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第千七百九十六話 帝国の事情(二)


「ニーウェが皇帝だって!?」

 セツナは、ランスロット=ガーランドが発した言葉を聞いて、即座に叫んでいた。にわかには信じがたいことだったが、ランスロットがさらっといってきたことを考えると、彼にとっては当たり前の事実であり、セツナたちを騙すためのものではないと思える。そもそも、ランスロットがセツナたちに虚偽の情報をもたらす意味がない。敵対関係にあるのであればまだしも、そういった関係にさえ発展していない状況で偽りの情報を与えることになんの意味があるのか。

「ええ。我が主ニーウェ様は帝国皇帝の座に着かれ、ニーウェハインと名乗っているのですよ」

「ニーウェが……皇帝に……」

「そこまで驚くことなのでございます?」

 レムがセツナの驚愕ぶりを理解できず、きょとんとした様子で尋ねてくる。セツナは、レムの疑問ももっともだと想うと、即座に説明した。

「ニーウェは、二十人いる皇子皇女の兄弟の中でも末弟で、かつ後継者争いから一番遠のいていたはずなんだよ。だから、たとえ帝国の内情が“大破壊”で混乱したのだとして、ニーウェが皇位を継ぐなんて考えられないんだ」

「ニーウェ様が二十人兄弟の末弟……」

 さすがのレムも驚いたようだが、彼女が知らない情報だったとは思えない。覚えていても仕方のないことだということで、忘却の彼方に沈んでいたのだろう。そうとしか考えられなかった。彼女は、不要な情報まで覚えておくほど、暇ではないのだ。

「セツナ殿がそこまでご存知だとは露知らず」

 ランスロットが皮肉でもなく、そんな風にいってくる。ニーウェの記憶の中において、彼への忠誠心がもっとも厚い人物だったことを思い出した。そのくせ、言動は極めて軽く、ニーウェとの忠誠と言動の軽さには大きな乖離があった。

「ランスロットとかいったな」

「はい」

「あんたは、皇帝となったニーウェに仕えているんだな?」

「もちろん。わたしの主はニーウェ様をおいてほかにはいない。皇帝陛下となられてからも、わたしの主であることに変わりはないのです。まあ、変わるわけがありませんね」

「じゃあ、本当に皇帝になったってのか? あのニーウェが?」

「……ええ」

 ランスロットが意味深げに頷いたのは、セツナの言葉の意図を察知したからだろう。セツナがいった“あの”とは、半身が異形化したままのニーウェという意味だ。エッジオブサーストの最大能力によって半身を異界化させたニーウェだが、元に戻すこともできないまま、セツナとの戦いを終え、セツナの前から去ったのだ。自然回復する可能性などあるはずもなく、また、治療法など存在しない以上、ニーウェの肉体は変容したままのはずだった。そんな姿であっても皇帝になどなれるものなのか、どうか。

 ランスロットは、静かに頷いてからというもの、じっとセツナの顔を見ていた。

「しかし……やはり、ニーウェ様とそっくりですね、セツナ殿」

「鏡を見ているみたいにそっくりすぎて気持ちが悪いがな」

 ニーウェ本人と相対したときのことを思い出して毒づく。まさに自分が目の前にいたのだ。育ちの良さからくる気品や、気高さといったものがニーウェにはあり、そういったものが絶対的な違いとして存在していたものの、姿形は自分そのものとしか想えなかったのだ。エリナが見間違うのも無理のない話だ。においで判断したのであろう小犬のニーウェが、セツナと認識するほどだ。姿形以外の部分でも多分に似通っている。

 同一存在。

 ニーウェは、この世界におけるセツナ自身なのだ。似ていて当たり前だった。

「ふふ。その似姿があの方の荒んだ心には癒やしとなるやもしれない」

 ランスロットの独り言がセツナの耳に入ったのは、黒き矛を握っているからだろう。訝しむ。

「なんの話だ?」

「こちらの話です。どうです? セツナ殿。我が帝国軍野営地にお越しいただけますか?」

「……招待してくれるってのか?」

 セツナは、ランスロットがなにかを企んでいるのではないかと警戒したが、彼は、こちらの警戒などお構いなしにいってくる。

「セツナ殿、それに皆様方は、この島の方々なのでしょう? 我が軍が誇る巨大艦船の接岸に気づき、上陸目的を探るためにここまでやってこられた。先程、仰られたことから想像するに、それがあなた方の目的だ」

