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第千七百八十二話 名誉騎士(六)


 名誉騎士称号の授与式に伴う式典が終わってもなお盛り上がりを見せるベノアのお祭り騒ぎは、夜になっても続いていた。

 市民が騒げる機会を探していた、というフロードの想像の正しさを示すように、夜半のベノアは、昼間から変わらぬ賑わいを見せていた。

 騎士団による行進がお祭り騒ぎの発端となったのは間違いないが、こうも盛り上がり続けているのには様々な理由が考えられた。

 ひとつは、無論、百年ぶりの名誉騎士の誕生とそれに伴う式典がベノア市民の心に火を点けたからだろう。ベノアガルド史上六人目となる名誉騎士の誕生だ。ベノアに集まったベノアガルド国民が熱狂しないわけがない。

 第二に、ベノアにベノアガルド中からひとが集まっていたということだ。授与式の日程は、騎士団によって国中に通達された。百年ぶりの慶事となれば、参加しない訳にはいかない、と、ストラ要塞やサンストレアの住人がベノアに殺到したのであれば、お祭り騒ぎが盛り上げるのも当然といえる。

 三番目は、ベノアガルドを包み込んでいた暗雲が晴れたということ。これがもっとも大きいはずだ、と、フロードは見ている。ベノアガルドは、“大破壊”以来、暗い雲に覆われるような日々を送り続けていた。マルカール=タルバーによるサンストレアの独立、イズフェール騎士隊の決別にハルベルト=ベノアガルドの離反およびネア・ベノアガルド建国――それら大事件が立て続けに起き、ベノアガルド国民の心をへし折っていったのだ。騎士団を信頼することもできなくなれば、将来に不安を抱くしかなくなる。白化症、神人化といった問題もある。ベノアガルド国民が失意の底で、喘ぎ続けていたのであろうことは想像に難くない。

 そういった問題のいくつかが解消された。

 マルカールが倒れ、騎士団保護下に入ったサンストレアは、ベノアガルドへの復帰を希望した。ベノアガルドはその申し入れを受け入れ、サンストレアはベノアガルドの一都市となった。

 ネア・ベノアガルドは、国王ハルベルト・レイ=ベノアガルドの死によって、主義主張が空に浮くこととなった。王家の血が途絶えた以上、ベノアガルド王家再興というネア・ベノアガルドの大義は失われたのだ。その上、戦力の大半を騎士団との戦いで失い、もはや最盛期の半分以下の勢力と成り果てている。もはや、騎士団の敵ではない。

 イズフェール騎士隊は、それら状況変化に伴い、騎士団への歩み寄りを見せた。騎士団所有だった休息所を返還するとまでいってきているのは、騎士団の不甲斐なさを嘆いてベノアガルドを離れたことへの後ろめたさなのかもしれない。が、なんにせよ、騎士隊と騎士団が協力関係を結べば、ベノアガルド国民の不安は大いに削減されることとなるだろう。単純な戦力強化になるうえ、騎士隊所属の騎士たちは皆、ベノアガルドの出身者なのだ。ベノアガルドの出身者同士での争いはもう懲り懲りだという想いが、国民の間にも、騎士団騎士の間にもあった。

 ベノアガルドを取り巻く状況は、好転した。

「それもこれも名誉騎士殿の活躍のおかげ」

 夜、本部本館の広間で行われた会食の席で、シド・ザン=ルーファウスがにこやかに微笑んできた。騎士団の制服に着替えた彼の姿は、聖騎士の間で見たときよりも見覚えがあり、安心感があった。

 会食の席には、シドを始めとする騎士団幹部のほか、授与式に参列したベノアガルドの要人、イズフェール騎士隊の幹部たちが参加しており、セツナは主賓として招かれていた。無論、セツナの名誉騎士授与式に伴う会食だった。セツナは礼服を着込み、レムもいつもの格好ではなく、黒を基調とする夜会服を身に着けている。まるで従者のようにセツナの側にいるフロードは、騎士団の制服だったが。

