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第千七百九十九話 ニーナ(二)


「いや、わかっていたぞ」

 ニーナが釈明するかのようにいってきたのは、セツナたちが天幕に入ってしばらくしてからのことだ。

 セツナをニーウェと見間違え、思いの丈をぶつけるかのように抱きしめ、頬ずりすらしてきたのは、つい十数分前の出来事だ。レムやフロードたちが呆気に取られるのも無理はなかったし、ランスロットがどこか面白そうに、それでいてなにかようやく安堵したような表情を見せたのは印象に残った。ランスロットがセツナたちをニーナの目の前に連れてきた理由は、彼の反応から何となく把握する。

 これが狙いだったのだろう。

 ニーナがセツナをニーウェと誤認することで、ニーナの心を少しでも癒やしてあげたい、という想いがあったようなのだ。しかし、それでは、セツナがニーウェとは別人であるとわかったとき、反動を受けるのではないか、と思わないではなかったが、説明を受けた後のニーナの反応を見る限り、その心配はなさそうだった。

 むしろ、威厳ある総督閣下という外面を取り繕う必要がなくなったのか、彼女は妙にすっきりした態度で、それでいて頬を少しばかり赤らめながら釈明に追われた。

「帝都におられる陛下がここに来られることなどありえないことくらい、わかっていたのだ」

 ニーナはそういったものの、散々セツナを抱きしめた後にいわれても、なんの説得力もなかった。セツナが想像もできなかったほどの甘ったるい声は、彼女のニーウェへの愛情の深さが伺えるものであり、そのことそのものは、セツナにとっても喜ばしいものではあった。ニーウェとニーナの仲は、あのあとも変わらなかったか、より深まったと見ていいらしい。

 セツナは、ニーウェの記憶を見たこともあり、半身が異形化したニーウェとニーナの仲がどうなったのか、気になっていたのだ。もちろん、外見ではなく、心から愛し合っていたふたりのことだ。見た目が変わったからといってどうなるものでもないと信じていたが、ニーナの先程の反応から、確信に変わった。ニーナとニーウェのことは、なんの心配も必要ないだろう。

「だれも疑ってなどおりませんよ、閣下」

 ランスロットが恭しく告げると、ニーナが彼を一瞥した。冷ややかな視線だった。

「ランスロット卿。あとでじっくり話し合おうではないか」

「は……い?」

「こういうことは、事前に知らせておくべきだ。そうではないか?」

「は……はは……わたくしは、閣下のため、良かれと想い――」

「それはわかっている。だが、それとこれとは話が別なのだ」

「はは……はあ……」

 取り付く島もないと言った様子のニーナに対し、ランスロットは抗弁し続けることもできず、ぐったりを肩を落とした。

 場所は、先ほどと変わっていない。帝国軍野営地最大の天幕の中だ。ニーナはセツナから離れるのを惜しむようにしながら奥の机に座り、セツナたちはランスロットに促されるまま、会議用卓の席についていた。もっとも、セツナたち騎士団の調査部隊は五十人近い人数だったため、椅子の数が圧倒的に足りず、従騎士たちのために椅子を用意しなければならなかった。そのため、帝国軍兵士たちが野営地を駆けずり回って椅子を掻き集めてくれている。

「しかし……」

 ニーナは、その鋭い視線をランスロットからセツナに向け、その途端表情を緩めかけた。が、すぐに気づき、引き締め直す。すると、きりっとした凛々しい顔つきになるのだが、つい先程見せた甘ったるい表情も素敵だとセツナは想っていた。きっと、ニーウェのニーナへの愛情が、そのままセツナの意識下に残っているのだろう。たとえ残っていなかったとしても、先程のニーナの可憐さは凄まじい威力を持っていたのは間違いないのだが。

「本当にそっくりだな。陛下や卿らの話に嘘はなかったようだ」

「信用していなかったのですか?」

「いや……そうではないが、それにしても鏡を見ているようだという陛下の話は、そのままでは受け取れんよ。いくらなんでも、そこまで似ている人間がいるとは考えにくい」

「まあ、確かに」

 ニーナの隣に立つランスロットが、セツナをちらりと一瞥してくる。

「セツナ殿と陛下の似方は、双子じゃないかってほどですからね」

「ふむ……陛下に生き別れの双子の弟がいたのかもしれないな」

「いやいや」

「冗談だ。セツナ殿の事情については、陛下から聞き及んでいる」

「事情ですか?」

「……ああ」

 セツナの質問にニーナの反応が妙に遅れた上、なにか考え込むような表情をしたことに、彼は訝しんだ。事情というのが一体何を示すのか、なんとなくはわかるが、確信は持てない。おそらくは、セツナがニーウェの同一存在であり、イルス・ヴァレとは異なる世界から来た人間であるということだろう。ほかに考えつかない。

「声までそっくりだな」

(あー……)