「ああ」

「でしたら、こんなところから気長に情報収集するよりも、我々の野営地で直接聞けばいいのでは?」

「なるほど。それなら手間が省けますな」

「フロードさん」

 セツナは、フロードがランスロットの言動を信用しすぎて、少しばかり不安になった。ランスロットは一見気のいい好青年に見えるが、内実はニーウェに忠誠を誓う軍人以外の何者でもない。ニーウェのためならばどのようなことだってするのが、ニーウェの三臣共通の思考法なのだ。ニーウェが望むのであれば、騙し討ちだって平然とするだろう。

 もっとも、あの戦闘を経たニーウェがセツナと敵対するような行動をわざわざ取るとは想い難いが。

 それはそれ、だ。

「なに、警戒してもいまさらです。それに帝国軍の目的を知ることが我々の使命なのですから、ここで帝国兵が漏らす情報を集めていても、時間がかかるばかり。かといって潜入調査などできる人員ではありませんからな」

「潜入任務でございましたら、わたくしがおりましたのに」

 レムがランスロットの前だということも考慮せずに言い放つ。もちろん、レム本人が潜入調査に当たるわけではないため、彼女がそういったところで警戒のしようもない。“死神”を使っての潜入調査ならば、発覚しにくい上、見つかりそうになったらすぐさま退散できるという利点がある。

「だとしても、いまさらです。もはやランスロット殿に見つかったのですからな」

「そういうことです」

 ランスロットがフロードの理路整然とした言い分に対し、笑顔で頷いた。

「帝国軍を刺激したくないのであれば、ここでわたしの誘いに従うほかありませんよ、セツナ殿」

「なにを企んでやがる」

「なにも。帝国軍の武力であなたを抑えようなどと愚かな考えは持ち合わせておりませんので、あしからず」

「へえ」

「かつて陛下を退け、最終戦争であれほどの戦果を上げたあなたが、今回上陸した二千名でどうにかできるなどと考えるのはただの愚か者でしょう」

「わかってるじゃないか」

「ですから、安心してついてきてください」

 彼はそういうと、丘の下に向かうべく、セツナたちに背を向けた。隙だらけの背中を見せる行為もまた、セツナたちに安心感を与えつつ、敵対心を下げるためのものだろう。セツナたちをまったく警戒していないという主張にほかならない。

「そもそも、我々に侵略の意図はないのですからね」

 ランスロットはにこやかに告げてきたものの、にわかには信じがたい台詞だと、セツナはレムとフロードに視線を送って警戒を強めた。

 とはいえ、彼についていく以外に選択肢はなく、セツナはフロードたちに目配せをして、頷きあった。

 

「しかしまた、ランスロット殿はどうやって我々に近づいたのですかな? セツナ殿さえ気づかれなかった」

 野営地への道中、ふとした拍子にフロードがランスロットに尋ねた。セツナの中ではほとんど解決した疑問ではある。召喚武装の能力を用いたのだろう。

「ああ、それですか。簡単な話です」

 そういうと、ランスロトは右手首に装着した腕輪を掲げてみせると、その奇妙な形状の腕輪に指を這わせた。すると腕輪にはめ込まれた青い宝石が鈍い輝きを発し、ランスロットの全身を包み込んでいった。

「おお……」

 フロードが驚く間に、光に包まれたランスロットの全身が風景に滲むようにして溶け込んでいく。そして、数秒後には完全に見えなくなった。風景に完璧に同化してしまったのだ。原理は不明だが、召喚武装の能力なのは疑いようもない。ランスロットは武装召喚師だ。

「なるほど。その腕輪の能力で姿を消したのでございますね」

「どうです、あの状態ならなにも見えないでしょう?」

 ランスロットが言葉を発した瞬間だった。風景に溶け込んでいた彼の肉体が瞬時に姿を表したのだ。

「発声しただけで効果が切れるっぽいな」

「このシルエットミラージュの能力は便利ではあるんですが、音を立てると、せっかくの風景同化が解除されるので、呼吸さえ慎重に行わないと駄目なのが厄介なところなのです」

 ランスロットは、腕輪に触れながら嘆息すると、セツナたちの目の前で送還してみせた。無数の光の粒子となって在るべき世界へと還っていく腕輪を見届けながら、ランスロットのわかりやすい演出に目を細める。彼は、もはや召喚武装の能力を明かした上で、これからは不要ということを示すことにより、セツナたちの警戒心を解こうとしたようだった。

 しかしセツナは、ランスロットがそこまでして警戒を解くことに腐心していることにこそ警戒するべきだと考えていたし、どうやらフロードも安心しきってはいないようだった。

 ランスロットはこちらの反応を見ると、軽く肩を竦めた。

 どうやら、自分を相手にしているものたちが一筋縄ではいかない連中であるということを理解したようだ。



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