 広間には、無数の卓が並び、その上に様々な料理が置かれている。肉料理から野菜料理まで幅広く取り揃えられており、それらを自由に取って食べていいという話だった。つまり、立食形式なのだ。そういうこともあり、給仕係が料理のなくなった食器を片付けたり、酒を注ぐべく忙しくなく歩き回っていた。会食の参加者は軽く百名を越えている。給仕係に休む暇はなさそうだ。

「まったくだ」

 シドに同意を示した直後、ベイン・ベルベイル・ザン=ラナコートは手にしていた骨付き肉に豪快に食らいついた。ベインも、騎士団服に身を包んでいる。騎士団騎士にとっての礼服とは、騎士団の制服なのだろう。そのことは、フロードやその他騎士たちの姿を見てもわかる。幹部候補なのであろう会食に参加する正騎士たち全員が、騎士団の制服を着込んでいた。

「へふなほのがひなへりゃ、ほーはってひはほぼか」

「口に物を含みながら喋るな、行儀が悪い」

 と、ベインを睨みつけたのはロウファ・ザン=セイヴァスだ。彼もシド、ベインのふたりと同じく騎士団制服を身に着けている。三人の制服は、騎士団幹部仕様のものであり、正騎士の制服とは細部が異なっている。その上、三者三様に紋章が入っているため、それぞれに異なる意匠といってよかった。

「セイヴァス卿のいうとおりだぞ、ラナコート卿」

「んだよ……今日くらいいいじゃねえかよお」

「別に構わんが……セツナ殿に嫌われても知らんぞ」

「いやいや、こんなことで嫌わねえだろ、なあ?」

 ベインが縋るような顔でいってくるので、セツナは意地悪したくなった。

「さあ?」

「さあってなんだよ、さあって」

 がっくりと項垂れるベインの様子にセツナは会心の笑みを浮かべると、ロウファがめずらしく笑った。

「ふ、セツナ殿もラナコート卿の扱い方がわかってこられたようだ」

「なんだと……?」

 ベインが顔を上げ、ロウファを睨みつける。

「貴様にはそのような扱いが適切だということだ」

「てめえ……決着をつけなけりゃならねえときが来たようだな」

「ほう……ついにわたしと戦う覚悟をしたか」

 睨み合うベインとシドの交差する視線の間に、セツナは飛び散る火花を幻視した。きっと気のせいだろうが、決して間違ったものではないだろう。ふたりから発せられる殺気は紛れもない本物だ。周囲の要人たちがたじろぐほどには強烈だった。

「なんでそうなる」

 シドが憮然とする一方。ルヴェリスがなにか面白いものでも見つけたかのような表情でふたりに話しかける。

「そうねえ……それなら大食い競争でもしてみる?」

 ルヴェリス・ザン=フィンライトも、騎士団の制服を着こなしている。ただ、彼の場合は、基本的に男性用しかない制服を女性物に改造したものであり、ほかの騎士団服とは一線を画していた。彼は歴とした男であり、妻帯者だが、女性物の衣服を好んで着ていた。

「はっ、いいねえ……!」

「待て。それは食の細いわたしが圧倒的に不利だ」

 獰猛な笑みを浮かべるベインに対し、ロウファが不服を申し立てると、後ろを通りかかったオズフェルトがふたりの間に顔を覗かせた。

「それならば、飲み比べというのはどうだ?」

「飲み比べ……ですか」

 ロウファが驚いたのは、提案者が騎士団長だったからだろう。セツナも、オズフェルトの意外なまでの気さくさには度肝を抜かれるほかない。

「うむ。一定量の酒を先に飲み干したほうの勝ちだ」

「それなら悪かねえだろ。てめえ、酒飲みだよな?」

「ふっ……貴様の敗北する様が目に浮かぶぞ」

「そりゃあてめえが酔い潰れたあとに見る夢に決まってんだろ」

「冗談はそこまでだ」

「まったく、仲がいいのか悪いのか」

「いいのでは?」

 セツナが囁くと、シドはしばらくきょとんとした後、微笑みを浮かべた。

「そうかもしれませんね」

 ベインとロウファの飲み比べが始まると、広間は、その話題でもちきりとなった。




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