇帝という柱が必要だった」

 ニーナは、難しい顔をしていた。彼女にしても、ニーウェが皇帝になることそのものは、喜ばしいことではなかったのかもしれない。ニーウェの記憶の中の彼女は、ニーウェと一緒にいられるだけで幸せとでもいいたげな表情を見せていた。ニーウェは、それだけでは飽き足らなかったようだが、少なくともセツナの見る限りでは、ニーナは幸福だったのだ。それがニーウェが突如、皇帝になることを宣言した。皇帝となれば、立場もあり、いままでのように接することは難しくなる。彼女がニーウェの皇位継承になにかしら想うところがあるのも、当然といえた。

 もちろん、彼女とて、ニーウェの大望を理解していないわけではないのだろうが。

 男の夢と女の幸せは、別のところにある。

「ミズガリスが立ち上がりさえしなければ、陛下の下、南ザイオン大陸は秩序によって統治されただろう」

「つまり、東帝国さえ打倒すれば、安定する、と」

「そういっている」

 シドの質問に苦い顔で告げたニーナを補足するようにして、ランスロットが口を開いた。

「だからこそ戦力を欲した我々は、東帝国についた連中を調略しようとしたのですがね、まあ、無理難題でして」

「そこで外海に目を向けたわけね」

「幸い、西にはイェルカイム師が極秘に建造中だったアデルハインがありましたし、陛下が東側――つまり、海に面した都市から十数隻の船を西に回していましたからね。外海に漕ぎ出す手段はあった」

 ランスロットの話から、ニーウェが東帝国の成立、あるいはミズガリスの蜂起を予期していた可能性を想起させた。彼は、ニーウェが東側にあった船を西に回したといったのだ。ニーウェが皇位継承宣言後、新たに帝都とした都市が南大陸の西側にある、というだけの理由とは考えにくかった。東にいたのであろうミズガリスが反発し、武装蜂起する可能性を予見し、船だけでも確保したのではないか。だとすれば、ニーウェは優秀というほかない。船がなければ、外海に戦力を求めることもできなかっただろう。

「そこから苦難の連続で、ようやくここまで辿り着いたんですよ」

「それは遥々とご苦労なことですが、しかし」

「しかし?」

「ご承知のことでしょうが、ベノアガルドも現在、決して安定しているとはいい難い情勢です」

 そういって、静かに説明を始めたのは、シドだ。いいにくいことは副長であるシドが発言する決まりでもあるかのように。

「“大破壊”から今日に至るまで、心休まる日がないといってもいい状況が続いていいました。安心して眠れるようになったのもつい最近のことといっていい。それくらい、ベノアガルドの情勢というのは、よくないものでした」

「それは聞き及んでいる」

「騎士団の戦力も決して多いものとはいえませんし、国土防衛のこともある。そうおいそれと戦力を貸し出せるという状況にはないのです」

「ふむ……」

 シドの説明に、ニーナは真摯な表情で聞いていた。

「そこをなんとか……なりませんかねえ」

 ランスロットが食い下がる。

「騎士団の中でも十三騎士はこの上なく強大な力を持っているという話じゃないですか。十三騎士の皆さんのお力で、打倒東帝国、やりましょうよ」

「光武卿。いささか軽すぎるぞ」

「それは失礼を」

 ニーナに睨みつけられたランスロットは、恐縮したような反応を見せた。

 そんなふたりの様子を見ても、顎髭の将軍は微動だにしない。発言さえしないのは、どういうことなのか。寡黙にも程があるが、ただ黙っているだけで威厳があるのだから、なんの問題もないのかもしれない。彼の存在、威圧感だけで、帝国側の存在感は強烈なのだ。

「よくご存知のようですが、その十三騎士もいまや半数以下の五名しかいないのです」

「えっ……五名……? 五騎士ってことですかい?」

「ええ」

 オズフェルトが努めて穏やかにうなずいた。

「我らが偉大な騎士団長を含めた六名は、この世を守るための尊い犠牲となったのです」

 そして彼は、フェイルリング・ザン=クリュース以下六名がどのようにして最期を迎えたのか、ニーナたちに話したのだった。

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