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第千七百九十話 ベノアの夜の月と風(後)


「こうして三人揃うのはいつ以来だろうな」

 シドは、撤去予定の瓦礫に腰を下ろした。

 風害となって吹き荒れていた強風は、先程からその勢力を弱めはじめていた。夜空を駆け抜ける暴風も力を失い、風が押し流した雲が頭上を覆い、星も月も雲に隠れてしまっている。それでもこの廃墟が完全な暗闇に包み込まれることがないのは、ベノア中枢区画各所に立てられた街灯のおかげだった。

 街灯には、もちろん、魔晶灯が利用されている。魔晶灯の発する冷ややかな光が真夜中の都市を照らしているのだ。

 風が止めば、騎士団による警備と警邏隊による巡回が再開されることになる。そのとき、無数に立ち並ぶ街灯の光が役に立った。魔晶灯の光は、決して烈しくなく、眩しすぎるということはない。夜の街を明るくすることで夜間の犯罪への牽制となり、また、警備にも大いに効果を発揮した。まず、街灯の光が行き届く範囲で犯罪が行われることはなく、光の届かない場所を重点的に見回れば、様々な犯罪を未然に防ぐことができるのだ。

 ベノアガルドの各都市は、騎士団による警備体制の見直しにより、革命以降、極めて低い犯罪率を維持していた。“大破壊”によって街灯が数多く倒壊したことや、秩序が崩壊したこともあり、一時的に犯罪が激増したこともあったが、最近では持ち直してきていた。

“大破壊”からおよそ二年、騎士団はようやく本来の役割を果たすことができはじめている。

「“大破壊”以前から考えれば、二年以上ぶりになりますね」

「ま、それは三人だけで会うって話だろ? 幹部会議じゃあ顔を揃えてるわけだしな」

「そういうことだ」

 ベインのいうことももっともでは、ある。

“大破壊”以前から今日に至るまで、騎士団幹部のみが集まる幹部会議は幾度となく開かれ、そのたびに三人は会議室で顔を突き合わせてきた。喧々諤々の討論を交わしたこともあれば、騎士団が一丸となって事に当たるべきだという結論には、三人が三人、諸手を挙げて賛成したものだ。ベノアガルドの今後について議論を重ね、ハルベルトの離反やシヴュラの行方不明については、大いに頭を悩ませたものだった。だがそれは、騎士団幹部としての仕事であり、責務を果たしてきたからのことであり、今回のこととは趣を異にするものなのだ。

「そして、それが重要なんだ」

「重要?」

 ベインがきょとんとしたあと、大袈裟に苦笑した。

「このふざけた三人で集まることがか?」

「ふざけているのは貴様だけだ、ラナコート卿」

「てめえが一番ふざけてんだってことにいつになったら気づくんだか」

「なんだと」

「やんのかてめえ」

「そうなるしかないのか君らは」

 シドは嘆息を浮かべながら、ベインの発した一言に囚われていた。

(ふざけた三人……か)

 それはおそらく、ベインの本音なのだろう。本心から、ふざけていると想っているに違いない。そしてそれは間違った感想ではなかった。だが、最初から大真面目に騎士団騎士であったのであれば、このような三人の絆は結ばれなかったのも事実なのだ。

 ふざけた運命が結びつけた絆といっていい。

 ロウファが皮肉交じりにいってくる。

「仲がいいものでしてね」

「おうよ、まったくもって仲が良すぎて反吐がでらあ」

「……本当に仲がよくて羨ましい限りだ」

「シド様も加わりますか?」

「歓迎するぜ」

「遠慮しておくよ。どうにも、俺はそのような空気に乗り込める人間ではないらしい」

 シドが想っていることを想っているままに告げると、さすがのベインも心外だとでもいわんばかりの顔をした。

「はあ? それじゃあまるで俺たちが馬鹿みたいじゃないか」

「馬鹿といっているのだ。貴様のことをな」

「んだとごらあ」

「そういうところが実に馬鹿だ」

「ってっめえ」

 瓦礫から腰を浮かせたベインが拳を握り、肩を怒らせる。そんな彼を見て鼻で笑うのがロウファであり、そしてそんなふたりを見て、途方に暮れるのがシドなのだ。

 いつからか、そうなった。

「やれやれ。真面目に話もできないのか。困ったものだ」

 とはいったものの、シドは自分がそういったとき、本心から笑みを浮かべていることに気づき、言葉とは裏腹の本音に苦笑を突きつけた。

 別段、真面目に話し合いたいというわけではなかった。

 偶然にも久々に三人だけで話し合える時間が持てたのだ。偶然という名の運命に感謝しなければならなかったし、運命を司る神がいるのであれば、信仰してもいいとさえ思えた。無論、この偶然がシド以外のなにものかによる意図的なものだということはわかっているし、そんな彼らへの感謝の想いのほうが遥かに強いのだが。

 だからこそ、この時間を大切にしたかった。

 風が、吹いた。

 強く冷たい夜の風が吹き抜けて、三人の間で渦を巻いた。

「……騎士団幹部は、いまやたった五人になってしまった」

 シドは、だれとはなしにつぶやいて、空を仰いだ。雲間に月が見えた。降り注ぐ月明かりが異様に眩しく感じるのは、夜空が暗闇の雲に覆われているからにほかならない。そしてその暗闇がこの世を覆う暗雲を想起させるのは、考え過ぎなのだろうか。