 セツナは、質問に対するニーナの奇妙な反応の理由を思い知り、なんともいいようがなかった。確かにセツナとニーウェが似ているのは、外見だけではない。声質もまったく同じだ。同一存在なのだ。生まれや育ちこそ違うものの、それ以外のすべてが同じといってもよかった。魂の形さえ同じであるはずだ。それほどまで似ているのだ。故にエリナと小犬のニーウェがセツナと間違い、ニーウェや三臣がセツナに驚いたのも当然だった。セツナ自身、ニーウェを目の当たりにしたときは、驚きを通り越して呆気にとられたものだ。

「それで、セツナ殿はともかく、ほかの方々は?」

「この島に住む方々ですよ。我々の上陸目的を知りたいとのことですので、お連れいたした次第。我々も、この島の状況について把握する必要がありますし、なにより、我々に敵意がないということもお伝えしたかったのでね」

「仔細、承知した」

「敵意がない?」

「つまり、侵略目的ではない、ということですかな?」

「その通りだ。しかし、その前に、互いに自己紹介を行うべきではないだろうか」

「確かに、我々の立場も伝えておくべきでしたな」

 フロードがうっかりしていたといわんばかりに大笑いした。

 このような場においても平然といつも通りに振る舞えるフロードの大物ぶりにセツナはこの上ない頼もしさを感じずにはいられなかった。

「わたくしは、ベノアガルド騎士団所属のフロード・ザン=エステバン。身分は、正騎士。齢は三十六。妻と娘がおります。ちなみに妻の名はサリーシャで、娘はフリアと申しましてな。これがもう大層可愛らしく、天使というのはまさにあの子のことをいうのではないか……」

 フロードの唐突な家族自慢が始まると、セツナたちは呆気に取られた。


 騎士団調査部隊側で自己紹介を行ったのは、隊長であるフロードと正騎士二名、セツナとレムの合計五名だけだった。准騎士以下は、随行員という説明をされただけだったが、数を考えれば仕方のないことだ。五十人近くが名を挙げていくだけでも時間がかかる上、相手も覚えていられないだろう。それに要点がわかればいいのだ。それには、フロード以下数名だけでいい。

「わたしは、ランスロット=ガーランド。先程も説明した通り、ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンが三臣のひとり。光武卿などという役もございますので、お見知りおきを」

 ランスロットが改めて自己紹介した際、彼が追加した一言は、彼の現在の立場を明確にするもののようだった。ただの三臣ではない、ということだろう。光武卿。その言葉が意味するところは、いまのところよくわからない。

「そして、こちらにおられる方こそ、ニーナ・アルグ=ザイオン総督閣下にござい」

 ランスロットは殊更に恭しくいったものの、それがどうもニーナには気に入らなかったらしく、彼女は顔をしかめた。そして、セツナの視線に気づいてか、すぐさま表情を改め、即座に憮然とする。セツナにニーウェの幻影を見たのだろうが。

「……まったく、卿の話し方はどうにかならんのか」

「なりませんな、これが」

「……まあいい。ランスロットの紹介にある通り、わたしはニーナ・アルグ=ザイオン。西ザイオン帝国軍大総督を務めている」

「西……?」

 新たな名称が色々と飛び出してきたが、中でもセツナが飛びついたのは、その一言だった。ザイオン帝国ではなく、西ザイオン帝国と彼女はいった。その言い方がどうにも気になるのだ。まるで帝国がほかにもあるような言い様ではないか。

 また、彼女の名が変わったことも、印象として大きく残る。ニーナ・ラアム=エンシエルという名は、エンシエルを領地として受け持つ騎爵ニーナという程度の意味の名前だったのだが、それが変わったということは、彼女の立場も大きく変わったということだ。ザイオンを名乗っていることからもよくわかる。

「そう、西ザイオン帝国だ。本来であれば堂々とザイオン帝国と名乗りたいところなのだがな。こちらにも色々と事情がある」

「ザイオン帝国と名乗ったために勘違いが起きては困りますのでね。事態が収束するまでは、そう名乗らざるをえないのです」

「帝国も問題を抱えている、ということですな?」

「ああ。でなければ、安定してもいない時期にわざわざ外海に繰り出しなどせんよ」

 ニーナが嘆息とともに返した言葉は、彼女率いる帝国軍がベノア島に上陸した目的が、侵略ではないということを示していた。

 安定していない時期と彼女はいった。自国が安定してもいないのに侵略戦争を起こすほど、ニーウェが愚かとは想えなかった。“大破壊”から二年あまり。どれだけニーウェの皇帝としての手腕が凄まじくとも、帝国ほど広大な領土を持つ国を建て直すのは至難の業だ。不可能といってもいいのではないか。故に外国に侵攻している場合ではない、ということだ。国内の安定を図る時期に国外に戦力を派遣するなど、支持力の低下を招く行為にほかならない。皇位継承したばかりで不安定な立場のニーウェがそのような真似をするはずもなかった。 

「騎士団の方々には、そういう意味では安心して欲しい。我々は、侵略目的で上陸したわけではない」

「では、なにが目的なんです?」

 これだけの戦力を引き連れているのだ。

 なにかしら大きな目的があると考えるのが普通だ。いや、目的もなく大海に繰り出すなどありえないわけであり、その目的がなんであるかが重要なのだ。

「単刀直入にいおう」

 ニーナが、真剣な眼差しになった。

「我々は、戦力を欲している」


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