 フェイルリングを始め、破局を防ぐため命を費やした六名に加え、アシュトラなる神の陰謀によって騎士団を離反したハルベルト、そんなハルベルトの目を覚まさせようとしたシヴュラのふたりが、散った。シヴュラは、シドが討ち倒し、ハルベルトは、ベインとの戦闘が致命傷となった。ふたりとも、騎士団の理念によって救うことができなかった。殺すほかなかったのだ。そうしなければ、シドたちが命を落としていた。騎士団の理念を実現するためにも、負ける訳にはいかない。殺される訳にはいかないのだ。戦うしかない。戦えば、斃すしかない。ただ斃すだけでは駄目なのだ。

 滅ぼすしか、なかった。

 痛恨の想いが、そこにある。

「五名……」

「そのうち二名は使い物にならないときている」

「俺と卿か」

「ああ。違うか?」

「いや……」

 違わない、と彼は目線だけで肯定した。

 シドとベインのふたりは、シヴュラ、ハルベルトを斃すために真躯の全力を解放している。救世神ミヴューラから託された神の力の残滓、そのほとんどすべてを費やしたのだ。そうしなければ、シヴュラのエクステンペストを凌駕することはできなかったのだし、ベインの場合は、ハルベルトのクラウンクラウン、銀熊騎士、ワールドガーディアンの連戦を耐え抜くことなどできなかっただろう。その結果としてシドとベインは真躯を用いることさえできなくなったが、決して無意味な戦いではなかったはずだ。

 セツナに一任すれば良かった、という考えもあるだろう。

 しかし、それでは駄目なのだ。

 それでは、騎士団騎士の役割を果たすこともできなければ、シヴュラとの対話もままならなかった。ベインにしたってそうだ。あれは彼でなければならなかった。セツナでは駄目だったのだ。結局、セツナに頼らざるを得なかったとはいえ、シドは、自分たちの判断を間違っているとは想えなかった。もっとも、そのためにロウファに負担が伸し掛かることを考えると、絶対に正しいとは口が裂けてもいえないことではあるが。

「しかしまあ、真躯を使うような戦いは、そうそう起きるものでもないでしょうし、負担といっても、たいしたものではありませんよ」

 ロウファが、平然とした口調で言い放つと、シドはベインと顔を見合わせた。“大破壊”以来、彼が無理をしていることは、ふたりにとっては周知の事実だからだ。定期的なサンストレアの監視には、彼の“眼”を用いていた。それこそ彼の心身への負担は他の騎士団幹部とは比べ物にならないほどのものだったのだ。

 それが一年半あまり続き、彼の肉体的、精神的疲労は極地に達しかけていた。

 そんなおり、サンストレアの問題が解決した。それもこれもセツナが現れ、サンストレアをかき回してくれたおかげだった。マルカール=タルバーが正体を表し、セツナが打倒してくれたからこそ、サンストレアは神人より解放され、ロウファの負担は激減した。とはいえ、彼の仕事が減るということはないのだ。今後も、彼に負担がかかっていくことはいうまでもない。

 だからこそ騎士団の体制の見直しを行うべきなのだが、それもすぐにはできないだろう。まずは、ベノアガルドが安定しなければならない。ネア・ベノアガルドとの戦いが終わって十日あまり。まだ安定しているとは言い切れない時期だった。

「おふたりの心痛に比べれば、どんなことだってたいしたことではない」

「ロウファ……君は――」

 シドは、ロウファが顔を天を仰ぐのを見て、目を細めた。月光を浴びる彼の横顔は、深い悲しみに包まれている。シヴュラ、ハルベルトという十三騎士の同胞を手にかけなければならなかったシドとベインの心情を想像したからこその表情。彼には、シドたちの気持ちが痛いほどわかるのだ。わからないはずがない。魂の絆で結ばれた十三騎士であり、それ以上の奇縁で結ばれた三人なのだ。

「久しぶりに名前で呼んで下さいましたね、シド様」

「そうだな……久しぶりだ」

 シドは、ロウファの妙に嬉しそうな表情に笑顔を返した。没落した家に生まれたロウファは、ルーファウス家の庇護下で育てられたという過去がある。シドの従者同然の関係であった彼は、騎士団に入ってからもシドのことを主のように敬い、その関係は彼が騎士団幹部になってからもすぐには変わらなかった。

「じゃあ俺様のことも名前で呼ぶといい」

「じゃあってなんだ」

「はっ、男の嫉妬は見苦しいぜ」

「なにいってんだ、貴様は」

「なにいってんだとはなんだ!」

「それはこっちの台詞だ、馬鹿め」

「こっのやろー!」

 ついに取っ組み合いの喧嘩を始めたふたりにやや取り残された気分になりながらも、シドは、そんなふたりで良かったと心底想った。顔を突き合わせれば悪態をつき合い、暴言ばかりを吐き合う間柄だが、それは逆をいえば本音で付き合えているということでもあった。どちらも互いに本心をぶつけ合うことができるのだ。それは騎士団という組織においても珍しいことであり、特にこの“大破壊”後の世界においては稀有なことだろう。

 そんなふたりだからこそ、シドも本来の自分に立ち戻ることができるのだ。

 そして、本来の自分に立ち戻ったときに想うのは、騎士団騎士としての己の有り様であり、シヴュラや多くの騎士たちから学び取ってきたことだ。

 騎士道とはなんぞや――。

 シドは、月と風の夜、取っ組み合いの喧嘩を続けるふたりを見つめながら、それこそ平和だと思わざるを得なかったし、こういう日々が続けられる世界こそ、騎士団が目指すべきものなのだろうと想った。

 



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